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眠る姫に花を。~魔法学園に咲く、恋と秘密の物語~  作者: 尾仲ヘテル


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第4輪 金の腕章

『肩書は扉を開く鍵に過ぎない。その先を歩むのは自分自身だ。』

_アストレア学園卒業生・ある冒険家の言葉

講堂を出ると先ほどまでの静けさが嘘のように校舎は新入生たちの話し声で賑わっていた。


「一年B組の皆さんはこちらです」


教師たちが学科ごとではなくクラスごとに案内板を挙げている。


「私、B組みたい」


案内板にはB組のところに私の名前が記されており、小さく呟くとエリオががばっと顔を上げた。


「俺もB組だー!!」


「私もです」


リズも小さく頷く。

その横でカイルも静かに頷いた。


「俺も同じですね」


「みんな一緒なんだ」


少しだけ肩の力が抜ける。

知らない場所で知っている顔がいる。それだけで不思議と安心できた。


「ほんとによかったぁ」


思わず本音が漏れるとエリオが笑う。


「俺も!最初から一人だったら絶対教室までで迷ってた!」


「そこなんですか」


リズとエリオのやり取りに自然と笑みがこぼれる。


「行きましょうか」


カイルの一言で私たちは案内板に従って歩き始めた。

磨き上げられた綺麗な廊下。大きな窓から差し込む柔らかな光。

壁には歴代の卒業生と思われる肖像画や、学園の歩みを記した大きな額が飾られている。

個々には何百年もの歴史が積み重ねられてきたのだろう。

そんなことを考えながら歩いていた。


「フィーア、置いていきますよ」


カイルに呼ばれふと我に返る。

周りに集中しすぎてみんなと少し離れていた。


「えっ、待って!」


慌てて小走りで追いかけるとエリオが振り返って笑った。


「フィーアはもう迷子か!」


「違うよ!絵を見てたの!そんなに方向音痴じゃない」


「『そんなに』なんですね」


「……」


しまった。思わず自分で認めるような言い方をしてしまった。

エリオが吹き出し、カイルやリズまで小さく笑う。


「フィーアって思っていたよりポンコツだな!」


「まって、エリオに言われたくないかも…」


「えっ…」


「どっちもどっちですよ」


「うぅ…」


なんだか悔しい。でも自分でも少し笑ってしまった。

そんな他愛ない話をしながら歩いていると一つの教室の前で何人かが立ち止まる。


扉には金の文字でこう書かれていた。



一年B組


これが、ここから四年間を過ごす教室。

私は小さく深呼吸をして、ゆっくりと教室の中へ足を踏み入れた。




教室の中はすでに半分ほどの席が埋まっていた。


「席は自由なんだね」


教卓の上に置かれた紙にはそう書かれていた。


「せっかくだから近くに座ろうぜ!」


「うん、そうだね」


私がそう答えるとカイルが窓側の五人席を見つけて手で示した。


「あそこなら並べますよ」


「本当だ!あそこにしよう!」


四人で席へ向かい、それぞれ腰を下ろす。

窓の外にはさっきまでいた大講堂が小さく見えた。


「なんか実感湧いてきたね」


「そうですね」


カイルが静かに頷く。


私は教室を見回した。

知らない顔ばかり。

でもこれからここにいる人たちとたくさんの思い出を作れる。

そう思うと少しだけ楽しみだった。

その時。




教室の扉が静かに開く。

入ってきたのは一人の男性教師だった。

深い青の長髪を後ろで一つに結び、黒縁の眼鏡。

年齢は三十代半ばほどだろうか。どこか気だるそうな雰囲気を纏っている。

片手には出席簿。

もう片方の手には四つの小箱を抱えていた。

教壇へ向かうと出席簿を机に置き、生徒たちをゆっくりと見渡す。


「…座れ」


その一言でそれまで賑やかだった教室がすっと静まり返る。


「静かになるなら初めからそうしてくれ」


淡々とした口調。

怒鳴ったわけでもない。それなのにその声はすっと私たちの耳に入ってきた。

教師は黒板へ向き直ると白いチョークで名前を書く。


ゼノル・アーヴァン


「一年B組担任、ゼノル・アーヴァンだ。担当は魔法学。一年間よろしく。」


驚くほど短い自己紹介だった。

教室のあちこちから「終わり?」というような空気が流れる。

ゼノン先生は気にも留めず教卓に寄り掛かった。


「質問は」


誰も手を上げない。


「ないなら進める」


その時、後方あたりの席から小さな声が聞こえた。


「…思ったより怖くないかも」


ひそひそ声のつもりだったんだろう。けれど静かな教室では思った以上に声が響いた。

ゼノル先生はため息をつく。


「安心しろ。怖くする予定もない」


一拍おいて眼鏡の位置を軽く直す。


「ただ、注意されるようなことをするなら話は別だ」


教室が一瞬で静まり返る。


「…それでいい」


ゼノル先生は満足そうでもなく、ただ事実を確認するように頷いた。

そして教卓の上に並ぶ小箱へ視線を落とす。


「では本題に入る。これから君たちへアストレア学園の腕章を配布する。呼ばれたものは前へ。受け取ったら席へ戻れ。」


説明はそれだけだった。

出席簿を開くと淡々と名前を読み上げていく。

一人、また一人と前へ出て白い封筒とゼノル先生から一言を受け取って戻っていく。

そして私の番が回ってきた。


「フィーア君」


「はい」


私も席を立つ。

教卓まで歩き、封筒を受け取るとゼノル先生がこちらを見た。


「王宮治癒魔法士見習い。推薦書にはそう書かれていたな」


静かな声だった。


「はい…」


「難しいが人を救う魔法だ。期待している」


それだけ言うと、先生はもう出席簿へ視線を向けていた。

少し驚いたけど学ぶ力が湧いてくる。そんな一言だった。


「よかったな」


席に戻るとカイルに小さな声でそう言われ、私は少し照れくさく笑った。


「うん」


「カイル君」


「はい」


カイルも呼ばれ落ち着いた足取りで教卓へ向かう。

封筒を受け取ると、ゼノル先生は一瞬だけ目を細めた。


「王宮騎士見習いか。その剣、学園でも鈍らせるな」


「はい」


短い返事。

けれどその一言だけで先生が一人一人の経歴に目を通していることが伝わってきた。

やがて全員へ封筒が配られ終わるとゼノル先生は教卓の前で腕を組む。


「開けろ」


教室中で一斉に封筒が開く音が響く。

中にはそれぞれ色の違う腕章が丁寧に収められていた。

思わず息を呑む。

鮮やかな青い布地。

そこには金色の文字で、『魔法学科 治癒魔法専攻』と刺繍されている。


「綺麗…」


思わず零れた言葉とともに自分の腕章を見つめる。


「俺のは黄色だ!」


教室のあちらこちらからも小さな驚きの声が上がっていた。

ゼノル先生はそんな様子を眺めながら静かに口を開く。


「腕章の色は所属学科を示す。青は魔法学科。赤は剣術学科。黄色は学業学科。白は教会学科」


黒板に四つの色を書きながら淡々と説明を続ける。


「そして記された文字が君たちの学科と専攻だ。四年間、その選考を軸に学ぶことになる」


先生は教室をゆっくりと見渡した。


「…質問は。ないなら次に進むぞ」



私は腕章をそっと手で持ち上げた。

青い布生地に金色の刺繍。

見慣れないはずなのに不思議と腕になじむ気がする。

まだ教室のあちらこちらでは自分の腕章を見つめ、嬉しそうに話す人が多くいる。

ゼノル先生は少し優しそうな顔で教室を見渡しながら口を開いた。


「では全員左腕につけろ」


言われた通り腕章を通す。

布野が腕に触れた、その時。

金色の文字が光を帯びた。


「…!」


思わず目を見開く。

私だけではない。教室のあちらこちらから小さな驚きの声が上がっていた。

光は一瞬で消え、何語tもなったかのように元へ戻る。

まるで腕章が意思を持ち、持ち主を確かめたかのようだった。


「騒ぐほどのことじゃない。ちょっとした確認の術式だ」


それだけ説明すると先生は黒板へ向き直る。

チョークを走らせ、四つの学科を書き並べた。


魔法学科、剣術学科、学業学科、教会学科。


「学科ごとの実技授業ではそれぞれ専用の校舎へ移動し、それ以外の一般教養や合同授業はこのクラスで行う。一年では学科での授業が少ないためほぼこの教室だ」


なるほど、と心の中で頷く。

だから推薦も専攻も違う違う人たちが集められているのか。


どんな四年間になるのだろう。

私は改めて左腕の腕章へ目を落とした。

胸の奥が少しだけ高鳴る。

この腕章に見合う魔法士になりたい。

そう心から思った。


「腕章も配布し終えたのでホームルームは以上とする」


ゼノル先生は教卓から離れる。


「この学校は全寮制だ。君たちには一人一部屋ずつの個室が用意されている」


教室が少しざわめく。


「荷物はすでに各部屋へ、部屋番号は廊下に張り出してある。今日は寮でゆっくり過ごせ」


そこで先生は眼鏡を軽く押しあげた。


「校舎より寮のほうが広い、迷うなよ」


一瞬教室が静まり返る。

次の瞬間エリオが思わず立ち上がった。


「えぇ!?校舎より広いんですか!?」


「自分の足で確かめろ」


それだけ言い残しゼノル先生は教室を出て行った。

教室は一気に賑やかになる。


「早く見に行こう!」


「エリオ様お待ちください!」


エリオは待ちきれない様子で席から離れ、リズが引き留める。

思わずカイルと笑ってしまった。


四年間を過ごす部屋。いったいどんな景色が待っているのだろう。

少しだけ胸を弾ませながら私たちは教室を後にした。


廊下へ出ると初日ということもあってか廊下はあっという間に人で埋め尽くされた。

その賑わいの中にいるだけで学園に来たのだと少しずつ実感がわいてくる。


「フィーア!カイル!」


人ごみを縫うように駆け寄ってきたのはリズに捕まえられたエリオだった。


「どこにいたんだ!一緒に部屋番号見に行こうぜ!」


「エリオ様が一人で走り出しただけですよ…」


相変わらずリズは大変そうだ。

四人そろったので一緒に歩き出す。

部屋番号が張り出された掲示板の前は多くの生徒が足を止めている。


「あ、あった!」


エリオが掲示板を見つけるなり駆け寄った。

私たちも苦笑いしながら後を追う。

それぞれ自分の名前を探し部屋番号を確認する。


「よし!男女で寮は別だけど入口までは一緒みたいだな!一緒に行こうぜ!」


「そうですね」


リズが頷く。

私とカイルも小さく笑った。


「うん」


四人は人の流れによって歩き始める。

まだ知らないことばかりなのに不思議と足取りは軽かった。

その時だった。


「うわっ!」


前方から焦った声が聞こえてくる。

一人の男子が抱えていた荷物を足元へ落としてしまったらしい。

本や書類が床いっぱいに散らばる。


「あぁ…!」


男子生徒は慌ててしゃがみこんだ。


「大丈夫ですか、一緒に拾います」


私たちも盛大に散らばった本や書類を拾い集めていると向かい側からも一冊の本が黒い手袋の手で持ち上げられた。

ふと顔を上げると

この世界では珍しい黒い瞳に黒い髪。


レオン・ノクスだった。


何も言わず淡々と本を拾っている。

ほんの一瞬だけ視線が合う。

けれど互いに何も言葉は交わさせなかった。

散らばっていた最後の一冊を男子生徒へ渡すとレオン・ノクスは何事もなかったように立ち上がる。


「す、すみません!ありがとうございます!」


男子生徒は深々と頭を下げた。

レオンは軽く手を上げるだけでそのまま人混みの中へ歩いていく。

その背中を見送りながら私は小さく瞬きをした。


ちゃんと手伝うんだ…

入学式の印象とは少しだけ違った。


そう思ったところで私は小さく首を振る。

いや、だからって感じ悪いのは変わらないけど…

そう一言思い、カイルたちと男子生徒にお礼を何度も言われ寮に向かった。



夕暮れに染まる校舎を見ながら私たちは寮に向かった。

学園の敷地は思っていた以上に広く、行きかう生徒の姿も途切れることはない。


「ほんとにいろんな国の人がいるんだな」


エリオが辺りを見回しながら呟いた。


「アストレア学園ですから。国を超えて学べる場所はそう多くありません」


カイルが穏やかに答える。


歩き続けると白い石造りの建物が左右に並び、その中央には噴水のある広場が広がっていた。

入り口にはそれぞれ男子寮、女子寮と書かれた看板がある。


「ここでお別れかー」


エリオが少し残念そうに笑う。


「また夕食で会おうぜ!」


「えぇ、遅れないでくださいね」


「わかってるって!」


本当にわかっているのだろうか…

そう言いたげな目でリズはエリオを見ていた


「じゃあ私たちも行こっか」


私はカイルたちに手を振り、リズと女子寮の扉へ足を向けた。


女子寮に入ると受付で部屋の鍵を受け取る。


「じゃあまたあとでね」


「はい、またお食事のときに」


リズと別れ、それぞれの部屋に向かった。

自分の部屋番号を見つけ鍵を差し込み扉を開く。


「わぁ、素敵…」


部屋には明るい色の木で統一された家具が置かれており、派手さはないが不思議と落ち着く感じだった。

窓の外には夕日に照らされた学園の街並みが広がっていた。

その景色を眺めているとふと胸の奥が少し締め付けられる。


姫様…


王宮を出てから初めて思い出した。

お変わりなく過ごせているだろうか。

毎朝欠かさず変えていた花も明日からは誰かが私の代わりに飾っているのだろうか。

窓辺に手を添え息をつく。


「きっと大丈夫。私が必ず姫様を目覚めさせてあげますから」


そう自分に言い聞かせるようにつぶやき、私は荷解きを始めた。


荷物を片付け終えるころには学園に夕食を知らせる鐘が響いていた。

食堂でエリオたちと夕食を囲み、他愛ない話をしながら笑いあう。

慌ただしく始まった一日も気づけばあっという間だった。


明日からいよいよ授業が始まる。

期待と少しの緊張を胸に私は静かに眠りについた。




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