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第35話 桃色に光る石



 ネル達は優位に立っていた。

 ここから逆転のターン――そう思っていた。


 ノラリーはネルがエザスタに指を指しているところは見えていた。

 だが、何を言ったのかが分からなかった。


 思考を巡らせ、言葉を探る。


(指を指したと言うことは動詞? だが、それだと指を刺さなければならない。そして、だからと言って名詞、特に状態であるのならば一瞬で元に戻るのだが……)


 ノラリーは、自分のアビリティの制約を知っている。

 だが、探れば探るほど分からなくなっていく。


 そんな時に、ネルは得意気に言った。


「あれぇ? これ時間制限あるんだよねぇ?」


 ノラリーには聞こえていない。

 だが、何を言っているかは嫌でも分かっていた。


 ――残り五秒


 考えた。

 だが、何も浮かばない。


 ――残り四秒


 ネルとエザスタを見てみた。

 だが、何ともなさそうだ。


 ――残り三秒


 ――と思ったら、エザスタが何故か声を荒げた。


 ――残り二秒


(仲間を痛めつけた……? いや違う――)


 ――残り一秒


「り……り、()バー()!!」


 そう言いながら、ノラリーは自分に指を向け、言い放った。


 ネルは流石に仰天せざるを得ない。

 傷跡は見えていなかった。

 エザスタが声を荒げただけだった。

 だが、そこから導き出される答え。

 伊達に副司教はやっていないようだ。


 冷や汗が出てしまう。

 それでも悟られないように、手を耳から退け、ネルは笑顔を作りながら聞いた。


「へ、へぇ……すごいね。何でわかったの……?」


「わからなかった……」


「え?」


「分からなかったさ! “り”から始まる言葉を連想しすぎて、僕のターンにそうしろと自分が言っていると思い込んでしまった!」


 ノラリーは胸を広げながら天を仰ぐ。


(悔しかったのかな……?)


 ネルの笑顔が絶えてしまう。

 それほどまでにドン引きだ。


 だが、ネルの予想とは打って変わった結果となる。


 ノラリーは手で口と鼻を押さえた。


「だからこそッ!!! しりとりは奥深いィ!!」


 声は吐息混じりで、手の中で反響した声が嫌悪感を増幅させる。

 

 表情は直視することができない。

 だが、歓喜あり余る顔であることが確認できるほどに、彼の口角は上がりきっていた。


「さて、続きをしようじゃあないかぁ!! 次は君だよ」


 ノラリーはエザスタを指を指した。


 ――残り一秒


 何も思いついていなかった。


 次の瞬間、エザスタの胸の奥から何かの音がした。

 一秒ごとに刻んでいくそれを、ネル達はただ見つめているしかない。


 エザスタは――胸から身体の至るところまで爆発していった。


 あまりの展開。

 轟音は胸を揺らす。

 爆風は髪を揺らす。

 ネルは絶句。

 ノラリーは嘲笑いながら飛び跳ねていた。


 ネルは爆音をかき消した。

 静寂の中、目を見開きながらエザスタのようなものを見る。


 そこで、次は自分の番であると云うことに気がついた。


 ――残り七秒


「……す、す」


 ――残り六秒


 茫然自失で言葉を紡げない。

 それでも何とか絞り出そうとする。


 ――残り五秒


 頭が真っ白になり、考えることをやめた。

 めんどくさくなった。


 ――残り四秒


 見つめていた先で、何かが動く。


 ――エザスタだった。

 エザスタは黒煙から姿を現す。

 足だけに力を入れており、何やらボーっと天井を見つめている。


 ネルもノラリーも、その姿を見つめていた。


――――――――――――――――――――――――


 エザスタは暗黒を泳いでいた。

 周囲が何もなく、ただ暗闇が広がっていた。


『ここは――?』


 気付かぬうちに声が漏れ出ていた。

 エザスタ自身も、喉の振動を感じ、声を発したことに気がついていた。


 だが――声は響かなかった。

 もっと云うと、自分の声すら聞こえなかった。


(死んだのか……?)


 そう疑ってしまうほどに、何もなかった。




 


 ――目を瞑った。

 

 そして、一呼吸。


 そのまま目を開けることなく体感一分が経過した。

 




 その時、瞼の裏に貫通して光が差し込んだ。


 眩しく、目を腕で覆おうとした。

 だが――気まぐれで瞼を開いてみた。


 本当に気まぐれだ。

 目を覚ませば何か報酬がもらえる、と云うわけでもない。

 目を覚まさなかったら不幸なことが起こる、と云うわけでもない。


 それで――何故か嫌だった。


 心のままに目を開けてみた。


 すると、辺りは懐かしい景色に変わっていた。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


「おい! エザス! 見ろよ、スッゲェでかい魚だぁ! 1m半はあるんじゃないか?」


 そう言いながら釣竿をしっかり握って魚を見つめる僕の友達、――――がいた。


 ――――は意気揚々と語る。

 その姿が僕は大好きだった。


「1mは行き過ぎじゃない? 1m60cmぐらいで――」


「細けぇなぁ。端折ってんだよ! 四・捨・五・入だ! デケェ事には変わりねぇだろ。」


 僕はいつもいつもどうでもいいことに真剣に向き合っていた。

 そんな僕をいつも訂正していたのが――――だ。


「そういやぁ、――――はどこ行ったんだ?」


 ――――は徐にそう聞いてきた。

 普段なら、三人でいつも遊んでいた公園か、彼女の家にいるはず。


「さぁ? お前、今日は池だって――――に伝えたか?」


 すると、――――は目を見開き、手を口に当てる。


「ヤッベ、忘れてたぁ! ちゃ、ちょっと魚見といてくれ! あいつ探しに行ってくる! 急げぇェェ!」


 持っていた釣竿を僕に投げつけて、――――は村の方へ走っていった。


 僕は魚を別の水に移し、持っていた釣竿に餌をつけて、もう一度水面に戻した。


 その間は退屈だった。そうして一時間が過ぎただろうか。


「流石に遅すぎるよなぁ?」


 僕は頬杖をつきながらそう呟いた。


 魚はもう五匹釣れたと云うのに、――――はまだ戻ってきていなかった。


 ――――は不祥事を起こすような問題児ではない。

 彼は目を見張るような優等生で大人達からの人気も高い。

 認めたくはないが、僕たち三人の中で一番真面目な奴だ。

 

 そんな奴が戻らないってことは、本当に――――が見つかっていないのか?


 いや、もしかしたら――――が問題なのかもしれない。

 彼女は一番生真面目で遊び人。

 僕たち以外にも迷惑はかけっぱなし。

 暴走したら手がつけられない。


 そんな様を想像すると肝が冷えた。


 僕は魚が入った水槽と釣竿を持ち上げ、村の方へと向かった。


「あれ? 村の人達もいないなぁ」


 村は静かだった。

 どこに耳を立てても声の一つ聞こえない。


 不穏――それが脳裏にこびり付く。


 この時は齢7歳。

 恐怖が敏感に感じてしまう。 


 自分の家も――――の家も探してみた。

 それでもいなかった。


 残るは公園。

 僕はいつもいた公園へと足を運ぶ。


 道中には森が生い茂る。

 カラスやリスのような生き物達の鳴き声は、禍々しいこの状況を際立たせていた。


 すると、進むごとに人の声が聞こえてくる。

 僕は嬉しくなって歩幅を広げる。

 この後――事件が起こるとも知らずに。


 公園に着いた。

 すると、村の人が全員座らされていた。

 地口教によって。


「あぁ! よかったです。これで全員見つかりましたぁ」


 両手を組んでそう言ったのはヌベツミだ。

 今より断然若かった。


(何が起こっているんだ……?)


 この場から分かることは“僕を見つけていた”と云うこと。

 恐らく村の人全員も探していたのだろう。


(と云うことは――――と――――も!?)


 僕は群衆の中を見渡してみた。

 村には子供は少ない、と云うことはすぐ見つかるはず。


 見渡す過程で気がついた。

 村の人は全員笑っていた。

 楽しそうだった。


 しりとりをしていた。

 俳句を読んでいた。

 ダジャレを言い合っていた。

 他にもしていた。

 子供のように。


 ――――と――――もしていた。


 それでも、僕は危機的状況であることを理解していなかった。


 すると、前からヌベツミがやってくる。


「さぁさぁ、みんなと一緒に言葉遊びをしましょう」


 僕はヌベツミに桃色に光る石を貰った。


 そこからだろうか。

 僕はしりとりにハマってしまった。

 狂い好む程に。


 そうして、僕は馬車に乗せられた。

 流されるままに。


――――――――――――――――――――――――


「おい!」


 目が覚めたら、どこか牢屋の中にいた。


 ――――が僕のことを起こしてくれたようだ。

 彼が僕の肩を触った感覚が残っている。


「ここ……どこ?」


 僕はまだ石を持っていた。

 その石が急に色濃くなった気がした瞬間、何故か取り乱してしまった。


「そうだ僕――! しりとりしたい!」


 僕は彼の肩を掴み返す。

 強く、激しく揺さ振ると、彼は不快そうな顔を僕に向ける。


(何かしたのだろうか……)


 この時は、本当にそんなことを考えていた。

 何でこんな顔をするのか。意味がわからなかった。


 それでも僕は肩を振り続けた。


「ねぇ! しようよ! しりとり! 僕今したいんだ! お願いだ――」


「うるせぇ! どうしちまったんだよ!」


 彼は拳を力強く握る程に声を絞り出し、僕の話を遮った。


(いつもの彼じゃない……)


 こんなにも取り乱した彼を見るのは初めてだった。

 生涯で見ることもないと思っていた程だ。


 それでも、彼の声は意外と張っていた。

 至近距離だったからか耳がジーンと聞こえる。


「どうしたの……? 別の言葉遊びがい――」


「ちげぇよ! 何なんだよみんな! どうしちまったんだ! 地口教(アイツら)、俺らのこと誘拐したんだぞ!? 何でそんなに冷静でいられるんだ!」


 彼の目からは涙が窺えた。


 ――――が何に怒っているのかがわからない。

 それでも、何故か、彼が怒って泣いているのではなく、哀しくて泣いていることだけは分かった。


「何でこんなん持ってんだ! 昔のお前らはどこいっちまったんだよ!」


 そう言いながら――――はヌベツミ(あの人)から貰った石を盛大に腕で弾いた。

 その勢いで石は壁に激突。

 そして、割れてしまった。


「あれ……?」


 その瞬間、僕は我に帰った。


 何故――――のことを心配しないのか。

 何故自分たちの身を案じなかったのか。


 吐き気を催す程に自分を恨んだ。


「――――……ぼ、僕」


 その瞬間、僕の目からも涙が溢れた。


 どうしていいかわからず、言葉はつっかえ、手は迷子になっていた。


 そんな僕を――――は優しく抱きしめてくれた。

 彼も僕が洗脳のような状態から解放されたことを理解したようだった。


「そうだ! ここから脱出しないと! 何か策は――」


 ――――は僕の口を押さえて少量の声で言った。


地口教(奴ら)が来る!」


 耳を澄ますと、確かにコツンと石階段を降りるような音がする。

 すると、急にその音が止んだ。

 すぐそばまで来ているのだろう。


 そこで気がついた。


 僕らの洗脳が解けていることに気づかれてしまう。

 どうしよう。


      

       〜 第三十五話 完〜

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