第十八話
時の流れとは不思議なもので、一瞬が永遠にも感じられる。
だが、同時に永遠とも感じる時を、瞬きの間として捉えることもある。
「……困らせてしまって……すみません。」
「いえ……その、私も混乱していましたから……」
一瞬とも、永遠とも感じられた時間。
合わせた額と服越しに伝わる鼓動。
二人の熱を分け合い、どちらともなく離れる。
「…………」
「…………」
何処かぎこちない距離。
交わらない視線。
響くことのない声。
「…………犬飼君、備品チェックを終わらせましょうか。
もし、気不味ければ私一人で……」
「葵先輩、それは駄目です。
……大切な女性を一人に出来ません。」
「…………犬飼君は……私を……甘やかし過ぎ、だと思います……」
逸らされていた視線が交わり、すぐにまた逸らされる。
「……そうでしょうか?
自分は、そうは思いませんが。」
「…………」
「……葵先輩……?
何か、自分は変なことを言いましたか?」
瞳を伏せていた葵が、不思議そうに彰良を見上げた。
「……犬飼君は……一人称は"俺"なんですね。」
「っ……!」
指摘された事実に、口元を押さえる。
本心を隠すように、黒縁眼鏡をはめる。
「そう言えば……その黒縁眼鏡も伊達ですか?」
「………………」
ぐうの音も出ない。
悪意なく追い詰められる問い掛け。
「……犬飼君?」
「…………言ったでしょう。
余裕など……ない、と。」
微かに染まった耳。
後ろ首に手を添え、外れかけた仮面を取り戻そうとする。
「…………っ……!」
「……あまり……踏み込まない、方が……その、今は……自分も、理性が……」
「ご、ごめんなさい……」
彰良の燻った熱に、慌てて視線を逸らす。
「(…………助けなんて来ない……。
そう……思っていたけど……今は、差し伸べられた手を……掴む勇気が欲しい……)」
……例え、もう一度傷つくことになったとしても。
「(……傷付くことが、怖い……。
……一人きりの方が……ずっと楽だわ……。)」
孤独を選べば、傷付くことは無い。
「(……だけど……死ぬまで、逃げ続けるなんて……嫌だ……)」
生きて、生きて、生き抜いたその先で……笑顔で幸せと言えるだろうか?
「…………でも……選ぶ、ためにも……知りたい、と思って……」
彰良くんのことを……と、微かに零れ落ちた心。
「っ……葵、先輩……?」
ギュッと服を握り、覚悟を振り絞り……彰良へと瞳を向ける。
「……一歩踏み出すのは怖い、わ……。
でも……もう、逃げたくないの……。」
強い輝きを放つ瞳。
「……彰良くん、からも……兼子、さん……からも……」
真っ直ぐに……。
「……自分の意思で……前に、進みたいと思っています。」
恐怖を意志の力で押さえ込む。
進む覚悟を決めた。
「……っ……格好良すぎるでしょう……!」
強さを兼ね備えた美しさ。
彰良を魅了し、惹きつけて離さない。
「……これでも、犬飼君の先輩ですから。」
葵は自分の意思で岐路に立つ。
「後輩たちに、負けてばっかりではいられないでしょう……?」
靭やかな微笑み。
「……ただ……もし、私がまた……泣きそうな、ときは……犬飼君の、背広を……貸してくれますか……?」
「っ……」
彰良の袖口を掴んだ細い指先。
微かに揺れる瞳。
……初めて、見せた甘え。
「……そんな……顔で……っ……」
直視できない。
「……本当にっ……葵、先輩は……卑怯だ……!」
口元を押さえて、逸らされた横顔。
染まった首筋。
「……葵先輩が、望むなら……俺、ごと渡します……」
耐えられない。
愛しさが溢れて止まらない。
「……えっと……ありがとう……が、頑張って、受け取り、ますね……」
逃げずに受け止める。
返された柔らかな微笑み。
「…………っ…………」
今度こそ、激情を抑えるように葵へ無言を返すのだった。




