第七話
小洒落たバーの雰囲気に見合う大人の男女。
そんな男女から白い視線を集める存在がいた。
「……やっぱりこうなったか……」
「うぅ……まだ、のめるぅからぁっ!」
バカにすんなぁっ!とカウンターに突っ伏しながら管を巻くのは……拓矢だった。
「マスター、お冷やを……」
「みずゅ、なんかいらない!
もっと飲めよ!
おまえが、酔いつぶれたら……ホテルにっ、連れてくんだからよっ……!」
「……へえ?」
サッサと酔い潰れろ!と叫ぶ拓矢に、周囲の人間達の視線が更に冷たくなる。
「……最初から、私を酔い潰すつもりだったんですか?」
「そうだよ……!
さんかげつ、いないにぃ……お前とセックスしないとぉ……カケに負けるからっ……しょーがなく、だなぁっ!」
カウンターの上に太めのペンのような物を然りげ無く置けば……小さなランプが点滅を開始した。
「私を好きと言ったのも……嘘、だったんですか……?」
「……そうだよっ!
そうじゃなければっ!
だぁれがオマエみたいなぁ……地味で、どーでもいいオンナのっ……あいて、なんかするかよぉ……」
「……黒木さん、貴方の気持ちはよくわかりました。」
だから酔い潰れろ、と繰り返す拓矢を感情のない冷ややかな目で見詰める葵は、チラリと時計を確認する。
「黒木さん」
「んー……」
「貴方が私に言った絶対に後悔をさせないし、大切にするという言葉も全て嘘だった。」
「あったりまえじゃんっ!
…………えっ、しんじちゃってたのー?」
アルコールの影響で頭が回らない拓矢は、眠そうな小馬鹿にした口調で返事をする。
「……信じたかったですよ。」
小さな声で答えた葵の言葉をかき消すように、バーの仕掛け時計の鐘が鳴る。
「シンデレラじゃないですが、鐘が鳴りましたね。
……約束の三ヶ月です。
これで恋人ごっこは終わりだわ。」
葵がカウンターから立つ音に重なって、ドアベルが鳴る。
「さようなら、黒木さん。
今後は、業務以外のことで二度と話しかけないでください。」
自分の荷物を回収した葵は感情の籠もらない声で別れを告げ、酔いが回って動けない拓矢に背を向けた。
「……ま、てよっ!」
「っ……!」
背を向けて立ち去ろうとした葵の腕を、拓矢は勢いに任せて乱暴に掴んだ。
「うるっせぇ女だなっ!
賭けが、あんだよっ……だまってホテルに行ってっ……ヤラせろよ……っ!」
「いたっ……やだ、離してっ……!」
掴まれた腕の痛みに葵が顔を顰めて抵抗するが、拓矢の手を振り払えないことに危機感を覚える。
「さっさと来っ……」
「気安く彼女に触れないで貰えますか?」
嫌がる葵を無理矢理に連れて行こうと、掴んだ手の力を強める拓矢。
……だが、その乱暴な腕を振り払った者がいた。
「……え……なんで……?」
広い腕の中に優しく引き寄せられて、抱き締められた葵は目を見開いて戸惑う。
「……いぬ、かいくん……?」
「……間に合ってよかった……!」
戸惑いながら見上げた葵の視線の先には、いつもの黒縁眼鏡を外し、心底安堵した表情を浮かべた彰良がいた。
「(……きれいな……目……)」
普段は整えられている髪も乱れ、本気で駆け付けてくれたとわかる彰良の瞳を見て、葵は場違いなことを思う。
「おいっ……じゃま、を……」
「これ以上、無作法を働くならば警察を呼びますよ。
女性を無理矢理ホテルに連れ込もうとする酔っぱらいがいる、と。」
頭上からジロリと見下ろし、拓也から隠すように葵を抱き締める彰良の最後通牒。
「うっ……クソっ……!」
周囲の白い目もやっと感じたのか、アルコールが回った頭でも分が悪いと判断した拓也はカウンター席にどっしりと座り直す。
「マスター!
何でもいいから酒を出せっ!」
「かしこまりました。」
すねた子供のように葵達に背を向け、拓也は酒を持ってこい!とマスターに怒鳴る。
「行きましょう、先輩」
「え、あの支払いが……」
拓矢に再び絡まれないうちに立ち去ろうと促す彰良を制止して、葵は財布を取り出そうとする。
「マスター、此処までの会計をこれで。」
「えっ?!
ちょ、待って、犬飼君?!」
多少は酔っているせいか、素面の時よりは時間がかかる葵を尻目に、彰良がサッと硬質な黒いカードをマスターへ手渡してしまう。
「今度こそ、行きますよ。」
「い、犬飼君……?!」
展開の速さに付いていけない葵の背中を押すように、マスターは穏やかな微笑みで見送るのだった。




