第五十一話
夜明けが遠い秋の早朝。
大きなベットの上に横たわる葵の瞼がピクリと揺れる。
「………………」
ゆっくりと瞼を開ける。
「…………?」
目を開いているのに、定まらずに揺れる視線。
しばらく眼球が動き回り……唐突に意識が浮上する。
「っ…………?!」
文字通り、飛び起きる。
微かに震える体を抱き締める。
「ゎたし…………?」
意識がなくなる直前。
思い出すのは、仄暗い熱の籠もった鋭い瞳。
「あっ…………」
声が掠れる。
あの瞳の持ち主は…………彰良くん?
「っ……」
怖い……ぶわりと毛が逆立つ。
あの怖い、男の…………ちが、う……?
「……たす、け……て……くれた……?」
肌を直接、触られていない。
衣服も乱れていない。
「……だきしめ、て……くれて……」
抱き締めてくれて……
安心して……
「……あやまって……いた、ような……?」
急に男を意識させる言動をした彰良。
「もしかして……男の人に、慣れる……練習の、つもりだった……?」
もしも、そうだったならば…………
「……私……彰良くんが頑張って、くれたのに……台無しにしちゃった……?」
葵のために頑張ろうとしてくれた彰良の言動。
「……私……彰良くんに、ビックリして……迷惑をかけちゃった……」
頭を抱える。
しかも、気絶するように寝落ちして……また、ベットを占領してしまった。
「……彰良くん……どこに……」
静かにベットから降りる。
迷子の子供のような風情で歩き出す。
「…………いた」
リビングにあるソファ。
寝落ちしたのであろう、妙な姿勢で寝ている彰良。
「……首、寝違えそう……」
テーブルの上には、封の空いていないペットボトルの水、体温計、救急箱、タオル、何故か洗面器。
「…………なんで……洗面器?」
首を傾げてしまう。
「……看病、してくれようと……したの……?」
胸が熱くなる。
「…………こわく、ない……」
彰良を見詰めても、湧いてくるのは安心感と……温かい"何か"。
「……寝ずの番……?」
そっ……と、手を伸ばす。
寝苦しそうに眉が寄った彰良の寝顔。
優しく、頭を……撫でてみる。
「……あお、い……せんぱ……」
「っ……?!」
ドキドキと脈打つ心臓。
胸を押さえる。
「(……もう、ちょっと……だけ……撫で、たら……ダメかな……)」
男は怖い。
でも……彰良には触れたい。
「……なんだろうね……この、へんな……きもちは?」
彰良だから怖くない。
側にいたい。
安心する。
……彰良に、触れたい……ふれて、ほしい……?
「…………」
眠る彰良の横に座ってみる。
ガッシリとした肩に頭を寄せてみる。
「ん……」
葵の存在に気が付いたのか、身じろぐ彰良。
「っ……?!」
引き寄せられ、抱き締められる。
一瞬、体を固くする。
「…………」
だが……すぐに体の力を抜いて、抱き寄せられた厚い胸板に頬を寄せてみる。
「ふふ……」
何故か、とても幸せな気持ちになった葵は……目を閉じて、微睡みに身を任せるのだった。
朝日が差し込む。
「…………?」
寝不足でクラクラする。
「っ……!」
微睡みを漂うことなく、一気に意識が覚醒する。
くだらない嫉妬で傷付けてしまった葵。
夜中に混乱したり、熱が出た時のために一晩中眠らないつもりだった。
「っ……ねてっ……?!」
朝の四時を時計が刻み、寝室の扉越しに様子をうかがっても、静かなことに彰良は安心した。
その安心で気が緩み、長距離を運転した疲れも相まって眠ってしまった彰良。
慌てて葵の様子を確認しようと、体を動かそう…………として、何かが可笑しいことに気が付く。
「は……な゛っ……?!」
体が硬直する。
「なっ……でっ……?!」
自分の胸元に押し付けるように抱き締めている存在。
「う……ん……?」
体を起こそうと動いた振動で、微かに目を開いて……目があった。
体が石のように固まる。
冷や汗が溢れ出す。
声が出ない。
「っ……あ……?!」
「ぅん……?
んー……あ、きら……くん……?」
眠たげに、トロンとした表情。
「……あきら……くん、だぁ……」
「っ?!」
にへら……と幸せそうな微笑み。
ぶわりと毛穴が開く感覚。
「葵先輩?!
なっ! なんでっここに……ねなっ、寝ないでくださいっ?!
ちょっ?! 何を考えているんですかっ?!」
「うゅ?」
「可愛い顔をしても駄目です!
なっ、じぶ……俺っ手を出してませんかっ?!
か、体はっ痛いところとか……いやっ手はっ……手は出していないはず……出していないよな……?」
知性も、理性も、全てが乱れる。
「んん……て……?
あきら……くんの、手……すき、だよ……」
ひゅっ、と喉が鳴る。
「そ、その手ではなくて……その……いやな、ことを……怖いことを、したのでは……ないか、と……」
「……あきら、くんは……して、ない……やさし、もん……」
ふにゃりと笑って、幸せそうに胸元に擦り寄る葵に、彰良は泣きそうになってしまう。
「俺が……怖く、ない……の、か……?」
泣きそうに歪められた顔は、まるで母を求める幼子のよう。
「…………怖くないよ」
微睡んでいた意識が浮上する。
泣きそうな顔に胸が痛む。
少しでも励ましたくて、葵は自分から手を伸ばして彰良を抱きしめたのだった。




