第三十八話
壁一面の壁面収納。
その中心に大型テレビが鎮座する。
「……思っていたよりも……短かったですね……」
ローテーブルを囲むように設置されたソファ。
コの字型の大きなソファに彰良と葵は並んでいる。
「……上場大手や全国規模の被害で無ければ、テレビ放送は少ないかと。」
テレビと向かい合い座る二人の間には、クッションが一つ。
「……そうですよね。
勤務している私たちにとっては大問題ですけど……世間から見たら、小さなことかもしれませんね……」
「葵先輩……」
何とも言えない微笑みを浮かべた葵に、彰良は何も言えなくなる。
「……何方にしても、月曜日からとても忙しくなることは確定ね」
「……全く嬉しくない確定事項ですね。」
嬉しくない話だと言いつつも、顔を見合わせ微笑み合う。
「……あのね、彰良くん」
「……はい」
「その……遅くまで居座ってごめんなさい。
そろそろ……帰ろうかと思うの……。」
「…………」
微笑み合っていた顔を逸らし、小さく呟いた葵。
彰良は沈黙を返す。
「……っ……。
(葵先輩…………)」
もう少し……。
もう少しだけ一緒に……。
言葉にできない。
言葉にしてしまえば…………本当に離れられなくなる。
「あ、きらくんも……疲れていると思うから……私一人で……」
「駄目です。
夜道を一人で歩かせるわけにはいきません。」
「っ……し、んぱいをしてくれて……ありがとう。
でも、まだ電車も有るから……」
「自分が送ります……いえ、送らせてください。」
互いに視線を外して話す二人。
「…………」
ありがとう、一人でも大丈夫です。
そう、返せば終わる会話。
終わる、会話……。
立ち上がって、お礼を一言添えて……玄関を出ればいい。
「(……どうして……言葉が、でないの……?)」
引き止められていない。
車で送るとさえ、言ってくれている。
どうして……?
その言葉ばかりが、頭の中を回る。
「……そ、う言えば……華乃ちゃんは……帰れたかしら……?」
「……どうでしょう。
最も、彼女は要領がいいので……案外、すぐに帰ったかもしれません。」
不自然な話題の変換。
しかし、彰良もそれに応える。
「……最近、葵先輩は兼子さんと仲が良すぎる気がします。」
「そ、そうでしょうか……?」
「……自分は葵先輩に撫でられたこ……っ……!」
「え……?」
漏れてしまった本音。
慌てて口を押さえる。
「彰良くん……?」
「……わ、すれてください……後生ですから……」
太腿の上に肘を付き、口元を覆い、赤く染まった顔を横に向ける。
「…………撫でて、欲しかったり……するの……?」
「っ…………!」
華乃が葵から与えられた……全てが欲しいなどと言えない。
「……彰良くん、嫌だったら……祓い除けてね。」
「なっ……?!」
葵の伸ばされた手が、優しく彰良の頭を撫でる。
「いや……?」
「っ…………その、聞き方は……卑怯、過ぎます……!」
葵の方へと顔を向けられない。
優しく、ただ優しく……慈しむ掌の感触。
ゆっくり、ゆっくりと。
緊張した糸を解くように。
「(…………きもち、いい…………)」
触れるだけ。
ただ繰り返し触れるだけの体温。
「…………」
満たされる。
手作りの料理。
……満たされる。
体の力が、抜けていく……。
「……彰良くん?
(……あれ?
何か……寝息が、聞こえるような……?)」
撫でれば、撫でるほどに。
彰良の反応が小さくなっていく。
「まさか……眠っちゃった……?」
撫でられただけ。
撫でただけなのに、眠ってしまった彰良。
「……っ……?!
おもっ…………!」
ゆっくりと傾く体。
肩にかかる重み。
「……ど、しよう……」
気持ちよさそうな寝息。
「(…………目を閉じると……幼く、見える……)」
寝息を感じる距離。
至近距離で見える顔。
「(……帰らなきゃ……でも、動くと……起こしちゃう、よね?
……起きなかったとしても……鍵をかけられない……)」
緊張しつつも……嬉しいと感じる心。
理知的な彰良の……無防備な表情。
「(……彰良くんも……疲れてるだろうし……しゅ、終電を逃さない時間までなら……いいよ、ね……?)」
安心しきった彰良の寝顔。
ジッと見詰めていれば…………眠気に誘われていく。
「(……あきら、くんの……ねが、お……かわいい、なぁ……)」
少しずつ閉じていく葵の瞼。
しばらくすれば…………部屋の中には、二つの寝息が響くのだった。




