第10話 誘惑はどちらか
「ニアス……」
「何してんだ……逃げろ……」
刹那、ウチの心を蝕んだのは焦燥感。
今何をすればいいのかわからない。
ニアスは巨人兵の片手で握り潰されている。
そのせいで、段々と顔がピンク色に変色して来ている。
――やばい。
それしか考えられない。
足が動かない。
手が震えている。
巨人兵から目を向けられない。
ポジティブに考えるんだ。ウチ!
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思い出してきたのは、頭の奥底にある、でも大切な思い出だ。
新庄との会話、それが脳裏に駆け巡る。
「ポジティブに考えろって!」
「なんだよ! ポジティブって!」
「いいように考えるの! たとえば……今日までみたいな苦しい生活は送らなくてよくなるんだ!」
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その瞬間、手の震えていた手が止まった。
気持ち悪かった背骨の感覚が生暖かく、安心を成した。
今まで体に通っていた血が、急速に流れ始めたようだった。
――まだ、近くにクハパリかネルがいるかも!
そう思い、森に入り、辺りを散策した。
カンケルは一人ずつ確実に殺していく性格なのか、それとも首締めに夢中なのか、とりあえず、ウチのことは見失った。
いつもなら、ネルやクハパリに苛立ちを覚えるはずだったが、ポジティブ思考になれたのか、ウチはそのことを考えられなかった。
「来い!! ネル!!」
森全体に広がるほどの肺活量を持っていたため、大声で伝えることができた。
カンケルには場所を特定されたかもしれないが、少しでも伝えられるなら本望だ。
すると、森の茂みがざわめいた。
そこからカンケルがいる平野に影が現れた。
影を見ると――ネルだった。
ネルはウチに負けないくらいの声量で言った。
「隙を作る!」
ネルは自分の役割を伝え、且つ端的にまとめていった。
ウチが何をすれば良いのか、瞬時にわかった。
――ニアスを抱えて逃げる。
それが今の使命だ。
ウチはカンケルが操る巨人兵の懐へ走り出した。
それと同時にネルは集音器のような形を手で作り、カンケルに向けて咆哮した。
「ウゼェんだよ! クソ親父ぃ!」
そう言いつつも、ウチとの約束を覚えていたのか、それとも、暴言を山の中で叫べて嬉しいのか。
分からない。
だが――ネルは笑っていた。
巨人兵の窓越しに見えるのは、カンケルの耳から血が流れ出てくる様子だった。
巨人兵もそれに連動して耳を押さえる。
そして、手に持っていたニアスを落とした。
ウチはカンケルの隙を逃さず、ニアスをスライディングでキャッチ。
そのまま走り出した。
口を押さえて咳き込むニアスの顔は顔が赤くなったが、それでも伝えたいのか、ニアスは笑顔でグッドポーズをした。
ウチは、その間に考えた策をニアスに伝えながら森へ入った。
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「チッ! しくじりましたねぇ。帰って欠陥報告をしたらシラゾノになんて言われるか……」
(いいや、駄目だ! 自暴自棄になってはいけません。ゲブディ……しっかりするのだ)
相手を見失ってしまったが、まだこの近くにいる。
それは明確だった。
それに、またこちらへ来る。
カンケルは、自分をコウドウの騎士という称号で慰める。
そして、相手は無名の犯罪者。
勝機があると錯覚していると予想した。
すると、シロとニアスが森から出てきた。
(アガツは僕に近い。もう一人は……池に近いだけだ。女は森へまた帰った。サポートといったところだろう)
カンケルはシロに狙いを定めた。
だが、シロは巨人兵の足の周りをグルグルと回り始める。
カンケルはシロを殴ろうとするが当たらない。
攻撃をする内に、だんだん攻撃が遅くなっている気がする。
そう思い、ルナゴーレムの拳を見てみた。
そこには泥がべっとりと付着していた。
(これを狙っていたのか……?)
川付近だから土が泥になっていたことに気づかなかった。
圧倒的誤算だ。
機体の隙間に泥が入り込んでいた。
カンケルは鉄腕をぶん回し、泥を払った。
ふと気になり、カンケルはニアスを見てみた。
すると、ニアスの隣には既にシロがいた。
(アガツめ……この時間であんなところに行きやがった)
カンケルは機体のその巨足で動きは遅い。
だが距離を縮めるには速い。
そのスピードでシロ達の方へ向かった。
だが、何か視界に違和感……があった。
何かがない。
不足していた。
カンケルの選択は止まる。
それに尽きた。
あまり近づかない方がいいか。
そして、見極めるんだ。
その瞬間、機体が急に下へ落ちた。
「――ナニ!?」
僕は落ちていた。
宙に浮いているわけではない。
――池に落ちていた。
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――数分前、シロがニアスと一緒に森へ姿を潜めた時。
茂みの中に身体を一体化させていた。
「ねぇ、気づいたんだけど、池付近の地面が泥塗れじゃないか?」
するとニアスは眉を顰めながら聞いた。
「まぁ、そうだけど……ゴホッ! な゙に゙に使えんだよそんなこと……」
結構強めに首を絞められていたのか、まだニアスは咳き込んでしまっていた。
そんな状況にしたのは申し訳ない。
が、シロにはあった。
それを使って勝てる打開策が。
「あいつがパンチすると、結構泥が飛び散るんだよ。そこでニアスの出番!」
飲み込めはしないニアスはウチの言葉にとりあえず相槌を打つ。
「ニアスは池の水を全部固めてくれ。そーするとぉ……」
「そーすると……?」
「泥が水に覆い被されるんだよぉ!」
ニアスはそこからはわかったのか、目を広げて言った。
「落とし穴ができるのか!」
「そういうことだ!!」
ウチがヘイトを買っている内に、ニアスが池の水を固める。
カンケルを暴れさせ、泥を飛び散らせる。
すると、落とし穴ができるって寸法だ。
「でもあの水、大丈夫か? 危ないんじゃ……」
「多分触れても問題ない!」
「――? ……あ!」
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――そして現在に至る。
ウチらは胸を広げ誇らしくした。
「お前はウチらの罠にまんまと嵌められたんだ! さぁ、後はお前をぶちのめすだけだ!」
(勝った――もうこれで、機械頼りのアイツは動けない!!)
コウドウの騎士。
大したことはない。
そう思った瞬間口角が上がってニマニマとした顔になった。
胸の奥で何かが弾けた。
不穏だ。
すると、巨人兵の肩に装着されたカタパルトからコードが出てきた。
「くはッ!」 「あぁ!」
ウチらは視認することができなかった。
見る前に、攻撃が飛んできていた。
そのコードの左肩のコードをウチに、右肩のコードをニアスに刺してきた。
コードは胸に刺さり、機械に引っ張られた。
(――しまったッ!)
勝ちを確信しすぎた。
圧倒的な油断。
抜けられなかった。
コードからは何か異変があり、痺れて動けなくなった。
(終わった。これ……死ぬのか?)
「勝ちを確信したやつは負けるんだよバァカ!」
カンケルはそう言いながら咳き込んで気持ちを落ち着かせた。
「失敬。少し興奮しすぎました。」
カンケルの視線はウチらを見ていない。
誰を見ている。
そう思って、力を目に振り絞って、カンケルの視線の先を見た。
そこには――ネルがいた。
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(なんで……何で捕まってんの……?)
何だかよくわからない。
シロが……自信満々の笑みでニアスを抱え込んでいるのを見て、勝機が見えてきた。
なのに、目の前には思いもよらぬ光景が広がっていた。
すると、カンケルがネルに言った。
「今回の目的とは違いますが……さて、ヴィルゴが貴方をお呼びです」
(ヴィルゴ……? 誰? 優しい人かな。会ったことはないと思うけど)
ネルは既に、シロ達の心配はしていなかった。
それどころか、そのヴィルゴという人の人相に興味を持っていた。
友達がいなかった彼女のとって、友達になれるという感覚が、正気を麻痺させていた。
「何でそんな酷い顔するんです? ヴィルゴからは友達だって聞いて、呼びに来たんですが……。」
(私が、酷い顔……?)
そう思って、私は自分の顔を確認した。
見ることはできないから、皺の力で。
口は開いていたけど、特に特徴はなかった。
そう。
なかったの。
本来、仲間を心配しなきゃいけないのに、私は真顔だった。
私は……仲間がやられているのに、心配の表情をすることができなかった。
「友達……?」
その言葉を聞いた瞬間。
ネルは自我を失った。
「この世界で、夢は必ず叶う」そう獏が言っていたのを思い出した。
(もしかして、獏が言っていた友達はシロじゃなくて、そのヴィルゴさんなのかな……)
これまでの旅。
それは、そのヴィルゴと友達になるための物語。
それまでは、ほんの序章。
これからは薔薇色の生活が待っている。
そう思ってしまったのだ。
「で、任意でいいんですけど、ご同行願えますか? まぁ、同行してくれないと殺すので半ば強引ではあるんですけどね」
冗談混じりで言ったカンケルの言葉は、ネルには届いていない。
ただ、友達と言われただけ。
それだけなのに、ネルにはそれがこの世で最も重要な言葉に聞こえた。
(ヴィルゴさん……いい人かな。友達に……なれるかな。友達……友達……)
「――任せた」
シロが唐突にそう呟いた。
気の抜けた声だったはずなのに、耳元で囁かれているような気がした。
背中がゾワッとした気分になった。
でも、安心もした。
温もりを感じる単語だった。
これ程までに暖かい単語をネルは知らない。
その瞬間、我を取り戻す。
(ヴィルゴさん……私を友達って言ってくれる人なんだなぁ。いいなぁ)
――でも、
任せる。
そう言われたのは人生で初めてだった。
今の今まで友達と呼べるような関係はなく、唯一の頼みの母も帰らぬ人となった。
そんな私に言ってくれた。
今まで何を考えていたのだろう。
私はどっちと友達になりたいんだ。
私を初めて信じてくれたシロか、
誰だか分からないヴィルゴか。
(私はどっちを選ぶ……?)
答えは、明白だ。
(私は、尊重してくれるシロ達に尽くしたい!!)
「ははっ」
何故だか、笑みが溢れてしまった。
嬉しかったのだろう。
それか、今まで気づかなかったシロ達の気持ちに、今更気づいたことにかも。
「お! 何だか楽しそうですねぇ。ご同行してくれるんですか? では、行きましょう! ロードブルクへしゅっぱーつ!!」
「ちげぇよ」
――――――――――――――――――――――――
ネルの雰囲気とカンケルの表情が一変した。
身体は動かない。
それでも、脳は正常に働く。
ネルの変化。
それに気づかないほど追い詰められていない。
その時、ウチは気づいた。これは怒っているんだ。
でも、やっぱりネルは覚えていた。
ネルは今、笑っている。
覚えているんだ宿屋で交わしたあの約束を。
「友達? 誰だそいつ。そいつが勝手に言ってるだけだ」
そのマウントの取り方はダサいはずなのに、かっこいいとも思ってしまった。
「それなら、話は終いにします。そして、私に殺されなさい」
カンケルの言う通りだ。
ネルがそのヴィルゴってやつについていけば、ネルの命は保証されたというのに……
バカだなっと思うと同時に、ウチの気持ちは嬉しいという気持ちが同居していた。
すると、向こうから聞き覚えのある二人の声が聞こえた。
声の元を辿ってみる。
そして、いち早く気がついたのはネルだ。
「あれは……」
ネルが何かを一点に見つめる。
それをウチも目で追うと――クハパリと、横には緑色の物体が見える。
ウチはその緑の物体を見たことがある。
その物体の正体は――
「あそこです! 海ぶどうマンさん!」
「任せておけ! あと、海ぶどうマンと呼んでくれたまえ!」
茂みから出てきた海ぶどうマンとクハパリは、声高らかに言う。
それでもカンケルには聞こえていない。
それにしても、呼んできたのが海ぶどうマン。
(あいつ一般男性よりも弱いだろ!!)
そう思っていた。だが、この状況下では最高の適任者であったのかもしれない。
海ぶどうマンは池にハマっている巨人兵を目掛けて、緑色のブヨブヨしたものを投げた。
それは、大きな海ぶどうだった。
海ぶどうは巨人兵の機体の隙間に着地すると同時に海ぶどうの膜が破裂した。
海ぶどうの汁が飛び散り、機体の中へと侵入していく。
「な、なんだ? 腕まで動かなくなったぞ!? こうなればまた拳を振り回して振り払うだけよ!」
カンケルは機体の拳をグルグルと回し始めた。
泥の際は塊が落ちたものの、海ぶどうの汁は余計に機体の内部へと侵入していった。
「クソクソクソクソクソクソ! クソっ! どうしてだぁ! 逃げないと……逃げないと……!」
カンケルは機械のどこかのボタンを押した。
すると豪快な音と共にカンケルがいる部位が巨人兵から離脱する。
「お前ら……目にもの見せてやる! かははっ……ここで僕を逃すのが後の敗因を分けることになろうとも、後悔するなよ!」
巨人兵から離脱した部位はプロペラをトランスフォームさせて、宙に浮いた。
逃げる気だ。
逃がさない。
ここで逃したら、また会った時にまた返り討ちにできるかわからない。
カンケルはおそらく、機体を使った戦闘が主戦力なのだろう。
そうならば、ロードブルクに戻れば、腐るほど目の前の機械よりも強いものがあるはずだ。
「――させるか!」
ニアスは池の水を手につけ固める。
それをカンケルに飛ばした。
飛ばした水がカンケルの乗る機械に当たると、カンッという音と共に凹みができる。
だが、墜落まではいかない。
流石にこの攻撃は弱い。
「それでは、ご機嫌よう! また会う日まで! そして会ったら、必ず殺してやる!!」
背を見せたカンケルにウチは追い討ちをかけるように言いかける。
「いいか! 我ら“ストレイダーズ”は、必ずお前らロードブルクの厄災となる!!」
〜第十話 完〜




