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第一章4 『書庫の番人、大罪人』

 ――使用人として、この屋敷に住む。


 ゼルヴァインとの話し合いの結果、俺の立場はそう決まった。

 アイリスを王にする、という約束は伏せたまま。

 この屋敷で働きながら、彼女を支える――それが俺の役目だ。


 つまりだ。

 俺は、ゼルヴァインやアイリスに仕えるメイドになったということになる。

 メイドには憧れていたが、メイドになるなんて聞いてないぞ。


「……」

「……何よ」

「い、いや。何でもないけど」


 そして、言い逃れをするつもりはないが……

 俺はどうやら、アイリスに一目惚れしてしまったらしい。

 やはり好きな女の子のことは目で追ってしまうものなんだが、アイリスの場合は視線を感じたらすぐに毒を吐いてくる。

 だから、色んな意味で直視することができないのだ。


「そういえば、すげぇ数の部屋あるけどさ。

 全部誰かが使ってる部屋なの?」

「そんなわけないでしょ。

 ゼルヴァイン邸には、私、ゼルヴァイン、クロエ、ルリ、そしてフィーネという書庫の番人しか住んでないわ」

「それだけ!? じゃあ、何でこんなに部屋があるんだよ?」

「時々屋敷を訪れる客人のための部屋がたくさんあるの。

 まあそれは表向きの理由で、本当はフィーネの部屋の転移先になってるわ」


 アイリスは淡々と説明する。


 最後の言葉だけがどうも引っかかるな。

 部屋の転移先、ってどういう意味だろうか。


「フィーネは、人間が大嫌いなエルフなの。

 だから、普段は自分から書庫の外に出ようとなんてしないわ」

「へえ、エルフ……ん? エルフも人間なんじゃないのか?」

「厳密には違うわ。彼女は一度、昔起こった大きな戦争で命を落としたの。

 遺体を見つけたゼルヴァインがフィーネを拾って、人工精霊って形で生き返らせた。

 だから、フィーネは滅多なことがない限り死なない体なのよ」


 何だか複雑な話だな。

 というか、また新しい情報が出てきたな。


「蘇生した、ってことか。そんなこと、できるもんなんだな」

「ゼルヴァインは王国……いえ、世界でも最高峰の魔術師だから。

 ま、人工精霊を作ることと魔術師であることはそこまで関係はないけどね」


 あんな胡散臭い見た目だが、実力は一級品ってわけだ。

 やっぱり、見た目だけで判断するのは野暮ってもんだよなぁ。


「一応、挨拶しておきなさい」

「ええ、人間が嫌いなんだろ? 追い出されたりしないか?」

「大丈夫……じゃないけど、まあ何とかなるわ。

 あの子、私に対してはそこまで嫌悪感を示さないから」


 そう言って、アイリスは突然ドアノブに手をかけた。

 そんなに都合よく、書庫の扉があるものなのか――


「――誰?」

「フィーネ、私よ」

「何だ、アイリスか……って、そいつは?

 アイリス一人じゃないの?」

「今日からここに住むことになったミナトよ。

 私とゼルヴァインの竜車が魔獣に襲われそうになってたところを助けてくれたの」


 アイリスから紹介を受け、俺は慌てて自己紹介をする。

 フィーネはそれを終始冷たい目で見つめ、顔よりも大きな本を持ったまま俺を睨みつけてきた。


 濃紺色の長い髪は、座っている彼女の膝まで伸びている。

 大きな丸眼鏡をかけており、その奥から向けられている刺さるような紺色の視線が痛い。


「それで、何しに来たの?

 ボクは暇じゃないんだけど」

「その割にはお菓子バリバリ食ってんじゃん?」

「うっ、うるさい。ただしばしの間休憩を取ってただけだし」


 何だろう、この漂うクソガキ感。

 どうも馬が合わなさそうだな。


「まあ、これからよろしくな、フィーネ」

「軽々しくボクの名前呼ばないでくれるかな」

「じゃあ、何て呼べばいいんだよ?」

「そもそもボクと関わるんじゃない、人間。

 これ以上ボクの書庫に居座るなら殺すよ?」

「わ、分かったよ」


 初対面なのに殺意マックスかよ……。

 滅多にここから出てこないらしいし、これから関わることはなさそうだな。

 でも、


「じゃあな、フィーちゃん」

「なっ……! このボクをバカにしたな! 待て、火炙りにしてや――」


 俺は炎が浮かんだ手のひらをこちらに向けたフィーネを見て、アイリスの手を引いて慌てて扉を閉めた。

 危ない、マジで死ぬところだった。


「バカね。あんなに刺激したら怒るに決まってるじゃない」

「可愛い子を見たらイタズラしたくなるのが、男って生き物なんだよ」

「ふーん。よく分かんないけど、次あの子と顔を合わせることになった時は、覚悟しといたほうがいいかもね」

「ほ、ホントに殺されたりしねぇよな?」

「フィーネならやりかねないわ。あの子もゼルヴァインに匹敵するほどの魔術師だから、あんたじゃ勝てないわよ」


 おっかないのがいる屋敷に来てしまったみたいだな。

 ま、まあ、これから極力関わらない方向で生きて行こう。


「ミナトくん。お部屋のご用意ができました」

「えっ、もうできたのか?」

「はい」


 廊下の角から、ルリが出てきた。

 まだ別れてから数分しか経ってないのに、仕事が早いな。


 ルリは「お部屋へご案内します」と言って、俺に歩み寄って来た。

 俺はアイリスに一度別れを告げ、ルリの後をついて歩き始めた。



 ***



「こちらになります」

「うおっ、すっげぇ……。本当に俺の部屋なのか、これ」


 招かれた部屋は、とんでもない広さだった。

 実家のリビングが三つ入りそうなくらい、馬鹿でかい。

 巨大なベッドが中央に置かれているが、それでも部屋が余っている。

 窓からは森が見え、夕日が差し込んでいた。


 広すぎて、逆に落ち着かないな。


「いやぁ、色々とありがとうな、ルリ。

 腕も治してもらったし、こんなに広い部屋まで用意してもらって」

「いえ。使用人としての責務を果たしただけですので」


 百点満点の謙遜だな。

 こういう他人に対する立ち居振る舞いも、ゼルヴァインから習ったものなのだろうか。

 となると、クロエはまだ未熟な気もするな。

 ルリの方が先輩で、クロエは後輩にあたるのかもしれない。


「ルリはどのくらいここで働いてるんだ?」

「ゼルヴァイン様に命を救っていただいた頃から。

 ですので、もう十年ほど経つかと」

「へえ、どうりで洗練されてるはずだ。メイドさんって大変そうだよな。

 クロエにも、まだまだ色々教えてやらないとなんじゃないか?」

「? クロエはルリの先輩ですが」

「えっ、そうなの!?」


 思わず驚嘆の声をあげてしまった。

 まさか、そんなことがあるのか。

 後輩の方ができてるじゃねえか!


「クロエは、ルリがこのお屋敷に来る五年ほど前から働いています」

「そうだったのか……俺もお前らと同じ使用人って立場になるから、これから色々教わることになると思う。迷惑かけるけどよろしくな、ルリ……あれ?」


 俺はそう言いかけたところで、ルリを見失った。

 いや、瞬きをした瞬間、目の前にいたはずのルリが陽炎のように掻き消えた。

 左右を見回しても、その姿は見当たらない。


「ルリ? どこに行ったんだ――」


 誰もいない視界にそう尋ねた瞬間。


 何かが、胸の真ん中に触れた。

 冷たく、鋭い感触。

 視線を落とし、その正体を目に映す。


「――ぁ?」


 俺のジャージに、赤黒い液体が滲んでいた。

 理解不能な状況に口を開いても、声にならない。


「――ゴボッ」


 代わりに零れたのは、掠れた空気と血の塊だった。


 息が、吸えない。

 肺が、動かない。


 脳を蹂躙する痛みに顔をしかめ、胸を押さえながら膝をついた。


「――ぁッ!」


 今度は、胸から何かが引き抜かれた。

 その感覚でようやく、それが『ナイフ』であることを理解した。


 座ってすらいられず、俺は音を立てて倒れる。

 眼球だけを動かして、思いきり視線を真上に移す。


 そこに立っていたのは――、





「――――ようやく見つけました、《《大罪人》》」





 鬼のように冷酷な目で、死にかけの虫を見るように見下ろしている、ルリだった。

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