第三十六話
エノキ、玉ねぎ、胡瓜、葱。
豚こま肉、鶏の細切れ肉。
豆腐、乾燥ワカメ、卵、お味噌。
塩コショウ、味醂、料理酒、醤油、麺つゆ。
「彰良くんが戻って来るまでに、玉ねぎの皮むきを終わらせちゃお。
……本当は、包丁が欲しいけど。」
黙々と玉ねぎの皮を剥いていく。
「…………葵、先輩……お待たせしました。」
「あ、彰良くん。
(……あれ?
顔じゃなくて、頭を洗った……?
…………しかも……なんか、いっ、色気が…………!)」
水気を含んだ髪に首を傾げる。
そして、同時に何処か気怠げで、掠れた低い声。
「……あの、これは……何の匂いですか……?」
「に、匂いですか……?
あ、玉ねぎの匂いだけど……ごめんなさい、苦手でしたか?」
跳ねる鼓動を押さえつけ、平静を装う。
「いえ、苦手というか……玉ねぎは、刺激が強い匂いがするんですね……」
「火を通すとだいぶ和らぐけど、刺激的ですよね。」
葵の手元を注視する彰良。
「彰良くん、まな板と包丁を貸してもらえますか?」
大きく息を吸って、気合を入れなおす。
余計なことを考えず、葵は調理に集中することにした。
「あ……ええ、すぐに」
彰良が取り出した包丁とまな板。
「彰良くん、小さめのボール、小鍋とフライパン、菜箸も良いかしら?」
「……すぐに。」
彰良が言われた通りに準備していく。
その間に胡瓜、玉ねぎ、葱にエノキを切っていく。
「あの、葵先輩……どうしてフライパンにアルミを敷くんですか?」
「これね、とっても便利なの。
魚焼きホイルを敷いて……」
手早くエノキに豚こま肉を巻いて、塩コショウをふり、魚焼きホイルの上に並べていく。
火を着ければ、徐々に香ばしい香りが広がる。
「エノキの豚肉巻きが焼けたら、ホイルごと外して……。
そのまま、フライパンが使えるから便利なんです!」
「なるほど……」
彰良の疑問に答えつつも、葵の手は止まらない。
「……小鍋の方が親子丼ですか?」
「いいえ、これはお味噌汁です」
豆腐を手の上で切り、静かに投入する。
ひと煮立ちさせ、火を止めて乾燥ワカメ、出汁入り味噌を溶かす。
「……味噌汁……ですね。」
「はい、お豆腐とワカメのお味噌汁です。」
彰良の部屋に広がる出汁と味噌の香り。
「エノキの豚肉巻きが焼けたので、お皿をくれますか?」
「…………」
差し出された大皿にアルミホイルごと置けば、豚肉の焼けた香りが立ち昇る。
「………………。
(……俺の……部屋じゃないみたいだ。)」
空いたフライパンに鶏肉、玉ねぎを炒めて、調味料を加えていく。
「…………先輩、何品作っているんですか?」
「え? えっと……四品です。
親子丼、お味噌汁、エノキの豚肉巻き、胡瓜の……和え物?」
「……? 和え物?」
「……名もなき料理……?」
「……そんな料理があるんですか?」
「えー……何というか……適当、即興……?
有るもので作る……簡単レシピ……的な、感じでしょうか……?」
名前があるのかも分からない。
家にある材料で作る料理。
「……楽しみです」
「うっ……あのね、彰良くん。
豚肉巻きや親子丼も含めて、あんまり期待しないでね……」
彰良の期待に葵は苦笑する。
「……なぜですか?
既に、美味しそうですが?」
「あ、りがとう……そうだ、彰良くん。」
「はい」
「……味見、してみますか?」
「……味見、ですか……?」
葵の提案に目を丸くする。
「料理って、出来立てが一番美味しいものもありますから。」
菜箸をサッと洗い、アルミホイルの中からエノキの豚肉巻きを一つ取り出す。
「まだ、ちょっと熱いかもしれませんけど……」
「っ…………」
葵が手を添え、差し出されたエノキの豚肉巻き。
「(…………葵先輩は……俺の理性を試しているのか……?
いや…………天然、過ぎるだろう……!)」
「彰良くん……?」
「……い、いただきます……」
差し出された豚肉巻きを一口で頬張る。
「……っ……?!」
一口噛む。
溢れる熱い肉汁。
舌の上に広がる脂の甘さと香ばしさ。
シャキリとしたエノキの食感と旨味。
塩コショウのシンプルな塩気。
「…………味がする」
「えっと……」
目を見開いて呟いた感想。
「彰良くんも……時々、私の予想を超える答えを出しますよね。」
くすくすと笑う。
「……葵先輩には……敵いませんよ。」
「そうかな?
彰良くん、この味は嫌いですか?」
「……嫌い、ではありません……」
一瞬だけ躊躇う。
「……あたたかい……と、思います。
恐らく……自分は、美味しいのだと……」
余韻を味わうように、目を閉じる。
「いえ……美味しいです。」
瞼を開け、柔らかく微笑む。
微笑みに混じる微かな熱。
滲んだ色気。
「っ…………。
(その、表情は……ひ、きょうでしょう……!)」
「葵先輩?」
「もっ!
もうすぐ……親子丼もできますから……!
そろ、そろ……ご飯を温めようかと……思います……!」
電子レンジを貸してください!と葵は平静を装う。
「(さ、最近の……彰良くんは、心臓に悪い気がする……!)」
彰良を前にすると、何故か早まる脈。
……冷静に考えれば答えなど出ている。
だが……葵は無意識に目を逸らす。
「彰良、くん……あの、丼とか……お椀って、ありますか……?」
「…………無い、ですね。」
「……では、適当な平皿に親子丼は盛り付けて、お味噌汁はスープマグにでも入れましょうか?」
彰良から受け取った皿へ、完成した料理を盛っていく。
「…………親子丼、と言うよりは……親子プレート?
まあ、食べれれば良いですよね。」
盛り付けまで完成し、ハイテーブルに彰良が並べた料理を見て呟く。
「いただきます。」
「……いただきます。」
向かい合わせに座った二人。
「彰良くん、親子丼も、お味噌汁も、熱いので火傷に気を付けてくださいね。」
「……わかりました。」
目の前に並んだ四品を見詰める。
「……っ……」
湯気に混じって立ち昇る味噌の香り。
息を吹きかけ、少しだけ冷まし……熱さを覚悟して口を付ける。
熱い……だが、火傷するほどではない熱さ。
熱さと共に広がる出汁と味噌。
そして、葵が最後に散らした葱の香りが鼻腔を抜けていく。
柔らかな豆腐とワカメの磯の香り。
「っ……」
誘われるように、エノキの豚肉巻きへ手を伸ばす。
ちょうどいい塩梅。
茸の香りと豚の甘み。
「…………」
口の中を占領する豚とエノキの旨味。
口直しを求めて胡瓜を摘み、放り込む。
胡瓜の水気。
麺つゆとオリーブオイルの風味。
シャキシャキとした歯ごたえ。
豚の脂をさっぱりと洗い流す。
「…………っ」
黄色と白。
二つの色に絡まった鶏肉と玉ねぎ。
大きく掬って、一口。
鶏肉の旨味、玉ねぎの甘み。
鶏と玉ねぎの美味しさが出汁に溶け出し、白米に絡んだ白米。
次から次へと、口に運びたくなる。
「あの……彰良くん……?」
「……っ?!」
戸惑った声音で呼ばれた名前。
「おかわり……いりますか?」
「……あ……え、いつのまに……」
葵の声に目を瞬かせる。
気が付けば、目の前の食器全てが空になっていた。
「……すみません……恥ずかしい姿を見せてしまいました……。
(……こんな、失態は……生まれて初めてだ……!)」
食事に無我夢中になり、我を忘れる。
そんな経験など無かった彰良。
あまりの失態に頭を抱えたくなる。
「……それだけ……気に入ってくれたということですよね。」
ほとんど減っていない食事を前に、葵は微笑む。
「……葵先輩……」
「親子丼とお味噌汁を注いできますね。」
「いえ!
それくらい、自分で……」
おかわりをよそって来るという葵を止めようとする。
「彰良くん。
このお夕飯を作ったのは、彰良くんへのお礼です。
だから、私にさせてくれると嬉しいです。」
「…………わかり、ました。
お願いします、葵先輩……」
嬉しそうに微笑み、キッチンへと向かう葵の背中。
「……どうぞ、彰良くん。
胡瓜も有るから、好きなだけ食べて下さいね。」
「ありがとうございます……」
渡された食器に、再び湯気が上っている。
「……あの、もし良ければ……なんだけど……」
「葵先輩……?」
「まだね、豚肉巻きに手を付けていないの。
……私の分も食べますか?」
「……っ?!
いえ! お言葉は嬉しいですが、葵先輩の分まで食べるつもりは……!」
慌てた様子で拒否を示す彰良。
「彰良くんの食べる姿を見ていたら、それだけで胸がいっぱいになったの。
だから……食べてくれると残さないで済むから嬉しいな、と。」
葵は幸せそうに、嬉しそうに微笑む。
「…………ありがとうございます。」
「うん、どうぞ」
食器ごと彰良へとエノキの豚肉巻きを手渡す。
「…………」
今度は一口、一口……噛み締めるように味わう。
「……彰良くん?
親子丼、気に入ってもらえましたか?」
「……とても、美味しいです。」
満たされる。
満たされていく。
「葵、先輩の料理は……あたたかい。
満たされる……そんな気持ちになります。」
「……良かったです。」
満たされる心と体。
彰良の言葉の意味を全ては理解できていないかもしれない。
それでも、幸せそうに料理を頬張る姿に……葵の心も満たされるのだった。




