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第一章2 『君を、王様にしてみせる』

 そして、時は現在に戻る。


「大丈夫?」


 そう尋ねてきた、白金色の髪をした少女。

 意識を失う前に俺と目が合った、あの少女だ。


 名前は、確か……


「……アイリス、だっけか」

「な、何で私のこと知ってんのよ」

「有名なんだろ。アイリス《《様》》なんて呼ばれ方してたし」

「……」


 俺がそう言うと、アイリスは押し黙った。

 綺麗な青い瞳が、わずかに揺らいだようにも見えた。

 本当に有名人ならこんな反応はしないはずだし、地雷でも踏んでしまったのだろうか。


「先に言っておくわ。あんたを助けに来たわけじゃない」

「へえ……じゃ、何しに来たんだ?

 投獄されてる俺をバカにでもっ……いっつ……!」


 自嘲しながらアイリスの顔を見た途端、右腕が痛んだ。

 思わず顔をしかめ、左手を右腕に添える。

 アイリスはそんな俺を見て、一瞬少しだけ手を伸ばした。


「名前、なんて言うの?」

荒木湊あらきみなと

「ミナト……変な名前ね」


 俺の親のセンスをバカにするとは。

 可愛けりゃ何でも許してもらえるなんて思わないことだな。


「何でそんなことになったのよ」

「アイリスが乗ってた馬車を、クマみたいな動物が襲おうとしてたんだよ」

「クマ……アサルトベアーのことかしら」

「あ、あさると……? よく分からないけど、多分それだ。

 そいつを思いっきり殴ったら、気づいた時にはもうクマは飛んで行ってて、すんげえ風が吹き荒れて……」

「じゃあ、あの風はやっぱりあんたの仕業だったのね」

「まあ、そうだけど……俺だって必死だったんだよ」


 アイリスは未だ鉄格子の向こうで、俺を冷たい目で見ている。

 俺の仕業って……そんな言い方ねえだろ。


「確かにあの風は俺が起こしたものかもしれない。

 でも、俺だって必死だったんだよ。あんたたちを助けようとしたら、今度は俺が襲われて……本当に、死ぬかと思ったんだよ。

 アイリスたちに危害を加えるつもりなんて微塵もなかったし、むしろ俺はアイリスたちを助けようとして――」

「分かってるわよ。だから、あんたを解放しに来たんじゃない」

「……え?」


 アイリスはそう言って、懐から鍵のようなものを取り出した。

 穴に指を通し、鍵をクルッと回して小首をかしげた。


「解放って……俺、殺されるんじゃねえのか?」

「殺さないわよ。あの人たちは、森の中を見回ってた衛兵で、きっとあんた……ミナトのあの力を恐ろしく思ったから、念のために投獄したって感じだと思うわ。

 それに、ミナトが私たちを助けようとしてくれたことくらい、見れば分かるわよ」

「か、顔だけで分かるもんなのか……?」

「顔に書いてあるもの。『あなたたちを助けました』って」


 鍵をクルクルと回しながら、得意げにそう話すアイリス。

 支離滅裂なこと言ってんな。


「あ、ありがとう」

「何度も言うけど、助けに来たわけじゃないんだからね。

 ただ、借りを返しに来ただけよ」

「おう。ありがとよ」

「……っ。変なヤツね」


 アイリスは鍵を穴に刺して回し、牢獄の鉄扉を開けた。

 コツコツという足音とともに中に入ってきて、俺の手についている手枷に手を伸ばした。

 そして、


「……!」


 アイリスの手が手枷に触れた瞬間、手枷は一瞬で弾け飛んだ。

 俺は思わず息を呑み、アイリスの顔を見上げた。

 さも当然のことかのように「何よ」と言って、俺を見下ろしている。


「どういう原理なんだよ、これ……」

「手枷に『魔力』を流し込んだだけだけど」

「ま、魔力? 何言ってんだ?」

「あんたが何言ってんのよ? っていうか、ミナトのあれも魔力を込めて殴っただけじゃないの?」

「いや、俺はただヤケクソで殴っただけだぞ」


 アイリスは俺の言葉を聞いて、眉をひそめた。

 そのアイリスの顔を見て、俺も同じように眉間にしわを寄せる。


 ――薄々、おかしいとは思っていた。


 『王国』だとかいう言葉も聞こえたし、大きなトカゲのような動物が豪華な荷台を引いていた。

 それに、この時代にあんな甲冑を着た兵士なんているはずがない。


 間違いない。

 にわかには信じがたいが、これだけの条件がそろったなら自ずと受け入れられる。


「――異世界転移、ってやつか」


 脈打つ腕を押さえながら、俺はそう呟いた。



 ***



 牢獄を出ると、広い街に出た。

 広がる光景に、俺は目を見開いた。


 人間はもちろん、動物がそのまま二足歩行をしているような、いわゆる『亜人』も普通に外を出歩いている。

 街並みは西洋風というべきか、明らかに俺が見たことのある街並みとは違う。

 家の屋根は色とりどりのレンガでできており、正直目がチカチカする。


「助けてくれたのはいいけど……」

「助けたんじゃない。借りを返しただけ」

「へいへい……それで、これからどこに向かうんだ?」

「私の家よ。その腕を治療してあげるわ」


 アイリスの家……!

 転移して早々、ヒロインの家に転がり込めるってことか。

 何という異世界ライフの始まりだ……


 なんて思ったが、俺は転移直後に骨を折って投獄されたんだった。

 最悪の始まりだった。


 ちなみに、まだ俺の右腕はそのままだ。

 アイリスの機転で、白い布で首から吊ってあるから、さっきよりはまだマシだが。

 多分、アイリスは『ツンデレ』というやつなのだろう。

 まあ、まだ『デレ』の部分は見れていないけど。


 それはそれとして、


「アイリス、何でそんなフードなんて被ってんだ?」

「認識阻害のためよ」

「認識阻害? やっぱ有名人だからか?」

「違……わないけど、違うわ」


 アイリスは言葉に詰まりながらそう返した。


「まあ、有名人といえば有名人かもね」

「どういう意味だ?」


 聞き返すと、アイリスは黙り込んでしまった。

 俺は隣を歩くアイリスの顔を覗き込むが、顔がよく見えない。

 車のように道路を走っているトカゲの足音や、ガヤガヤという人々の声の中、俺とアイリスの間に沈黙が流れる。


「……私の顔、見たことないの?」


 そんなアイリスの言葉が、沈黙を破った。


「見たことないけど」

「本気で、言ってるの?

 私の顔見ても、怖くなったり、憎くなったりしないの?」

「しねえよ。解放してくれた恩人だぜ?」

「……あんた、ほんとに変わってるわね」


 何かおかしなことでも言っているのだろうか。

 言ってしまえば命を助けてくれた人間に、そんなマイナスな印象を持つわけがないだろう。


「さっき、私をよく思わない派閥って言ったでしょ。

 それは、この国……この世界中のほとんどの人間がそうよ」

「何でだよ? そんな悪い人間には見えないけど」


 毎回、俺の言葉で会話が止まってしまう。

 あまり深堀りするのはよしておこう――


「――私、色欠け(シキカケ)だから」


 そう決めた直後、アイリスはそう言い放った。

 まったく聞きなじみのない単語だが、響きで何となくわかったような気がする。


 色欠け。つまり、色が欠けて生まれてきた人間だということだろう。

 となると、彼女は俺の知っている単語に置き換えるなら、「アルビノ」か。


色欠け(シキカケ)だから、嫌われてんのか?」

「……ここまで話しても分からないの?」

「悪いな。この世界のことは何も知らないからさ」

「五百年前、『終焉の白魔女』っていうのが世界に現れた。

 その魔女は何よりも『美徳』を重んじて、その力を使って世界を滅ぼしかけたの」

「――」

「白魔女は、いわゆる『シキカケ』だった。

 髪の毛もまつ毛も真っ白で、瞳は青色」

「……っ!」


 そこまで聞いて、ようやく理解した。

 白金色の長髪に、美しい青色の瞳。


 ――話に出た『終焉の白魔女』と、そっくりなのだ。


「だから、私は認識阻害のローブを着てるの。

 私の顔を見た人はみんな……化け物を見るような目を向けて、逃げていくから」


 低く、氷のように冷たい声。

 心なしか、歩く速度が落ちたような気がした。


「正直、さっきも怖かったわ。

 ミナトも他の人たちみたいに、私の顔を見て嫌な顔をするんじゃないかって」

「――」


 だからあの時、アイリスの瞳が揺らいだのか。


 そう思った俺は、どう言葉をかけていいのか分からなくなってしまった。

 アイリスもまた黙り込んでしまい、再び沈黙が訪れる。


「常識知らずなだけかもしれないけどさ。

 俺、アイリスの顔を見ても怖くなんてねえし、憎くも思わないぜ?」

「……え?」


 勇気を振り絞ってそう言った俺の言葉に、アイリスは間の抜けた声を出した。


「第一、お前は何も悪いことしてないんだろ?

 その……終焉の白魔女、だっけ? 世界を滅ぼしかけたのはそいつだろ?

 アイリスは何もしてないじゃないか」

「そう、だけど……ただでさえ、この世にシキカケは少ないのよ。

 だから、疎まれても当然だわ」

「疎まれるのが、間違ってるって言ってるんだよ」


 被ったフードの奥で、微かに眉が動いたのが見えた。

 何かを言い返そうとしているのか、唇を開いては閉じてを繰り返している。


「魔女は魔女で、アイリスはアイリスだろ?

 ただまったくの別人に似てるってだけでやいやい言うヤツらの言うことなんて気にすることじゃない」

「……何も知らないくせに、知ったような口を」


 何も知らないからこそ、言えることなのかもしれない。

 もし俺がこの世界の人間だったら、他の人間のように恐れおののいていた可能性も否定できない。


 でも生憎、俺はこの世界の住人じゃない。

 だから、この世界の常識も何も分からない。


「アイリスが本当に魔女なら、さっき俺のこと殺してただろ。

 でも、君は嫌な顔ひとつせずに俺を助けてくれたじゃないか」


 実際、気だるそうにはしていたが。

 だがアイリスは何の躊躇いもなく俺を牢獄から出してくれた。

 そんな彼女を、どうして恐れたりできようか。


「アイリスは、次代の王様候補なんだろ?」

「ええ、まあ」

「俺だったら、アイリスみたいに気遣いができる人を王様に選びたいかなぁ」

「……誰も、私みたいな人を選んでくれるはずないわ」

「それは、お前がシキカケだからか?」

「……そうよ」


 この子は、極端に自己肯定感が低いのだ。

 それもこれも、周りからのヘイトを買った結果なのだろう。

 アイリスは何もしていないのに、見た目が似ているという理由だけで忌避するだなんて。

 この世界の人間は、どこまで薄情なのだろうか。


「――俺、初めてアイリスの顔見た時さ。『めっちゃ可愛い!』って思ったよ」

「……えっ? な、何言ってんのよ。真面目な話してるんじゃないの?」

「おう、至って真面目な話だぜ」


 ふざけてなどいない。

 あくまで俺は、感じたことをそのまま話しているだけだ。


「真っ白でサラサラの髪とか、バッサバサのまつ毛とか、氷みたいに綺麗な瞳とか。

 どこを取っても、最高の美少女だ」

「何を、言って……」

「俺が言いたいのはな、アイリス。――見た目で何もかもを決めつけやがる輩の言うことなんて、全部無視してやれってことだ」

「――」


 その瞬間、強い風が吹いた。

 アイリスのフードをめくろうとする風が、俺の腕を刺すように吹き付ける。

 冷たく痛む右腕が疼き、俺は小さく声を漏らした。


「アイリスが王様になりたい理由って、何だ?」

「……私みたいに差別を受けてる人たちも、生きやすい国にしたいからよ」

「立派な理由じゃん」

「でも、今のままじゃどうしようもないわ。

 差別されてる私が何を言ったところで、何も動かないもの」


 ついに、足を止めてしまったアイリス。

 すれ違う人々から訝し気な目を向けられているのも、彼女が魔女に似ているからなのだろうか。


 ……こんなのは、絶対に間違っている。


 こんなに立派な志を持って王選に臨もうとしているのに。

 見た目が魔女に似ているというだけでぞんざいに扱うことが正しいとされているこの世の中は、正すべきだ。


 それなら――、


「――俺が、お前を王様にしてやる」

「……ぇ?」

「俺が隣に立って、君を王様にしてみせる」


 俺は堂々と、そう宣言した。


 自分でも、身の程知らずな宣言だと自覚している。

 だが、この子の境遇や立派な志を思うと、居ても立っても居られなくなった。


「あんたに、何ができるって言うのよ……」

「何ができるかは分からない。

 でも、できる限りのことはするつもりだ」

「私の味方をするってことは、世界を敵に回すのと同じなのよ?

 腕だけ治療してとっとと私から離れたら、何の不自由もなく生活できるわよ?」

「ここまで聞いといて『はい、そうですか』って別れる、なんて冷たいことできるわけないだろ。

 それに、まあ……そんまま別れても、行く宛てもねえし」


 アイリスは両手を前に出して、身振り手振りでそう訴える。

 だが、もう俺の心は決まってしまったんだ。


「頼む、アイリス。俺にその夢、手伝わせてほしい」

「――」


 俺はそう言って、左手を差し出した。

 アイリスはそれを見て、固まってしまった。


「本当に、いいの?」

「ああ」

「たくさん、迷惑かけるわよ?」

「いくらでもかけてくれていいぜ。散々人に迷惑かける生活を送ってたから、その分のツケはちゃんと払わないとな」


 自嘲気味に笑いながら、俺はそう言った。

 アイリスはそんな俺を見て、呆気にとられたような顔をした。

 右を見て、左を見て、そして差し出された俺の手を見て、


「――――じゃあ、お願いするわ」


 両眉をハの字に曲げたまま、ようやくアイリスの顔に笑顔が咲いた。

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