第2話 接触
目が覚めると、洞窟の中だった。
狭く、家具もなく、焚き火だけが灯っている。
つまり――
(避難場所ってとこか……)
近くには、ウチを運んだ少女がいた。
知らない人。
それでも、ウチを助けてくれた人……なはず。
顔はあまり視認できなかった。
ウチは恐る恐る聞いてみた。
「ねぇ……なんで運んでくれたの?」
素直に気になったことを聞いた。
「親切心……かな。死んだお母さんゆずり……なんだと思う……」
視線は落ち、土に指先で何かを描いている。
嘘が混じってる気がする。
でも、助けてくれた事実は本物だ。
すると、上目遣いだが、こちらへ視線を向けてくれた。
指の動きを止め、口を開いた。
「私はネル」
名前を聞いて、なんてファンタジー世界だ! と実感した。
ウチは日本人の名前を覚えることが苦手だった。
漢字の羅列、アジアンな名前。
それに比べれば、簡単な発音と二文字の名前はすぐに覚えることができた。
「ところで……ここどこ?」
ウチは今、文字通り、この世界に降り立ったばかり(?)。
この世界の地形や文化は何も知らない。
そう、尋ねるとネルは眉を顰めた。
「ここはベガスディク領土の観光地だよ? 観光じゃないなら、何しに来たの?」
――終わった。
知らないのバレたかぁ?
「あ、あー……空の上にあるケツからプリッと来たんだよ」
――言葉が口から出た瞬間、理解した。
(何言ってんだウチ!!)
ネルは苦い顔で言った。
「は、ハハハ……そうなんだ……」
ネルはそう言いながら視線を再び外した。
折角寄り添ってくれていた最中の関係が、思わず漏れてしまった言葉で、一瞬で水の泡と化した。
すると、表情を一変させた。
何かを思い出した顔だった。
そして、焚き火に手を当てて言った。
「ま、いいや。ここ寿屋っていう温泉街。近くに火山あって、中に日本刀があるって噂。行ったことないけど」
さっきの所がその寿屋って場所のはず。
なら、行ったことがないと言っていたのは、その火山の中の方だろう。
もしかすると、ウチが見た火山がそれかもしれない。
(さっきの場所が観光名所……? 異端村の間違いだろ……)
ウチはそんな思いも飲み込みつつも、質問を変更してみた。
今度はもっと、今のうちに必要な知識だ。
「いやぁもっと世界観……とかを教えて?」
「え? ……じゃあ簡単に。ここベガスディク領土北部。世界の端。村もない。この大陸はほぼ寿屋。以上」
ネルは拙く端的な説明で済ませた。
人助けはしておいて、あまり話したくないのだろうか。
何故でだ?
そう云うことを聞きたいのではないのだが……
本当は世界全体について聞きたかった。
この世界にはこういう文化がある、とか。
寿屋の世界設定を聞きたいってんじゃないのよさ。
心の中で嘆いていると、ふとネルが何かを思い出した顔をしてこちらを見た。
「……ねぇ、予定ある?」
「ないけど……」
――反射的に答えた。
けど、正直に答えない方が良かったかもしれない。
ウチはこれから人を探します、と。
質問次第だが、新庄探しは後回しになってしまう。
「じゃあ冒険しない? 君、家ないでしょ。知識も無いし、一人より二人のが楽しいでしょ」
(何が目的だ……?)
――怪しい。怪しいけど……正直選択肢が他にない。
何故なら、ウチはこの世界について何も知らない。元の世界で電車も碌に乗れなかったウチは、この世界を一人でどう歩けるというのだ。
新庄探しの序でに乗っかってやるとしよう。
「……まぁ、いいか」
ウチがそう言うと、ネルの表情は一瞬で女の子の顔に戻った。
「よし! 焚き火、消えそうだし、行こ!」
何故かネルはハイテンションになり荷物をまとめた。
こうして、ウチはネルと旅を始めることになった。
だが、どこか怪しい。
(まぁいいか)
それでも、ウチは新庄をこの世界から引き摺り出してやる。
希望は見えた。
あとは実行するだけだ。
そのためにはまず仲間集めからだ。
こいつが一人目になるのかどうかは、これから次第だな!
――――――――――――――――――――――――
――ネルと出会ってから一日目。
ウチはネルの背中を追って歩いていた。
今はまだ、どこに行くのかも知らされていない。
聞いてもピンとこない自信しかない。
まず着いた所は、ベガスディク大陸中央部にあるモーレン宿場。
まずはここでチェックインをするらしい。
モーレン宿場の周りにはここが夢の中であることを忘れるくらいの壮大な牧場が広がっていた。
ネルは牧場で飼われている牛のような動物の乳製品を買いにショップを見る。
そしてウチは、買い物とかどうでもいいし金管理ができないので、その牧場を自由に見て周ることにした。
最初に目にしたのは、そこら辺に飛んでいる鳥だった。柵の中には、牛が一匹しか見当たらない。
疑問に思っていると横から笑顔のお婆さんが寄ってきた。
「どうしたんだい?」
「何でここには牛がいないんですか?」
「ん? 奥にいってしまっただけだよ」
(この世界にも牛はいるんだな)
夢世界独自の生物や文化があるんだろうけど、牛もいるにはいるんだな。
むしろ、ドラゴンとかスライムとかはいるのだろうか。
見てみたいねぇ。
そんなことを吐かしていると、ばあちゃんが急に叱責する。
「何してんだい! さっさと柵から出な!」
一瞬、ウチに言っているのかと思って焦ったが、どうやら違うようだ。
怒声に振り向くと、遠くに人影が見えた。
――誰かが、柵の中にいる。
(……いや、関わらん方がいいだろ)
この世界の“ヤバさ”は、もう嫌というほど分かっている。
寿屋で思い知ったのだ。
軽く死ぬ。普通に殺される。
そんな空気が、そこら中に漂っている。
――だから。
見なかったことにしようとした。
「……頼む。あいつを外に出してくれんか」
ばあちゃんの声だった。
「牛が怯えとる。あの種類は、このままストレスを与え続けると死んでまうんじゃ」
その言葉に、思わず視線を戻す。
柵の奥で、一匹の獣が怯えていた。
この世界には牛がいても、ストレスにこうも敏感な種類がいるらしい。
胸の奥が、少しだけ痛む。
――面倒くさい。
本当の目的は新庄を探すことだ。
ここで油を売っている暇はない。
でも――
「……成功報酬、ある?」
「嬢ちゃんが欲しがっとったもん、タダでやる」
「よし!」
ウチは大きく柵をまたがり、その人影から目を離さなず近くに来た。
まるでリング場に上がるボクシング選手のように。
人影は大きく手を振りながらこちらを睨みつけてきた。
次第に人影は姿を現す。
「てめぇ! 来んなっつってんだろ!」
(うわぁ、なんか吠えてるよ……怖いなぁ。現実にいたら絶対遠回りしてでも避けるね)
嫌悪感に苛まれたが、なるべく刺激しないようにする。
前述の通り、この世界では簡単に死ぬ。
もしかすると、この人も力が強いのかもしれない。
そんな体格じゃないが。
「あのぉ! 邪魔なんすけど、そんなに近くで牛さん見たいの? 珍しいの?」
「さ、さん……?」
ウチは奴が困惑している隙に、奴の手首を掴み、柵の外へ出そうとした。
すると逆に、ウチの手首を掴み返される。
(何だ!? こいつの力の強さは!?)
それだけじゃない。
掴まれただけなのに、脳から力が抜けるような違和感を感じた。
――何かされた。
そう感じた瞬間、奴は掴んだウチの腕を捻り、拘束を外す。
いつの間にか、ウチは逆に拘束されていた。
窮地に陥っていたのは、ウチの方だったのだ。
(逃れないとッ!!)
ウチは捻られた方向へ肩を回し、ダメージを軽減する。
すると、そのまま前に腕を伸ばす。
奴を吹き飛ばした。
それでも少ししか吹っ飛ばない。
体幹がいいのだろう。
「お前……今ウチに何した……?」
ウチは手首を気にしながら言う。
感覚的には、蚊に血を吸われている感じがした。
もしかすると、この世界には異能があるのかもしれない。
「あ? お前……知らねぇのか……?」
(この世界では、その何かが日常的に普及しているのか?)
そう思っていると、奴は話題を変えた。
「それより、計画、あとちょっとだったのによぉ! 今すぐにでも、アレを奪ってやりたい!!」
奴の鼻息は荒くなり、段々と苛立ちを隠せなくなっている。
(あとちょっと? 人の牧場でなんか企んでるやつの方が悪い)
ウチは辺りを見渡す。
近くにはばあちゃんがいた。
「なぁ、ばあちゃん、どんな手ェ使ってもあいつ出して欲しいっつった?」
「ん? おお、頼むわい。けど、ありゃもうダメじゃな。完全に戦意が激ってるじゃろうて」
(ここは一応、夢の中……なんだよな。つまり、こいつはNPCみたいなもん?)
そう自己暗示をかける。そうすることで罪悪感を減らした。
――でも、正直体がゾクゾクしている。
ウチは足を大きく前に出した。
もう一足を強く踏み込み、その勢いで前進。
右手を握りしめた。
すると、奴の頬に届いた。
奴は前に吹っ飛んだ。
もう一回踏み込んで前進しながら蹴りを跳ばす。
(――入った!!)
そう思っていた。
だが、奴の顔は下を向いていたのにも関わらず、右の前腕だけでウチの蹴りを受け止める。
(こいつッ! 力強すぎッ!)
奴の動きを警戒するため後ろに向かって後退した。
だが、こんな戦闘をしたのは初めてだった。
初めてのはずなのに体が勝手に動いた。
そして、それだけではない。
何故か体が覚えている。
ノスタルジックな感覚だ。
右のストレートには左に避けると体が教えてくれる。
そうやって習ったような……
いや、まぁ、空手で教えてもらった気がするけど……それとは何か違う様な……
ちょっと自分でも何言ってんのかわからなくなってきた。
我に帰ったウチは目の前の奴を見る。
すると、奴は鼻息を荒くしてウチを睨みつけていた。
ウチはそんなアイツを、表情が硬直するほどの酷い顔に引いていた。
すると、奴は凄い速さとフォームで突っ込んできた。
(――まっじかよッ!?)
気づいた時には既に懐に入られていた。
奴の右ストレートがウチの腹に直撃。
水月(弱点)だった。
悶絶するほどではなかった。
だが、吹っ飛ばされて、柵の外へ出されたのはウチだった。
そして、奴はウチを追撃しに柵の外へ来た。
本来の目的である奴を柵の外へ追い出すという目標は達成されたが、追撃してきたという状況に変わりはない。
ウチは、がむしゃらに足をバタバタさせる。
奴の顎に足が炸裂。
奴は床に倒れ込み、気を失った。
ウチは安堵し、深呼吸でほっとした。
呆気ない最後だった。
この殴り合い騒動をおばあちゃんがネルに伝えてくれ、駆けつけてきてくれた。
ネルは何故かウチの身をとても案じてくれた。
あってまだ一日だっていうのに、何でだ?
何か違和感があった。
「やっぱり、この人なのかな……」
ネルはそう呟いていた。
やっぱり、ネルは何かを企んでいるのかもしれない。
短時間の攻防の末、宿に泊まった。
宿はあのおばあちゃんが経営していたから、宿代もチャラにしてもらえた。
しかも、チーズケーキが無料。それなのに、心はそれどころじゃなかった。
――――――――――――――――――――――――
数時間後
就寝時、ウチは、興奮していた。
その所為か、寝られなかった。
昔から憧れてた――
血の気が沸く男同士での殴り合い。
良くも悪くも痛い拳。
それが心身に染み渡る。
でも――楽しかった。
心臓の鼓動が全身を脈打つのがわかるほどに。
現実だと、人を殴るなんて言語道断。
学生ならば尚更だ。
初めての実戦にも関わらず、闘い抜いた。
またやりたい。
殴りたい。
さっきの感覚を、もう一度。
ゲームでは得られないほどの快楽。
そう考えてしまっていた。
〜 第ニ話 完 〜




