第48話 逃げてくれ PC版
「せーのッ……ドーンッ!」
背後の兵士の掛け声と共に、ウチは試合場の床へ叩き落とされた。
「があぁッ!」
落下の衝撃が、身体の芯まで伝わってきた。
痛くはない。
声が漏れてしまったのは兵士の方だった。
だが、負傷してしまったのは事実。
マットレスが敷いてあったが、あと顔が数センチでもズレれば、ウチの頭は潰れていた。
何故なら――
(あ……あっぶねぇ……)
真横にはこの会場の天井から落ちてきた、石の破片が一階のそこら中に落ちていたのだ。
「――ぐッ!」
マウントされながら顔に拳が飛んでくる。
何度も何度も飛んできた。
抵抗しようと手を前に出す。
すると、兵士は急に手を止めた。
彼の心はそこになかった。
少しすると、急に微笑をする
「へっ、何だその――手!」
自分の穴の空いた手を見ると、直前――ほんの直前やり取りを思い出した。
そう言えば、出血が絶え間なく続いている。
(感覚がないから気がつかなかったッ……!)
すると、兵士は急に意識を戦線復帰させる。
ウチの手を掴んでしなやかに雁字搦めさせた。
――ゴキッ
変な音が聞こえた。
最近は聞かなずとも、先月前ぐらいには聞いたことがある音だ。
「あッ……あ、あ……」
腕は変な方向に曲がっていた。
戦闘どころではなくなった。
心の中で腕の心配をし続けた。
腕しか見れなくなった。
脳裏には『骨折』の二文字が過ぎる。
だが、信じきれなかった。
「うッ! ぐうッ――!」
――ピキッ
今度は、聞いたことがない音が聞こえた。
さっきよりも大きな音で、弱い音だった。
その瞬間、子犬が猟犬に挑むような恐怖や無謀感を味わった。
(何の、何の音だ……)
殴られた箇所を確認する。
横顎の箇所に、微かに違和感を感じる。
まさか――
(頭蓋骨に……ヒビを入れられた……!?)
「う、うがぁ゙ぁ゙!!」
反射的に馬乗りをする兵士を退けようと――拳を飛ばす。
兵士の身体に拳が到達した瞬間――子供のパンチのような音が聞こえた。
「え…………?」
「お前――弱いなーぁ」
彼の嘲笑と共に、途轍もない無力感に襲われた。
それと同時に無数の拳が再び飛んでくる。
腕を顔の前に持っていきながら、メトを恨む。
こんなことになるくらいなら、筋トレ以外にもっとやるべき事が他にあったはずだ。
毎日行った腕立ても、攣りそうになりながらもやった足上げも。
全部が、こいつの前には無力だった。
「こんッな奴が、ほんッとに、処刑対象なのか?」
彼はウチを殴りながらも口を止めない。
少し油断している様だった。
(殴りは通用しないッ……!)
これまで通りではうまく行かない。
そう考えたウチは近くにあった天井の石片が目に入った。
直ぐにその石片を手に取り、兵士の腕目掛けて振り上げた。
(これならッ……!)
石は彼の服を裂いた。
だが――彼の肉体には傷1つつける事ができなかった。
裂かれた服の箇所を見ると、何時ぞやの看守のように、ウチが道場で目指した筋肉の太さが目立っていた。
(これも無理……!?)
ウチが口を開いた瞬間、彼はウチの口をガッチリと掴んできた。
その瞬間、様々な考えが過った。
( 逃げるか? い いっそのこと 強
や 石は効かない 彼 過
武 逃 使 は ぎ
器 ら 何しても無理かも っ ア る
は れ 逃げたい て ビ 体
効 な リ 術
く い 持 殴ってもだめだ 使 テ だ
効くわけない か っ っ ィ な け こ
? て あの時みたいだ た を い で ん
痛くないのに な か な
痛い い なんでここにいんだ? ? )
「俺ぁ異能軍下級兵・ノスタルフォートレス。んで、オメェの罪状は?」
(知らないで追ってきたのか……?)
これは交渉に使えるかもしれない。
一瞬、そう思ってノスタルの目を見たが、次の瞬間、その行いを後悔する。
――ドンドンドンッ!
ウチはノスタルに頭を床に叩きつけられた。
そして再び頭を上げられる。
「もう一度聞く。罪状は?」
ノスタルの低音が耳の奥まで染み渡る。
彼はウチの髪を掴み眼前に寄せられる。
すると、ウチはノスタルの目に引き寄せられるように感じた。
ウチは考えを改め、しっかりと真実だけを答えた。
「覗きッ……だよ! 覗きが死刑になるとか、どうかしてるぞ……!?」
口の中に唾と混ざり合っている血によって、言葉が詰まる。
だが、若干の皮肉を込めて言葉を繋げる。
「それぁ俺も同感だ。それで……あぁ、そうだ――クハパリ。ソイツ、どこだ」
(クハパリが危ない……!)
絶対にクハパリには会わせない。
決意が今固まり、確固たる物になった。
クハパリは愚か、ウチも危機に晒されていることは分かっていた。
だが何故か、ウチは自分の存亡を心配することはなかった。
(勝てやしない……なら――絶対、クハパリには会わせない)
「知らねぇなぁ――ぐふッ!」
「どこだって聞いてんだ。オメェが知らなかろうが関係ねぇ」
その後もそのやり取りを何度も繰り返した。
ウチの頬は赤を通り越して青掛かった紫色に仕立て上げられた。
ウチの骨は亀裂が入って今にも割れる寸前。
痛みはないが、あっても特に痛がらないだろう。
だが、戦いに支障が出てくるのは確かだ。
アビリティの有り難みを噛み締めながら、未だに拳の攻撃を受け続ける。
「吐け」
「……ッ!」
「吐けって」
「……ぐッ!」
「吐ぁけよぉ」
「……!」
あれから何分続いただろうか。
抵抗すればするほど、体力がなくなっていった。
遂には、ノスタルを殴っても、音がしないまでになった。
考える気力すら湧かない。
手先は冷たく、動かすと、力が持っていかれる。
(あと……何回殴られるんだろ。クハパリは逃げてくれただろうか。逃げてくれ。逃げたなら――本望だ。分かったか、クハパリ? お前が逃げたんならそれで――)
「え……?」
次の瞬間、クハパリがノスタルの脇腹を蹴っていた。
彼女なりに思い切り蹴ったのだろうが、それは、今のウチが殴ったときの音と酷似していた。
「戦いに介入出来ないって言ったこと――後悔させてやる!」
クハパリは笑顔で蹴り付けていた。
客観から見たらサイコパスなその情景は、ウチにとって、今まで見たことのない希望に満ち溢れた彼女だった。
「おっ! 見ぃ〜っけた!」
口角を上げるノスタルはねっちょりとした口調でクハパリに目を付けた。
(――終わった)
〜 第四十八話 完 〜




