第37話 覚悟はできている
「す、スナイパーライフル!!」
ネルはノラリーのアビリティによる攻撃を恐れて、高威力武器を手に入れた。
ネルは銃には疎かった。
結果、スナイパーライフルの中でランダムに選ばれる。
選ばれたのはこの世界の拙いスナイパーだった。
一方、ノラリーは理解に苦しんでいた。
さっきまでのエザスタに対する人物像は、ひ弱という言葉が似合っていた。
だが、エザスタが爆発してからだ。
急に口調が豹変した。
しかも、無傷で。
そして、信用が如何と言っていた。
それが気になる。
一体何が起こったのだろう。
そう思っていると、エザスタが口を開く。
「“夢”――この世界でいうアビリティ。僕はそれを、初めて自分の意思で描いたのかもしれない」
“夢を描いた”。
これは何かの比喩なのか、あるいは本当に夢を見たのか。
「何を言っているんだ……?」
「――アビリティが、置き換わったのかもしれないんだ」
未知は、それだけで脅威となる。
この時、ノラリーは恐れていたのかもしれない。
確信していたものが、未知のものに変わった瞬間を。
「んーもぉ! とりあえず大丈夫ってことね?」
戦闘態勢に入り、ネルはそう聞いた。
「勿論です! 寧ろ絶好調だッ! やりましょうネルさん! 僕が合わせますッ!」
エザスタは変わっていない。
ネルはそう思っていた。
確かに、口調は変わった。
だが、いい方向に変わった。
今のエザスタは自信に満ち溢れている。
根本的なエザスタは、何も変わっていない。
そんな気がした。
ネルは耳を塞ぐ。
信用したエザスタは意図を汲み取り言う。
「信用ですッ! 信用が鍵なんだッ! 仲間の強さを
信用すると、身体を強化させられる! 信用することで、意思疎通を図れる! それが僕のアビリティ、《断固たる信用》ですッ!」
「オッケー! わかった!」
ネルはスナイパーライフルに持ち替える。
対人狙撃銃なんて持ったことのないネルには重すぎる。
スコープがないとは言え、慣れない重さに重心がブレてしまう。
それでもノラリーに銃口を向けた。
そして、トリガーを引いた。
――が、安全装置が付いていた。
撃てない理由もわからない。
だが、ネルの真の目的はそれではなかった。
(3、2……キタ!)
ネルはノラリーが彼自身のアビリティで自爆するのを待っていた。
そして、彼は言わなかった。
言い忘れていたのだ。
ネルが勝ちを確信した瞬間――想像とは反する結果となる。
ノラリーは走り出す。
今際の際に晒された上での足掻きだと思っていたが、違った。
ノラリーの通った経路には爆発が起きる。
「爆発は避けれるんだ。嘘の情報を思い込んでいたな?」
エザスタは、ノラリーのアビリティが必中効果であると思い込んでいたのだ。
だから、喰らった時は足掻かず、悟っていたのだ。
そして、ノラリーはアビリティを再発動させない。
現在の参加者はネルの一人だけ。
《しりとり》は二人以上だと進行されないのだ。
理由は一つ。
エザスタのアビリティを恐れ、観察に徹するためだ。
だから、発動させない。
だが、それはネル達にとっても好都合だった。
ネルは飛び出した。
伸ばした足はノラリーの右半身を狙う。
ノラリーはそれを受け流す。
だが、ネルの後ろにはエザスタがいた。
その瞬間、エザスタの拳がノラリーの鼻を撃ち抜いた。
――――――――――――――
ネルは理解した。
これが信用である事を。
何だか体が軽かった。
エザスタが信用してくれたからだろう。
ネルは獏によって身体強化のバフを受けていた。
ネルの身体は、まさに神がかっていた。
ノラリーは鼻血が出る。
変な方向に軟骨が曲がっていた。
ノラリーは戦闘経験が浅い。
それ故の油断だった。
(いち早くも弱点を見出し、自分のペースに持っていかなくては……!)
ノラリーは焦っている。
自分より下の存在だと思っていた奴に、上の存在は誰かを叩きつけられている。
(もう……使ってしまおう)
――プチュ
何か音がした。
ネルとエザスタは一斉にノラリーを見る。
彼の手には注射器があり、皮膚にそれを刺していた。
「何あいつ……」
「こんな時に麻薬か……?」
何かの薬だと言うことはわかっていた。
だが、何に使われるものなのかがわからなかった。
(何だあれ……? AAA……?)
ネル達は警戒する。
力が上がるのか?
だがここは、あれがドーピングじゃなくともできる世界だった。
もう刺された後だ。
それでもエザスタは飛び出した。
そして、注射器を蹴り飛ばす。
幸い、ノラリーが痙攣していたおかげで反撃は受けなかった。
「これぇ、何だかわかるかぁ?」
彼も口調が変わった。
AAAと書かれた注射器、このAAAを、まだネル達は知らなかった。
「こりゃぁ、強制的にアビリティを追加できるって薬物だぁ! ちょっとした伝があってな。俺らでも知らねえ極秘技術が詰め込まれたドーピング剤だッ!」
さっきまでの性格とは全く違う。
荒々しい口調。
(アビリティに変化や変動があると性格が変わるのかもしれない)
そう思っていると、ノラリーの腕が変色していく。
そして――遂には紫色で半透明になった。
ノラリーは薄笑いをする。
エザスタには、その行動理由がわかっていた。
「気持ちいい。清々しいなぁエザスターテスくん。君も、こんな気持ちになったのかい」
上を見ながら昇天しているようだ。
それほどまでに気持ちがいいのだろうか。
ネルがそう思った――次の瞬間、ノラリーは紫の腕を横に振る。
――ブゥン
そんな音を立てながら、紫の腕は伸びて、右から左へと通り抜ける。
伸びた腕はネル達が出てきた扉の壁に当たるほどだ。
「え……?」
ネル達は絶句した。
ネルは薄々気がついていた。
生前聞いたことのある音。
確か、スタ○ウォーズで聞いたことがあった。
本当にあんな音がするのかと嘲笑していたことがネルにはある。
だが、本当にその音がしたのだ。
鉄格子の檻を見てみた。
――削れていた。
というか、溶けていた。
(あんなものに当たったら一溜りもない……!)
一瞬の隙を見せたエザスタに、ノラリーは腕を伸ばした。
――ブゥン
地面にも、削れた空間が出来上がる。
だが、エザスタは間一髪のところで避けることができた。
迂闊に近寄れない。
近寄っても、高威力。
シンプルが故、強い。
ネル達は、そう思い知らされた。
(いち早く終えなければ……)
エザスタは考える。
この戦いをなるべく早く終わらせる方法。
それは《頑固たる信用》を使えばいい。
だが、この力は自分でも未知。
扱いを間違えれば自分諸共危機に瀕してしまうかもしれない。
信用とは何か――
「ネルさんッ!」
ネルは再び耳を塞ぐ。
「僕は居ないものと考えてくださいッ!」
ネルはそれによって何を得るのか、分からない。
わかる必要がなかった。
「弾の軌道上に君が居ても、知らないよ!」
ネルはスナイパーライフルに持ち替えた。
その瞬間――エザスタが飛び出した。
前は不利を脱するために飛び出した。
だが、今は違う。
何か計画があって飛び出したのだ。
ネルは銃口をノラリーに向けた。
エザスタが言った言葉、これを思い出す。
ノラリーは未だに薄笑いを続けている。
「その笑み、ムカつくんだよ……ねッ!」
そう言った瞬間、弾が発射される。
弾の軌道にはエザスタとノラリーがいる。
「そうですッ! それが正しい!」
エザスタはノラリーを向いている。
弾は見えていない。
だが――避けた。
エザスタはネルがここに撃つと信用していたのだ。
弾丸はエザスタの髪を掠めた。
ノラリーもスレスレで避ける。
(それでいい!)
エザスタは足を大きく振る。
振った足は――ノラリーの鼻を蹴り飛ばした。
―――――――――――
鼻は既に負傷していた。
そこに蹴り込んだ。
相当なダメージがノラリーを襲う。
勢いを殺さず、エザスタは再びノラリーを仕留めにいく。
鼻を重点的にノラリーを殴る。
何度か受け止められる。
それでも一、二発は入った。
骨が歪む感覚を、拳が味わった。
(――ここッ!)
エザスタは何も見ずに、来た弾を避けた。
焦ったノラリーは紫の腕を大きく振り上げた。
――ブゥン
腕は弾丸を溶かす。
その隙に――鼻を殴った。
―――――――
(後少し……)
エザスタは感じていた。
後もう一押しで、ノラリーを倒せることに。
その衝動が彼を突き動かした。
「バカッ! 何してんの!」
――ブゥン
エザスタは腕に違和感を感じる。
じわじわくる痛み。
その痛みに、エザスタが感じられる程の限度なんてなかった。
エザスタが下を向くと――腕が、無かった。
「うぅ、あ、あ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙!!!」
エザスタは声を荒げる。
今まで、調子に乗っていた。
その結果がこれだ。
ネルは焦って引き金を引く。
まだエザスタはノラリーを追い込んでいないのに。
震えた指先が勝手に動いたのだ。
案の定、腕を振って弾を溶かされた。
そして――エザスタの足も溶かした。
「あ゙あ゙ぁ゙ぁ゙!!!」
ノラリーは嘲笑う。
戦闘要員のエザスタはもう戦闘不能状態。
ネルはスナイパーライフルを所持しているものの、それも消えかけていた。
ノラリーのアビリティで出されたものは一定時間で消えるのだ。
「最後に《しりとり》をしよう。これは僕からの慈悲だ。《しりとり》で死なせてあげるさ。まず僕からだ――」
エザスタは待っていた――この時を。
近くにある、今にも消えそうなルビーを手に持つ。
そして、ノラリーが言い終わると同時に投げた。
「《リボン》……はッ!」
その瞬間、ノラリーの顔にルビーが当たり、消えた。
そして、ノラリーは戸惑った。
しりとりは自分が一番よく知り、愛している。
そんなノラリーが、何故最初で“ん”で終わる言葉を選んでしまったのか。
痛がるそぶりも見せず、ただ立ち尽くす。
「信じていた……君が、勝ち誇った瞬間油断する事をッ!!!」
ノラリーは挑発を受けた。
この危機的状況に陥っても、彼は冷静になろうとする。
(だが、大丈夫……避ければいい)
その隙に、エザスタは飛びかかった。
まだ生えている足と腕で彼を押し倒し、動けなくする。
「は、離せぇ!!」
「地口教は根絶やしにしてやるッ!!! 必ずッ!」
その間にも、カウントダウンは進んでいた。
ネルはスナイパーライフルを落とした。
「離れて! 君も死ぬよ!!?」
暴れるノラリーを押さえつけながら、エザスタは澄んだ顔でネルを見つめた。
「大丈夫。僕は自分を信じている。生きていられるかは分からない。それでも――覚悟はできてる」
次の瞬間、爆発で彼らが見えなくなる。
結果はどうなったかは分からない
ネルは爆音をかき消し、呆然としていた。
〜 第三十六話 完 〜




