第42話 送られた塩
シロが筋トレに勤しんでいる間、ニアス、ネルはアビリティの訓練に励んでいた。
そして、クハパリは縁側にて、水の入った桶を見ながらお茶をすすっていた。
メトは師範を務める。
そのメトが今から重要な事を授けるような雰囲気を醸し出していた。
「今からお前らは――」
メトが口を開いた瞬間、次の言葉までが妙に長く感じた。
その間にニアスは固唾をのみ、ネルは飽きていた。
そして遂に、言葉の続きを発する。
「自主練をしてもらう」
場は一気に白けた。
「自主練はないだろ……」
「もういいよ。シロ、ウェイシア行っちゃお」
ニアスは呆れ、ネルは諦めた。
師範代の器ではない。
メト以外のこの場の全員がそう思った。
だが、いつもの通りメトはケツから話す。
彼の自主練は皆が想像しているものではなかった。
「勿論、俺は教えるぞ。が、何をやりたいかはお前ら次第。これまでの戦いで何を得た。掴んだだろ、アビリティの筋道を」
そう言われたニアスは顔をうつむかせる。
そして手を見つめた。
何かを考え込んだような顔をすると、いきなり顔を上げて真剣な表情をする。
「掴んでいる。俺、あるぜ。やってみたいこと」
ニアスは開いていた手を握り、固く強く言い放った。
彼の発言はメトを感心させた。
この場の空気が、変わった気がした。
その瞬間、クハパリは違和感を感じる。
先程から、クハパリは桶の水を見つめていた。
すると彼女は手を止めた。
桶の中の水に、波紋が広がった。
メトはその現象に気がつき驚いた。
「ニアス……お前……」
ニアスの瞳は純粋そのもの。
何かしらの絶対的自信があったに違いない。
メトはそう確信する。
「……それだ。絶対……それをやるぞ」
メトとニアスは見つめ合った。
数秒間そうし合った後、二人はネルを見つめた。
ネルは二人に見つめられ、何を言いたいのか瞬時に理解した。
「私は……まだない、かな」
メトはそう聞くと、ニアスを別の場所へと移動させた。
そして彼は再びネルを見る。
「『戦い』は経験だ。お前だって既にそっち側なんだ」
そう言い去り、ニアスの後についていった。
「んだよ……経験って……」
ネルは下唇を噛みながら、メトを見送った。
だが、ネルの目は下を向いていた。
ネルは一人だけ取り残されていた。
――――――――――――――――――――――――
ニアスとメトは道場の外に出た。
外には東京ドーム1個分の草地が広がっていた。
草原というには少々狭い。
木が一本茂っていたが、日除けぐらいにしかならない大きさだ。
近くに訓練場はあるにはあるが、寧ろ集中力を阻害すると判断した。
「アビリティを物に通すには――どうすればいい」
ニアスは恐る恐る、様子を伺うように訊いた。
何を言っているかは自分でもよくわかっていない。
ただある人から聞いたに過ぎないのだから。
そのある人とは――シラゾノだ。
ディッシュポートからベルトポートへ向かう際、彼は船の中で言った。
「アビリティの術式を通している」
彼が何を言っているのかは今になってもわからなかった。
ただ、似たようなことができた事を、ニアスは鮮明に覚えていた。
書庫で掴んだ感覚。
その感覚は、敵の脳に流れている血液を硬化させた。
その感覚がシラゾノの教えとは別物なのであれば、あれが何なのか、本当にわからなくなる。
メトは真剣にニアスの質問を聞いたあと、ただ一言、ポツリと言った。
「……見せよう」
そう言うと、メトは木の元に落ちていた棒を拾い上げ、ニアスに向けた。
メトは目を瞑り、棒を持つ腕に力が宿った気がする。
彼がゆっくり息を吐くと、棒が段々と手から揺れ始める。
棒先に力を集めているかのようだ。
すると、風が靡き、草が揺れる。
だが、メトの周りの草だけが、異様に揺れていた。
その現象に、ニアスは逆毛が立つ。
棒の揺れが段々大きくなると、ニアスはそれが『破裂する』と思ってしまう。
そして遂にメトが目を開ける。
「――はぁッ!」
声を絞り上げると、空気がカラッと乾燥した感覚が生まれる。
ニアスが棒を見ると――棒先に大玉ほどの大きさの水玉が出来上がった。
「…………!」
ニアスは呆気に取られた。
その水玉から目を離せない。
離したくない。
水玉はぷよぷよと浮いており、少し波紋が立つ。
そして、力んでいたメトが声を解放すると、水玉は地面に落ちた。
ニアスの足元がビチャビチャに濡れることが、その水玉の大きさを物語っていた。
「俺のじゃ、分かりづらいかもしれないが……こう言う事だ」
少々だが、メトの息が荒かった。
それ程までに力が必要なのか。
これから襲う試練がどれぐらいな物なのか、ニアスは覚悟を決めた。
「アビリティをエネルギーに例えろ。全身に流れるアビリティを、物に流すんだ。そして――放つ。これを『術透』と言う」
ニアスは『これだ』と確信する。
シラゾノが言っていたのはこれだ。
シラゾノのアビリティは知らないが、“アビリティを物に流す”それが、ニアスの求めていた回答だった。
「お前の場合、水を硬化させる。つまり、槍の先を水につけて、アビリティの術透をすると――水が固まる」
「触らなくても、いいのか……」
ニアスは自分の手を見た。
少し汗で濡れている。
メトが術透を見せた時に、思わず出てしまった汗だ。
ニアスはそれを固める。
ニアスのアビリティの弱点。
それはリーチの短さだった。
触らないと発動できない。
今、その問題が解消されたのだ。
とても長い、それこそハルヴァリアの剣にアビリティを流したら、その分リーチは長くなる。
ニアスはそれに、『可能性』を見出した。
そして、それに魅入っていた者が、もう2名居た。
「なんて言ってた……?」
「分かんなぁい」
シロとクハパリが、道場の物陰から顔を出して見物していた。
そのヒソヒソと話す二人はネルに丸見えだった。
「術透、だってさ」
ネルには聞こえていた。
彼らの会話を盗み聞き、物にしようとしているのだ。
「アビリティを物に通すんだって。シラゾノが言ってたあれでしょ」
ネルは肩を上げて説明した。
そして、シロにはある疑問が浮かぶ。
「ライグが術透したら、その通している物が消えるのかな」
「じゃあ、マダグはどうなんの?」
ネルがそう疑問を呈すると、シロは言葉がつっかえた。
そして、イジけた表情で下を向いた。
「そんなん言われたって……知らないし」
そんなシロとネルのやり取りを見て、クハパリも純粋に疑問が湧いた。
「じゃあさぁ、ネルちゃんとシロは術透すると、どうなんだろうねぇ」
ネルは直感で即答した。
「物のの音自体がなくなんじゃない?」
「じゃぁシロのは?」
そう言われると、またしてもシロは言葉がつっかえた。
それ程までに不安定なアビリティだった。
数刻悩んだ末に――。
「物の、痛覚をなくす……?」
シロは自分でも、このアビリティ弱くね? と思ったのだった。
(人にも術透はできるんだよな。それでも弱い……)
――シロがアビリティに酷く落胆している頃、ニアスは術透のシステムについて学んでいた。
「長ければ長い物程、術透に力がいる」
それを聞いたニアスは後退りするほど驚愕した。
(メっちゃんが……あの棒のでさえ、息を切らしていたのに……)
メトが使った棒はそれほど長くはない。
寧ろ、剣よりも短い。
戦闘で使えるようになるには弛まぬ努力と研鑽が必要だという事を、ニアスは思い知った。
「これは戦闘向きじゃないんだがな……」
そう言いながら頭をポリポリと掻くメトに、ニアスは問う。
「戦闘向きじゃないって……?」
メトは独り言を呟いたつもりが、ニアスに聞こえていた。
メトは再びニアスへ身体を向ける。
「思い知ったろ。研鑽どうこう以前に、力の消費が激しい。いわば――『必殺技』だ」
低威力且つ燃費も悪い。
確かに戦闘向きではない、とニアスは思う。
(こんなんを……俺は扱えるのか……?)
ニアスはそう考えた途端に顔が青くなっていった。
努力することは慣れていた。
だが、努力した上で無力だと思い知った時には、絶望を味わう。
ニアスが顔を俯いていると、メトがそれに気がつく。
「勘違いすんな。お前は扱える。一度掴んだんだろ? なら、あとは物にするだけだ」
ニアスはその言葉を聞いて、肩の荷を下ろすことができた。
そう言えば、船上のイカ戦で見せたシラゾノですら、短小のナイフを使っていた。
だが、彼はメト程息は切らしていない。
その筋の人なのかもしれない。
「メっちゃんは、その……シラゾノさんより……強いのか?」
ニアスはゆっくりと訊いた。
シラゾノはメトよりも強くあって欲しくない。
「心配すんな」
そう言うと、メトはニアスの頭を撫でて宥めた。
「年上なんだけどな……」
「あ、なんか言ったか?」
「別に……」
メトが聞き返すと、ニアスは恥ずかしそうに赤面した。
それでも、ニアスは胸の中で何かが解けた感じがした。
「ほれ、続き――やんぞ」
メトのその言葉を聞いて、ニアスはある疑問が浮かんだ。
「メっちゃんは、シラゾノさんのアビリティを知ってんのか……?」
その言葉を聞いて、メトは表情を暗くした。
そして、深刻そうな顔で、言った。
「アイツはこう言っていた――『セーブ&ロード』」
〜 第四十二話 完 〜




