第34話 しりとり
上から鉄格子が降りてくる。
その鉄格子は金属音特有の轟音を立て、周囲から注目を集める。
ネルは、それでも目の前の敵から視線を外さなかった。
一方でエザスタは、鉄格子の音にびくつきながら、落ち着きなく周囲を見渡している。
正反対の二人。
だが、共通点が一つあった。
――どちらも、戦力が読めない。
ネルはアビリティを持っている。
だが、その全貌はまだ見えていない。
これまで見せたのは、ほんの一端だけ。
エザスタに至っては、そもそもアビリティの有無すら不明。
武術に関しても、臆病そうな性格――そんな男が、 まともに戦えるのだろうか。
「エザスターテス。貴方、アビリティがありませんよね?」
目の前の副司教は問いかける。
ネルは目の前の副司教が、どうにも気に入らなかった。
黒目は大きく、不気味で、表情も硬い。
会話からしても、無粋な性格だと感じている。
「いいや! あるぞ、ノラリー!」
ノラリー――それが、もう一人の名前か。
ネルはそう当たりをつけると同時に、違和感を覚えた。
(食い違っている……?)
ノラリーとエザスタの発言には矛盾が生じていた。
エザスタがブラフで彼を揺さぶっているのか。
それとも、本当に今まで隠していたのか。
情報を整理するのは得意ではない。
だからこそ、ネルは行動で確かめる。
片耳を手で塞ぎ、エザスタへ向き直る。
「今、ノラリーの耳を塞いだ! ――詳しく教えて」
エザスタは一瞬戸惑う。
だがすぐに、何かを理解したように頷いた。
――通じた。
グローブで培った感覚が、そう告げている。
「アビリティは――決まった期間に得るものじゃない!」
その言葉に、ネルはクハパリの話を思い出す。
ニアスの「アビリティ=夢」という説、それに対してのクハパリの言葉を思い出した。
(……個人差、か)
ネルは短く結論づける。
その間にも、ノラリーは異変に気づき始めていた。
周囲の音が、何も聞こえない。
口の動きだけが見える。
声が届かない。
(……なんだ?)
ノラリーは眉をひそめる。
これは異常だ。
自然に起こるはずがない。
ならば――
(アビリティ、か)
そう考えるのが妥当だった。
だが、その正体まではまだ掴めていない。
そこで、ノラリーはすぐさまアビリティを発動させる。
《しりとり》!!
地口教 副司教 ノラリー
――――――――――――――――――――――
ネルはそのままエザスタに問い続ける。
「ブラフじゃないの!? 君、グローブ戦の時いなかったでしょ!?」
「後援で支援していました!」
「術式の内容は――!?」
ネルがそれを問いた時、ノラリーは漆黒の殺意を剥き出して飛んでくる。
そして、ノラリーは手を大きく掲げた。
「リッパーカットぉぉ!!」
次の瞬間、ノラリーの手元には鋭いピンが現れる。
そのピンの先はネルに向かった。
(避けられない……)
だが、避けない訳にもいかない。
ネルは万が一に任せ足を横に踏み込む。
《生バナナ》!!
どこからかそんな声が飛んでくる。
(こんな状況で早口言葉!?)
ネルがそれにイラつきながら、目の前のピンが飛んでくることに覚悟を決め、目を閉じた。
――来る!!
ネルは目を開けた。
目の前にはノラリーがいる。
そう予想を立てた――次の瞬間。
「――!!」
実際には、ノラリーとの距離は程よい間隔を空けていた。
(こんなにも、私……脚力、あった……?)
ネルがそんな疑問を抱いているとエザスタが口を開く。
「――言葉です!!」
ネルはそれを聞いた途端、耳に手を当てていないことに気づきすぐさま耳を塞ぎ、ノラリーの聴覚を無くした。
エザスタは続けて言う。
「早口言葉を言えば、身体強化が出来る! だが、一つ一回っきりだ!! 今一番簡単なのを言ってしまった!」
すると、ノラリーが急に拍手をし始めた。
怪しく、だが本当に賞賛しているかのような喝采だった。
「素晴らしい! 素晴らしいよ! やはり君は元地口教信徒!」
だが、次の瞬間からノラリーの喋り方はダウナーな喋りとなる。
「だが……惜しいよ。今から僕は君たちを倒さなくてはねぇ……」
今までは無愛想な表情の硬さを徹底して見せていたが、今は狂気的に笑っている姿をしている。
それを見て、ネルは圧倒された。
すると、エザスタに対して指を指す。
《トランスフォーム》!!
すると、ノラリーのピンが無くなった。
何が行われるのかわからない。
それでも、ネルは自分が指を刺されるように、指の軌道に身体を飛び込んだ。
指先は、エザスタを向いていた。
そして、何が起こったのか状況把握をする。
視覚で分かる変化は起きていない。
「〜〜〜〜〜! 〜〜〜……!!」
ネルは“気をつけろ、何か来る”そう言おうとした。
だが、何故か口が開かない。
ネルは手で口を触ってみた。
(塞がれている――!!)
すると、ノラリーがため息をついて肩を落とす。
「お前に当たっても意味がないんだよなぁ。それじゃあ《胸毛》」
ノラリーの目の前には毛が現れた。
おそらく何かの文字に誘導しているのかもしれない。
そう予想を立てたネルは警戒する。
すると――ヌベツミの声が聞こえる。
ヌベツミの声、ネルにとってそれは一番警戒していた攻撃だった。
ネルはすぐさま両耳を塞ぐ。
すると、仲間達が上の空を見つめながら何かを喋っている。
そして、彼らの目は虚だった。
これはヌベツミによる催眠だと断定したネルは耳を覆っていた手を退けた。
「これ、一回きりでしょ? 一方的にしか伝達できない装石具だもんね。なら、もうヌベツミの催眠は来ないってわけだ」
ネルは自分の喉を触る。
そして叫んだ。
その声は轟音であり建物少し揺れ、天井からカスが落ちてくる程だ。
すると、周りの仲間の拘束が解ける。
これで難関は突破した。
そう思った刹那――向かい側の牢のベルノートがこちらを凝視してきた。
敵を目の前にして目を外した。
そのことに疑問を持っていると、横から何かが飛んできた。
「――えぇぇ!? ちょっと!!」
エザスタだった。
ベルノートからアビリティ攻撃を受けたようだ。
すると、横の鉄格子から音が鳴る。
見るとマダグがネルに向かって飛んできていた。
だが、鉄格子があり、それにぶつかっていた。
その音だったようだ。
その隙を突かれ、ノラリーは攻撃圏内にまで進んでいた。
《蹴れ》!
彼の指はネルを指している。
ノラリーは身体が操られたかのように、不自然にネルの頭に蹴りが吸い付いた。
「――っ!!」
一度は避けることができたネルだが、二度目の蹴りが来たことにより態勢を崩してそのまま顔面に喰らうこととなった。
今ネルは窮地に追い詰められている。
その事を身をもって実感している。
だが、ネルは耳を塞ぎノラリーの聴覚を奪った。
それを待っていたかのように、エザスタが声を荒げる。
《レモン汁》!!
(なんでエザスタがしりとりを!?)
理解が及ばなかったネルだが、次の瞬間、エザスタに教えられることとなる。
ノラリーの目にはレモン汁が現れる。
突然の出来事でノラリーは対処が遅れる。
彼の目には数滴のレモン汁が刺された。
「彼の《しりとり》は一人だけじゃない!」
「え?」
「参加する意志表示を示せば、誰でも参加ができるんだ!」
「え!? じゃ、じゃぁやります!!」
理解したネルは“る”から始まる言葉を考えた。
だが、強い言葉が見つからず、ここは見送ることにした。
すると、ノラリーは拙く口角を上げて、敵であるエザスタに対してアドバイスをした。
「レモン汁だって……? もっと強いのあったろ。レールガンとか。……やっぱり歴が物を言うんだね」
今まで以上に多弁に語るノラリーに、エザスタは違和感を感じていた。
すると、何かを思い出したかのようにエザスタが言う。
「参加を希望したからには何か言わなければならない! 十秒後に体内から爆散するぞ!」
――残り四秒
(強い、なるべく強い言葉……)
――残り三秒
(るわ、る……ら?)
――残り二秒
(あぁ、もういいや!!)
――残り一秒
「る、《ルビー》!!」
そう言った途端、ネルの目の前にルビーが現れた。
そして、焦ったせいで耳を塞ぐ事を忘れていた。
すると、不敵な笑みを浮かべていたノラリーの口角がまた数センチ上がった。
その口角の可動域は人智を越えており、エザスタはその不敵な笑みに怯える。
「君も参加してくれるんだね! さぁ! 存分に楽しもうじゃないか!」
ノラリーは手を広げながらそう高らかに高揚する。
その瞬間、エザスタの昔の記憶が甦る。
友達が目の前で殺され、自分だけが取り残された孤独感。
自分は無力で何もできないと貶められた喪失感。
その感覚が今、エザスタを襲う。
その感覚に苛まれたエザスタは身体が震えてくる。
精一杯動いたわけでもないのに、身体中から汗が湧き出ていた。
後悔、痛み、怒り、憂い、その感情によりエザスタの足を前へと進ませた。
前進したエザスタの足は止まる事を知らない。
彼はノラリーへと駆け出していた。
「――先走るな!!」
《炙りカブリ》!!!!
エザスタは詠唱をパニックになってミスをしてしまう。
だが、その時にはすでに拳をノラリーの腹に突き立てた。
炙りカルビ。
短く、簡単な早口言葉。
そして、短い早口言葉。
ただ、その早口言葉を言うにあたって、エザスタの声は怒鳴りを効かせていた。
勝負はついたのだろうか。
徐にそう思ってしまい、ノラリーの表情を見た。
「そんなのが早口言葉な訳ね゙ぇだろ゙……!!!」
――――――――――――――――――――
ノラリーは般若のような形相で、エザスタを睨みつけていた。
まるで効いていない。
そう思ってしまうほどに寸分の怯みもなく立ち尽くしていた。
《火》
そう言うと、ノラリーの手から火が放射される。
彼の手はエザスタに触れていた。
そのままエザスタは服が燃えてしまい、床に突っ伏した。
「あぁあ、熱い! 熱い熱い!」
エザスタはどうにか火を消化しようとする。
手で叩き、床に叩きつけた。
ただ、パニックになっているせいで余計に火が燃え盛るばかりだ。
「ひ、《火移り》ぃ!!」
エザスタは防御ではなく、攻撃に徹底してしまう。そのせいでエザスタは火傷を負ってしまう。
すると、ノラリーの服にも火が燃え広がる。
ただ、ノラリーは淡々と業務を熟すように服を脱ぎ、床に擦り付けた。
忽ち火は消され、ノラリーは再び立ち上がる。
そして、怪しく笑む。
「あははは! はぁ、いやはや楽しいねぇ! しりとり以外楽しいことなんてあるわけない! そう思うだろう?」
その姿はまるで玩具で遊ぶ乳幼児のようだ。
彼が口を開くたびにネルは嫌悪感を抱く。
「ねぇ? これってしりとりなんでしょ? なら、これはどう?」
ネルは耳を塞ぎノラリーの聴覚を再び奪う。
そして、エザスタに向かって指を指す。
《リカバリー》
そう言うと、忽ちエザスタの火傷が治る。
だが、火傷は軽傷だ。
果たしてノラリーに今ネルが言った言葉はわかるのか。
答えは顔を見ればわかる。
気持ちいいほどの――顰めっ面だ。
〜 第三十四話 完 〜




