第46話 託されたもの
第46話 託されたもの
事が起こる数刻前――ウチは休暇でネヴァキュベートに来ていた。
道場から抜け出す際、旅の資金を1000ルト程くすねてきた。
そのお金でパンを買い、今片手にそいつがある。
「袋に金かかんねぇんだな」
――なんて、独り言を呟きながらウチはこの休暇を嗜む。
そのはずだった。
目の前の女の子を見て、ウチは彼女の名を呟く。
「クハパリ……?」
確かに少量の声で放ったその一言は、彼女の手を微かに動かす。
「シロ……」
彼女の眼は――薄黒かった。
光という光が消えており、ウチが発した声によって温かさを遂に失う。
頬や口元は震えており、今にも爆発させたい――と、そんな表情だった。
(何かがあった)
即座にその事を察知したつもりだ。
「どうした? クハパリも休――ッ!」
彼女の身体は前へと崩れ落ちる。
ウチはクハパリに駆け寄って彼女の身体を優しく受け止めた。
容体を確かめるべく彼女の顔を再び見つめた。
(気絶している……)
意識を失っていた。
ウチの視線は彼女の全身の隅々へと移る。
傷や打撲跡なんかはなかった。
だが彼女は――暗い顔をして魘されていた。
周囲を見てみると通行人の過半数がこちらを見てくる。
その他の人は、ウチらの存在に気がついているようだったが、目視しないようにしているようだ。
「失礼しますよッ」
ウチは彼女の膝と肩周りに腕を通して持ち上げた。
余計に周囲の目が痛くなったが気にしない。
「場所、変えるから……」
ウチはクハパリの顔を見つめながらそう言った。
そして前を向き、彼女の安心できるような場所へ連れ出した。
――――――――――――――――――――――――
唯一、誰もいなく静かな場所。
安心できる場所。
思い当たる限り一箇所しか分からなかった。
「パリカノティタ会場……」
ウチらのせいで、破壊された場所だ。
依然として、クハパリは目を覚さない。
ウチはクハパリの身体を優しく抱き寄せ、会場へ向かう。
会場前まで来ると、石造りの巨大な建造である会場の全体が顕となる。
だが、前に来た時とは全く違う建物に見えた。
それは、少しだけ修繕が施されているからか……他にもあるかも知れない。
「パルテノン神殿みたいだなぁ――げっ!」
ウチはすぐさま物陰に身を滑らせた。
そして、恐る恐る物陰から顔を覗かせた。
「いんのかよ……」
会場入り口には、何か紙を持って声を上げる者と他数名の人集りができていた。
(何でこんな所に人が……)
目を瞑りながら思考を巡らせると、ギスターナの言葉が聞こえてきた。
確か、前に王の側近を名乗る奴がここにきてたって言ってた気がする……。
(再建の計画があるのかもしれない……)
幸い、他に人はいない。
今回は下見って感じかもしれない。
なら中には居ないかもしんないし、居たとしても、 視線を掻い潜れば安全な場所があるかも。
ウチはクハパリを抱いて会場の裏へと回り込む。
だが、一通り見渡しても侵入できるルートを見つけることができなかった。
そしてそのまま、会場を一周した形で観察は終了した。
ウチは再び入口前へと姿を隠す。
「あとは入口だけなんだけど……」
そう呟きながらそこへ視線を向ける。
だが、未だに人は集ったままだ。
(『スタッフ専用』とかねぇのかよ……場所、移すか……?)
こんなところで路頭に迷うと、クハパリがいつ起き来るかもわからない。
なるべく場所は確保しておきたいんだが。
半ば諦めかけの心は、今にも足を動かしそうだった。
だがその瞬間――何かを言いながら入口の奴らは裏へと回った。
(今がチャンス……!)
クハパリを優しく抱え込みながら、入口へと猛ダッシュした。
その時――少し離れた物陰から、こちらを見つめる視線があった。
だがシロはそれに気が付かないように、入口の奥の漆黒へと身を投じた。
「よしッ! うまくいった!」
そう言いながら、ネルはガッツポーズをする。
そして、彼女は入口に向かって言うのだった。
「私じゃ、言うこと聞いてくれないから。クハパリのこと、任せたよ……シロ」
彼女はそう言い残し、擎慄頼へと戻っていった。
――――――――――――――――――――――――
会場の入り口を進むと、2階に行き着く。
元から立地が高く、1階の試合場へ行くには階段を降りなければならないのだろう。
クハパリは魘り声の頻度が少なくなってきた。
(もうすぐ起きるかも……)
変な心配をしていることは分かるが、この……俗に言う『お姫様抱っこ』はクハパリ自身には見られたくない。
床や天井、外見から内面まで石造りのこの会場は足音が目立つ。
ウチは音に敏感になりながら、なるべく鳴らさないように奥へと進む。
ウチが向かっているのは観客席。
個人的に、思い入れがあった。
左には個別に設けられたお偉いさん方の部屋へ行くための連絡ルート。
そこを無視して右側の観客席に向かおうとした。
「いいか、あの道場、一週間だ……」
聞き覚えのある声が、左側の通路から、妙にはっきりと聞こえてきた。
ここも人がいた。
先程まで警戒していたはずが、今だけはどうしても近づきたいと思ってしまう。
なぜなら――
(道場……!)
ここ、ネヴァキュベート一帯に道場なんて擎慄頼――あそこしかないはずだ。
本来なら近接したいところだが今はクハパリがいる。
戦闘なんて起こしたら、彼女を庇えるかわからない。
だが、会話は怪しい。
ウチは壁に寄りかかって彼らの会話を盗み聞く。
「一週間って……何がです?」
下っ端Aみたいな声の奴が主犯格と思しき奴に聞いた。
だが、ウチは予想外の返答を盗んでしまった。
「あそこに居候する連中を捕まえんだ」
(あいつッ……!)
聞き覚えがあると思ったんだ。
あいつ――数日前に擎慄頼に押し寄せてきた『ロードブルク兵』だ。
あの時は遠くからしか聞いてないから、声をはっきりと覚えることができなかったが今、正体が確信した。
「そこの師匠は捕まえるなよ。唆されているだけだ……と、リブラ様が仰った」
(リブラ……?)
こっちは聞き覚えのない名前だった。
口調からして、そのリブラって奴の強さと、こいつのリブラの関係性が滲み出ている。
「ほんじゃぁ、その師匠ってんの、それ以外はどうしますん」
「態度次第だが……そうだな――最悪、殺せ」
それを聞いた途端、顔の血の気が一気に引いた。
奴らどんな覚悟で挑んでくるのかが徐ろにわかった。
「あ、クハパリって奴ぁ殺すなよ。予定変更だ。あいつ――」
ロードブルク兵はそう言いながらドアノブを捻った。
そんな音がした。
(やべッ――)
左側の通路に出口はない。
出口なら、ウチらが入ってきた入口だけだった。
このままだと、鉢合わせる。
ウチは咄嗟に左側の通路から行ける三階への階段に急いで駆け込んだ。
――――――――――――――――――――――――
三階は、コクバロッテスさんが座っていた貴賓席だ。
赤を基色とした椅子で、夢世界とは思えないほどのフカフカ加減だ。
ウチは優しくそこにクハパリを座らせ、顔にかかっていた前髪を耳にかけ直させる。
そして、柵によりかかり下を見下ろすと、案の定さっきまでウチらがいた場所にロードブルク兵どもがそこを通りながら出ていった。
「ふぅ……危ない危ない」
ため息を吐いて安心していると、天井が目に入る。
だが、天井と言えるほどの面積は持ち合わせないような天井――巨大な穴の空いた天井だった。
(あ、あそこから入れたか)
あの天井は地口教が飛空艇で開けてきた大穴。
今では、その天井の建材が会場内に散らばっていた。
ウチはそんな波乱万丈な記憶にふけってると――
「ん……」
ダミ声を上げながら覚醒を始めたクハパリが、今にもウチの存在に気がつく寸前だ。
(クハパリと、しっかり話せるだろうか……)
そんな不安が心のどこかに残っていた。
元々、辛気臭い話は嫌いな性分だ。
しかも、下手なことを言えばより険悪になるリスク付き。
(いや、やってみせる……)
脳裏を掠めたのはネルだった。
あいつは、ウチに託したんだ。
人任せではなく、信頼。
最近、似た様な奴がいただろう。
エザスタ――あいつだって、信頼で逆境を乗り越えた。
負けていられない。
だから、ウチはやらなければならない。
〜 第四十六話 完 〜




