第3輪 漆黒の瞳の少年
『人は見た目で語られ、行いで語り継がれる。』
_ノクス帝国のことわざ
澄み渡る鐘の音が大講堂いっぱいに響き渡る。
誰もが自然と姿勢を正し壇上へ視線を向ける。
私も背筋を伸ばし、そっと手を膝の上に置いた。
ほどなくして大講堂の奥にある扉がゆっくりと開く。
黒いローブを纏った教師たちが整然と姿を現し、その後ろを一人の女性が歩み出た。
白銀の長い髪は艶やかに整えられ、年齢を感じさせながらも気品に満ちている。
唇には真っ赤なルージュ。
黒を基調としたローブを美しく着こなし、細いヒールが床を打つたび、
カツッ___
カツッ___
と、小気味よい音が講堂に響いた。
六十代ほどだろうか。
けれどもその背筋はまっすぐ伸び、一歩一歩に揺るぎない自信を感じれる。
思わず見惚れてしまうほどかっこいい人だった。
女性は壇上に立つと会場をゆっくりと見渡す。その鋭い眼差しだけで行動の空気がさらに引き締まった。
そしてふっと口元だけを和らげる。
「新入生諸君、アストレア学園へようこそ。私は学園長アリア・ヴァレンティス。今日という日を心から歓迎します」
凛とした声は不思議と講堂の隅々までよく響いた。
「諸君は今日この日を迎えるために、それぞれ努力を重ねてきたでしょう。剣を磨き続けた者。魔法を極めようと励んだ者。学問を研究してきた者。神へ祈り、人を救う道を歩んできた者。」
学園長は壇上からゆっくりと見渡す。
「ここに立つ資格は誰かに与えられたものではありません。諸君自身がつかみ取ったものです。」
静かな声なのに不思議と胸に響く。
「だからこそ自分の努力を誇りなさい。」
講堂は静まり返ったまま誰一人として視線を逸らさない。
いや、逸らせない。
全員の心に学園長の言葉が深く響いていた。
「さて、堅苦しい挨拶はこのくらいにしておきましょう」
その一言に講堂の空気が少しだけ和らぐ。
学園長はふっと微笑み、生徒たちを見渡した。
「これから皆さんにはこの学園で四年間を共に過ごす仲間ができます。生涯の友となる者、互いに競い合う好敵手、時にはかけがえのない存在となる者もできるでしょう。その出会いを大切にしなさい」
学園長のこのお言葉は私たちのこれからの学園生活を輝かせる希望の言葉となった。
「では今から本校の説明をさせていただきます」
学園長は一度言葉を切ると優雅に壇上を歩き始めた。
ヒールが床を打つ音が心地よく響く。
「本日より皆さんにはこの学園の生徒である証として『腕章』が授与されます」
後ろの壁に魔法で腕章の写真が映し出される。
講堂がわずかにざわついた。
「腕章には皆さんが所属する学科と専攻が記されてます。剣術学科、魔法学科、学業学科、教会学科。それぞれ志す道は違いますがだからこそ互いに学びあえることもあります。
専攻授業では各学科ごとに専門知識を学びますが、普段の授業や学校生活では学科の垣根を越えてともに過ごすことになります」
私は小さく頷く。
魔法だけを学ぶわけじゃない。みんな同じ時間をこれから過ごしていくことになる。
それを考えると今までのような好きなことだけ頑張るなんて考えじゃだめだ。そう思った。
「なお、推薦入学者は金文字、一般入学者は銀文字と文字色が異なりますがその違いに優劣はありません。ここで評価されるのは入学までの実績ではなく入学してから何を学び、何を成し遂げるかです。励みなさい。」
その言葉に講堂中の空気がさらに引き締まった。
そして学園長が壇上の端に控えていた教師たちへ目線を向けた。
「それでは最後に新入生代表挨拶へ移ります。今年度、最優秀成績にて本校へ入学した者」
講堂の空気がさらに張り詰める。
「ノクス帝国より魔法学科攻撃専攻推薦」
その国名が告げられた途端、講堂のあちこちで小さなどよめきが広がった。
「ノクス帝国…?」
「不吉な国からも来てるのね」
「本当に来てたんだ…」
ひそひそと交わされる声。
そのどれもが歓迎しているようには聞こえなかった。
私は思わず眉を寄せる。
「国だけで判断するなんて馬鹿な人たち」
小さく呟くと隣でカイルが静かに頷いた。
「まったくだ」
ノクス帝国。
世界最恐の軍事大国。
そしてあまり良いうわさを聞かない国。
けれど詳しいことはあまり知られてはいないが最も恐れられている。
私だって詳しいことはあまり知らないが国だけで偏見を押し付けるのはいかがなものかと思った。
学園長が名前を呼ぶ。
「レオン・ノクス」
一人の少年が静かに立ち上がった。
艶のある黒髪。
吸い込まれそうなほど深く黒い瞳。
無駄のない動きで壇上へ向かう姿には不思議と目を引くものがあった。
ざわついていた講堂もいつしか静まり返っている。
レオンと呼ばれた少年は壇上の上に立つと新入生全員をゆっくりと見回した。
その表情は変わらない。緊張も気負いも感じられなかった。
やがて静かに口を開く。
「この学園には世界中から優秀な者が集まっていると聞いている」
一拍
「期待している。以上。」
そう言って一礼するとそのまま席へ戻っていく。
講堂はしんと静まり返った。
「…え、俺たちもしかして挑発された?」
エリオがポツリと呟く。
「そのようですね」
リズも少し驚いたように瞬きをした。
私もレオンの後姿を見送りながら小さく息をつく。
「やな人」
隣からすぐに声が返ってくる。
「さっきと言ってることが違うぞ」
カイルだった。
「これは偏見じゃないもん。国じゃなくて本人。本人がやな人」
私は小さく頬を膨らませる。
カイルは数秒だけ黙ると小さく肩をくすめた。
「それは否定できないな」
けれど壇上から降りていく黒髪の少年は一度も周りを見ることはなかった。
学園長は少年が席へ戻るのを見届けると、静かに壇上に立つ。
「以上をもちまして、本年度アストレア学園入学式を終了します」
その言葉とともに大講堂には大きな拍手が響き渡った。
「これより各担任が皆さんを教室へ案内します。腕章の授与並びに今後の説明は各教室で行います」
教師たちが次々と各クラスの案内板を掲げ始める。
講堂は再び賑わいを取り戻し、生徒たちも席を立ち始めた。
「行こう」
カイルが静かに言う。
「うん」
私も小さく頷き席を立つ。
こうして私のアストレア学園での生活が本当の意味で始まった。




