≪本論・十二人の怒れるヒーラー11≫
後日、私はブルー・タリスマンことブルータスにインタビューを行った。
のちに
【聖女裁判】
と呼称される事になる、あの見世物裁判が一体何であったのかを確かめるために。
私がマクシアの仲間であったので、ブルータスはオフレコで質問に答えてくれた。
「あれは裁判の場を借りて、認知処理療法、を試みたのです」
認知処理療法とはPTSDの治療法の一つである。
彼女はV8野戦病院でPTSDに罹患した者達を助けようとしたのであった。
トラウマに対する認知に働きかけ、罪悪感・恥・自己非難・自責感などの、苦しみを生み出す、信念、を修正していくが認知処理療法である。
「信念とは、それが正しいと信じる、思考、と、心、の二つで構成されています。信念を修正しようとした時、理屈、だけでは駄目なのです。理屈によって修正が可能なのは信念の内の思考だけですから。思考だけ修正しても、心が修正されなければ、心に引きずられて思考も元の状態に戻り、信念は苦しみを生み出すままとなってしまいます。ゆえに、理屈とは別で、心を修正していく要素が必要なのです」
ブルータスは認知処理療法についての独自見解を述べていく。
「ならば、心を修正していく要素と何か、と私が検討した結果、導き出した答えが、信仰、でした」
信仰とは、特定の対象を絶対のものとして信じて疑わないこと、である。
「理屈で思考を、信仰で心を、それぞれ修正し、この両輪によって信念の修正を達成しようと私は考えたのです。では、何を信仰の対象とするか?」
彼女は確信をもって言った。
「マクシアです。どれほど熟慮しても、彼女以外に有り得ませんでした」
ブルータスはマクシアを超越的存在へと押し上げ、彼女を偶像化する事にした。
そのためにはマクシアは偉大な存在であるとPTSD罹患者達に認識させなければならない。
そこでV8野戦病院での大功をすべて彼女一人のものにする事にしたのである。
本当は、マクシアとブルータスで議論し、協力して成し遂げた二人の功績なのだが、偶像化のためにマクシアへ一本化したのであった。
そして、ゲインロス効果、も狙った。
ゲインロス効果とは、一貫した評価を受けるよりも、途中で評価が逆転した方が、対人魅力に与える影響が大きいとする理論である。
要するに、普通に祭り上げるよりも、一度下げるだけ下げて、そこから一気に祭り上げる方が、より凄く感じられるという事であった。
ゆえに聖女裁判の前半では、マクシアを貶める誹謗が雨あられと行われたのである。
この【ブルータス式認知処理療法】を、いざ実施しようとした時、大問題が発生してしまった。
偶像となるマクシア当人が、
「それは無理ですね~。私のような人間が信仰されるだなんて悪い冗談が過ぎます~。絶対ダメです~」
と固辞したのである。
ブルータスは説得しようとしたが、マクシアの決意は変わらなかった。
だがブルータスは諦めなかった。
PTSDに苦しむ多くの人々を救わなければならないがゆえに。
よって彼女は強硬手段を取った。
マクシアに一服盛り、昏睡させ、余計な真似を出来ないようにして、強制参加させたのである。
そうして聖女裁判を実施された。
結果は成功であった。
理屈で思考を修正するだけでなく、偉大なる聖女・マクシア様は絶対絶対絶対正しいのだという信仰を抱かせた事によって心も修正され、苦しみを生み出す信念が改められて、PTSDに苛まれている者達の症状が沈静化し、楽になれたのである。
ブルー・タリスマンは、識のブルータス、と称されているが、識、とは何なのか?
それは、見識、の、識、であり、つまり彼女は、「見識が高く、行動力に優れている」という意味なのである。
識のブルータスの名は伊達ではなかったのである。
彼女はその行動力によって、時には剛腕までをも振るい、PTSD罹患者達を救済したのであった。
ブルータスはPTSDの苦しさについて、
「とてもつらいです。「死にたい」という気持ちになるのではないです。「死ななければならない」という気持ちになるのです」
と語っていた。
その様子から私は悟った。
(彼女自身もPTSDを患ってしまっているんだ。そしてマクシアを偶像化し信仰する事によって他者だけでなく自分も救おうとしている)
補足だが、ブルータスは以後も、この件について、その行動力の権化振りを発揮していく事となる。
残念ながらPTSDに完治はない。
ゆえに、症状のぶり返しを防ぐため、信仰を存続させねばならないのである。
そこでブルータスは、救心、を目的とした教団を設立したのであった。
信仰の対象として扱われる御本尊が聖女マクシアであり、教祖がブルータスである。
けれども御本尊であるマクシアの了解が得られないので、彼女には内緒で結成したのであった。
そのためマクシアに気付かれないよう、様々な偽装工作が行われたのである。
まず教団名であるが、マクシア教団、ではモロバレで完全にアウトである。
よってマクシアの名をアルファベット表記にするとMaxiaである事からニックネームがMaxとなるので
【マックス教団】
とした。
御本尊もそのまま、聖女マクシア、とは出来ないので改変した。
マクシアは、V8野戦病院において救命のために平然と倫理観を破壊した事から、単なる聖女ではなく
【マッド聖女】
であるとし、略して
【マッ女[まっじょ]】
という敬称にした。
そして先のマクシアのニックネームと合わせて御本尊は
【マッ女マックス】
と呼称する事にしたのである。
掛け声は聖女裁判の時のものを採用し、
「V8を讃えよ!」
であった。
実は聖女裁判の後、同じ法廷で、もう一つ臨時冒険裁判が行われていたのである。
そちらは完全非公開であり、経緯が不明であるため、結果だけを記す事にする。
被告イェン・シェントは有罪、S級冒険犯罪人とする。




