第六話
華の金曜日というのは不思議なもので、明日が休みという開放感に浮かれてしまうのが人間の性なのかもしれない。
「お疲れさまでしたぁ!」
「えー、次に行こうよ」
「二次会はどーする?」
ガヤガヤと散らばりそうで、散らばらない飲み会特有の雰囲気。
「……特に何も起こりませんでしたね。」
「……心配しすぎですよ。」
不自然にならない程度に親睦会の間、己の側にいてくれた彰良に葵は苦笑を返す。
「二次会に行く人ぉ!
こっちですよ!」
「(……犬飼君には悪いけど……)」
キャピキャピとした明るい華乃の声が響き、二次会に行く者たちが動き出す。
「立花先輩は、このまま帰りますよね?
良ければ送って……」
「あっ!
犬飼さん、はっけーん!!」
「……っ?!」
ほろ酔い加減の楽しそうな声音で、彰良を呼んだ華乃。
そのままの勢いで、彰良の腕に華乃は抱き着いた。
「んもぉ!
帰るなんて許しませんよぉ!
私、犬飼さんと今日はたくさんお喋りするって決めてきたんですからっ!」
「すみませんが、自分は明日が早いので二次会には参加しません。」
「ダメですぅ!
さっ!私と一緒に行きましょう!」
つれない態度の彰良に怯むことなく、華乃はガッシリと腕を掴んで抱き締めて離さない。
「いい加減に……っ!」
彰良の腕を引っ張り、無理矢理に連れて行こうとする華乃を拒否しようとした時……
「っ……先輩……!」
違和感を覚えて周囲を見渡した彰良は、葵が姿を消していることに気が付いたのだった。
優雅なピアノの旋律。
カクテルを作るバーテンダーの音だけが響く大人だけの空間。
「葵が素直に付いて来てくれるなんて意外だったよ。」
「……そうですか?
今日は仕事では有りませんし、明日も休日だったので……お酒を飲みたい気分だったんです。」
小洒落たバーのカウンター席に座るのは葵と……拓矢だった。
「へぇ?
そうなんだね。
葵にも、お酒を飲みたくなる時って有るんだ。」
「私も人間ですから。
(うわー……自分で罠に飛び込んでいてなんだけど、自分の勝ちを疑ってない顔だわ。)」
微笑みというにはニヤけた笑みを浮かべた拓矢に、本心を隠して葵も控えめな笑みを返す。
「じゃあさ、葵に美味しいカクテルを教えてあげるよ。
マスター、ロングアイランド・アイスティーを。」
「…………。
(……へぇ?
ソレを頼むんだ。)」
拓矢が注文したカクテルを聞いて、葵の眉がピクリと動く。
「……黒木さんは何を飲むんですか?」
「ん?
俺は……どうしようかな?」
葵がカクテルを飲み終わった後のことを考えているのか、無難なものを選ぶ気満々な拓矢。
「迷っているなら、私が決めても良いですか?」
「葵が?
……まあ、いいよ。」
控えめな笑顔の葵の言葉に、少し考えたものの拓矢は頷いた。
「では、マスター。
彼にも私と同じものを。」
「……は?」
「え……?
私に勧めるくらいだから黒木さんもお好きなのかと……。
まさかとは思いますが、女の私が飲めるカクテルを営業部のエースと呼ばれる貴方が飲めないはずがありませんよね……?」
予想外の注文に目を丸くする拓矢へ畳み掛けるように葵は言葉を重ねる。
「もしかして……黒木さんは、お酒が弱いのですか?」
「……そんなことないよ。
俺が女よりも飲めないなんてことが有るわけないだろ。」
「そうですよね。
会社の人達も黒木さんはお酒が強いって聞いていたから、一緒に飲むのが楽しみだったんです。」
酒に弱いと言われて不機嫌な雰囲気を出す拓矢をフォローするように、葵は嬉しいと微笑む。
「そうだ、黒木さん。
折角ですから恋人らしく、ずっと同じカクテルを飲んでみませんか?」
そういうの憧れていたんです、と微笑む葵に対して、拓矢の笑顔が一瞬だけ引きつる。
「……いいよ。
お互いに同じカクテルを同じように飲む。
すごく素敵な提案だね。」
だが、笑顔が引きつったのも一瞬だけで、すぐに拓矢は自信に満ちた笑顔を浮かべた。
「お客様、失礼します。
ロングアイランド・アイスティーです。」
「じゃあ、乾杯しよう!」
拓矢と葵が注文したカクテルを渡したマスターが、一瞬だけ葵へと心配そうな眼差しを送る。
「二人の記念日に。」
「……ええ、二人の記念日に。」
ガラス同士のぶつかる小さな音を立てた二人は、それぞれにカクテルに口を付けるのだった。




