第二幕 風雲の西岐城 其の二
第二幕 其の二の投稿となります。よろしくお願いします。
戦場も将軍の御屋敷も混迷を増すばかり。どうなるのでしょうか。
※本作は『封神演義』の世界を舞台にしつつ、現代的な言葉遣いや独自の歴史解釈を多分に含んだ「IFファンタジー」です。神仙たちのシリアスな戦いと、メタ的なコメディ要素のギャップを笑って楽しんでいただければ幸いです!
其の二:戦場の調べ、混迷を増す
■ 西伯侯の拠点、西岐城にて
**時は殷周革命中、魔家四将戦。師弟到着**
奇妙な静寂につつまれた戦場。崑崙の門徒の視線が集中するその先で、翠は右膝をつき、伸ばした左足はつま先が天を突き、左手はなぜか三本の指がまるで禽打術を使う師匠(梁)のように大地を掴み、右手にもった八卦如意扇を後方に翼を広げるように掲げている。その顔は羞恥に紅く染まりながらも、目の前の太乙真人を見据えている。数瞬時が止まったように感じたのは錯覚ではないはずだ。
なぜか横を向き、目を合わさない太乙真人に対して、まるで親友がこの場にいたら同じ反応をされそうだと理不尽な苛立ちを感じるも冷静を装い、立ち上がりながら翠が告げる。
「師父、ご指示により、弟子 翠、参陣仕りました」
瞬間、単独で北へと飛び去り、轟音ともにどこかに着弾した雷火輪が起こしたであろう爆風が吹きすさぶ。爆風は戦場を北から南へと吹き抜けて、今まさに南に布陣する兵を襲わんとする黒風を押し戻した。果たして偶然か僥倖か。
「そ、そこな麗しき道姑どの……」
玲瓏な声が翠にかけられる。黄天化(推し)か? と、喜色を顕わに翠が振り向こうとした刹那、一陣の風が巻き上がり、顔を顰めさせられる。やがてその小さな竜巻は一人の道士の姿を取った。
「やはり太乙師伯! 貴方の仕業か! あの宝貝の威力たるや……師伯以外にはありえないと判じてはいましたとも……ええそうでしょうとも。されど、されど如何に俺が敵陣に埋伏していたのを知らなかったとはいえ……無謀千万前代未聞! とっさに風に変化し、上空に遁れなければ、俺の魂魄もろとも、封神榜送りでしたよ!」
猛然と太乙真人に抗議しているのは、果たして変化を解いた楊戩だった。よほど腹に据えかねたのか、竜巻の勢いのまま更に食って掛かる。その言葉遣いも服装も乱れた楊戩から、焦げた大地の匂いが漂っているような気がするのはご愛敬か。
「如何に、魔家四将の虚を衝くためとはいえ、陣地ごと灰燼に帰すとは。冥府の賢人も八門を開きますぞ! やりすぎです! 魔礼寿は吹き飛び、その魂魄は岐山に向かいましたぞ!」
「そ、そうか。風になれたのか。お前の変化も神速凌風の領域に達したか、善哉だな……ふむ、魔礼寿の花狐貂は厄介だからな。これも善哉。善哉」
楊戩の剣幕に押され気味の太乙真人。そんな楊戩が珍しいのか、他の崑崙の門徒も瞠目してみている。翠だけは言葉尻に反省の色が見えない師に冷たい視線を送りだす。
「良かったではありません! 折しも、おっ……貧道が始末した『紫金花狐貂』に代わり、その番となる貴重な『雪銀花狐貂』を連れてきていたのですよ! 鹵獲したかったのに……全滅です」
「むぅ、『雪銀花狐貂』まで居たのか……捨てる所が無い素材を……それは惜しいことをしたな」
戦時中にも拘わらず、一転、戦果よりも素材の話を始める二仙。素材の話となり落ち着いたのか、楊戩の言葉遣いも戻ってきたようだ。それに反して翠の視線は更に冷たくなる。そんな視線をどこ吹く風とばかりに楊戩は続ける。
「分かってもらえればそれでよいです。周囲を検めて、件の宝貝の核と思しきものも拾ってきました。これ……崑崙の術式と、どこかの天界の術式が混ざっていますよね? 見たことがない作りをしています……今度はどこの天界ですか?」
そう言いながら雷火輪を太乙真人に渡す。さすがは玉鼎真人の弟子か。見たことがないはずの作りなのに来歴の一部を言い当てる。
元の姿を保ってはいるものの、そのぼろぼろの姿に、これって保証外なんだろうな。ローン残っているのにと、場違いな感想をいだきながら翠は遠い目をしつつ、八方眼に見据え、楊戩をチェックするという離れ業を披露する。
(うん。これはこれで善哉、善哉。イケメン青年道士の見本って感じよね……)
などと呑気に鑑賞していると、サブカル脳に閃きが告知される。
(むむ? 今の私なら、どこぞの狩人のように目に気を巡らせられるのでは……『凝』……なんちて)
軽い思いつきとノリで両の眼に気を巡らした翠。果たしてその行いは翠の眼を肉眼から天眼へと昇華させる。
(なんということでしょう! イケメン青年道士の見本ではなく、見本市でした!)
翠の視界には『封神・クロニクル』の公式攻略ページでしかお目にかかれないような景色が繰り広げられている。楊戩だけでなく、黄天化、李家の三兄弟。それはまさに眼福。
(……んんん? 変だな。どこかで見たような……そんなわけないか。気のせい気のせい)
太乙真人はわざとらしく咳払いをし、思わぬ戦果の報告をこれ幸いと悪びれず言い放った。
「翠よ。よくやった。指示通りだ。残りの将も封神台に送るぞ」
話をそらされた楊戩は、今の太乙真人に話をする気がないと見て取ると、やれやれと溜息をつきながら、追加の報告を行う。
「翠殿? の突入で、なぜか止んでいますが、襲撃の始めから、東西に配されている琵琶の宝貝による襲撃にさらされていました。魔礼海が持つ『碧玉琵琶』が有名ですが、どうやらそれと対をなす『紅玉琵琶』まで、やつらは持ち出しているようです」
楊戩はちらりと黄天化の方を見ながら続ける。
「折角、魔礼紅の『混元傘』を取り上げたというのに、さっきの雪銀といい、事前に受けた武成王の報告にない宝貝を多数持ち込んでいます」
楊戩の追及にふるふると首を振る黄天化。本当に何も心当たりはないようだ。楊戩はなおも続ける。
「攻撃が再び始まる前に何か手をうたないとまずいですね。軍の足止めをしているのは魔礼寿ではなく、魔礼紅と魔礼海の琵琶の宝貝による術のせいだということは分かっています。なぜか皆の動きがにぶってしまうのです」
翠は楊戩の報告を聞き、聞き覚えのない宝貝に戸惑うも、その現象に思い至る。
「軍を足止めしているのが、琵琶の宝貝によるもの……音波を利用した術式かしら。それが一時的に止まっているということは、雷火輪のソニックブームが、真空の断層をつくって、音波の共鳴を遮った?」
翠の呟きを拾った太乙真人が問いかける。
「翠よ。お前は何か気づいたのか? わかったことがあれば皆に聞かせよ」
「師父! 魔礼紅、魔礼海の琵琶による術は、師の八卦如意扇で弱めることができると思います。私が術の効果を弱めている間に、哥哥には、東西二手に分かれてもらって、それぞれを封神台に送ってもらえればよいかと」
太乙真人はその言葉にうなずき、崑崙の門徒を見やる。金吒は即座に反応する。
「あいわかった。いくぞ木吒、哪吒。俺たちは魔礼紅に、これまでの礼をしに行くぞ! 楊戩師叔と天化道兄は魔礼海を!」
「いやいや大哥、それよりもおかしな言を聞かなかったかい? 『哥哥』と言ったぞ、あの娘」
「大哥、二哥、おいらは風火輪で先に行くぞ!」
何か大事なことに気づいたはずの木吒は、脳筋気味の兄弟に引きずられるようにその場を去る。
「私も気になりますが、今はその時ではないようです。天化殿、参りましょう」
含みを持たせて言いながらも、楊戩は風になり、天化は未練があるように翠をみやるが、玉麒麟にまたがり、その場を去る。
それぞれに出陣した崑崙の門弟を見送りながら翠はしっかりと黄天化(推し)のチェックも怠らない。やはり本物はいいな。いつもより男らしいなどと呑気に考えを巡らしていたが、その違和感に気づき愕然とする。三奇仙との邂逅時にはなかった違和感。崑崙の門徒たちは、今日初めて出会ったはずなのに、顔と名前が一致したのだ……
翠のプレイしている『封神・クロニクル』のキャラデザと似ている。いや酷似しすぎていると言っていいレベルだということに気づいた。これも白澤図や、仙術の跡があるスマホと関連することだろうか?太乙真人に報告すべきでは?と考えるが、今は戦時中。作戦上あまり時間もないので気持ちを切り替え、八卦如意扇を構え、小周天を行う。
気を巡らした翠に太乙真人が指示を出す。
「莫迦弟子、守ではお前を守る大きさにしかならんだろう。まずは『伸』で、できるだけ長く伸ばすのだ。その後、虚でいい」
どれぐらい伸ばせばいいのか。考えながらも翠は城壁をみやりながら、あれを超えるぐらいでいいかなとイメージし、口訣を唱える。
「伸」
果たして、戦場を東西に遮るような大きな扇の壁が立ちはだかる。大きくなるも手に持てることにファンタジーを感じながら翠は続けようとするが、東西から押し寄せる碧と紅の音波が物理的な風として扇にあたる。翠はその力に翻弄され、バランスを崩しそうになる。更に耐えようとするが、翠の腕は悲鳴を上げ、足元の石畳は、粉々に砕け散る。
(私が術を弱めると言ったのにできない……このままだとみんなが危険にさらされる!)
想定以上の力の奔流に弱気になり、絶望が胸をよぎったその時。聞き慣れた、だけど懐かしい声が脳裏に響く。
『巨大な力には正面から抗するな、それを、乗り熟せ』
それはいつかの記憶。出場した無差別級の大会で、自身より100kgは重いであろう相手と戦ったときのアドバイスであったか。師の言葉は続く。
『逆らうのは、まだお前がそこに居るからだ。己を捨てて、流れに従え』
かっと目を見開く。生命の火を燈した翠色の瞳が輝きを放つ。
「捨己従人」
翠は踏ん張っていた足の力を一気に抜き、あえて音波の衝撃に身を委ねる。両手の先に扇の要を持ち、抱え込むように構えた。
「内抱外撐」
破壊のエネルギーを、翠を独楽のように回す推進力へと変換させる。いつしか、翠の足運びが滑らかな『泥歩』へと変わる。音波を扇の扇面で受けるのではなく、巨大な『帆』で風を捉えるように。戦場の中心で、翠はゆっくりしかし力強く旋回を始めた。
力の奔流を制御し、絡めとるように旋回を始めた翠を見た太乙真人はにやりと笑う。
いたずらの成功を確信したかのように、力ある言葉を弟子に贈る。
「莫迦弟子! 『反』だ」
今、まさに『虚』と言おうとしていた翠だが、とっさに師の言うことに従う。
「反」
期せずして、音波を遮るだけのつもりが、力を絡めとり、何倍にもして跳ね返すこととなった。自分の放った攻撃が何倍もの風となり押し返された魔礼紅、魔礼海はもんどりをうって倒れた。そこに崑崙の門弟が殺到し、封神台に送られる。
二道の魂魄が封神台に向かっていることを確認した太乙真人は満足そうにうなずきながら、翠に言う。
「莫迦弟子。お前はやつらの攻撃を『死門』で受け始めちまった。そこは万物が尽き果てる終着点。そこらのやつなら、成す術もなく力に呑まれたはずだ。しかしお前は八門を回し、ちょうど『開門』を開きやがった。初めてみるやり方だったが面白い。溜まった澱を、何倍にもしてやつらに返してやったんだ……」
と、そこにどこからともなく一枚の符が舞い落ちる。
「……と、喜んでばかりはいられないな。どうやら玉柱洞がしくじったらしい。お前を連れてこいと符が知らせてきた。ちょうどいい、うるさい奴らが帰ってくる前に、ずらかるぞ。魔家四将もあと一人だ。あやつらなら対処できよう」
太乙真人は、楊戩の回収した雷火輪を持ち、翠を連れて光遁を借りる。
戦場にはまたしても静寂が戻ってきた。
やがて、崑崙の門徒がそれぞれを封神台に送り、意気揚々と戻るも、太乙真人と翠と名乗る少女の姿はない。どうするかと相談するも、まずは残った魔礼青の対処をすることになった。
■ 三兄弟の実家、陳塘関にて
**時は殷周革命中、三奇仙再集結**
西岐の戦場では、魔家四将の最後の将と雌雄を決しようとしていた。ちょうどそのころ、陳塘関は李靖の屋敷に、騒動の元凶が集結を果たしていた。
「まぁ、こちらが例のお嬢さんですのね。妾もあなたのような娘が欲しかったのですよ。息子も悪くはないのですが、娘もよいものですよね」
全面肯定の殷氏の様子に、太乙真人はしくじったのではないのかと、雲中子を見やる。視線を受けた雲中子は、下に目線をやると、果たして気絶した李靖が寝かされていた。その先にはいつものごとく瓢を傾ける玉鼎真人の姿があった。中々の混沌ぶりである。
「お名前は何というのかしら?」
なぜか迫力を感じ、翠は答える。
「は、はい。翠と申します。太乙真人様の弟子となりました」
「そうなのね。ならうちの哪吒と同じね。今日からあなたは李翠よ」
押しの強い殷氏にたじたじとなりながらも雲中子が確認をとる。
「将軍の承諾をいただけてないと思うでござ……のだが、よいのか?」
気を失い寝ている李靖を背中から持ち上げた殷氏は、立たせながら、ふんっと活を入れる。
「あなた、いつまで寝ているのです! 老師様たちがお困りですよ!」
あっけにとられる一同の前で、ううんと李靖が目を覚ます。
「こ、これはとんだご無礼を。失礼しました。なんの話でしたでしょうか?」
何故か増えている胃の痛みの元凶と、初めて見る妙齢の娘に首をかしげながらも謝罪する李靖。雲中子は何事もなかったかのように続ける。
「こちらのな、翠という娘を李家の末娘として欲しいということじゃよ」
「そんなご無体な……犬や猫の子ではあるまいし、いきなり娘にしろ……」
「あなた。今日からこの娘は李翠です」
「……はい」
雲中子の無茶な申し出に抗議の声をあげた李靖だが、殷氏の鶴の一声にあえなく沈黙する。
将軍家の闇を垣間見るも、一同はこれで話が済んだと胸をなでおろし、この場を暇しようとする。
「翠よ。お待ちなさい。李家の娘がそのような異邦の格好では示しがつきません。装束を用意します。そちらに着替えなさい」
もう少し時間がかかりそうだと一同は顔を見合わせる。
「もう少し呑む時間がありそうじゃのぅ」
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