第7章:心に傷を負った美少女テイマーを勧誘!? 彼女が単身で階層ボスをテイムし、ついに天空攻略の最強パーティーが完成する件
闘技場のスタンドから、鼓膜を破るような大歓声が響き渡る。
だが、カルダーはその熱狂を無視し、革表紙のノートにペンを走らせていた。
砂の上では、炎の魔導士フェランが膝をつき、荒い息を吐いている。
彼を見下ろしているのは、勝者。
ダーク・エリート・ウォリアー、ノトリウスだった。
太陽の光すら飲み込むような漆黒の鎧。
暗黒のマナを滴らせる、巨大なノコギリ状の大剣。
「……これでヒエラルキーは決まったな」
カルダーはノートをパタンと閉じ、独り言を呟いた。
ノトリウスが1位。決勝を棄権したマーカスが2位。ジンが3位。
だが、今のカルダーにとって大会の結果などどうでもよかった。
頭の中にあるのは、マーカスが「3人目の仲間」を無事に連れてくるかどうかだけだ。
◇ ◆ ◇
一方、闘技場から数ブロック離れた場所。
マーカスは宿屋の壁に寄りかかり、腕を組んで群衆を眺めていた。
すでに1時間近く待っている。
だが、あの『少女』の姿はどこにもない。
「待ちぼうけは性に合わねえな」
ため息をつき、金髪の房をかき上げる。
幸運の女神が微笑むのを、いつまでも突っ立って待っているわけにはいかない。
マーカスはニヤリと悪戯っぽい笑みを浮かべ、指をパチンと鳴らした。
「出番だぞ、チビ」
足元の影がポコポコと沸騰し、小さな『影の守護者ゴブリン』が姿を現す。
マーカスはゴブリンを連れて、昨日シチューを食べた野外酒場のテーブルへと向かい、どっかりと腰を下ろした。
「親父さん、シチューを二つだ」
昨日と全く同じように、ゴブリンを向かいの席に堂々と座らせる。
もしあの少女がこの地区をうろついているなら、このチビは最高の『囮』になるはずだ。
ゴブリンが嬉しそうに緑色の顎をよだれまみれにしながらシチューを頬張るのを眺め、マーカスは気長に待つことにした。
20分ほど経った頃。
人混みがわずかに割れ、使い古された革のバックパックを背負った少女が歩いてきた。
うつむき加減で歩いていた彼女は、シチューを食べる小さな緑のモンスターに気づいた瞬間、ピタリと足を止めた。
前日と全く同じだ。
悲痛な表情がスッと和らぎ、純粋な優しさへと変わる。
彼女はためらいながらテーブルに近づき、ゴブリンが小さな手で甘藷の欠片を差し出すと、完全に心を奪われたようだった。
少女がしゃがみ込み、ゴブリンの緑色の頬をつねり、分厚い金髪の房を撫でる。
ゴブリンはキャッキャと嬉しそうな声を上げ、目を細めた。
マーカスはスプーンを置き、木製のボウルをカチンと鳴らした。
首をかしげ、黄金の視線で彼女を真っ直ぐに見つめる。
「あんたが、あの有名な『モンスターテイマー』だな?」
その一言で、少女の体はビクッと硬直した。
火傷でもしたかのようにゴブリンから手を引っ込め、顔から優しさが消え去る。代わりに現れたのは、冷たく、防御的な痛みの仮面だった。
「……何の話か全くわからないわ」
彼女は硬い声で答え、顔を背けた。
「モンスターテイマーという言葉は、もう私には何の関係もないの」
踵を返し、人混みの中へ逃げようとする彼女の背中に、マーカスは声を投げた。
決して大きな声ではない。だが、空気を切り裂くような鋭いトーンで。
「なら、どうして去年の今頃、『天空の迷宮』へのパスをあんなに必死に欲しがったんだ?」
少女の足が止まった。
肩が微かに震えている。
「……あなたには関係ないわ」
「いや、大いに関係あるね」
マーカスは立ち上がり、ゆっくりと彼女に近づいた。
「俺はたった今、天空の迷宮への出場権を手に入れた。そして、尖塔の門をくぐるためのパーティーを組む『3人目のメンバー』を探している」
「……」
「あんたを、俺たちのパーティーに誘いたいんだ」
少女は長い間、動かなかった。
迷っているのがマーカスには分かった。だが、彼女の心に巣食うトラウマの亡霊はあまりにも重い。
彼女は深くうつむき、再び歩き始めた。
その足取りは、ひどく重く、悲しみに満ちていた。
マーカスは追わなかった。ただ、足元のゴブリンを見下ろして小さく頷いた。
ゴブリンは理解した。
ベンチから飛び降り、少女の後ろをよちよちと追いかけると、その小さな緑色の手を伸ばし、彼女の指をキュッと握ったのだ。
「……っ」
少女はピタリと足を止めた。
見上げればゴブリンが心配そうに自分を見つめている。その純粋な温もりに触れた瞬間、彼女の中で張り詰めていた何かが、ついに決壊した。
彼女は石畳の上にへたり込み、両手で顔を覆って泣き崩れた。
「私は……お父さんを見つけたかったの……ッ!」
1年間の自責の念が、声にならない嗚咽となって溢れ出す。
「父は1年前、あのダンジョンで消息を絶ったわ。だから去年、パスを手に入れるために大会に出場したの……。でも、私は十分に強くなかった」
彼女は震える声で、絞り出すように語った。
「戦術的なミスを犯して……準決勝で、私のオーガを死なせてしまった。彼は私を魔法攻撃から守るために、盾になってくれた……。私の親友だったのに、私が弱かったせいで……ッ!」
マーカスは黙って耳を傾けた。
ポケットに両手を突っ込んだまま、彼女が言葉を紡ぎ終えるのを待つ。
「オーガのことは、本当に気の毒に思う」
マーカスは揺るぎない視線で言った。
そこに同情はない。あるのは、前を向かせるための純粋な決意だ。
「だが、道の真ん中で泣き続けても何の役にも立たないぞ。冒険者を辞めたところで、あんたの友達が生き返るわけでもない」
少女が、涙に濡れた顔を上げる。
「彼の犠牲を無駄にしたくないなら、立ち上がって、自分の答えを掴みに行け。俺のパーティーのもう一人のメンバー、シェフのカルダーは、行方不明の仲間を探すためにあそこに登る。俺たちには皆、理由があるんだ」
マーカスは彼女を見下ろした。
「俺はあんたに、あんたの理由を見つける機会を提供しているんだぜ」
それだけ言うと、マーカスは背を向けた。
「明日の朝まで考える時間をやる。夜明けにここを通るからな。残念だが、これ以上は待てない。きっかり2日後には、ギルドにパーティー登録を提出しなきゃならないからな。もし3人目のメンバーがいなければ――」
「受けるわ」
唐突な声が、マーカスの言葉を遮った。
震えは、もうなかった。
マーカスが振り返ると、少女は袖口で乱暴に涙を拭い去って立ち上がっていた。
赤く腫れた目の中には、新しく、猛烈な火花が宿っている。
ゴブリンが彼女に向かってニカッと笑い、手を叩いた。
「受けるわ、忍者」彼女は真っ直ぐにマーカスを見据えた。「私の名前はエララ。あなたたちと一緒に、天空の迷宮へ行く」
「よろしく。俺はマーカスだ」
マーカスはニヤリと笑い、手を差し出した。二人は同盟の印として、しっかりと握手を交わす。
「さて、あんたが俺たちの仲間になったわけだが……明日、ダンジョンに行ってみないか?」
「明日? でも、あなたは大会の決勝戦があるんじゃ……」
「俺は出ない。もう出場資格は得てるしな」
マーカスは肩をすくめた。
「まるまる1日空いたから、俺とゴブリンで、あんたのダンジョン探索に付き合うよ。凍りついた勘を取り戻すためにな」
「……わかったわ。明日の朝、ギルドの前で待ち合わせしましょう。行き先は、その時に教えるわ」
◇ ◆ ◇
翌朝、太陽はすでにエランドールの屋根の上に高く昇っていた。
冒険者ギルドの壁に寄りかかったマーカスは、黒曜石のクナイを手のひらで弾きながら、退屈そうにしていた。
「遅れてごめんなさい!」
息を切らして駆けつけてきたエララは、前日とは別人のようだった。
手入れされた軽量の革鎧に身を包み、目には寝不足のクマがあったが、その足取りは力強く、決意に満ちていた。
「よし、案内してくれ」
二人が向かったのは、街の外れにある『森の迷宮』だった。
苔むした巨大な石のアーチをくぐると、ひんやりとした湿った空気が二人を包む。
≪システムハブ:エリアを検知≫
【ゾーン:森の迷宮】
【階層:レベル1】
マーカスがクナイを抜こうとした瞬間、エララがスッと腕を出して彼を制した。
「聞いて、マーカス」
彼女の瞳は、猛烈な闘志で燃えていた。
「私に戦わせて。ダンジョンに潜るのは本当に久しぶりで、感覚を取り戻すのが絶対に不可欠なの。本当に死にそうな時以外は、手出し無用よ」
マーカスはふっと笑い、腕を組んで壁に寄りかかった。
「上等だ。舞台は全部あんたのものだぜ」
直後、茨の茂みから6体の【ボアマン(猪人)】が唸り声を上げて飛び出してきた。
錆びた石斧を振りかざす凶暴な獣たち。
エララは躊躇しなかった。
腰から鉄輪で補強された2本の黒い木製ヌンチャクを抜き放つ。
「ハァッ!」
気合と共に前方へダッシュ。
最初の動きこそ少し硬かったが、すぐに感覚を取り戻した。ボアマンの斧をくぐり抜け、ヌンチャクを回転させて敵の膝蓋骨を正確に粉砕する。
倒れ込んだ獣のこめかみを、もう片方のヌンチャクで撃ち抜く。
流れるような致死の舞踏。
彼女はマーカスに助けを求めることなく、次々と下層の魔物をなぎ倒していった。
(いい動きだ……それに)
後ろを歩くマーカスは、重要なディテールに気がついていた。
武器を振るう少女の唇に、純粋で、どこか野性的な笑みが浮かんでいたのだ。
彼女は冒険を求めていた。生きていると実感することを、心の底から渇望していたのだ。
数十の階層を突破し、やがて第18階層の巨大な地下洞窟に到達した。
大地の底から、巨大な鼻息が噴き出す。
暗闇から姿を現したのは、身長3メートルに迫る筋肉の塊。
巨大な双刃斧を握りしめた、この階層の主だった。
≪システムハブ:ボスを検知≫
【正体:森の守護者・猪人】
【グレード:クラスレベル2】
「あいつは私の獲物よ!」
エララが叫ぶ。
ボアマンが咆哮を上げ、巨大な斧を地面に叩きつける。
ドガァァァン!!
地面が割れ、致死的な岩のスパイクがエララに向かって一直線に噴出する。
だが、彼女は着弾の1ミリ秒前に横へダッシュし、完璧に回避。その勢いのまま前方へ跳躍する。
ガーディアンが斧を水平に薙ぎ払う。
エララは膝でスライディングし、後方に反り返って刃の数センチ下を通り抜けた。
そのままヌンチャクを鞭のようにしならせ、ボアマンの手首を強打する!
「グガァッ!?」
獣が怯んだ隙を突き、エララは突き出た木の根を踏み台にして宙へ跳んだ。
重力を味方につけ、鉄で補強されたヌンチャクの連撃を、ガーディアンの眉間へと正確に叩き込む!
一撃、二撃、三撃――完璧なコンボ。
「ドスゥゥゥン……ッ」
森の守護者は白目をむき、巨大な体を揺らして膝から崩れ落ちた。
完全に意識を失い、地面に伏す。
「はぁっ……はぁっ……」
エララは優雅に着地したが、肩で激しく息をしていた。
だが、彼女は独力でレベル2のボスを倒したのだ。
彼女はトドメを刺さなかった。
代わりに右手を掲げる。手が温かい金色の光――魂の契約を結ぶためのマナ――で輝き始めた。
彼女は意識を失った怪物の鼻面にそっと手を置いた。
「よく戦ったわね、森の戦士よ。今日から、あなたは私のために戦うのよ」
≪システムハブ:スキル発動≫
【使用者:エララ】 | 【クラス:モンスターテイマー】
【スキル:魂の契約】
黄金の魔法陣がボアマンの巨大な体を包み込む。
怪物がゆっくりと目を開けると、そこにあった凶暴さは消え去り、従順な金色の輝きに変わっていた。
巨人は膝をつき、絶対的な服従の印としてエララの前に頭を下げた。
≪システムハブ:服従完了≫
【新規従魔:森の守護者・猪人】(クラスLv.2)
【ステータス:魂の絆の構築に成功しました。】
絆が結ばれた瞬間、純粋なエネルギーの波がエララを洗い流した。
テイマー・クラスのパッシブな力が、グレード2の怪物の巨大な質量によって増幅され、彼女の静脈に直接注ぎ込まれたのだ。
少女は息を呑み、前例のない力が活性化された筋肉を駆け巡るのを感じて拳を握りしめた。
彼女は、戻ってきたのだ。
パチ、パチ、パチ。
洞窟の入り口で、マーカスがゆっくりと拍手を送っていた。
その足元では、ゴブリンも一緒になってピョンピョンと跳ねている。
「最高のショーだったぜ。腕は全く鈍ってないな」
「ええ! これで準備万端よ!」
エララは自身の巨大な新しい相棒を見上げ、そしてマーカスに最高の笑顔を向けた。
トラウマの呪縛は完全に消え去った。
天空の迷宮へ挑む、最強のパーティーがここに完成したのだ。
一方、エランドールの円形闘技場では。
夕日が空を燃えるような赤に染める中、カルダーが革のノートを片付けていた。
大会の最終試合が終了し、エレクトリック・モンクのジンが3位の座を確保したところだった。
トーナメントの順位は確定した。
非情なダーク・エリート・ウォリアー、ノトリウスが1位。
テイマーを探すために決勝を棄権したマーカスが2位。
ジンが3位。
カルダーは独り笑いし、立ち上がって腰の肉切り包丁を調整した。
形式的な手続きは終わった。さあ、天空の迷宮を征服する時だ。




