第47話 すれ違い
「シロ……おはようございます……」
椅子の上で起床したクハパリは寝ぼけ眼を手で擦る。
魘されていた時とは打って変わっていつも通りだ。
彼女は腕を天高く上げて身体を伸ばす。
そして、欠伸をした後に気がつくのだった。
「……ッ!」
何故だか彼女は、ウチを避けている。
何かしたわけではない。
だが、何かあったのだろう。
まずはそれを聞き出さなくてはならない。
「……どこ」
彼女は身を縮こませ、警戒した目と口調でウチに問う。
「パリカノティタ会場だったとこ……かな」
ウチは落ちていたガラス片を拾いながら、なるべく穏やかな口調で話しかける。
それでも、彼女は拳を太もも上で握りしめて警戒を解かない。
すると、彼女は沈黙を決め込んだ。
頑なに口を開こうとはせず、寧ろ開けまいと口に力を入れている様子だった。
話さなければ、何も解決しないのだ。
「話してよ。仲間じゃないか――」
「そっちでしょッ!」
その瞬間、彼女の何かがピキッと切れた。
光の如く立ち上がり声を荒げる。
「仲間外れにしたのはッ! そっちなのに! ……なのに、何で」
目線はこちらを向かず、ウチの顔周辺を泳ぐように見る。
声は震えて、言葉が所々喉に突っかかっている。
距離を感じた。
「私が最後だから!? みんなよりも、一番遅く仲間になったから!? だからシロ達、戦いでも、息ぴったりなんでしょ」
今まで、上手くやれていると思っていた。
不満はないと割り切っていた。
その結果がこの様だ。
「それとも、私が戦えないから!? 足手纏いだから!? ……私だって、みんなの役に立とうと思ったよ――」
「そんなわけねぇだろ!」
「……ッ!」
遠慮していた。
だから、仲間外れだと思われたんだ。
この際、はっきり言おう。
「あぁ、お前は戦えない! そりゃそうだ全くの無力! 戦えないし! 聖書も守れてねぇし! ずっとウチらが戦ってても、後ろで見てるし! 何もしてねぇで、お前が戦いに介入できるはずがないんだよ!」
「やっぱり。そうなんだ……」
クハパリは顔を俯かせ、ウチの身体が遂に見えなくなる。
頭の旋毛がこちらに向く。
その旋毛は不規則に震えている。
微かに聞こえるぐらいの鼻息はハッキリと聞こえている。
「それがクハパリの悪いところだ」
クハパリは呼吸を忘れた。
それ程までの羞恥を感じているのかもしれない。
そう思った瞬間、彼女の顎から水滴が滴る。
鼻水を啜る音が聞こえた。
そのあとは、再び黙り込んだ。
数秒が過ぎる。
ウチの怒鳴り声が耳に残っている。
今言った事は、全部本音だ。
今まで思っていた事、曝け出した。
でも、気持ちは晴れない。
本当に言いたかったことではないからだ。
本当に言いたかった事、それは――
「でも、まぁ――それでいいんだよ」
ウチは後頭部を優しく掻きながら照れ臭く言った。
「え……?」
彼女は声を漏れ出たかのように発した。
それと同時に顔を上げ、ウチにはくしゃくしゃになった彼女の顔が見える。
ウチらはお互いを見合った。
「良いところの方が多いのがクハパリだ」
ウチはそう言いながら、少し下に位置するクハパリの顔に向かって、優しくはにかんだ。
クハパリは困った表情でウチの目をじっと見る。
それは、何と言うか新鮮だった。
「クハパリの良いところは花の数ほどあるんだ。悪いところなんて気にすんな」
「そんなわけない」
クハパリは冷たく、ウチの言葉を突き放す。
それを言われた瞬間、背中がやけに冷たく、この場の時間が止まったかのようだった。
「私、やっぱ期待してた。シロなら、優しい言葉で慰めてくれるって。なんか……それって、私を宥めるための言葉にしか聞こえない」
彼女の涙は止まっていた。
だがそこには、あいも変わらず距離がある。
涙は止まっていたわけではない。
流すことを忘れたのだ。
「もう本音で話し合えないよ。私――え?」
クハパリの顔や服に、少量の血がついた。
その場の時間が再び止まったように、クハパリは不動や静寂を貫く。
その間、血はじんわりと付着部に染みていく。
何故こんなことをしたのかは、ウチの言葉では伝わらないと思ったからだろう。
それとも、自分の不器用さに飽々していたのかもしれない。
ウチは持っていたガラス片で――手を裂いていた。
「ウチはクハパリのために、血を流しているわけじゃない! そこんとこ、間違えんじゃねぇ!」
引き裂いた手で、クハパリを指差す。
それによって再びクハパリの顔に血が付着する。
クハパリは血が目に飛んでくる際に目を瞑る。
それのせいで、クハパリの怯えた仕草や表情が顕現する。
「あと、もう一つ。ウチはクハパリとあいつら、選べないよ」
クハパリは再び黙り込んだ。
そして、天井を見た。
赤くなった頬はだんだんと元の色に戻っていく。
「本当ぉ……?」
いつものクハパリの口調だった。
それでも、まだ不安が募っているのだろう。
「ホントッ」
「ネルちゃんもそう思ってる……?」
「アイツはネガティブじゃないでしょ」
「思ったこと、喋っても良いのぉ……?」
「ありのままのクハパリが良いんだよ」
何故、ウチが観客席に思い入れがあるか。
それは、クハパリが攫われる直前、彼女が見せたありのままの笑顔をそこでしたからだ。
思えば、クハパリは抑制していたのかもしれない。
何があったかとかは分からない。
だが、口数はニアスとネルに比べれば少なかった。
そう言う性分なのかとも思ったが、違うと気がついたのは最近だ。
「約束だよ――?」
クハパリは椅子から立ち上がり、ウチに近づいてこう言った。
「一生ぉ!」
ここで漸く、彼女の笑顔が見れた。
ウチは自分の不器用さを悔いながらも、蟠りを解消できたことへの安心で、胸を撫で下ろす。
ウチの休暇は、これにて終わりを迎えるのだ。
「帰――」
次の瞬間、穴の開いた天井から何かが飛んでくる。
その何かはウチの身体を柵の外へと、謎の力によって引き寄せる。
気がつくと、胸には一本の刃が背中から突き刺されていた。
そのまま、ウチと何かは宙に舞う。
「シロッ!」
ここは三階。
と言っても、高さは日本基準ではない。
ロイヤルシートは王の客席。
一般観客席とは、並ならぬ高さを有する。
「噂をすれば何とやらだなぁ!!」
背中から聞こえた声は、先ほどのロードブルク兵の声が聞こえてきた。
真下を見ると、一階のパリカノティタの試合場のマットがウチを迎えるように設けられていた。
ウチは身体を、そこに音が響くほどに叩きつけられた。
〜 第四十七話 完 〜




