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その恋、賭けですよね? ~地味OLは全部知った上で三ヶ月後に叩き潰す~  作者: ぶるどっく


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第四十六話



 二人で仲良く並んで食べた肉まん。


 甘いチョコレートが、心を緩ませてくれる。


「まだ目的地まで、もう少し時間が掛かります。」


「……ねえ、彰良くん。

 私……何処に行くのか、知らない気がする……」


「……言っていませんから。」


「そうなの?」


 キョトンとした顔を浮かべる。


「……不安では……?」


「え?」


「行き先も知らずに、車で移動することになった……ことに、不安があるのではないか、と……」


 葵の反応を確かめるように、彰良が見つめる。


「彰良くんなら……私が好みそうな場所に、連れて行ってくれる気がします。」


「……っ……自分を、信頼しすぎかと……!」


 無条件の信頼に、思わず目を逸らす。


「……?

 あ、そうだ……彰良くん、まだ時間がかかるなら、一度トイレに行って来ます。」


「……分かりました。

 トイレの前で待っています。」


「はい、すぐに戻ってきますね。」


 トイレへと足早に向かう葵の背中。


「…………」


 出てきた葵の姿が、すぐに気が付ける場所に立つ。


「おにーさん」


 静かに葵を待つ彰良のもとに、呼んでもいない来客が現れる。


「おにーさん!」


「やっば! めっちゃ格好良いんだけどっ!!」


 佇む彰良の前。


 一般的には美人の分類に入る二人の女性。


「あの〜私たち、二人で遊びに行くつもりなんです!」


「良かったらぁ……一緒に遊びませんか?」


 擦り寄るような猫撫で声。


 振られるはずがないと自信に満ちた目。


「…………」


「あ、お兄さんが相手だったらぁ……ねえ?」


「うん!

 ホテルでもぉ……何処でも付いて行っちゃうかも!」


 鼻に付く化粧の香り。

 

 下卑た目。


 全てが彰良の気に障る。


「…………!」


 その時、葵がトイレより出てきた。


「っ……!」


 葵の体が固まった。


 女に囲まれている自分。


 勘違いされた……!


「ねえ、ねえ。お兄さん、無視しないでよぉ」


 無遠慮に伸ばされた気色悪い手。


 彰良が葵の名前を呼ぼうと口を開こうとした……瞬間。


「お待たせしました」


 葵が優雅に微笑む。


「っ……!」


 初めて見る葵の表情に息を呑む。


「…………アンタ、だれ」


「…………」


 トイレより出た瞬間に見えた光景。


 嫌がっていると見ただけでわかる彰良の様子。


「(助けなきゃ……!)」


 腹に力を込める。


 母の教えを思い出す。


『立てば芍薬しゃくやく、座れば牡丹ぼたん、歩く姿は百合の花』


 意識して背を伸ばす。


 指先まで神経を通わせる。


 女性らしく艶やかに。


「どうなさいました?」


「ちよっと!

 無視するんじゃないわよ!」


「そうよ!

 このお兄さんは、私たちと遊ぶって……」


「あなた?」


 女達の声を無視する。


「っ……?!」


 突然の"あなた"呼びに彰良は驚く。


「ふふ……やはり、仕事柄あまり付けられないといえ、結婚指輪はしておくべきでしたね。

 …………妬いてしまうもの。」


 たおやかに。


 言葉に甘さを含ませる。


「あお……」


「それ以上は、おっしゃらないで。

 人前で名前を呼ばれるなんて……恥ずかしいもの。」


 彰良の唇に人差し指を添える。


 目を見開く彰良。


「わかっていますから。

 あなたが……私以外の(ひと)に目を向けるお方ではないことは……。

 昨夜と言わず……あなたから、十二分に愛されている身としては……ね?」


「っ……?!」


「いつも……なかなか離してくださらないから……身に沁みて、わかっておりますもの。」


 クスクスと艶然と笑う。


 葵の唇が嫌に赤く見える。


「っ…………」


 喉が鳴る。


 視界が葵以外を映さない。


「ねえ……あなた。

 あなたとの二人だけの時間を、私……とても、楽しみにしていましたの。」


 唇から離した指先を、彰良の腕にそっと這わせる。


「あなたが、私以外に目を向ける方ではないと承知しております。

 ……そうでなければ、あなたの元へ自ら参りませんわ。」


 彰良の逞しい腕に向けていた視線を上げる。


「……明日の朝まで……」


 目元を赤く染め、潤む瞳。


「……愛するあなたを……」


 甘く、蕩けるような色香。


 周囲の無関係な男達の視線が集まる。


 顔を赤く染め、生唾を飲み込む男達。


「……独り占めさせてほしいの」


「っ………!」


 頬を薔薇色に染め、恥ずかしさに耐えながら。


 健気で可愛い……お願い。


 彰良をナンパしていた女達すら赤面させる、葵の色香。


「っ……当然だ。

 あお……愛する貴女の隣を譲る気は毛頭ない。」

 

 体が熱い。


 心拍が上がる。


 頭が急速に冷える。


 目の前の女のことしか、考えられない。


「明日の朝と言わず……一生離さない。

 貴女は、俺だけのものだ……」


 細い肢体を抱き寄せ、頬に手を添える。


「嬉しい……」


 彰良の手に、己の手を重ね、擦り寄る。


「約束、ですよ」


 花も恥じらう葵の微笑み。


 腕を絡めて、立ち去る二人を止めることができる者は誰もいなかった。




 車へと戻った二人。


 扉を閉めた途端に、葵の微笑みが消え去る。


「彰良くんっ……!

 お願いだからっ今のは全部忘れて!」


 羞恥心で首筋まで赤く染まった葵。


 顔を両手で覆い、泣きそうな声音で叫ぶ。


「…………っ」


「あのっあのねっ!

 ナンパっ……困ってるみたいでっ……た、たすけなきゃ、と思って……!

 お、お母さんの真似をしただけなのっ……!」


 羞恥心でいっぱいいっぱいの葵。


 だからこそ、運転席の彰良の様子に気が付けなかった。


「っ…………無理に、決まっている……!」


 低く掠れた声。


 小さいが、無視できない声の圧。


 音がしそうな程に、噛み締められた歯。


「え…………?」


 引き寄せられる。


 激情が渦巻く。


 一瞬だけ……交わった視線。


「……っ……!」


「……………っ……?!」


 額に感じた熱い感触。


 一瞬だけで離れる。


「っ…………すみませんっ……」


 欲に耐える。


 抑え込んだ雄の本能。


 頭を抱え、ハンドルに伏せる。


「(あんな……あんなっ……!

 女としての顔を見せられてっ……耐えられる筈が、ないっ……!)」


 脳裏に繰り返される甘い声。


 可愛いおねだり。


 演技だ。


 演技だとわかっている。


 だが……熱を孕んだ瞳で。


 艶っぽい雰囲気で。


 "愛するあなた"と言われ。


「(……怖がらせたくないっ……!)」


 深く息を吐く。


 体の奥の熱を、欲を吐き出すように。


「……いまの……え……?」


 額を押さえる。


 混乱する。


 グルグルしていた羞恥心が吹き飛ぶ。


「(……いまの……なに……?

 え……? おでこに、キス……された……?)」


 目を瞬かせる。


「(え……なんで……?

 ……おでこ……おでこ?」


 急速に葵の思考回路が動き出す。


「(えっと……恋人とか、恋愛相手なら……唇、だよね……?

 あれ……前に一度、普通にキスされそうになって……でも、今回はおでこ……?

 ……おでこは……小さい頃に、紫苑兄さんがキスすることもあったっけ……?

 そう言えば……さっき、子どもっぽいの好きって……つまり、子ども扱い?)」


 衝撃が走る。


「(つまり!

 彰良くんは、私を異性としてもう見ていない!

 だから、私は安心して彰良くんに頼れるし、触られても嫌じゃないんだっ……!)」


 パァッと葵の世界が明るくなる。


 父親や兄達以外に、側に寄っても大丈夫だった理由。


 それは、彰良が葵に向ける感情が家族愛の延長、親愛のようなものに変化したから。


「(……そっか……そっかぁ……。

 彰良くんは、私のことを女として見ていないから大丈夫なんだ。

 ……そう言えば、彰良くんも異性に怖がられて、付き合ったりした経験ないって言ってた……。

 あ……だったら、私も一応女だから、彰良くんの役に立てるかもしれない……!)」


 大きく頷く。


 全てのピースが綺麗に嵌まる。


 何よりも、彰良の力になれるかもしれない。


「……彰良くん……?」


「………………なに、か?」


 苦しげな声が返ってくる。


「……大丈夫?」


「………………」


「えっと……ね、私……怖くなかったよ……?」


「っ…………」


 彰良の腕に、そっと触れる感触。


「たぶんね、彰良くんなら……大丈夫みたい……」


 頭を伏せたまま。


 腕の隙間から、チラリと視線を向ける。


 優しい微笑み。


「彰良くん……」


「……葵、せんぱい……」


 誘われるように頭を上げる。


 いつもと雰囲気が違う。


 少しだけ、期待してしまう。


「彰良くんは…………私を異性として見ていないから平気みたい。」


「………………は?」


 素が出る。


 思考が止まる。


 今……何と言った?


 異性として、見ていない?


 誰が?


 誰を?


「彰良くんも、異性が苦手って言ってたし、私たち一緒だね。」


「……いや、ちが……」


「私が異性に慣れる練習を彰良くんが助けてくれるでしょう?

 だから、私も一応括り的には女だし、彰良くんの異性に慣れる練習相手に丁度いいかなって。」


「………………」


「私も、彰良くんのために頑張って……えっと、引っ付くね。」


 にこにこと純粋な笑み。


 他意も、悪意も無い……善意100%。


「(……どうして、そうなるんだっ……………!)」


 別の意味で頭を抱える。


「彰良くん……?」


「っ……なんでも、ありません…………」


 無垢な瞳に言葉に詰まる。


 彰良の受難は始まったばかりかもしれないのだった……。


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