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その恋、賭けですよね? ~地味OLは全部知った上で三ヶ月後に叩き潰す~  作者: ぶるどっく


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第五十六話



 秋の紅葉が美しい日本庭園。


 純和風の作りの屋敷。


 長い廊下。


 畳が敷き詰められた広い座敷。


「なんだ、その仏頂面は?

 普段にも増して陰気臭いこと、この上ない。」


 伝統的な日本家屋の中にある洋風の一室。


 数代前の当主が購入したという古い、立派な執務机。


「愚弟よ。

 幼い子もいる家に、カビや病原菌を持ち込むな。」


 その執務机の現・持ち主である女性。


 肩口で切り揃えた艷やかな髪。


 赤い唇と豊満な身体。


 ワインレッドのスカートスーツを纏った迫力のある美女。


「っ……貴様が俺を無理矢理に連行したんだろうがっ!」


「そうだったか?

 全くもって知らんな。」


 弟である彰良の怒りなど、どこ吹く風。


 マイペースに、優雅に琥珀色の紅茶に口を付ける。


「このっ…………!」


 一を返せば、千は返ってくる。


 長年の経験で学んでいる姉・緋月とのやり取り。


「だいたいっ!

 何で俺がお前の仕事を手伝う必要があるっ!

 自分の仕事は、自分でやれっ!」


「ふふん。

 私とて、自分の仕事を他人に譲渡するなど有り得ん。

 ……が、初めて連れ込んだ女を泣かせて返すような抜け作など、その程度の使い道しか有るまい?」


「っ……貴様には、関係ない」


 唸るような低い声。


「……しかも、兼子のご隠居の財産を受け継いだお前の同級生、華乃嬢に発破を掛けられたんだろう?」


「ぐっ……」


「華乃嬢からクレームが来ている。

 馬鹿犬を躾け直せ、と。」


 緋月は低く笑う。


「天下の鳳凰堂を相手に、彼処まで啖呵を切られる娘御も珍しい。

 …………あの娘、私の部下に欲しいのだがな。」


「…………」


 心底嫌な想像をしてしまう。


 華乃と緋月。


 二人の女傑に挟まれるなど、死んでもご免だった。


「何れは必ず我が部下に迎えるつもりだが…………お前は、何をしているんだ?」


「っ……」


「惚れた女一人、振り向かせることも出来んとは……情けない男だ。」


「…………彼女は、お前とは違う」


 柔らかな空気。


 頭を撫でる優しい手。


 温かで、味のする食事。


 心が癒される……側にいてほしい、ただ一人の女性。


 ……そんな葵を傷付けてしまった。


「合わせる顔もない……。

 伝えるべき……言葉も、纏まらない……」


 生まれて初めて、グチャグチャになった思考回路。


 考えれば、考えるほどに……ドツボにはまっていく。


「ふむ…………重症だな」


 唇の端が上がる。


 多忙極まりない両親のもとで育った緋月と彰良。


 他者の存在など、見えない壁で拒絶していた弟。


 その弟が……迷子の子供のように立ち竦んでいる。


「立花 葵だったか……?」


「っ?!」


 下がっていた視線を、条件反射の勢いで瞬時に緋月に向ける。


「堅物で同仕様もない抜け作、愚弟であるお前を狂わせる人物。

 …………とても、興味深いと思わんか?」


「っ……貴様、何をするつもりだ?」


 艶やかに、華やかに。


 毒をふんだんに含んだ大輪の花のように嗤う。


「なになに、華乃嬢も執着している様子だからな。

 葵嬢も含め、纏めて我が部下に迎え入れるも一興だと思っただけよ。

 ……葵嬢は、中堅クラスの会社の総務には勿体ない能力を持っている様子。」


「彼女はっ……」


「ああ、お前はいらん。

 面倒極まりないからな。

 …………それに、葵嬢もお前が側にいては仕事にならんだろうからな。」


「っ………」


 目を細める。


 言い返すこともせずに、拳を握るだけの男。


 ……なんと、情けないことか。


「……愚弟、お前は本当に男か?

 惚れた女を家に連れ込んでいたのに、押し倒していないだろう?

 お前…………ちゃんと付いているのか?」


「っ?!

 何の話をしているんだ貴様はっ?!」


「何って……ナニだろう?」


「っ…………」


 頭を抱える。


「…………緋月、そこまでにしようか?」


「っ……悠真?!

 わ、私は何も悪いことはしていないぞ!」


 扉が開き、入って来た柔らかな男の声。


 声が聞こえただけで狼狽える姉。


「お義兄さん……」


「こんにちは、彰良君。

 緋月が意地悪をして、ごめんね。」


「いえ……」


 柔らかな笑顔。


 背中のおんぶ紐に一人、胸元の腕にもう一人。


 双子の一歳にもならない女の子達。


「悠真!

 私は意地悪など……」


「君と彰良君は違う。

 君の相手は、幼馴染の僕だった。

 だからこそ、分かり合えた部分が大きい。

 でも、彰良君の相手は違うだろう?」


 まっすぐに緋月を射抜く視線。


「しかも、君が調べた限りだと色々と柵もある。

 ……力技で突き進めば、壊れてしまう子もいる。

 大声で愛を叫んで、すぐに身体で愛を確かめ合う。

 君の炎のような求愛が向かない相手もいるんだ。

 春の日差しのように、優しく寄り添い、ゆっくりと愛を育む関係も有るんだよ。」


「うっ……だが、な……」


「だが、は無いよ。

 彰良君の恋愛に姉であろうと口を挟んではいけない。」


 反論しようとする緋月を悠真は、ピシャリと跳ね除ける。


「此処から先、お相手の女性から逃げるか、引き下がるか。

 それを決めるのは彰良君自身だ。」


 チラリと彰良へ視線を向ける。


「っ……」


 悠真の言葉に彰良は無言を返す。


「彰良君、君はもう何が悪かったのか理解しているんだよね。」


「…………」


「悪いことをしたと思ったらね、その子に"ごめんなさい"って言ってみよう?」


「……赦して、もらえるだろうか……」


 叱られた幼子のような風情。


「許しくれるかは、分からないよ。

 でもね、ごめんなさいをしてみないと、相手の気持ちってわからないよね?」


「…………」


「ごめんなさいをして、彰良君の気持ちを素直に伝えてみようね。」


 出来るかな?と優しく声を掛ける悠真に、彰良は微かに頷いた。


「……流石は、現役保父さん……」


「育休中だけどね」


 くすりと穏やかに微笑む、緋月の最愛の夫。


「眠った子供達を寝かせようとしたら、緋月が可愛い義弟くんを虐めているからビックリしたよ。」


「虐めてなど……」


「緋月?」


「ぐて……彰良、悪かったな。」


「…………別にいい」


 ふぃっと視線を反らせ、バツが悪そうに謝る緋月。


 溜息が漏れそうになった瞬間に、彰良のスマフォが振動する。


「っ……」


 眉間にシワが寄る。


「ほぉ……可愛らしい女性ではないか。」


 青い光を放つ海月の水槽の前。


 ぼんやりとした青い光に照らされる葵の横顔。


 微笑んでいる。


 だが……何処か寂しげで、今にも消えてしまいそうな儚さ。


「っ?! 見るな! 減る!」


 彰良の反応に、後ろから覗き込んだ緋月が感想を漏らす。


「"負け犬さん、来なくて良いの?

 このまま、葵先輩のぜんぶ奪っちゃうから"」


「っ……」


「華乃嬢らしいな。」


 喉の奥で笑う。


「……で?

 負け犬は、負け犬らしく。

 愛する女が骨の髄までしゃぶり尽されるのを、黙って許容するのか?」


「っ……そんなわけっ……無いだろうっ……!」


 一瞬、大きな声で言い返そうとした彰良。


 だが、悠真が抱く幼い姪っ子達が眠っていることを思い出し、声量を落とす。


「帰る……!」


 振り返ることもなく、足早に立ち去る彰良。


「…………緋月?」


「む?!

 だ、だが……あ、あのくらいのお節介は姉として、だなっ……!」


 叱られると悟り、慌てて弁解する最愛の妻、緋月に悠真は溜息を付く。


「……しょうがない人だね、君は……」


「む……むぅ……あ……」


 叱られない雰囲気を悟り、逃げ掛けていた体の力が緩む。


 そして、何かを思い出したように、口元に手を当てた。


「緋月?」


「彰良はどうやって帰る気だ?

 アイツを朝一番に私の車で拉致ったんだが?」


「…………」


 頭を抱える。


 悠真は彰良の受難を、そして……恋の行方が上手く纏まることを祈るのだった。


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