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その恋、賭けですよね? ~地味OLは全部知った上で三ヶ月後に叩き潰す~  作者: ぶるどっく


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第四十七話



 赤、黄色、橙色。


 季節の移ろいと共に色鮮やかに変化する山。


 大きな湖の湖面に映る鮮やかな色合い。


 そう……季節は山燃える秋。


「彰良くんの行きたい場所って……奥多摩湖だったのね」


 車窓から見える風景。


 色鮮やかな紅葉。


「……紅葉が見頃だと聞きましたので。

 ドライブがてらに紅葉を眺める。

 葵先輩も気に入って頂けると嬉しいです。」


「ありがとう、彰良くん。

 彰良くんのおかげで綺麗な紅葉が見れました。」


 彰良へと視線を向け、葵は微笑む。


「もし、葵先輩が嫌でなければ…………少し散策しませんか……?」


「散策……?

 私、奥多摩湖は初めてなの。

 歩ける場所があるのね。」


「どちらかと言えば、歩く方がメインかと。

 湖の上に浮かぶドラム缶橋が有名です。」


「ドラム缶……?

 ドラム缶だけでできた橋があるの?」


 ドラム缶橋。

 

 葵は目を丸くする。

 何百個ものドラム缶だけで作られた橋が脳裏に浮かぶ。


「…………葵先輩、一応言っておきますが……ドラム缶だけで作られた橋では有りません。」


「え……? ちがうの?」


「……違います。

 橋を支える浮体が昔はドラム缶だったということが、由来らしいですよ。」


「ドラム缶って重そうなのに、浮くからすごいね。

 教えてくれてありがとう、彰良くん。」


 素直に感謝を伝え、少しだけ恥ずかしそうに頬を染める。


「えっとね……紅葉を見ながらお散歩って、なんだかデートみたいね。

 彰良くんはそんなつもりは無いだろうけど、すごく楽しそうだなって思うの。」


「……………………そうですか……喜んで頂けて何よりです……」


 無邪気な笑顔。


「(……どう手を打つべきか……。

 このまま……異性として見ていないと勘違いされ続けるのも……。

 だが、下手に男の欲を見せると怯えさせてしまう……)」


 まさに進退窮まる。


「(…………現状維持が……無難、か……?)」

 

 ため息を付きたい気持ちをグッと抑える。


 窓の外を眺める葵をチラリと見る。


「…………」


 柔らかで、安心しきった笑顔。


 葵への想いを自覚したのは、何時だったか。


「(……あの頃は……此処まで…………)」


 苦笑する。


 それでも欲しくて堪らないのだから、しょうがない。


「……葵先輩、到着しました。」


「ありがとう、彰良くん。」


 初めて出会ったのが二年前。


 葵を好きだと自覚して一年。


 ……業務以外で初めて話した、あの夜のオフィス。


 確実に近付いた……だが、手を伸ばせば届くはずの距離が、同仕様もなくもどかしかった。





 紅葉が見頃ともなれば、訪れる人は少なくはない。


 だが、遊園地や観光地ほどの騒がしさがないことに葵は安堵する。


「彰良くんっ!

 湖面に紅葉が映って揺れて……すごくきれい……」


「……山と湖面。

 確かに、壮観ですね。」


 美しい秋の紅葉。


 天高く、美しい青空。


 ……しかし、それ以上に麗しい横顔。


「……綺麗、ですね」


「そうね、彰良くん。」


 葵は、目を細めて無邪気に笑う。


「湖と言えば……アヒルさんボート?」


「……すみません、葵先輩。

 何故、アヒルさんボートという発想に?」


 見惚れていた彰良が、現実に引き戻される。


「え……?

 湖のボートと言えば、足漕ぎのアヒルさんボートのイメージがあるんだけど……?

 彰良くんは、アヒルさんボートを知らない……?」


「いえ、存在は知ってますが……」


 デートではない。


 あくまでも、葵の認識はデートではないと分かっている。


 だが……一応なりとも後輩とはいえ、隣に成人男性がいるにも関わらず…………アヒルさんボート。


「…………乗りたい……ですか?」


 正直に言えば、気は進まない。


 何が悲しくて大の男が……アヒルさんボート。


 しかも、190cmを超える身長を持ち、ガタイも良い彰良が……アヒルさんボート。


「……葵先輩が、乗りたいならば……」


 乗りたくない。


 乗りたくない、が……


「え、乗らないよ?

 もしかして、彰良くん……乗りたかった?」


「いえ、自分も乗るつもりは有りません。」


「良かった。

 昔ね、アヒルさんボートに兄達と乗ったけど、水に落ちちゃったことがあるの。

 だがら、今の季節はやめとこうかなって……」


 過去を思い出し、クスクスと苦笑する。


「待ってください。

 何故、水に落ちるようなことに?」


 思い出し笑いをする葵に対して、聞き捨てならない部分が有った。


「ん……確か、小学生くらいだったかな?

 兄二人とアヒルさんボートに乗ってて、二人が喧嘩したの。

 私はつまんなくて、水面を覗いていたら……そう、二人が同時に勢いよく立って……」


 懐かしい思い出。


 父が兄三人と葵をボートのある公園に連れて行ってくれた日。


「兄達が立った拍子にボートが揺れて……気がついたら落ちてたの。」


「…………笑えません」


 笑えない。


 もしその時に、葵が死んでいたら……?


 彰良と出会うことなく、隣にもいなかった。


「…………葵、先輩……」


 葵と出会わなかった自分は…………この想いを知ることもなく……。


「うん……助かったから、笑い話になったけど……ね。

 兄達はたくさん父に叱られたし。

 その父も兄達二人と一緒に、正座で母に叱られたわ。」


「…………」


「私も、改めて思い出してみて…………あの時に助かってよかった。

 ……だって……彰良くんに出会えたから。」


「っ…………!」


 拳に力が籠る。


 言葉に詰まる。


「……葵先輩は……」


「……?」


「……何でも、有りません……」


「彰良くん?」


 葵は、首を傾げる。


 二人の間を秋風が通り過ぎ、紅葉を天に舞い上げる。


「……葵先輩、少し歩きましょう。」


「……彰良くん、いま……」


 話を逸らされたことに気が付く。


 彰良が言い掛けた言葉。


「…………うん、ゆっくり歩こっか。」


 言葉を飲み込んで微笑む。


「あ、そうだ……彰良くん」


「はい」


「手……繋いでくれる?

 私が水に落ちないように。」


 無邪気な笑み。


「っ…………喜んで……」


 彰良の不安に気が付いたのか?


 無邪気な笑みが、彰良の理性を刺激する。


「ありがとう」


「……どう、いたしまして……?」


 都心よりも低い気温。


 手を繋ぎ、ゆっくりと歩を進める。


「…………」


「…………」


 湖と山の境界線を歩く。


 沈黙が包む。


 穏やかで、優しい時間。


「……ねえ、彰良くん」


「…………?」


「あれ、が……さっき言ってたドラム缶橋かな?」


 葵が指し示した先。


 湖の真ん中に浮かぶ橋があった。


「……渡りますか?」


「いいの?」


 嬉しそうな好奇心に満ちた瞳。


「……自分が一緒で宜しければ。」


「うん!

 彰良くん、一緒によろしくね。」


「っ…………此方こそ……」


 好奇心に満ちた子供のような笑顔。


 会社で見ることのない、葵の表情。


「……けっこう、揺れる?」


 水面にうかぶ橋。


 一歩足を踏み入れれば、不安定な足元。


「んー……」


 恐る恐る二歩、三歩。


「案外……平気、かも?」


「……先輩、油断した時が一番危険です。

 決して、水面を覗こうと身を乗り出さないでください。」


「…………彰良くん、私は子供っぽいかもしれないけどね……」


 少しだけ唇を尖らせる。


「私は、彰良くんよりも二つは年上の先輩ですよ。」


「理解しています。

 自分は……葵先輩を子供とは思っていません。

 しっかりと、一人の女性として……認識、しています……」


 目を細める。


 真っ直ぐに葵を見詰め、想いを込める。


「それなら良いんだけど……。

 時々、彰良くんは私のことを子供扱いしている気がして……。

 まあ……兄達からの末っ子扱いには慣れているので良いですけど……」


「………………」


 ガックリと肩を落とす。


 ……どうして、こうも伝わらないのか?


「彰良くん?」


「……何でもありません」


「…………?」


 ゆっくりと歩く。


 葵よりも体温の低い掌。


 葵よりも大きな掌。


「(……彰良くんは……すごいなぁ……)」


 彰良と出会って二年。


 まさか此処まで仲良くなれると、過去の自分は夢にも思わなかった。


「(……真面目で、優しくて……頼りになるし……)」


 チラリと彰良を見る。


 ただの先輩でしかなかった葵を助けに来てくれた。


 葵の気持ちを大切にしてくれた。


 異性を怖がる心を認め、寄り添ってくれた。


「…………」


 恋愛が怖い……分からない葵。


 でも、彰良が誰よりも素敵な男性であることだけは理解している。


「(……きっと……彰良くんは、異性に慣れさえすれば……すぐに可愛い彼女ができる。)」


 そうすれば、きっと彰良は幸せな未来を掴む。


 ……其処に……葵の居場所はないけれど。


「っ……?」


 つきり……胸が痛む。


 胸元を押さえる。


 寂しさを感じる。


「(…………変、ね……。

 疲れてるのかな……?)」

 

「……葵先輩?」


 思考の海から意識が浮上する。


「……ううん、何でもないの……」


 脳裏に浮かんだ疑問から無意識に目を逸らす。


「葵先輩……心此処にあらず、と言った雰囲気でしたが……?」


「ん……?

 えっと……彰良くんは…………うん、なんでもないの」


 ふわりと微笑む。


「…………気になります」


「ふふ……なんでもなーい」


 彰良の手を離し、ワザと数歩先に行く。


「葵先輩、危ないです」


「……平気だよ?」


 無理に距離を詰めようとしない彰良。


 振り向いて葵が答える。


「……足元が不安定です。

 無理に急ぐと湖に落ちてしまいます。」


「あ……だから、彰良くん……ゆっくりと歩いてくれていたの?」


 合点が行く。


 いつもよりゆっくりと歩いていた彰良。


 それは、不安定な足場を輪にかけて揺らさないため。


「そっか……でも、大丈夫だよ。

 私は、落ちたりしないよ?」


「わかりません。

 注意を払っておくべきかと。」


 不安げに揺れる眼差し。


 葵の過去の思い出がそうさせたのか?


「……大丈夫だよ」


「……絶対は、有りません……」


 真っ直ぐに葵を見つめる心配そうな顔。


 何処までも、葵を案じてくれる彰良。


「……落ちたとしても、彰良くんが一緒なら……大丈夫だもの」

 

 無邪気な微笑み。


 葵には、心の底から……そう、思えた。


「っ……そ、れは……」


 言葉に詰まる。


 それは……彰良が相手なら、何処までも一緒に堕ちる。


 ……そう、言われた気がした。


「……自分も……葵、先輩が一緒なら…………大丈夫、です……」


「ふふ……一緒だね」


「……一緒、ですね」


 ……何時まで、耐えられるだろうか?


 葵の無垢な笑顔を見詰め、理性にヒビが入りかけている彰良は一人思うのだった。


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