第32話 卑怯な引き寄せ
――今、俺は聞き間違えたかもしれない。
(エザスタが地口教の元信徒……?)
彼は少し前まで子供だった。
そんな人が、地口教に入っていた時期があるというのだろうか。
そんなことを思っていると、当の本人であるエザスターテスが言った。
「ぼ、僕はぁ! 元々地口教なんて信じちゃいない! 地口が神の言葉遊びって何だ! そ、それ、神が、おっさんってだけじゃないのか!?」
地口教相手に結構攻めた真似をするな、と感心した。
そのことは、俺も思ってはいたけど口にはしなかった。
言おう言おうとは思っていたが、まさかこの中で一番気の弱そうなエザスタに言われるとは。
すると、さっきまで大人しくイケオジを演じていたベルノートは、目をかっ開いてエザスターテスに指を刺しながら喉を絞るように大声で喚いた。
「お前ぇぇぇ! 地口を馬鹿にするとは!」
「何度でも言ってやる! 地口なんて、神とは関係ない! 言っておくけど――あの時は逃げたんじゃないからな! 現に今、復讐を果たすために戻ってきてやったぞ!」
あの時……?
復讐……?
エザスタ以外のこの場の全員は何が何だかさっぱりだ。
とりあえず、因縁があることだけは分かった。
すると、聞き覚えのある声が聞こえて来る。
女性で少し上品、だけど狂気――。
《あーあ、どうも、ヌベツミです。よくもまぁ、私の可愛い可愛いクハパリを千切り去ってくれましたねぇ、ニアスさん!》
千切り去る、と云う比喩は正味分からないが、クハパリを狙っているのは預言の書が目的だと云うことを俺は知っている。
《でも、今手元に返ってきたのでヨシとします》
ヌベツミが言葉を連ねる。
そこに俺が言葉を挟む。
「上からだなぁヌベツミ! 安全圏から見物って、部下には行かせておいて自分は怖いのかなぁ!?」
そう挑発しても、ヌべツミからの反応はなかった。
ヌベツミが俺らのことを監視や盗聴しているのかと思ったが、見当違いだったようだ。
恐らくスピーカーと云うやつだ。
俺は右後方にいるギスターナと俺の真横にいるマダグ、左後方にいるネルとエザスタに、敵に聞こえないぐらいの声量で言った。
「お前ら、ここにいる敵はこの三人だけのようだ。ネル達は左の信徒、俺とマダグはあのベルノートとか云うおじさん、悪いがギスターナには右の信徒を相手してくれ」
ギスターナは歳上だから、と云う理由で一人でも大丈夫と決めつけたが……大丈夫だろう。
ライグ戦でも一番戦果を上げていたのはマダグではなくギスターナだと、俺は思う。
心配なのは、あいつが攻撃できるアビリティではないことだ。
振り返るとエザスタが今にもベルノートに向かって飛び出しそうな顔をしていた。
だが、心を抑え込んでいる。
彼の額からは汗が滲み出ており、足はガクガクと震えている。
だが、止まっている。
エザスタを俺は心の中で褒めてやる。
混乱と云うのはこう云う時に厄介だ。
それでも彼は殴り込もうとしない。
だが、一番不安なのはネルだ。
ネルが戦ったところは見たことがあるが、武闘派ではない。
そんな似たような奴をエザスタに預けるのは厳しいかもしれないが、俺らがベルノートをいち早く倒せば済むことだ。
なるべく早くアイツ等を倒してクハパリを助けるんだ。
「よし、行くぞッ!」
呼応はない。
だが、心の中で分かち合っているような気がした。
そんなことを思いながらベルノートに走り出す。
横を見ると言った通りにみんなが対象の敵に向かっていく。
すると、双子はベルノートとは反対方向に歩いて行った。
邪魔されないためだろうか。そうだったとしても、お互いに集中できる。
だが、どこか違和感を感じた。
彼らは、不敵な笑みを浮かべているのだ。
十分な距離まで近づくと――物凄い轟音が鳴り響く。
すると上から鉄格子が降って来きた。
「なんだコレ……」
誰にも当たりはしなかった。
だが、そのせいで仕切りを作られた。
外部からの攻撃は受けなくなったわけだ。
されど鉄格子。
遠距離攻撃が通らないわけではない。
鉄格子の色を見る限りニブラ鉱ではなさそうだ。
アビリティを使えることが身体から流れてわかるからな。
相手はベルノート、たった一人。
こっちはマダグと一緒。
圧倒的に有利。
――そして、ここからもっと有利にする。
「地口教ってバカだよなぁ! アビリティを発動する前に必ず言葉遊びをしないと発動しないんだろ? アビリティを伏せておく利点を無視して技詠唱しないといけないとか滑稽にも程があるだろ!」
そう。
今まで見てきた副司教は皆、言葉遊びをしてアビリティを発動させていた。
お陰で技を考察する手間が省けていたのだ。
信仰心に厚いことは純愛なる信徒だと褒められはするかもだがここは戦場。敵前でもそれを実行できるのは流石としか言いようがない。
さぁ、その本性暴かせてもらうぜ。
そんな事を思っていると、ベルノートがお得意の言葉遊びをした。
だが、俺が思っていたのとは、ベクトルが違った。
《俺の名前はベルノート かっ飛ばすぜ アビリティ ジャガーノート ここに響くは破壊の音 浮かすぜグラビティ じゃあな朧》
地口教 副司教 ベルノート
――――――――――――――――――――――
(は……? やばい! 何て言ったんだ!? 聞いていなかった!?)
強制されているのではないかと思うレベルのライムを読むベルノート。
そして、おじさんという属性の狭間に生まれるギャップはとてもキツかった。
そして、あまりのギャップに驚愕した弊害が出てまっていた。
本来ならここでアビリティの術式を見抜けるところを、こうも間抜けな方法で突破されてしまうということを誰が想像できる。
少なくとも、“ベルノート”と“ジャガーノート”は聞こえた。
つまり相手のアビリティは筋力増強?
まだ決めつけるには早いが、それしかヒントがなかった。
困惑していた次の瞬間――ヌベツミの声が聞こえる。
《イイ駄洒落を言いたくなぁれ!》
耳に届いた次の瞬間、ヌベツミのアビリティにかかってしまう。
「河童のラッパー!」
(まずい!)
ヌベツミのアビリティはダジャレを言わせる。
そしてその間は行動不可。
周囲の状況を確認すべく、目を動かすと、俺だけじゃなく、周りの仲間諸共ヌベツミのアビリティに掛かった。
そうして不自然な態勢で駄洒落を言わされる羽目になった。
しかも、司教は無事なようだ。
よく見ると何だか耳に詰め物が入っている。
「作戦通りに事が運びましたねぇ」
そう言いながらベルノート達が外したのは――耳栓だった。
このままではマズイ。
そう思い、唯一動く目を使って打開できる何かを探す。
すると、澄ました顔で敵を見つめるを見つめるネルがいた。
「これ、1回きりでしょ? なら、もうヌベツミの催眠は来ないってわけだ」
次の瞬間、ネルは声を発する。
その声は大きく、この広い部屋の隅にまで届くが、耳が痛くならない程度の重低音。
それと共に身体が振動し、身体の自由が取り戻された。
ヌベツミのアビリティは衝撃があれば解ける。
どっかで聞いたことがあるが――そうだ。
クハパリが教えてくれた攻略法だ。
ベルノートは今ネルを見ている。
今がチャンス。
そう思っていると、ベルノートがマダグを睨む。
身体の自由が取り戻せたことに気づき、この場で最初に動いたのはマダグだった。
だが、動いたのはマダグの意思によってではなかった。
マダグは鉄格子へとぶつかった。
いや、吸い付いた。
その一直線上にはネルがいた。
ネル達の方ではエザスタがネルに吸い付いていた。
(これは誰の能力だ?)
いや、今これを考えたところで攻撃はできない。
なら――俺はベルノートを叩く!
俺は飛び出してベルノートへ駆ける。
そんな俺をベルノートは見つめる。
ベルノートに気を取られていると転んでしまった。
床に手をついて起き上がろうとすると、足が床に引っ付いているようで起き上がれない。
ガラ空きになった俺の頭をベルノートは蹴り付けた。
だが、俺の足が固定されているから、身体は吹っ飛ばない。
何回か殴られた末にマダグがベルノートの脇腹に何かを刺した。
遠距離からの攻撃だった。
恐らく槍だろう。
―――――――――――
マダグは槍を横に振り抜こうとするが、ベルノートは槍を押し、その反動でマダグも押し出された。
「――くっ!」
マダグの吐息が少し漏れると、俺はマダグの方へと引き寄せられた。
その引力はとても強力だったが、少し力を入れただけで簡単に逃れることができた。
(もしかして――音がトリガーとなっている?)
そう考えた俺は手を叩いてみた――何にも起きない。
脳裏に嫌な考えが過った。
これは危険な行動だ。
だが、とりあえずやってみるしかない。
俺は奴の名を呼んだ。
すると奴も俺を向く。
さっきまではマダグを見ていた。
確かに警戒すべきはマダグかもしれない。
なのに、実際に見ていたのは俺だ。
遠くにいた俺。
すると、マダグがこっちに向かって引き寄せられていた。
「やっぱりッ!!」
術者はベルノート、そして術式は――。
「重力だッ!」
大声でそう言うと、マダグとベルノートが一斉に顔を向いた。
「音の発生源に、重力を作る! それがベルノート、お前のアビリティだッ!」
本来は違うのだろうがおおよそは当たっている。
そんな顔をベルノートはしていた。
さっき俺が手を叩いても重力が生成されなかったのは、恐らく奴の視線が関係するかも。
重力が生成された場所にはいつもベルノートの視線があった。
偶然見ていたおかげだ。
今大声で叫んだのにアビリティを発動させないのは、図星だったからだろう。
だが、アビリティが分かったからこそ闇雲に近づけない。
特にアビリティがそう言う状況に適している。
(足音を立てずに近づくか?)
いや、それだと不自然な態勢の時に攻め込まれたら対応が難しい。
ならば遠距離攻撃だ。
俺はマダグの名を呼んだ。
なるべく奴の視線に気を配りながら、顔を動かさず会話をする。
「投げナイフとか持っていないか?」
「個数が限られている。これであと5つぐらいだ」
そう言われながら、マダグから手渡された投げナイフを受け取る。
“ぐらい”と言うことは、マダグは自分が何個ストックしているかはわからないのだろう。
視線を外せないから視認はできないが……3つ手渡されたっぽい。
俺は遠距離と言えるような、今この距離感で投げナイフを奴に投げる。
だが、奴は俊敏に避ける。
近づいてこないのは、さっきベルノートが喰らった槍のせいだろう。
致命傷を負わせたのは俺の印象にも残っている。
――残り二つ
今度は奴の腹に狙ってみよう。
そう思いながらナイフを投げた。
すると、持っていた杖で弾かれた。
でも、大丈夫。
投げナイフはマダグがまだ持っている。
――残り一つ
それでも、当たらないんじゃキリがない。
せめて近づかないと。
走ってこられても懐にはいられない、だけどなるべく近いところで投げよう。
そう思いながら投げナイフがあるかどうか、感触で確認する。
――しっかりある。
すると、ベルノートが口を開く。
「おい、鈍臭いぞ。こっちは時間が関係ないとはいえ、こんなに焦らされるのは好まないんだ」
煽てに乗ってはダメだ。
先走って全滅は本末転倒。
かと言って遅すぎるとベルノートが言った通り、俺らには時間がない。
半日とはいえ、ここがどのくらい広大なのか見当がついていない。
俺は投げるふりをしてみせた。
それと同時に足元に投げナイフを落とした。
音は出たが、予想通り発生源を視認しなければならないのか、アビリティが発動しなかった。
すると、ベルノートはため息をついて言った。
「――もういいよ、お前ら。遊びは終わりだ」
すると、ベルノートは持っていた杖を天高く、天井に届く勢いで投げ出した。
(何が目的だ?)
そう思っていたが、思惑はすぐ理解することとなる。
天井に杖が到達した時、コツンと云う音がなった。
(――音だ! まずいッ!)
どうしようもできず、その光景を傍観し、気づいた時には既に天井に引き寄せられていた。
〜 第三十二話 完 〜




