第16話
膨れ上がった魔力弾が、周囲の空間を歪めながら放たれた。
空気を引き裂く轟音が響き、赤い閃光が村の防壁へと迫る。まともに受ければ、地形ごと消し飛ぶほどの熱量だ。
俺は手元の起動式を操作し、村全体を覆う結界の構造を即席で書き換えた。
防御層を三倍に増幅し、さらに魔力反発の術式を編み込む。青白い光の網目が空を覆い尽くし、分厚い光の壁となって村を包み込んだ。
「なんだ、あの異常な魔力密度は……!」
背後で、防衛隊長のダルクが驚愕の声を上げた。
歴戦の戦士である彼らでさえ、これほどの規模の結界展開は見たことがないのだろう。
直後、ガルムの極大魔力弾が結界に激突した。
天地を揺るがす衝撃波が広がる。
だが、青白い光の壁は表面にさざ波を立てただけで、びくともしなかった。
「馬鹿な……! 我のすべてを込めた一撃だぞ!」
ガルムが血走った目で叫ぶ。
俺は涼しい顔で、結界の出力をもう一段階上げた。
「ただの壁に力任せにぶつかれば、どうなるか。物理の基本だ」
結界に蓄積されたガルムの魔力が、反発の術式によって一気に解放される。
圧縮された赤い閃光が、寸分違わぬ軌道でガルムへと跳ね返っていった。
「ば、馬鹿な……我の力が、人間の作ったただの壁に……!」
ガルムの顔に、明確な絶望が浮かんだ。
強者が弱者を蹂躙するという彼の信念が、根底から崩れ去った瞬間だった。
反射された極大の魔力弾は、ガルムの巨体を完全に飲み込んだ。
断末魔の叫びすら残さず、魔族の将は光の中に消滅する。
後には、焦げた地面だけが残されていた。
静寂が降りた。
やがて、防壁の上から割れんばかりの歓声が沸き起こる。
「す、すげえ……あんな化け物を、無傷で……!」
「あんたは本物の救世主だ、レオン!」
ダルクたち防衛隊が武器を振り上げ、俺の名前を呼んでいる。
俺は小さく息を吐き、結界の出力を通常状態に戻した。
「お怪我がなくて何よりです。本当に……無茶をなさる」
ミリアが小走りで駆け寄り、安堵の溜息をついた。
その声には、確かな敬意と信頼が滲んでいる。
「無茶はしていないさ。計算通りの結果だ」
俺が淡々と答えると、彼女は少しだけ口元を綻ばせた。
ガルム討伐後、俺は村のインフラ整備と農業支援の作業に戻った。
戦闘で荒れた土地をならし、農業用水路を保護する結界を張り直す。
さらに、農地全体を覆う天蓋結界の魔力循環を調整し、作物が育ちやすい環境を整えた。
実用的な結界術を駆使するたび、村人たちからの承認と称賛は確固たるものになっていく。
かつて寂れていた辺境の村は、今や難攻不落の要塞都市へと発展を遂げていた。
俺はいつしか、彼らから辺境の守護神と呼ばれるようになっていた。
自分の価値を正しく認めてくれる場所で、平穏に結界魔術の研究と実践を行う。
俺が求めていた理想の環境が、ここにはあった。
◆ーーーー◆
一方、王都の宮廷魔術師団執務室。
ガイウスは、机の上に叩きつけられた報告書を睨みつけ、ギリッと歯を食いしばった。
「第三区画の魔物被害、まだ収まらないのか!? 討伐隊を増員したはずだろう!」
「そ、それが……結界の綻びから次々と新たな魔物が入り込み、対処が全く追いついておりません! 貴族街からも、早急な解決を求める厳しい抗議が殺到しており……!」
「言い訳はいい!」
ガイウスは苛立ちに任せて、手元のインク壺を壁に投げつけた。
実用的な結界術を軽視し、派手な攻撃魔法ばかりを評価してきた王都。
そのツケが今、最悪の形で回ってきていた。
大結界の修復が途絶えたことで、防壁の機能は著しく低下している。
原因不明の異常事態に部下たちは混乱し、有効な対策を打てないまま被害だけが拡大していく。
このままでは、取り返しのつかない破滅が訪れる。
(なぜだ……なぜあの雑用係がいなくなった途端、こんなことになる!)
ガイウスの脳裏に、退職時に分厚い資料と黒い石を置いていったレオンの姿がよぎる。
あの意味不明な文字列が書かれたゴミのような資料。
そして、ただの文鎮だと思っていた要石。
それらが大結界を維持するための要だったと、今更になって気づかされた。
自分の無能さが露見し、築き上げた地位と名声が全て失われる。
その恐怖が、ガイウスの胃の奥を冷たく締め付けていた。
「……馬車を用意しろ」
ガイウスは、屈辱に震える声で命じた。
「団長? どこへ行かれるのですか?」
「辺境だ。あの生意気な雑用係を、王都に連れ戻す」
自分の非を認めるのは死ぬほど不愉快だ。
だが、背に腹は代えられない。
王や貴族たちから無能の烙印を押される前に、何としてでもレオンを連れ戻し、結界を修復させなければならない。
ガイウスは傲慢な薄ら笑いを引きつらせながら、辺境への出発を決意した。
(待っていろ、レオン。貴様は一生、私の下で働く運命なのだ)
身勝手な思惑を胸に秘め、ガイウスを乗せた馬車が王都の門をくぐる。
辺境の地で平穏を手に入れたレオンのもとへ、かつての因縁が音を立てて迫りつつあった。




