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その恋、賭けですよね? ~地味OLは全部知った上で三ヶ月後に叩き潰す~  作者: ぶるどっく


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第四十九話



 鍵が開く音が響く。


 動きを感知した照明に光が灯る。


「お、お邪魔します……」


「……葵先輩……何故、緊張されているんですか……?

 自分の家に来るのは、既に三回目だと思うのですが……?」


「うぅ……彰良くん、普通はね……先輩が後輩の家に前置きなく三回もお邪魔することはないと思うの。

 ……迷惑ばかりお掛けしている我が身が恨めしい……」


 何よりも、微妙に彰良の家に慣れ始めている自分が恐ろしい。


 …………いつかの未来……彰良の横にいるのは……自分以外の誰かなのに。


「葵先輩なら……毎日でも、構いませんが?」


「冗談でも嬉しいよ。

 ありがとう、彰良くん……」


 優しい彰良のお世辞。


 一抹の寂しさを感じていた葵の心が温かくなる。


「……冗談、では……ありませんよ」


 ほんの少し。


 ほんの少しだけ……声が低くなる。


「彰良くん?」


「……いえ……」


 首を傾げる無防備な葵。


 ……細い体を抱き寄せて……演技でも"愛しい"と囁いた唇を塞いでしまいたい。


「……葵先輩……鞄は……」


「あ……うん、確かソファのある部屋に……」


「行きましょう」


 此方へ、と葵を誘導する。


 暴走しそうな欲を、ありったけの理性で押し留める。


「……そう言えば……お腹が減りませんか、葵先輩?」


 すぐに鞄を見付けて、安心したように微笑む葵の背中。


 その背中に、足止めするための楔を放つ。


「え……?

 そうね……確かに、お腹が減ったかも……」


「……何か……食べに行きませんか?

 自分は、一人で食べに行くよりも葵先輩と一緒の方が……気が楽ですから。」


「……でも、彰良くん……疲れてない……?

 ずっと、今日は運転してくれたし……渋滞にもはまっちゃったし……」


「疲れていないと言えば、嘘になりますが……自分は家に有るもので料理は作れませんから……」


 困ったように微笑む。


 こう言えば……葵の返事は、予想できる。


「……それなら……簡単なもので良ければ、私が何か作っても良いかな?

 彰良くんの家のキッチンとかをお借りすることになっちゃうけど……」


「……良いんですか?

 葵先輩の手料理、すごく食べたいです」


 予想通り。


 求める結末を迎えるための誘導。


 布石は揃いつつある。




 キッチンへ移動した二人。


「問題は……何を作るか、なの」


 昨夜の夕飯のために買った材料。


 残っているのは、調味料の類。


 卵、玉ねぎ、豆腐、乾燥ワカメ、葱。


「…………目玉焼き……?」


「彰良くんは、目玉焼きが食べたいの?」


「いえ……この材料で自分が作れそうなものが、です。」


「ふふふ……目玉焼き、美味しいと思う。

 私は半熟が好き。

 あと、ご飯の上に乗せて、目玉焼き丼とかします。」


「……美味しそうですね。」


 残った材料を見て、葵は考える。


「……パックご飯は使い切っちゃったし……パスタ麺か冷凍ウドンが有れば……」


「……パスタ麺なら、確か…………ありました」

 

 葵の言葉に彰良が自動的に補充される食品の中にパスタ麺が有ったことを思い出す。


「……賞味期限も……大丈夫です」


「……ありがとう、彰良くん……。

 でも、ごめんね……読めないの……」


 彰良が取り出したパスタの乾麺。


 そのパッケージは葵が購入するような、スーパーの棚に並んでいるものでは無かった。


「…………八分ほど茹でるタイプのようです。」


「彰良くんが何カ国語を話せるか、すごく気になるけど……聞くのはやめとこうと思う。」


「葵先輩になら、自分の経歴や実家のことを含めて全て包み隠さずに、お伝えしたいと思っていますよ?」


「いやいやいや……彰良くん?

 好奇心は猫を殺すって言うでしょう?

 ……恋人とか、婚約者でもない……ただの職場の先輩に話すことじゃないよ。」


 笑顔で交わす。


 葵にだってわかる。


 其処は、ただの先輩が踏み込んで良い領域ではないことくらい。


「…………知りたくなったら、いつでも聞いてくださいね。

 葵先輩が……聞いてくれる日を、自分は待ってますから……」


「えっと……ありがとう?」


「…………」


 話を終わらせるためか。


 料理に集中する葵。


 料理の邪魔にならないように下がる。


「…………っ」


 パスタを茹でる鍋とは別の小鍋も準備している。


 そんな葵を背後から抱き締めたい欲に駆られた。


 ……だが、それを許されていない関係。


 欲に駆られて動いてしまえば、すべてが泡沫の泡となる。


 その関係が…………彰良は切なく、苦しかった。


「パスタを茹でている間にっと……」


 小葱を切る。


 小鍋に豆腐とワカメを投入し、麺つゆで味を整える。


 シンクにザルを用意した頃合いで、スマフォのタイマーが鳴る。


「……葵先輩、パスタの鍋は自分がします」


「え……彰良くん、ありがとう。」


 シンクに白い湯気が上がる。


 お湯が流れる音と共に茹で上がったパスタ。


「あとは……」


 平皿に手早く茹で上がったパスタを、真ん中が窪むように盛り付ける。


「葵先輩……カルボナーラですか?」


「あー……確かに。

 ある意味では、和風カルボナーラって言えるのかな?」


「……言えるのかな……?」


「うん、なんちゃって釜玉パスタだから」


「なんちゃって……?」


 真ん中の窪みに卵を一つ。


 麺つゆと小葱を散らす。


「彰良くん、コレは熱い内に食べる方が美味しいの。」


 ハイテーブルへ並んだ二人分の釜玉パスタとお吸い物。


「いただきます」


「……いただきます……」


 葵の真似をして卵を崩す。


 パスタと卵を絡めるように混ぜ、立ち昇る湯気に誘われて大きく一口。


「っ…………!」


 熱いパスタ麺に卵黄が絡む。


 小葱の香りが鼻を抜ける。


「…………」


 出汁の香りに誘われて、吸い物に口を付ける。


 熱い……だが、優しい味。


「…………彰良くん、おかわりいる?」


「っ……?!」


 ビクリと肩が揺れる。


「……彰良くんは……やっぱり可愛いね」


「っ?!」


 クスクスと笑いながら、彰良の空っぽの皿を持って葵が席を立つ。


 戻って来た葵の手には、新しいパスタとお吸い物。


「…………恥ずかしい姿を、すみません……」


 口元を手で覆い、顔を背ける。


「恥ずかしくないよ。

 それだけ美味しく食べてくれているってことでしょう?

 作った私としては、美味しく食べてもらえてすごく嬉しい。」


 幸せそうに微笑む葵。


「……葵先輩の、料理は不思議です。

 温かくて、ホッとして……優しさに包まれている気がします」


「っ……あ、りがとう」


 羞恥と幸せ。


 二つの感情が入り混じった、温かな笑顔。


 葵の胸が高鳴る。


「…………」


「…………」


 無言の食事。


 しかし、その沈黙は何故か心地よかった。


 


 遅い夕飯を終え、二人で皿を洗う。


「葵先輩、珈琲を淹れました。」


「……ありがとう、彰良くん」


 夕食後の片付けも終わり、葵は時計に目を向ける。


 既に時計の針は、二十二時を回ろうとしていた。


「……彰良くん、今日は奥多摩湖まで連れて行ってくれて、すごく楽しかったです。」


 ありがとう、と微笑む。


「自分の方こそ、葵先輩が一緒で……とても、楽しかったです。」


 湯気が昇る熱い珈琲。


 飲むためには、冷めるまで時間が掛かる。


「彰良くん……珈琲を頂いたら、そろそろ帰ろうと思うの。」


 寂しい気持ちはある。


 だが、これ以上は彰良の迷惑になることは出来ない。


「そうですか……」


 まだ熱い珈琲を見詰めながら、彰良が返事をする。

 

「…………葵先輩は、明日は何か用事は有りますか?」


「用事……?

 いえ、特に何も無いけど……?」


 唐突な問い掛け。


「……終電は有りますが、こんな時間に女性を一人で帰すなど出来ません。

 物騒な世の中ですから、葵先輩が無事に帰り付いたか心配で溜まらなくなると思います。」


「……酔ってないし、自分の家にくらい帰れるよ?」


「葵先輩が酔っていなくても、質の悪い酔っぱらいに絡まれる可能性が有ります。」


「それは……否定できないけど……」


 土曜日の夜。


 明日も休みと思えば、羽目を外す人間は多いだろう。


「あと……自分は葵先輩に謝らなければならないことが……有ります……」


「彰良くんが、私に?」


 目を丸くする。


 彰良が葵へ謝ることなど、何一つとして思い浮かばない。


「……実は……さっき気が付いたのですが……」


 飼い主に叱られそうな大型犬の空気。


「その……葵先輩の着ていたジャケットを……間違えて一緒にクリーニングに出してしまったのでは……ないか、と……」


「……え?」


「朝一で出さないと月曜に間に合わないことを思い出して……。

 ……焦っていたので、ソファの上に有った自分の背広と纏めて出してしまった可能性が……有ります。」


「……洗面所で脱いだ服は持ってるけど……そう言えば、ジャケットだけ……見当たらない、かも……」


 すみません……と大きな体を小さくして謝る彰良。


「さっきアプリで確認した時に、出した覚えのない項目が有って……発覚しました……」


「ちなみに……いつクリーニングから戻って来るとか……」


「…………月曜日の朝です」


「そっかぁ…………だ、大丈夫!

 ジャケットが無くても何とかなるよ!」


 笑顔で返しつつも、葵は内心で頭を抱える。


 必要最低限の服しか持っていない葵。


 しかも、服を選ぶのも苦手だからこそ、羽織っておけば何とかなるジャケットは重宝していた。


「……葵先輩……これは、あくまでも提案と言いますか……」


「……?」


「困らせてしまっている原因は、自分の不注意です……。

 正直、女性の葵先輩にこんなことを提案するのは申し訳ないのですが……」


「…………?」


 歯切れの悪い彰良。


 視線も彷徨い、微かに頬も赤いような……?


「……ジャケットが戻ってくるまで…………此処で、待ちます……か……?」


「待つ……?

 月曜日の朝まで……?」


 視線を逸らした彰良が、微かに頷く。


「それって…………月曜日まで……とま、る……?」


「……原因は、自分ですから……」


「で、でも……迷惑だし……」


 戸惑う。


 月曜日の朝まで彰良と過ごす?


「自分の方が葵先輩に迷惑を掛けている立場です。

 ……葵先輩が嫌でなければ……自分は、葵先輩が月曜日まで……一緒にいてくれることは…………歓迎します。」


「…………嫌ではないけど……彰良くん……だし……」


 嫌ではない。


 そう、嫌ではないのだ。


 彰良が相手ならば、拒否する理由が無いと……葵は思ってしまった。


「…………いいのかな……?」


「葵先輩が……良いの、ならば。」


 微笑む。


 無害な後輩の皮を被って。


「………………お世話に、なります……」


「っ…………ありがとうございます、葵先輩」


 迷った末に、葵は彰良と月曜日の朝まで共にあることを選んだ。


 彰良もまた、己の策がなったことに、心の中で昏く微笑むのだった。


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