第33話 背中を見て
見下せば無景。
足掻こうにもどうしようもない。
俺は今、天井に張り付いている。
「んだよッ! これぇ!」
マダグと共に。
“張り付いている”より、“引き寄せられている”の方が正しい事に気がついたのは、既に戦える状況ではないと悟った時だ。
物凄い力で引き寄せられている。
これが、ベルノートの言っていた“ジャガーノート”か。
頭と、二肢に血が昇る。
昇るのと言うより降ってるような感じだ。
上半身のみ天井に引き寄せられているからだ。
自分が立てた、見たものが任意で引き寄せられる、ってのは皮肉にも合っていたらしい。
「おい! 何澄ました顔してんだよ!」
マダグが下より声を上げる。
今、俺は天井とマダグに挟まれている。
俺の方が天井に到達するのが速かったのだろう。
だから、二肢だ。
左半身にマダグの身体がある。
「足掻きようがない……」
「いいや! ある! なんでもいい! シロみたいに観察をするだけでもいい! 何か!」
「何を持って――」
嘲笑。
本来その感情だけが現れるはずだった。
だが、ずっと絡まっていた紐が解けたような感じがした。
――これだ。
これだったんだ。
序盤に感じていた疑問。
“何故殺生を躊躇うようになったのか”。
ストレイダーズのおかげだ。
シロはカンケル戦で優位にたった時、「ぶちのめす」 と言った。
殺すではなく、ぶちのめす。
――生かすつもりだったんだ。
この世界は弱肉強食。
そうお父様に教えられた。
俺も最初、シロの言葉を聞いた時、都合のいい事だ、と鼻で笑った。
――でも、今は違う。
ストレイダーズに逢えた全て、ストレイダーズと共に過ごした時間。
そのどれもが大切で、俺はみんなを見て育ったんだ。
シロとネルに出会って、クハパリを護衛して、今に至るまで、そう長い時間経っていない。
だが、その時間でいろいろな事をみんなから教わった。
シロからは洞察力、クハパリからは思いやり。今のところ、ネルを見て教わることは何もないような……まぁ、これから教わるだろう。
そして、この場で活かせ。
活かさないでどうする。
蔑ろにする気か。
そうさせはしない
発揮しろ。
ここまで培ってきたシロの洞察を。
俺はぶら下がっていた片腕で頬を叩いた。
バチんと云う音が響き渡る。
困惑気味のマダグを見て言う。
「ありがとう。目ぇ覚めた」
「お、おぅ……」
俺はベルノートを見る。
何か、何かないかと全身を舐めるように観察するのだ。
今、引き寄せられているのはアビリティのせいだ。
探せ。
アイツのアビリティの弱点を。
アイツのアビリティは音の発生源に重力を持たせる。
視認した物に任意で発動させることができ、その力はジャガーノートと比喩されるほど強力。
ラップパートは聴いていないから考察不可。
マダグのアビリティの武器による音でも発動できる可能性大。
俺はふと、ぶら下がっている足と腕に目が入った。そして、疑問が浮かんだ。
(――なんで上半身だけなんだ?)
アイツのアビリティは“重力を作った場所に、視認した物を引き寄せる”のはず。
俺が引き寄せられているのは見られたからだ。
そして、上半身だけ天井に引き寄せられている。
何故?
思考を巡らせた。
今、ここから弱点を見出すしか方法はない。
考えろ。
考えろ。
考えろ。
末に、一つの予想に到達する。
(――見た物?)
俺はもしかしたら見られていないのかもしれない。
厳密に言えば、見られたけど、浮かせられたのが俺じゃない。
では、何か。
(俺の服だ……!)
見られたのは俺の服。
それなら上半身だけ、と云う理由にも納得がいく。
俺は服を脱いだ。
すると――そのまま落下していく。
真下にはベルノート。
誰かに話しているようだ。
俺は狙いを定めた。
ここで決めろ。
そう誓い、拳を引き、着地と同時に突いた。
腕に激しい手応えがあった。
――――――
足に入った落下のダメージで怯んでいると、目の前には手を横に振りながら、必死に後退りをするベルノートがいた。
「ま、待て!」
まだ倒せていなかった。
ここでやりたかったが、仕方がない。
だがベルノートの必至の懇願は、彼自身の格を下げる行為だった。
ということは、あと少し。
俺はベルノートに近づいた。
すると、後ろにも音が聞こえた。
音の感じからしてマダグが降りた音だ。
「出したな、音をッ!!」
この音が狙いだったのか。
だが、俺はその一歩先にいる。
――俺はすぐにベルノートの背後へと身体を滑らせる。
すると、身体が背後へと引き寄せられる。
だが――その道中にはベルノートが居る。
俺はベルノートの通り際に背中を殴る。
そして、ベルノートのアビリティによりマダグの方へと引き寄せられながらベルノートを運ぶ。
「おぉい! ちょ、ちょっとタンm――」
何かを言おうとする前に、マダグの着地地点へと到達し、俺は拳を壁に振った。
運ばれていたベルノートはその壁へと直撃し、倒れて気を失った。
俺は落下した時のダメージで視界がぼんやりとしてきた。
「シロに……感謝しろよ……」
俺は、床に倒れ込んだ。
―
――――――――――――――――――――――――
その頃ウチは、未だに大雲入道と共にこの森を彷徨っていた。
壁のように聳え立つ木の幹は隙間を造らず、一切のショートカットを許さない。
「五感者だの特異体質だの言われてるけどさ……ウチ、全然主人公っぽくないんだけど」
「は? なんのこっちゃ?」
「ウチ、この世界の人じゃないんだよ。だから大雲入道はウチのこと、強いって思ったんだよ。多分」
カミングアウトをしたが、別に隠す事でもないだろう。
そう思い、言ってみたのだが――
「ワシも外の連中って輩は見たことあるが、お主は違うぞ?」
「へ?」
(いやいや、正真正銘現実の人ですよ!)
そう言おうとした時、大雲入道が説明をしてくれる。
ウチはそれを考えながら話を聞いていた。
「外の連中ってのは……ばく? って奴から貰った霊気を持っておるが、お主は違う何かじゃ。まぁ、霊気ってのはワシが勝手に呼んでいるだけなんじゃがな」
獏からアビリティを貰った奴が外の連中、っと。
「――それがウチなんだが!?」
「おかしいのぉ。そういえば、外の連中は……ばく、に願いを叶えてもらったと言っていたが、お前さんは願いを叶えてもらったのか?」
大雲入道の問いを聞き、答えようとした。
だが、新庄を連れ戻す、そう言えば話が長くなる気がした。
だからウチは適当に答えた。
「えーっと……王様に会いたい? ……叶えてもらえてないな」
ネルの願いが友達が欲しいだった。
だけど、ネルはウチと出会った時にはウチよりも前から夢世界にいたみたいだった。
願いには、時差があるのだろう。
だが、そうなった時、何年後に叶えてもらえるのだろうか。
そう思ったら、首筋が震えた。
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ウチらは森を進んでいく。
その中でさっきの会話を気に留めてしまう。
木の枝や葉を踏む音がいつの間にか聞こえなくなってしまうほど考え込んでいた。
当初の目的は新庄を連れ戻す事、その事に何の偽りもない。
だが、新庄とは今も喧嘩別れ中。
そして、新庄も何か願い事をしたのだろうが、果たして何を願ったのか、これが頭に残る。
それを考えている内に、昔の授業すら思い出してしまった。
ウチが小学生の頃。
時刻は午後二時半頃の六時間目。
その時は道徳の授業だった。
水泳の後の数学終わりという事もあって、クラスの活気は無きに等しいものとなっていた。
先生から、ある一つの課題を投げかけられた。
その課題とは“友達とは何か”。
その課題はクラス全員の頭を悩ませた。
先生は思いついた人から発表してくれ、と言う。
最初に手が挙がったのはクラス上位の頭の良さを持つ出雲黒羽だった。
最初は彼も頭を悩ませていたが、二分も経たない内にクラスで最初の発言者となる。
「友達……は、上下関係がなくて、みんながお互いに笑い合える存在だと思います」
黒羽が言い終わると、先生を始めとして教室の全体に拍手喝采が巻き起こる。
この学校では発言者に対して必ず拍手をしなければならないと云う決まりがある。
相手の意見を尊重する意味を込めた決まりだ。
だが、ウチは拍手をしていなかった。ボーッとしていた。
正確にいえば、黒羽の考えに対して関心を深めていた。
ウチは黒羽の考えには反対の意はない。
むしろ、小学六年生でこの答えを出す黒羽を、ウチは少し尊敬した。
――だが、それだけではない。
ウチはそう思っていた。
勿論、全部を答えろって言われているわけではない。
だから、黒羽は自分の考えの一部を簡潔に言ったのだろう。
ウチが考えているのは、その補足だ。
何か足りない。
そう考えているウチをよく思わない人が現れる。
「白さん? 拍手はどうしたのですか?」
先生の声を聞いて我を取り戻す。
だが、何を言ったのか聞きそびれてしまった。
それで戸惑っていると、先生の怒りが沸々と煮えたぎってきて、遂にはウチを立たせた。
「では、白さんはこの課題に対してどのような考えを持ちましたか?」
「そりゃ勿論――」
そりゃ勿論、その後が何故か言えなかった。
いや、勿論と言ったのが問題かもしれない。
勿論、と云うことは何か考えを持っていたと云うこと。
決定的な何か、を。
だが、そんな考えは思い浮かばなかった。
では何故、勿論、と言ったのか。
恐らく心のどこかで課題に対し、確信して言える考えを持っていたのだ。
でも、じゃあ何故言えないのだ?
それが分からなかった。
どれだけ絞り出そうとも、自信はあるのに言葉にすることができなかった。
ウチは仕方なく言った。
「――出雲さんと同じです……」
「では最初から拍手をしなさい」
悔しかった。
先生に言い返すことができなかったからじゃない。
その考えを思い出す事ができなかったからだ。
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ウチは今でもその考えを口にする事ができない。
カタチとしては心の中にある。
だが、言葉にすることができない。
それが頭に残る残滓だ。
そして、ウチは良くない考えが浮かぶ。
もし、新庄にとって友達が重要でない存在なら、この旅は一体どこに辿り着くのだろう。
そう考えた瞬間、ジーンと耳鳴りがした。
それでもウチは進む。
進むしか、ないのだ。
〜 第三十三話 完 〜




