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その恋、賭けですよね? ~地味OLは全部知った上で三ヶ月後に叩き潰す~  作者: ぶるどっく


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第三十一話



 静まり返った総務課。


 事の成り行きを見守る一同。


「貴女は……立花さんは、十分に強いと思うわ……。

 ……………………佐山くんが……好きになるはずね……。」


「有馬主任……?」


 有馬のボソリと呟いた言葉は、葵の耳には届かなかった。


「……もしかして……お疲れですか?」


「疲れていないと言えば、嘘になるけど……」


「……お昼ご飯は食べましたか?」


「そう言えば、バタバタしていたから食べていないわね。」


 葵の問い掛けで、有馬は気が付く。

 問題が発生して以降、水すら飲んでいなかったことに。


「……少々、お待ち頂けますか?」


「え……立花さん?」


 有馬の答えに葵が静かに動く。

 自分のデスクにあったタッパーを持ち、姿を消す。


「お待たせしました。」


 五分程度で戻ってきた葵の手にはお盆。


「何を?」


「お腹が減ったら戦は出来ないでしょう?

 ……手作りが苦手で無ければ、お茶と一緒にお召し上がりください。」


 コトリと静かに置かれた緑茶とアンコ巻き。


 微かに立ち昇る緑茶の香りが、有馬の鼻腔をくすぐる。


「……いいの?」


「余計なお世話でなければ……」


 小麦粉色の薄焼きパンケーキに包まれた餡子。


 バターの香りが混じった甘い匂い。


 その香りに、有馬は知らず知らずの内に疲労が溜まり、空腹だったことを自覚する。


「……いただきます」


 一口頬張れば、餡子の優しい甘みとバターの香りが広がる。


「……美味しい……」


 すぐに飲めるように調整された温めの緑茶。


「…………」


 力んでいた身体から力が抜ける。


 少しだけ緩んだ心。


「……立花さん……改めて、ごめんなさい。

 不安と焦りで……八つ当たりをしてしまったわ。」


 ほのかに暖かい湯呑みを手に、有馬は息をつく。


「そして……ありがとう。

 美味しいお茶とお菓子だったわ。

 ……立花さんのお陰で、また頑張れそうよ。」


 心と一緒に柔らかくなった有馬の微笑み。


「有馬主任のお役に立てて良かったです。」


 葵はふわりと微笑む。


「……あの頃の私は、有馬主任みたいに……強い女性になりたかった。

 指を差されて笑われても、馬鹿にされても、一人で立ち向かっていけるような……」


「…………」


「……有馬主任は、私の理想です。

 真っ直ぐで、強くて、眩しいくらいに綺麗。

 私の憧れる格好良いキャリアウーマンです。」


「……立花さんだって、十分に格好良いわ。」


「ありがとうございます。

 ただ、私はまだまだなんです。

 ……気を抜いたら怖くて、立ち止まりそうになりますから。」


 だけど……と葵は思う。


「…………背広の約束があるから……頑張ろうって、思えるんです。」


「背広?」


 ふふふ……と笑う微笑む葵。


「っ…………!」


 微笑む葵の背後で、ボキッと音がした。


 少しだけ離れたデスクに座った彰良。


 その手に持っていた鉛筆が、二つに折れていた。


「(…………こんな場所で……卑怯、だ……)」


 静かに、深く……息を吐き出す。


 力の入る拳。


「(…………手を、伸ばして……)」


 待つと。

 

 選ぶまで待つ、と決めていた。


「(………………)」


 ……だが、少しだけ……欲を、出しても許されるだろうか。


「(……そう言えば……最近は、犬飼君と二人っきりになることがないような……?

 ……少しだけ、寂しい……気がする、のは変かな?)」


 背後の彰良の動揺に気が付くことなく、葵は瞳を伏せる。


「(……迷惑……じゃなかったら……)」


 あの夜に掴んだ背広。


 指先に背広の感触がないことに、寂しさを覚える。


「(……犬飼君と……話したいな……)」


 デスクで業務中であろう彰良。


 背後を振り返り、歩み寄りたい衝動に駆られる。


「(……取り敢えず、仕事を終わらせなきゃね。)」


 切なげな空気を纏いつつも、伏せた瞳を上げれば、宿っているのは強い意志。


「立花さん……。

 (……言えないわ。

 佐山くんに好意を寄せられている彼女に嫉妬していたなんて……)」


 黒木にホテルに連れ込まれそうになった数年前のあの夜。


 間一髪で助けてくれたのは、酔ったフリをした佐山だった。


「(……佐山くんに話し掛ければ、何時だって彼女の話ばかり。

 私とは真逆で優しくて穏やかな彼女に……私は、なりたかった……)」


 だけど、と有馬は思う。


「……理想だなんて、私に憧れるなんて言われたら……勝てないじゃない。」


「有馬主任……?」


 吹っ切れたと有馬は強く笑う。


「立花さん、どうかしら?

 もし、この山を乗り越えて、会社の危機を脱したそのときは、私の側で働く気はない?」


「え……?」


 言葉にすると、とてつもなく良い考えだと有馬は感じた。


「そうよ……私に必要なものは、疲れているときに癒してくれる人材……!」


 書類に、外回り。


 上司への対応。


 部下の指導。


 業務に追われ、疲労を感じた瞬間に……差し出される緑茶とアンコ巻き。


 敬愛を宿した瞳と控えめな微笑み。


「……最高だわっ……!」


「あ、あの……?」


「立花さんっ!」


 勢いよく掴まれる葵の両手。


「吉村課長へは私が直談判するわ!」


 癒しを与えてくれるだけではない。


 周囲への気遣いや根回し、次の業務に必要なものを予測できる能力。


 まさに、縁の下の力持ち。


「絶対に許可をもぎ取るから!

 そのときは、私の側で働いてくれると嬉しいわっ!!」


「そ、そのときは……よろしくお願い、します……?」


 有馬の熱意に押され、葵は困ったように微笑むのだった。


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