第43話 隠然たるドク
ベルトポート付近は静かだった。
ベルトポート自体、交易が目的で設けられただけのネヴァキュベートが所有する港だ。
だが、そこから少し進んだ先にある道場は、少々活気に満ちていると言っても過言ではないだろう。
「ほら、エネルギーを流し込む感覚。忘れんなよ」
パシンッ、という音が木霊した。
それは人を叩いた時の音だった。
メトがニアスをのっぺりとした棒で尻を叩いたのだ。
ニアスが目指しているのは術透。
アビリティを物に流し込む動作。
だが、それはメトが息を切らすほど精巧な技術を要する。
それはニアス自身もわかりきっていた。
(流し込む……流し込む……)
心の中で唱えていても、流し込み方がわからない。
眼の前にはメトが生成した巨大な雫。
ニアスは木の棒を握って先端を雫に浸す。
その瞬間に思うのだった――。
(デカすぎる……)
この雫の大きさに対する思いではない。
壁としてデカすぎるのだ。
術透という技術。
自分にその課題が達成できるか、不安だった。
練習はニアスが想像していたより難航していた。
メトはそれを見かねて――
「アビリティを使うならイメージ――要は想像、だ。ほれ、してみろ。固体ではないものであれば、まぁいい」
とニアスに肩の力を抜かせるように言った。
ニアスはそれを聞いて、目を瞑って考え込んだ。
固体ではないものをどうするのかは何も言われていない。
ニアスはそれに悪態をつくものの、言われるがままになっていた。
液体、または準液体といえば。
そう考えて最初に浮かんだものは――水だった。
思えば、アビリティも水が関連している。
水という存在は、ニアスの生活の二部だった。
エネルギー=水
何かの考えが確立された瞬間だった。
ニアスの身体の中で水が溜まった。
そんな気がした。
(あの時は敵の身体に。だが、今回は自分に)
ニアスは書庫での事を振り返っている。
あの瞬間の出来事を活かせる事を想像すると、身体の中の水が増えた気がする。
腕を伸ばして棒の先を再び雫に浸ける。
前屈立ちで足にも気合を入れた。
そして再び目を瞑り――一呼吸。
理想を思い描く。
すると、シラゾノの顔が浮かび上がる。
戦闘中に即興で発動できなければあの人のようには成れない。
そう思った瞬間、力が湧いてきた。
そして今――
「はッ!」
その力を放った。
だが、眼の前の雫を見ても、変化は感じられない。
失敗だった。
その結果にニアスはひどく落胆した。
膝から崩れ落ち、そのまま腕を地面の土に落とす。
段々苛立ってきて、腕をもう一度地面に叩き落とした。
(やっぱり……俺じゃ無理なのか……?)
「誰見てんだ」
メトが冷たい声で言い放った。
だが、冷たくとも、温かくとも聞こえた。
「見る相手、間違えんな」
ニアスは考え込んだ。
(――シラゾノさん……?)
ニアスは術透のことになると、毎度毎度シラゾノを見ていた。
見習っていた。
それは、ニアスが間近で、初めて術透を目撃したからだった。
その衝撃に、魅了されていたのだ。
シラゾノは技術の天才だった。
だが、見るべきはシラゾノではない。
では誰か。
その答えは、横にあった。
「シロ……」
イメージの天才。
それは既に目撃していたのだ。
シロは今もなお、ひたむきに汗を流していた。
腕を動かし、鍛えていた。
真に見るべきは、シロだったのだ。
そう思うと、気が楽になった。
超えられない壁だと思っていたシラゾノではなく、いつも側にいるシロを見ればいい。
「なら、超えれない壁ではない」
イメージ上の体内の水。
この水をどう木の棒に流し込むのか。
答えは既に出ていた。
メトが術透を行う際、ニアスは見ていた。
彼は足から段々上部へと力を入れていた。
これもあくまでイメージなのだろうが、絞り出すイメージ。
ニアスはそう考察する。
確証はない。
だが、やる価値はあった。
再度一呼吸――共に力む。
まずは足の筋肉から。
足首を絞る。
(絞れ……絞り出せ……)
水は脹脛に到達する。
それと同時に足がカラカラになる気がした。
次に脚を力む。
(水……水だ……感じる)
水は腹に到達する。
脚全体は絵の具を出し切ったかのようにペラペラになった気がする。
続いて、腹を張る。
(押し上げろ……幻想の水を……)
水は腕にまで到着した。
腕はもう限界だった。
棒を持つ腕が震える。
だがニアスはまだ、限界に達していなかった。
最後に、腕に流した。
「はぁぁッ!」
腕に溜まっていた水が狭い出口から飛び出たかのように、一気に吹き出した。
それと同時にニアスは後ろへと吹き飛ばされ倒れ込んだ。
ニアスが眼の前を見てみた。
巨大な雫のほんの一部分だけ、そこだけ波紋が行き届いていなかった。
その部分は――固まったのだ。
「え……マジ……?」
メトは口を開きながらあっけらかんとしていた。
「できた……俺、できたよなぁ……!」
「お、おう……」
ニアスは段々と事実が確信に変わっていった。
そして、メトのその一言でニアスは道場の庭を飛び回った。
術透が成功したニアスよりも、何もしていないメトのほうが事態の状況を飲み込めていなかったのだ。
「本来より時間と研鑽を必要とするはずなのに……俺なんて、五ヶ月だぞ……?」
ニアスはメトの呟きが聞こえないほどに興奮していた。
メトはニアスの興奮っぷりにも目を丸くしていた。
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それとほぼ同時刻、ロードブルク城では異様に静寂が広がっていた。
今日は兵士には休暇を取らせ、少数の兵士だけに城の警備を任せていた。
ロードブルク城、南棟、二階、会議室。
ただそこに、コウドウの騎士が10名、卓を囲んでいた。
あるものは顔を机上に蹲せ、あるものはお菓子を貪り尽くす。
だが、大半のコウドウは何かを身構えていた。
そして、誕生日席に座るシルベルは静かに放った。
「よく集まってくれたな」
彼の声にはこの場の皆の背筋が凍った。
それほど冷たく、だが言葉の裏には怒りが宿っている。
舐めた態度を取っていたコウドウでさえも、彼の言葉を聞いた瞬間姿勢を正した。
「さて、今回の議題――」
コウドウは固唾をのむ。
そして祈った。
どうか、全員が想像しているようなことではありませんように、と。
だが、シルベルは容赦なく言い放った。
「それは――裏切り者について」
〜 第四十三話 完 〜




