第41話 強くなるための意義
ロードブルク城、南棟、玉座の間。
シルベル・タリウス・アルスフォード王は、ある男を裁く。
その男は、牢屋番係であるにもかかわらず、シロ、ネルを逃がすという、犯人隠避に近しい行為を働いた。
「待ってください! 本当にアガツ(シロ)は牢屋には来ていないのですッ!」
男の眼の前には、玉座に神々しく鎮座するシルベル王がいた。
その男は手を後ろに回され、紐で手首を括られていた。
簡単な身動きすら難しく、ここから逃走を図る事はできない。
尤も、その男は未だにシルベル王に使おうとしているため、逃走という行為は暴挙と認識していた。
そして、この男の“シロが牢屋に来ていない”という発言。
これはこの男と城側とのすれ違いなのか、刑を逃れるための嘘なのか。
この男にしかわからなかった。
「本当ですッ! あのニブラ牢の部屋に、アガツたちは送られておりません!」
ロードブルク城の牢屋には、ニブラ鉱が使用されている。
現在はニブラ鉱を使用された牢屋は、全世界の国に設けられている。
それほどに、アビリティ所有者は危険視されている。
この男は、そんな危険人物を逃がした。
それは国を危険に晒す事を意味する。
これからこの男には、重刑の制裁を加えられるだろう。
「私には妻がおります! 子供もいます! 三人です! お願いします!」
男はシルベル王に上目遣いで同情を誘った。
だが、この発言は、シルベルには罪を身認めたと捉えられてしまった。
「……おい、ディルコニー」
「はっ!」
男がシルベル王の真横を見ると、確かに人が立っていることが分かる。
女の人だった。
ディルコニーとは、コウドウの騎士にあった名前だった。
ディルコニーは何か巻物を広げて、淡々と読み上げた。
「――申し上げます。大犯罪者アガツマガツゴンザエモン、並びにネルの犯人隠避罪。よって、二年の懲役の後、斬首の刑に処す」
男は絶望のそこに叩き落された。
懇願を続け、泣きわめく。
だがその意思虚しく、シルベル王は頬杖をついて冷たい視線を男に向けた。
ディルコニーは男に懇願の瞳で見つめられると、男から視線を外し、そそくさと玉座の間から逃げるように去っていった。
ディルコニーの額はテカテカと光っており、その生理現象を男は気になった。
そして、ロードブルク兵・兵長であるペノムリッヒがここに参った。
男はペノムリッヒのアビリティによって、ニブラ鉱のない旧ロードブルクの牢屋にワープさせられた。
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一方、その頃のストレイダーズは――。
「なんッで、ウチだけ筋トレなんだよッ!」
ウチの怒声はこの道場、擎慄頼の建材に大きく反響した。
「四の五の言ってねぇでぇ、腕動かせ。腕」
師範代であるメトグラフィック、元いメッちゃんは道場の庭で、室内のウチに向かって指示を飛ばす。
といっても、ウチにとっては指示ではなく野次を飛ばしているようにしか聞こえない。
ウチは只今、筋トレに勤しんでいた。
上腕二頭筋は既に膨張を感じ、身体のありとあらゆる部位がプルプルと震えていることが分かる。
和風建築さながらの構造をしたここ擎慄頼は、建物自体の側面の一部に壁は無く、代わりにあるのは横に連なる引き戸。
その引き戸の奥に見えるのがメッちゃんと――。
「ニアスたちはいいよなぁ! アビリティ訓練で!」
ニアス、ネル、クハパリだ。
ウチが羨ましそうにそう言うと、ネルは鼻で笑ってきた。
なんともムカつく顔であった。
なぜ、ウチだけ筋トレなのか。
それは、一時間前に遡る。
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地口教との戦いの後、一日の休暇を設けた。
そしてその後、擎慄頼に来たのだが――。
「今からお前らには、アビリティを育成させてやる」
アビリティを基本から応用に伸ばす、アビリティのための施設というのがこの世界の定石、と前に何処かで聞いた覚えがある。
「但しシロ、テメーはだめだ」
空いた口が、塞がらなかった……。
「なんでだよ! ウチだって入門試験には合格しただろ――!?」
ウチがメッちゃんにそう問いかけるも、彼は腕を組んで目を瞑っている。
その後も問い詰めていると、彼はニアスたちを庭へ移動するよう促し、ニアスたちもそれに従う。
ウチが疲れて言葉を慎むと、漸く理由を説明してくれた。
「お前はどうやったってアビリティは伸びない」
師範代とはあるまじき発言に思わず絶句をかましていた。
師範なら、弟子の成長に諦めず、寄り添いつづける。
それがあるべき姿のはずだ。
だが、ウチはたった今見放された。
落胆されたのだろうか。
なんで。
ウチがいつ何をした?
そもそも、獏からもらった能力のはずなのに。
自問自答していると、ウチの意識外からメッちゃんの声が聞こえた。
「絶対に伸びないとは言っていない。ただあくまで、別のことに集中したほうがいいってことだ」
ウチの絶望の表情を見て心配してくれたようだった。
新庄を助けるためにはコウドウの騎士を成る丈無力化を図らなければならない。
彼の言葉で、少し気が楽になった。
だが、彼が言っている別のこととは一体何のことだろうか。
そう思い顔を上げると、メッちゃんは一泊をおいてから言った。
「――体術だ」
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そう言われて、筋トレをしているわけだが――。
「やっぱりぃ、わかんねぇッ!」
そう言い終えたタイミングで、腕立て伏せを120回終えた。
息が切れている。
呼吸のたびにしんどい。
激しく運動したわけではないのに、呼吸が乱れているんだ。
しっかり血が循環しているということだろう。
ウチは床に大の字で倒れ込んだ。
やりきったぞ。
達成感がある。
生きてるって感じだ。
自分的には及第点だろう。
いや、むしろいいほうかもしれない。
そう思っいると、庭の方から声が聞こえた。
「まぁ、最初はこんなもんか……」
メッちゃんの些細な呟きだった。
その言葉で、心が折れそうになった。
一体どこまでのマッチョマンに仕立て上げようとしているのやら。
すると、メッちゃんがこちらに向かってきた。
「水飲んでこい。熱中症は馬鹿にならねぇ」
庭にあった桶の中にある水をくんだ。
こんなところで野ざらしにされてはいるが……一応飲める水らしい。
三杯を口に流し込み、室内に戻った。
「こんなんで……ホントに……強くなれんのかよ……」
思わず本音が漏れた。
メッちゃんが近くにいるところで、だ。
いや、もう洗いざらいさらけ出してやる。
「地道すぎない……? こんなマイペースに訓練していても、超スピードとか超パワーは手に入れられねぇだろ」
肩を揺らしながらそう聞くと、メッちゃんは呆れた顔で答えた。
「基礎はあくまで土台だ。応用でねじ伏せろ。ま、お前はその土台すら作れてないんだがな」
「へい……」
こいつに何を言っても、もうどうしようもないのだと悟り、言葉が詰まった。
タオルを手に取り、汗を拭った。
メッちゃんのその心無い言葉に、ウチは気のない返事で返した。
ふてくされてタオルを道場の端に放り投げ、再び筋トレを開始する。
ニアスたちは和気藹々と訓練に励んでいる。
ウチはそれを傍観していた。
(楽しそうだな……)
そう思うと同時に、自分のいましている筋トレにも意義が持てなくなった。
そこで考えた。
なぜ強くなるのか。
新庄を助けるためとさっきは言った。
だが、それだけではない気がする。
もっと身近なもの気が――。
「何故お前はここに来た?」
徐にメッちゃんからそう聞かれた。
ウチは顔を上げる。
(――ッ)
眼の前に既に写っていた。
強くなるための意義が。
ネル、ニアス、クハパリ、そしてストレイダーズという居場所を守るためでもあったのだ。
この世界に来たときから守らなければならなかった。
「それがお前の、強くなるための意義だ」
そう言うと、メッちゃんは背を向けてニアスたちの方へ向かった。
「俺らみたいには、なるなよ……」
去り際にそんな声が聞こえてきた。
新庄を助けることもそうだが、ストレイダーズも友達だ。
そして、目に写っているあいつらだって今は頑張っている。
ウチが頑張らないでどうする。
そう思うと、自ずと意思を決めることができた。
誰も傷ついてほしくない。
ネル、ニアス、クハパリの笑顔は絶対に失わせたくない。
傷つくのは、ウチだけでいい。
そのためのアビリティだ。
なら、このパンパンに膨れた腕の筋肉は――もう止めない。
「まだやるか……」
ウチは再び手を床につけた。
〜 第四十一話 完 〜




