第1話 オネンネの時間
ここがどこなのか分からなかった。
ただ、気づいた時には『そこ』にいた。
未知の土地だが、焦燥も、恐怖もない。
地面に横たわっている。
背中に土の感触があったことでわかった。
身体中が痛い――そのはずなのに、その感覚だけが抜け落ちていた。
「こっちから聞こえたと思ったけどな……」
人の声がする。
男の子だ。
ここは人が通るところだったんだ。
「あれ! キミは……! ひょっとして、おちてきたの……?」
どうやら、見つけてくれたようだ。
これで、助かるらしい。
「ケガはない……? だいじょうぶ? たてる……?」
ウチは彼の手を取り、立つことができた。
未だ、意識は朦朧としている。
「つくもしょう、っていうんだ。いい、なまえだね」
――キミの、名前は……?
「ボクのなまえは、アキ――」
次の瞬間、視界は薄黄色に包まれた。
――――――――――――――――――――――――
――ピピピピッ! ピピピピッ!
スマホのアラームが鳴るとともに、これが夢である事を悟る。
(……また、あの夢だ)
毎日見る、同じ夢。
誰かに助けられる夢――でも、その誰かがどうしても思い出せない。
どんな姿だったかも、声色さえも、覚えていない。
思い出せない。
その気持ち悪さが懸念点を植え付ける。
スマホのアラームを止めて、ウチは体を起こした。
床に足をつけると、現実感がじわじわと戻ってくる。
なにも変わらない日常。
だけど、一つだけ変わってしまったことがあった。
新庄真琴。
ウチの人生を変えた奴。
そして――ウチが人生を変えてしまった奴だ。
今、病院のベッドで眠ったまま――目を覚まさない。
ウチはその報告を受けた時、スマホを握ったまま、指一本動けなくなってしまった。
胃の奥がグチャっと音を立てた気がした。
――喧嘩別れをしてしまったのだ。
ウチのせいでこうなった。
あいつの言葉を最後まで聞いていれば良かった。
ウチはまだ、その影村医院に訪れたわけではない。
地図アプリは何度も開き、その度に閉じた。
新庄の今の姿なんて、想像もしたくない。
あの夢を見るようになったのは、それからだ。
罪悪感で……人を助ける夢を見てしまうのかもしれない。
ふと時計を見ると時刻は午前八時を回っている。
学校に行く時間になった。
「……やっば」
呟きながらドアノブを乱暴に捻って、外に出た。
学校の近くまで来ると知っている顔がちらほら出てくる。
ウチはそいつらに会釈をし、校門まで来ると歩速を下げる。
――――――――――――――――――――――――
教室のドアを開ける。
そして、新庄がいないか見渡してみる。
だが、いない。
(まあ、当然か……)
ウチは自分の席である主人公席……ではなく、そこから一個離れた席に座り、寝る。
……けど机が硬すぎて寝られない。
そこへ、二人のクラスメイトが登校してきた。
「――だってよ!」
「え? じゃあ新庄も?」
「多分だよ、私も人から聞いただけだから……」
何やら噂を肴に談笑していたようだ。
だが、談笑なんて空気じゃない。
話していくうちに段々エスカレートしていったのだろう。
普段は他人の会話なんて聞かないクール男子。
だが、新庄という単語を耳にしたことで、次第にウチの意識はクラスメイトの会話に惹き込まれていた。
「沢城神社しかダメなの?」
「美代、行くつもりじゃないよね?」
「いや、怖いの無理だから行かないよ……」
普段なら、他人の会話にはあまり興味はない。
だが、今日は何故か興味があった。
あの夢のせいなのか、はたまた寝れないからか、理由はわからないが、どうも気が散っていた。
「要するにね、夢の中に行きたいって願うだけ。そしたら本当に行けるんだって。意識あるままで」
まるで説明口調だった。
それか、もしかすると本当に説明してくれたのか。
そうだとすると、特攻隊としてウチを任命すると云う意図があるのかもしれない。
(沢城神社? 都市伝説か? 夢の中に新庄? ――いやいや、そんな馬鹿な)
ウチは心の中で冷笑した。
そして、窓側を見て青い空を眺めた。
高速道路が見え、それを走る車に目をやる。
興味はない。
そのはずだった。
なのに、やっぱり気が散っていた。
なのに、胸の奥がどうもざわついて止まなかった。
――――――――――――――――――――――――
ホームルームが終わるや否やウチは席を立つ。
赴くは多目的室。
定番の場所と化していた。
既に二人、颯斗と恵太が壁にもたれていた。
新庄と同じくらいの仲だ。
いわば親友だ。
ウチもそこに合流し、壁に背中を預けて、通りかかる女の子の匂いを嗅ぎながら、会話を試みる。
本来なら、ここに新庄もいるはずなのにな……。
「ねぇ」
「んぁ?」
恵太は気の抜けた声で呼応した。
いつもこんな調子だ。
それでも、学年では上位の成績だ。
「沢城神社の噂、知ってる?」
聞いたばかりの噂だが、この話題を持ち込んだ。
こういう奴がいるせいで、ありもしない噂が絶えないのかもしれない。
「ん? あー……いや、知らん」
「俺も知らない」
恵太が視線を逸らす。
颯斗はともかく、恵太は嘘をついている。
これを視線が泳ぐと言うのだ。
だが、それは気にせず話を続けた。
「女子曰く、沢城神社で手合わせるだけで夢に行けるんだと。んで、新庄がそこにいるらしい」
恵太の眉が上がりそのまま硬直した。
いつも恵太は嘘が下手なのだ。
そして、颯斗は聞いていないだけ。
この二人の悪態を心の中でついていると、ウチはあることを思い出した。
「あ、そういや最近配信してた人気Vtuberもそこで目を弄って死んでたなぁ」
確か名前は――
「妖葉狸化?」
「あ、そうそう」
最近はV業界も動きを活発化させている。
そんな中での自殺だった。
アンチによる誹謗中傷に耐えかねたのか、真偽は不明だが、ファンは嘆きのオンパレードだ。
「自殺する前に、そのV、眠ってたらしいぜ? 目を瞑って……怖くね? 本当に噂が本当みたいじゃんか」
その事を話すと、恵太は完全に顔を背けた。
流石に、この反応に探りを入れないということはできなかった。
「なぁ、お前ら暇だろ? 夜の肝試し的な感じで行こうぜぇ!」
「おぉ! いいね行こ――!!」
その誘いに、颯斗は即食いついた。
それでも、恵太は頑なにこちらを見ようとはしない。
だが、恵太が慌てて颯斗の口を塞ぐ。
モゴモゴ言っている颯斗を抑えながら恵太は後退りをする。
「ハハハ! いやぁ、ボク達これから用があるのだよ! 暇人な君とは違ってぇ! それじゃあソユコトデ……」
恵太は耳打ちをして颯斗を宥めた。
何を言ったのだろう。
颯斗を宥めることのできる誘惑だ。
ウチの見立てでは、お菓子で釣ったのだ。
(他で言ったら……ゲームか? ――ッ!!)
そう思うと、ウチの思考に稲妻が走るように閃いた。
「当たったのか!」
「はぁ? 何言って――」
「惚けんなよ! でも、明日はやらせろよ!!」
確信はなかった。
それでも、自分の意見を突き通す。
そうあって欲しかったのだ。
「ちょっ、おま――」
話に夢中だったせいか、恵太の言い分を物ともせず、自分のターンに持ち込んでいた。
すると突然、チャイムが鳴る。
次の時間を知らせる合図だ。
次は移動教室。
完全に忘れてた。
ウチは教科書を取りに教室へ走った。
――――――――――――――――――――――――
――放課後になった。
恵太達は用事があるらしく、ウチは一人で帰る羽目になった。
嘘だと思っていたが、本当だったのだろうか。
それとも、嘘だけど吐いてしまった事による暴挙か。
それにしても――ウチは今、感銘を受けていた。
ウチにはあいつが何を言いたかったのか。
それは携帯用ゲーム機である○witch2当てたってことだ。
羨ましい!
それでも、新庄のこと、沢城神社の話、これが頭から離れない。
もし本当に会えるなら――行かない理由はない。
ウチにとって新庄は、幼馴染で、馬鹿みたいに濃い存在だ。
代わりなんていない。
“借り”もあるしな。
「……あ、そういや」
“借り”で、ふとあることを思い出した。
新庄の家にゲームのカセットを置いてきた。
新庄に貸していたばかりだったのだ。
(取りに行くか。めんどいけど……)
ウチは覚束ない足取りで新庄の家に向かった。
――――――――――――――――――――――――
新庄の家に行き、母親に事情を説明し、家へ通してもらった。
部屋に入った瞬間、鼻をつくフローラルと妙な匂いが駆け巡る。
(……イカっぽい……いや、考えるな)
部屋を見回すと写真が貼ってある。
ウチ、新庄、恵太、颯斗。
昔の写真だな。
ウチはこういう物は持っていない。
写真に収めると言うことにあまり関心がないからだ。
だが、気恥ずかしいと思うと同時に、良い物だとも思う。
隣の写真には幼い新庄と家族らしき人が写っている。
真ん中に写るのは新庄。
ここで言う新庄は友達の新庄真琴だ。
真琴の左肩に手を置いているのはお父さんだろう。
見たことがある。
お父さんの左側はお母さんだ。
(さっきも見たけどあまり変わっていないなぁ)
でも――
「あれ、二人兄妹だっけ?」
真琴の右に座るのは女の子。
昔の友達という可能性もあるけど、それにしては七五三の時に撮った写真のようだ。
これは……五歳か?
今の目的とは関係ないので、引き続きゲームソフトを探す。
「新庄クンも、自家発電をする歳になったんだねぇ。この白憧、目から鱗が――あれ? 何だこれ?」
机に紙が置いてあった。
何枚も重なった紙。
そこには大きく「大吉」と書かれてある。
脳内に駆け巡るは「沢城神社」。
ウチは早々に家へ帰り、カバンを投げ、五円玉とスマホだけ持って外へ飛び出す。
沢城神社へ。
スマホは地図用。
五円玉は賽銭用。
……五円は御縁って意味だった気がするけど……まぁ、ないよりはマシか。
神社に着いた。
鳥居の奥に進んだ瞬間何か世界が変わったような感じがあった。
だが、特に周辺の景色に異常はなかった。
気にせずに賽銭を入れ、二礼二拍手一礼。
願うことは一つ。
俺は新庄を必ず取り戻す。夢の中だとしても。
「神様……どうか、友達を返してください」
……
…………
………………
――やっぱり何も起きない。
「はぁぁ……」
ため息をついた瞬間、違和感を感じだ。
身体が軽かったのだ。
不思議だった。
普段はこんな思いをしない。
現実感が薄く、神社の不思議なパワーによって起こった事だと錯覚していた。
下を見てみた――
ウチは空を舞っていた。
「うばぁぁぁぁぁぁ!? 死ぬ!? どうしよぉぉ!!」
叫んだ声は風に飲まれ消えていく。
スマホがズボン横のポケットから飛び出して行った。
何とか掴もうとするも、指の隙間から出ていってしまった。
それを嘆きながら叫び続ける。
けれど、叫びながら気が付いた。
見たことのない世界が、眼下に広がっていた。
本物だ。
ここは夢の世界。
ウチは夢の世界にいる。
鼓動が全身を叩くように鳴る。
恐怖じゃない。
興奮だった。
落ちても死なない。
根拠はないのに、その確信だけがあった。
着地した瞬間、地面にひびが入った。
やっぱり、何故か痛くない。
そして気付く。
周囲には大勢の女性。
視界のほとんどを占めるのは、一人のタオル姿の巨体の女性。
「きゃーー!! 変態よーー!!」
叫びに合わせ、全員がウチを見た。ジャブが飛んでくる。殴られて理解した。
――女湯(露天風呂)だ。
「待ってくださいよ!! 誤解ですって!!」
両手を振り必死に否定するが、次はボディーブローが飛んできた。
すると、何かすごい音と青白い光がウチの頭上を掠め、ウチは壁まで吹っ飛び、石壁にひびが入る。
(何だ……? 今の光……)
そう思いながら、頭に手を当てる。
次にウチは後ろの壁を見てみる。
後ろの壁は石壁だと思っていた。
違う――デカすぎる活火山だった。
寿屋の方を見ると、ほとんどが温泉地だった。
揺らぎゆく意識の中で気がついた――痛みがない。
その時、少女が現れた。
ウチを軽々と担ぎ、そのまま早々と走り去る。
ウチはそのまま意識を手放した。
――ウチはこの時、知らなかった。
この少女こそ、自分と同じであることを。
〜 第一話 完 〜




