第2話
太陽がかなり高くまで上がり、町はいっそう賑わい始めた頃。お店の戸が開く音がしました。
からんころん
「こんにちは。エリシアちゃん。」
「リゼさん!こんにちは。」
彼女はリゼさん。近所に住む、とっても綺麗で優しいお姉さんで、この町のマドンナでもあります。
「グレースちゃんも、こんにちは。」
「こんにちは。…あ!」
「赤ちゃん!だね!可愛い…」
リゼさんは今年の春、結婚し先月お子さんが生まれました。
「ありがとう。イアンって言うの。」
「イアンくん!よろしくね〜」
エリシアはイアンくんのルビーのような瞳をじっと見つめて、何かを感じとっているようでした。
「不思議な子でしょう。この子には、何か特別なものを感じるの…私はあまり魔力がないから、よく分からないけれど…」
リゼさんは困ったように笑いながら、そう言いました。
「イアンくんは確かに他の子供たちと比べて潜在的な魔力がかなり強いです。」
「そうなのね…」
リゼさんは不安そうに言いました。
「心配はありませんよ。これほど魔力の強い子は、自分で魔力の制御が可能です。」
「そう、良かったわ。私ではきっとイアンを支えることができないもの…それに、この子にはエリシアちゃんの作る、ぬいぐるみがそばにいてくれるわ。」
「…ただ、この子のためのぬいぐるみは、お作りするのに時間がかかります。3ヶ月はかかるかもしれないです…。」
「かまわないわ。この子にとって一番良いことはエリシアちゃんにぬいぐるみを作ってもらうことだもの。」
「そんな、大袈裟ですよ。」
「本当よ。」
エリシアはいつも褒められると、心底居心地の悪い思いでいるのでした。
けれど、彼女のもつ魔力はイアンのそれを遥かに上回るほど膨大で、本来の力が発揮される時、この世界の全てを覆してしまえるほどです…
……この世界の歪みも彼女とならば………ですが……
「そ、それじゃあ!イアンくんの情報を読み取らせていただきます!グレース!紙をお願い!」
「え、ええ。」
ぬいぐるみを作るには様々なものが必要ですが、その中でなくてはならないものがあります。それは、好き嫌いから考え方や価値観、魔法の種類、そして、14歳を迎えた時の姿に至るまで、その子の全ての情報です。これがなくては、良きパートナーを作り得ません。エリシアは自身の魔力によってこれらの情報を読み取り、紙にその情報を移し替えるのです。
ぱあぁぁぁ
エリシアは広げた両手をイアンくんに向け、静かに情報を読み取ります。
しばらくして、用意した紙にその情報を移し替えます。
「終わりました。」
エリシアはいつものように穏やかな笑顔でそう言いました。
他人の情報は膨大です。それを一時的とはいえ、自身に入れることは普通ではありえないことです。
普通の人であれば、他人の情報が一気に押し寄せてくると、脳の処理が追いつかなくなり、気絶、場合によっては死に至ります。
しかし、エリシアはそれを難なくこなし、笑顔でいるのです。普通の人には、このエリシアの異常さに気がつけないでしょう。
「本当にありがとう。よろしくね。」
「おまかせください!」
そう、エリシアが言うとリゼさんは安心したようにお店をあとにしました。
◇
エリシアはふたりが帰った後、先程の紙とにらめっこをしていました。
「わぁぁ…イアンくんは大変だな」
「やっぱり、だいぶ作るのが大変なの?」
「そうなの。彼のぬいぐるみ、言わば相棒を作るということは、つまり彼を支えられるほどの魔力が必要。久しぶりに遠出になりそうよ。」
ぬいぐるみを作るためには魔力が必要です。けれど、その魔力はエリシアから出る魔力では作れません。エリシアは、その子にふさわしい魔力の源となる「種」を集めて、それを「ぬいぐるみ」にするのです。
そのため依頼を受けると、魔力の「種」を集めるために、数日から数ヶ月お店を閉めることがあるのです。
「そうなのね。でも、私ももちろんついて行くわ。」
「でも、だいぶ大変な旅になるかもしれないのよ。」
「かまわないわ。エリシアとだったらどこにでも行くわ!」
「グレース…!本当にありがとう!!」
こうして、エリシアの長い旅が始まったのでした。
しかし、この時は思ってもいませんでした。
この旅がエリシアの、そしてこの国の運命を変える道であったことを。




