第8章:伝説の料理人が作る『バフ飯』で従魔たちが超絶強化!? 親父から受け継いだ鋼の双包丁を手に、俺たちはついに『天空の迷宮』へと出発する
マーカスとエララが苔むした巨大な石のアーチをくぐり、
『森の迷宮』から出た頃には、太陽はすでに沈み始めていた。
涼しい夜風が火照った頬を撫で、
地下特有の息詰まるような湿気を洗い流していく。
エララの後ろには、新たにテイムした巨大な魔物、
『森の守護者・猪人』が、従順な足取りで静かに付き従っていた。
「ねえ……」
エララはバックパックのストラップを握り直し、
どこかメランコリックな笑みを浮かべて呟いた。
「私はこのダンジョンで、死んでしまったオーガと一緒に、数え切れないほどの戦いを乗り越えてきたの」
「私がまだ新人だった頃、初めて会ったのもこの場所だったわ。あの日から、私たちは離れられない存在になったの」
マーカスは黙って頷いた。
その思い出の重さに、静かな敬意を払う。
やがてエララの視線が下へ移り、
マーカスの影の中を嬉しそうに小走りで進む、小さなゴブリンに止まった。
「そういえば……あなたはどうやって、自分のゴブリンと出会ったの?」
少女は不思議そうに首をかしげる。
「忍者クラスが魔物と契約できるなんて、聞いたことがないわ。一体どういうことなの?」
マーカスは金髪の房を手で梳きあげ、
壮大な記憶と過去の傷跡が混ざり合ったような表情を浮かべた。
「約2年前、俺は『ゴラン』って名前の規格外な男と一緒に、原初の迷宮の地下で暗黒の瘴気と戦ったんだ」
マーカスは夜空を見上げる。
「その地獄の底で、俺はこの小さな影のゴブリンに出会った。
自分の絶対的な限界まで追い詰められた時、俺は闇の真の技術を深く理解し、学んだ」
忍者は足を止め、エララを真っ直ぐに見据えた。
「それが世界樹イスリルの干渉だったのか、子供の頃から憧れていた忍者の伝説への執念だったのかはわからない。だが結果として、俺のベースクラスは『幻影の君主』へと進化した」
マーカスは足元の使い魔を見下ろす。
ゴブリンもまた、誇らしげな視線を主人に返す。
「あんたみたいな真のテイマーとは違って、俺はこいつからステータスをもらうわけじゃない。これは魂の契約じゃなく『影の契約』だ」
「影の契約……」
「あの日以来、こいつは文字通り俺の影であり……俺の最高の相棒になったのさ」
エララは魔法にかけられたように、ゴブリンを新たな敬意の目で見つめた。
二人はそれぞれ全く違う方法で仲間を見つけ、
システムのルールを超えた絆を手に入れたのだ。
◇ ◆ ◇
同じ頃。
街の別の場所で、カルダーは父親が営むレストランの重い木の扉を押し開けていた。
店内はローストされたスパイスや、温かいスープの匂いで満ちている。
年老いた父親が、閉店後のカウンターを一人で無言で拭いていた。
「親父」
カルダーは頭のバンダナを外しながら切り出した。
「明日の朝、俺はギルドへ登録に行く。俺は『天空の迷宮』に入る」
父親の手がピタリと止まった。
ゆっくりと振り返ったその顔には、深い皺と、隠しきれない心配の色が刻まれている。
「狂気の沙汰だぞ、カルダー。自殺行為だ。
あの尖塔からは誰も戻ってこないことくらい、お前もよく知っているだろう!」
「わかってる」
カルダーの声は固かったが、父親への敬意に満ちていた。嘘はつけないとわかっていた。
「だが、俺はやらなきゃならないんだ。
俺の古いパーティーの奴らがあの上にいる。見捨てるわけにはいかないんだよ」
「…………」
「親父?」
父親は長く、重いため息をついた。
そして何も言わずに厨房の奥へ消え、数分後、粗い布と革で包まれた細長い束を抱えて戻ってきた。
ドンッ!
鈍い金属音がカウンターに響く。
「一度も使わなかったんだ」
父親は、どこか昔を懐かしむような誇り高い目でその束を見つめた。
「俺が若かった頃、冒険者になってダンジョンに挑もうと考えていた時に買ったものだ」
カルダーが革のストラップを解くと、中には純鋼で単一鋳造された、巨大で美しい双子の肉切り包丁が鈍く光っていた。
致死的な刃と巨大な柄が、見事なバランスを保っている。
「こいつを役立ててくれ、息子よ」
「親父……」
「明日、ギルドに向かう前にもう一度ここへ寄れ。
お前が旅に持っていくための『秘伝のスパイス』をたっぷりと準備しておくからな。仲間の体力を保つために必要になるだろう」
カルダーは言葉を返せなかった。
ただカウンターを回り込み、あふれる感謝と共に、父親の小さな体を強く抱きしめた。
◇ ◆ ◇
翌朝。エランドールの市場地区は、朝日を浴びて活気に満ちていた。
エララの家の下で待っていたマーカスは、降りてきた彼女を見て目を細めた。
休息をとり、エネルギーに満ち、行動の準備が完璧に整っている。
二人は早速、市場のカオスの中へと飛び込んだ。
森の迷宮の素材で得た資金を使い、エララは魔法の鋼で鍛造された一対のヌンチャクと、新品の軽量革鎧を調達した。
マーカスは所持金を文字通りゼロにし、回復ポーションの木箱、爆発・毒・麻痺の各種手裏剣、予備のクナイを限界まで買い込んだ。
「準備は完璧だな」
マーカスが最後のアイテムをインベントリに収納した直後、防具屋のドアが開いた。
カルダーだ。
「おい、カルダー。武器は買わなくていいのか?」
マーカスが尋ねると、カルダーはニヤリと笑い、インベントリから親父の双包丁を取り出して見せびらかした。
「買う必要はねえさ。見ろよこれ、親父から譲り受けた最高の一品だ」
その時、再び店の鐘が鳴り、エララも合流した。
3人は顔を見合わせ、同盟の印として固い握手を交わす。
足元では、ゴブリンがキャッキャと嬉しそうに飛び跳ねている。
「あいつ、本当にお前たちのことが気に入ったみたいだな」
マーカスは苦笑した。
買い物を終えた彼らは、正式なパーティー登録のために冒険者ギルドへと向かった。
ギルドのアトリウムは、資格を得たパーティーでごった返していた。
登録カウンターの横で、マーカスはすぐに見覚えのある姿を見つけた。
使い古されたオレンジ色のローブ。エレクトリック・モンクのジンだ。
彼の隣には、城門のような盾を持つ巨大なタンクと、ヒーラーの少女が立っている。
「3位おめでとう、ジン。あんたならやるとわかってたよ」
マーカスが声をかけると、ジンは顔を輝かせた。
「マーカス。ありがとう」
ジンは敬意の印として彼の手首を握った。
「正直に言うと、君の戦いを決勝で見るのを楽しみにしていたんだがな」
「俺はもう資格を得ていたからな。3人目のメンバーを見つけてパーティーを組むことのほうが重要だった。紹介するよ、テイマーのエララだ」
ジンは理解したように頷いた。
「賢明な選択だ。お互い、あの上の地獄で生き残ろう」
二つのパーティーが和やかに挨拶を交わしていた、まさにその時。
――ギルド内の空気が、急激に重く、凍りついた。
冒険者たちの群衆が、畏敬の念に打たれたような沈黙の中で道を空ける。
トーナメント優勝者。ダーク・エリート・ウォリアー、ノトリウスがアトリウムを横切っていたのだ。
光を吸収するような漆黒の鎧。
彼は誰とも目を合わせず、ただ不気味なオーラを撒き散らしながら通り過ぎていく。
「……あいつには、何か奇妙なところがあるな」
マーカスは黄金の瞳を細め、呟いた。
「あの動き方、あのオーラ……人間らしくすら見えない」
だが、今は気にする時ではない。
その夜、彼らはカルダーの父親のレストランを貸し切りにし、壮大な決起集会を開いた。
テーブルにはこれでもかと豪華な料理が並べられ、カルダーの父親が特大の「バフ飯」をゴブリンとボアマンの前にドンッと置いた。
それを一気に平らげた瞬間――
2体の魔物の体が、凄まじいエネルギーで振動し始めた!
「シュシュシュッ!」
ゴブリンは異常なスピードで空中にシャドーボクシングを始め、ボアマンは全身の筋肉を隆起させて純粋な活力の咆哮を上げる。
「な、何が入ってるの!? ボアマンの魔力があり得ないほど急上昇してるわ!」
エララが目を丸くする。
カルダーは口元を拭い、得意げに笑った。
「システムルールさ。俺の『バトルシェフ』クラスが作る飯は、ただ腹を満たすだけじゃない。魔物のエネルギーとステータスを浄化し、限界以上に増幅させるんだ。俺がいれば、お前らの魔物は常に最大限のポテンシャルを発揮できるぜ」
その夜、彼らは酒を飲み、笑い合い、天空の頂上に何があるのかを語り合った。
嵐の前の、完璧な静寂と休息のひととき。
そして翌朝。
夜明けの最初の光と共に、3人の人間と2体の魔物は、ギルドの巨大な扉の前に立っていた。
見上げる先には、雲を突き抜けてそびえ立つ巨大な尖塔――【天空の迷宮】。
伝説へ至る絶望の塔へ、彼らの長き旅がついに幕を開けたのだ。




