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第36話 信用



 牢屋の外から聞こえてきた足音が止んだ。

 すぐそばに副司教がいるのだ。


 だが、洗脳を解いてしまった。


「やばいやばい……! ねぇどうしよう……!」


「落ち着け……! 何か方法を探すんだ……!」


 耳元で囁きながら会話をする。

 すると、僕らはある策を思いつく。


「やっぱりやるしかない……」


――――――――――――――――――――――――


 副司教の一人がランタンを揺らしながら僕らを観察しにきた。


「さてさて、調子はどうですかな――」


 やけに上機嫌だった。

 僕らを攫ったのが大層嬉しかったのだろうか。


 副司教は僕らの牢の前に来る。

 そして、顔をこちらに覗かせた。


 僕らはというと――。

 

「じゃあ次……極道とかけまして、キンタマと解きます」


(頼む……気づくな……!)


「そ、その心は……?」


「どちらも筋が通っているでしょう!」


 一瞬の沈黙。


 喉が焼けるように乾く。


「……んー、まぁ順調ですね。素晴らしい」


 副司教は去っていった。


 僕らは胸を撫でながら深呼吸をする。

 難は去ったのだ――と思っていた。


「あ、そうそう!」


 そう言いながら再び副司教は戻ってきた。

 僕らは肝を冷やした。


「洗礼を行うので今から来てもらいますよ」


 僕らは言われるがままに副司教について行った。


――――――――――――――――――――――――


 僕らは副司教を前に長い長い廊下を歩きながら、二人で耳打ちして話し合った。


「さっきの、何だよ。もっとマシなのあっただろ」


「いや、だって……即興だと、あれしか思いつかなかったんだ……」


「……もういいよ。それより、脱出する方法を探そうぜ」


(こんな時でも下の話をするなんて……どれだけ非常識なんだ)


 そう思っていると、副司教は急に僕らの方を向き、お辞儀をし始めた。

 そして、右手を横に突き指す。


 僕らはそれを見ても何もわからない。

 副司教は頭を下げたまま喋る。


「右に進むと洗礼を受ける儀式を行います。奥には司教様がいます。粗相のないよう、そして変な気は起こさぬように、お願いしますよ」


(司教だとッ!? この、イかれた宗教の司教、一体どんな奴なんだ。何が目的なんだ!?)


 僕は物凄く怖かった。だが、それと同じくらいの興味もあった。

 僕らの村を壊しておいてしたい事、それに興味を持っていた。


 僕は――――を見る。

 そして、意思疎通を図った。

 彼も行く事に異議はない、そんな気がする。


 洗礼を受けに行くのではない。

 ここは場を凌ぐのだ。


 僕らは奥へと進む。

 ここから何が起こるのか、固唾を飲んで、それを期待してしまった。


――――――――――――――――――――――――


 廊下を進むにつれ、奥の部屋に刺す光が、僕らの視線を遮った。


(奥に()()いる……!)


 そのくらいの情報しか視認出来ない程に、だ。


「よくぞ来てくれたナ、若者どもよ」


 光が直射で届かないところに来ると、ようやくその姿を現す。


(こいつが、司教……一体どんな奴なんだ?)


 恐る恐る司教に目線を合わせた。

 

「なッ……!」


 色白……というか、白色の肌。

 でかい図体。

 下足のような髪の毛。


 その、人なのかどうか危うい生物は玉座に座って肘をついていた。


(これはもしかして――)


「私の名はイカデス。地口教の司教だゲソ」


(ゲソ……? イカ……?)


 こいつが司教。何だかバカみたいな顔だな。


 そう思っていると、イカデス司教は立ち上がり、道中の階段を降りながらこちらに寄ってくる。


「さぁ、洗礼を受けようじゃなイカ」


 そう言いながらイカデス司教は横を見る。


(何をみているんだ……?)


 そう思いながらも、僕らはイカデス司教の視線を追った。


(――ッ!!)


 見たくなかった、こんな姿。

 イカデスは今、僕らに一番精神的ダメージを与えられる仕打ちをした。


 僕らが見たもの。

 それは――


「ルマリア……?」


 僕らがよく知る女の子――その死体だった。


 考えたくなかった。

 

 それでも、彼女はそこにいた。

  

 動きもせずに


 呼吸もせずに


 笑った状態で


 そこにいた。


 ――そこで気がついてしまう。

  

 彼女は水に濡れてもいい服装だった。

 彼女は知っていたんだ。

 今日は池で遊ぶことを。

 そして、そこで襲われたのだ。


 遊ぶことを、楽しみにしてくれていた。


 ようやく思い出した。

 僕の隣にいるこの男の名前は――ヘルムド。

 そしてもう一人の仲の良かった女の子――ルマリア。


 何故忘れていたのか――答えは薄々気がついていた。

 ここに来るまでずっと忘れたかった。

 この結末を、知っていたから。


 ヘルムドの声が、静かに聞こえた。


「俺は夢を見ているのか……? 本当なら、一緒に暮らしているはずだ……本当なら、子供を育てているはずだ……そうなるはずだ……」


 初めて知った。

 ヘルムドがルマリアを愛していたという事を。


 何故ここで知ってしまったのだろうか。


 僕はヘルムドの表情を見ることができなかった。

 見なくても、想像をすることが出来る。

 出来てしまう。


 震え、裏返る声。

 鼻水を啜る音。

 荒い息づかい。

 容易に想像できるのだ。


 僕はただ、ルマリアの体を隈なく観察することしかできない。

 

 本当に死んでいるのか。

 これは夢なのかもしれない。


 そんな幻想を抱いて、僕は呆然と立ち尽くす。


「洗礼を執り行うには――」


 イカデス司教が口を開く。

 洗礼なんて、どうでも良かった。

 イカデス司教(こいつ)の声を聞くたびに腸が煮え繰り返る。

 

 そして――彼女が死んでいるという事実を、イカデス司教に突きつけられることになる。


「こいつを食うゲソ」


 ヘルムドが飛び出した。

 それでも、僕はルマリアに視線が釘付けだった。

 見るたびに、彼女の生死を確認する。


 ――パチン!


 ヘルムドからはそんな音が聞こえた。

 彼のパンチだろう。


 次の瞬間、反対側から音がした。

 そこでやっと、僕の視線はそっちを向いた。


「……あぁ」


 ヘルムドが頭から血を流して、壁に倒れ込む姿があった。

 

 所詮、子供の力。

 あっさりと投げ飛ばされていた。

 

(勝てるわけがない……)


 自暴自棄。

 それが、僕にとって最善の行動だった。

 いや、逆かもしれない。

 僕の為にはならない。

 だが、もう諦めたことで、今を生きることができていたのかもしれない。


 村の大人たちは太刀打ちする暇もなく洗脳を受けたのだろう。

 それはこいつらの強さを鑑みればわかることだ。

 そんなのに僕らが勝てるわけがない。


 イカデスがこっちに近寄ってきている。

 殴られたら、何発で死んでしまうのだろうか。

 二十発? それとも十発?

 たぶん、二発だ。


 もう諦めよう――


「――ダメだ」


 掠れた声が聞こえてくる。

 

 心を見透かされているかのようだ。

 

 ヘルムドの声だろう。


「諦……めるな」


 何で。

 

 もう疲れたんだ。


「その歳で、か……?」


 お前に何がわかる。


「分からないさ……必要がない」


 何を言っているんだ。


 何で喋れるんだ。


 何で思っていることがわかるんだ。


 何も分からなかった。


 頼む――教えてくれ。

 

「信用しているから」


 え?


「ここで諦めるのは、いい」


 それじゃあ、さっきと言っていることが違うじゃないか。


「諦めて、逃げるんだ……戦闘放棄だ……放棄して、逃げろ」


 ……


「逃げて……生きてくれ。俺ぁ信じてる。お前が……生きて……再び戻ってきてくれることを」


 …………


「村の人や……俺、それにルマリアの分まで……生きてくれ」


 その瞬間、ヘルムドが立ち上がる。

 血が床に滴る。

 息を切らしている。


 奇跡としか思えない。


 それだけ血を流しておきながら――


 それだけ足が震えていながら、

 

 何でその怪我で立ち上がれるんだ。


「信用しているからって、言ったろ……?」


 ヘルムドは僕の方を向いた。


「友達だから……信用できる」


 彼は死の淵に立たされていながら、僕に笑顔を向けてくれた。


 何でだろうか。


 信用、


 それだけで――勝手に足が動いてしまうんだ。


 


 僕は逃げた。

 友を置いて。

 だが、僕は逃げたんじゃない。

 だから、こうして戻ってきた。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


 そこで、追憶の意識は現実へと引き戻される。

 何で僕は生きているんだ。

 確か、身体の内から爆発したはずだ。


 辺りを見渡す。

 ネルとノラリーは僕のことを見ている。

 唖然とした表情で。


(何で、今、これを見たんだろう)


 そう思いながらもアビリティを発動させようとした。


 ――だが、発動しなかった。


 それでも動揺はなかった。


 使い方はもう分かる。


「何で……? 無事なの……!?」


 ネルが問う。

 自分でも、不思議だった。

 でも、理由は分かる。

 理屈では説明がつかないけれど。


「無事じゃないですよ。ただ――」


 僕は彼の言葉を借りて問答した。


()()しているから」


 何だか、清々しい気持ちだ。

 今まで自信がなかった僕。

 それでも、今はこうして自信が持てる。


 自分を信用するから自信。


 僕は今、自分を信用している。


「ノラリーさん。僕らは似ているかもしれない。何かを信用することができる、その幸せを噛み締めよう」


 何を言っているのか分からない、って顔をしている。

 それなら、僕が教えてあげよう。


 ()()ってやつを。



      〜 第三十五話 完 〜

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