第二幕 風雲の西岐城 其の一
第二幕の幕開けです。
其の一の投稿となります。よろしくお願いします。
※本作は『封神演義』の世界を舞台にしつつ、現代的な言葉遣いや独自の歴史解釈を多分に含んだ「IFファンタジー」です。神仙たちのシリアスな戦いと、メタ的なコメディ要素のギャップを笑って楽しんでいただければ幸いです!
其の一:妹の想い、千里を震天す
■ 乾元山・金光洞にて
**時は遡りて殷周革命中、師弟出陣後**
金光洞の入り口付近。常なら草木がまばらに生え、長閑というよりは静謐で神秘的な場所であったが、何かが爆発したのだろうか、あちらこちらが焼け焦げ、プラズマの匂いが漂う。
遠く西の空を見やりながら、雲中子がほっとしたようにつぶやく。
「無事に飛び立てたようでござるな」
「うむ。儂らは李靖のところへ急がんとな」
酒遁ではなく、水遁を借り出した玉鼎真人を見て、分別が枯渇してなくてよかったでござると、どこかほっとしたような雲中子は、自身も水遁を借りながら、一盞茶ほど前の出来事を振り返る。
「金霞洞、俺の術理がその黒幕とやらに介入されるわけがなかろう」
玉鼎真人の外れようがないと思われる厳かな託宣にたいして、明らかに気分を害したように太乙真人が反論しながらも、続ける。
「とはいえ、翠が偶然に翡翠蘭の核と入れ替わったとは言えない状況にはある。これは色々と調べ甲斐があるな」
嬉々として己の好奇心に従おうとする太乙真人。
「太乙、待て。火急でなすべきは西岐城の救援だ。後にせよ」
いつの間にか、指を折っていた雲中子。いつにない短く厳命的な口調。金光洞の空気が緊迫する。
「……諾。諾。諾。雲中子師伯。あんたの顔を立てるよ」
しばし睨み合うように視線を交わす両仙、わざとらしく三度頷き、肩をすくめた太乙真人。その軽薄な拍子の裏では、師伯の読み解いた卦を正しく理解しているようだ。だが、まだその域には達していない翠。今までにない遣り取りに目を白黒させている。そこに玉鼎真人が追い打ちとなる耳打ちをする。
「雲中子師伯の怒りに触れると崑崙山は鳴動する」
普段口数の少ない玉鼎真人のまさかの言葉にぎょっとして、息をのんで雲中子を凝視する翠。何を詮無きことをと、玉鼎真人を睨みながらも、翠には笑顔という離れ業を披露しながら雲中子は提案する。
「さ、さしあたりは時間もないので、二手に分かれるでござるよ」
「儂が李靖につなぎをとろう」
「なら俺は西岐城だな。哪吒の様子もみたい。翠! お前もついてこい」
「貧道も西岐城に向かうでござるよ」
「玉柱洞、金霞洞を一人で李靖のところにやるのか?」
「うぅぅ。分かったでござるよ。李靖のところに行くでござる」
「お前は早くその雷火輪を持って表に行くぞ。追加の口訣も教えてやる」
すたすたと、洞府の外に向かう太乙真人を慌てて追う二仙。
翠も、スマホと白澤図の写本、八卦如意扇だけをリュックに入れて背負い、雷火輪を持って後を追った。
洞府の外に出た太乙真人は、西岐城の方角を差しながら言う。
「この方角に向かって飛ぶぞ。最初は「炎」か「雷」、その後、「迅」だ。振り落とされるなよ」
「はい!師父」
あまりの展開に理解をあきらめつつも、女は度胸よと腹をくくる翠。浮かした雷火輪に足をかけ飛び乗り、小周天を行いながら口訣を発する。
「炎!」
凛とした口訣の気合に応えたか、先ほどとは比較にならない炎の渦が逆巻く。蟠桃の効果か、才が花開いたか、果ては仙気闘法の成果なのか。いつしかそれはだんだんと青白い炎となる。
「おいおい、入れ込みすぎだ。気を押さえろ!」
慌てた太乙真人は声をかけるが、幻想的な光景に高揚した翠には届いておらず、続ける。
「雷!」
かなり高温となっている炎の渦に雷光が奔り、雷哮が空気を切り裂く。炎と雷の狂演にさすがの太乙真人も色をなす。
「莫迦弟子! 混ぜろとは言ってないだろ! ……なんだこのありさまは? 炎雷相混じるとでもいうのか?」
「何が起きているでござる? 剣に雷が落ちたような臭いがするでござるよ?」
慌てる雲中子と、かっと目を見開いて事態を見守る玉鼎真人。翠は何か手順が違うような気がしながらも次の口訣を唱える。
「迅!」
轟音と共に、慣性を無視したような急加速。翠はとっさに足に霊気を集中し、雷火輪に振り落とされるのを防いだ刹那、世界から音が消えた――ように感じたのは、雷火輪が音速を超えたからに他ならない。そしてそのまま西岐城の方角へ飛び出す。そして、数拍遅れで金光洞の入り口に凄まじい衝撃波が叩きつけられた。
「ふんっ」
玉鼎真人は気合一閃、衝撃波に対抗するも、踏みしめた大地ごと数尺後ろにずれる。雲中子はからくもその背中に逃げ込んで難を逃れた。
「あんの莫迦弟子ぃ!」
太乙真人も遅れじと火遁を借りて追いかけるが、見えるのは仙界と人界を隔てているはずの雲海を真っ二つに切り裂きながら一直線に西へと向かう雷光の跡であった。これはまずいと光遁に乗り換え、さらに加速して翠の跡を追う太乙真人。
こうして、太乙真人と翠は西岐城に向かったのであった。
いつかの飛行機の窓から見た成層圏の青さと、眼下の広大な雲海。凄まじい速度で飛行しているはずだが、比較する対象物もなく、遠く崑崙山らしき山が見えるのみ。また、音を置き去りにしているため実感に乏しいながらも、周囲を見る余裕ができるほどには雷火輪に慣れてきた。
何故か雲海の上を飛んでいるだけのはずなのに、海面が割れるかのごとく、遅れて左右に流れゆく雲を見やりながら翠は呟く。
「どうやって止まるの? これ」
言われた方角に飛び出したものの地理などさっぱりわからない。いわんや西岐城がどこにあるなど、わかるはずもない。途方に暮れている翠に、一条の光が差し込んだ。
「莫迦弟子が! 気を押さえろといっておろうが!」
その光の帯から太乙真人の声がする。
「師父!」
喜色もあらわに返事をする。常なら反発するところであるが、困り果てていたところに、蜘蛛の糸のように垂らされた声に縋りつく……はずもなく。
「弟子翠だったのに莫迦弟子になったのは降格したってこと?」
「それだけ憎まれ口がたたけるのなら、まだ大丈夫のようだな。速さは、気の力で加減するのだ。少し方角がずれている。ついてこい。こっちだ」
そう言って先導する太乙真人。その光遁から漏れる光の帯は素っ気なくも、どこか温かみのある光となって、翠を導いていた。
■ 商の北東、陳塘関にて
**時は殷周革命中、師弟飛行中**
ところ変わって、こちら陳塘関は李靖の屋敷。軍政官より道士来訪の知らせを受け、応接間に通したところである。
「久しいな李将軍。息災か?」
話がややこしくなる前に一気に片を付けたい雲中子はできるだけ友好的に声をかける。一方、雲中子、玉鼎真人と想像の遥か上の大物の来訪に、太乙真人の悪夢が反芻される将軍。すわ、また何か無理難題が来るのではないか? という虫の知らせを受けた気になりながらも気丈に返答する。
「老師様たちにおかれましてはご健勝のこと、お慶び申し上げます。末将におきましては、天佑により、斯様に戦陣に踏みとどまっておる次第にございます」
言葉とは裏腹に警戒心が最高潮になっていることを感じ取り天を仰ぎたくなる雲中子。懐柔を図る。
「いやいや、そう身構えずともよい。おぬしに相談しにくくなるではないか? 将軍のご子息たちの活躍を知らせたいと思うてな。ところで、殷氏はどちらに?」
(相談? という名目の指令だろうか……息子たち……哪吒かっ!? くそっ、胃が痛くなってきた……なぜ妻の居場所が気になるのだ?)
話を聞く前に、逃げ出したくなるもののそれもできず、ぐっとこらえて李靖は答える。
「愚妻は奥に控えております。何か御用でしょうか?」
渡りに船と雲中子は畳みかける。
「おぬしたち夫婦にしか頼めんことがあるでな。この場に呼んではいただけんか?」
(夫婦に? この期に及んで何をさせられるのだ? だめだ! もう胃が持たない……)
立場上断りきれず、人をやり殷氏をこの場に呼ぶ。
このとき、これまで一言も発していなかった玉鼎真人は、じっと李靖の体を見て呟く。
「ふむ。将軍職にありながらも、日々の鍛錬は怠っていないようじゃの。重畳重畳。特に足腰は重要だ。励めよ」
(突然なんだ? 確かに戦が近いため、練兵では剣や槍を使った実戦形式が多く、基礎鍛錬はできていないが……足腰だと? わからぬ……)
突然の玉鼎真人の発言に、李靖の顔色は増々悪くなるばかり。雲中子は余計なことを言うなと口を挟もうとするが、呼ばれた殷氏が遅くなり申し訳ございませんと現れた。その顔を見た雲中子がとにかく話を進めようと切り出した。
「すまぬな。金吒、木吒、哪吒の両親であるそなたたちにしか頼めぬことでな。実はお願いというのは四番目を……」
子供たちの名前を聞き、四番目という言葉を聞いた瞬間、李靖の頭の中では「夫婦」「兄弟」「四番目」「足腰が重要」がぐるぐると回りだす。そしてとうとう李靖の情緒は天元突破を果たした。
「四番目の子作りは無理です!」
逆らえぬはずの老師に逆らった心労からなのか、はたまた哪吒と太乙真人の悪夢の反芻が限界を超え決壊したのか、立ち上がって一息に叫ぶと李靖は気絶した。「あら、老師様たちが仰るのなら……」と横でくねくねとしていた殷氏は驚いて夫を支え、魂魄が封神台に向かわぬよう口を押える。
「あなた!」
「へっ? なぜそうなるでござるか?」
李靖の中で何がどうなったかは不明なれど、一番の元凶に思考の迷路を飛び越えて到達した雲中子は、それがいるはずの西の空を仰ぐ。その横でしたり顔で頷く玉鼎真人。
「頑張る気があったのかも知れんのう」
■ 商のはるか西、西岐城にて
**時は殷周革命中、魔家四将戦。師弟着陣間近**
ところ戻って、西岐城上空。まさに魔家四将が東西南北からそれぞれ一気呵成に責め立てているところが見てとれる。若干、南の黒風の猛攻に比べ、北の陣の圧が弱いようだ。それでも東西南北すべての門扉が開け放たれ、魔家四将のそれぞれが先頭に立ち、果敢に立ちふさがる西岐兵をなぎ倒していく。
「くそ、始まっていやがる。玉柱洞が指を折っていたのはこれを察したからか。いいか莫迦弟子! 俺がこのまま光遁で哪吒たちと合流する。合流したら光柱で合図を送る。これを目掛けて降りてこい。あと、黒い風には気をつけろ、あれにあたると手足がとぶ」
「いや、私普通の女子大生なんですけど? 手足がとぶって何よ!? どこに突っ込ませる気?」
弟子の抗議は聞き流され、一条の光が煌めいたかと思うと、西岐城の少し外れに光柱が立ち上る。
「あぁ……黒い風があんなところにまで! 怖いから少し北にずらして飛び込むしかないじゃない。もぅ! くそっ! 女は度胸よ!……雷! 迅!」
目的地が近づき、用心のためとリュックから八卦如意扇を取り出した翠。濡れた漆黒が今は頼もしい。だが、なぜかさらに加速させた雷火輪。追加された雷がさらに翠を守らんと雷霆が奔り、紫電が跳梁する。
少し時を戻した西岐城。
戦場で合流した楊戩の活躍により、混元傘という宝貝を奪取し、花狐貂の駆逐に成功した西岐軍。さらには武成王の長男である黄天化も合流し、慶事が続くと喜んでいた。軍首脳陣も昨日の今日では、魔家四将が免戦牌を掲げるのではと予測し、ゆったりとした朝を迎えていた。
ところが、どこからともなく低い琵琶の音が鳴り響いてきたかと思うと、突然四方の門からの大規模な強襲が始まる。兵数が少ない方が、包囲殲滅のごとく四方から攻め立てるという、兵法の理に背くような襲撃に何か罠かと悩む武成王の下、軍は果敢にもこれを迎え撃つ。しかし、鳴り響く琵琶の音を聞いたものは、動きに精彩を欠き、なんとか襲撃に持ちこたえ戦線を支えているが、破綻するのも時間の問題と見て取れる。何かに苦しみ、重い体を引きずるような兵たちの姿を見、自身たちもいつにない体調の不調を感じた崑崙の門徒たちは集まって話し合う。
「楊戩師叔が敵陣に潜む今、我らのみでこの四方からの強襲を支えなければならぬ。大哥、哪吒、後生だから軍令を背き、敵陣に吶喊するようなことはやめておくれよ」
木吒は、長兄の金吒、三男の哪吒の暴走を牽制する。
「天化殿も、御父上たちが心配だとは思いますが、魔家四将が新たな術を使ったか、罠を仕掛けていると思われます。一緒に対策を考えてください」
なんの因果で、私が将を務めているのだ? 天衣無縫の楊戩師叔と、猪突猛進なる我が兄弟、新参の黄天化も御多分に漏れず武闘派であろう。いずれも一騎当千なれど、今更一兵卒のごとく集団戦を望むなど、無謀の極みと評するのはむべなるかな。
木吒は溜息をつきながら、父に煎じた胃の腑に効く薬湯を自分の分も用意しておけばよかったと愚にもつかぬことをつらつらと考える。やもすると、彼の胃の腑の戦線が最初に崩壊するやもしれぬ。もう好きにさせて見捨てていいのではないかと、危険な思考になりかけたそのとき、一条の光が差し込んだ。敵の強襲か? 一人を除き一同は緊張するも、哪吒が笑顔であることに気づき、緊張をといた。
「師父ー どうしたの? 新しい宝貝でも?」
ここが戦場であるはずの緊張感がまったくない声で、哪吒が光に問いかけたかと思うと、はたして光は一人の仙人の姿となった。
「お前たち、説明は後だ、援軍を連れてきた」
「援軍??」
太乙真人は後ろを振り向き、何かの合図なのか、器用に光遁の残滓を光の柱として立ち上らせる。と、そこに炎の渦と紫電を纏ったそれは、轟音とともに一同目掛けて飛び込んでくる。たしか太乙真人は援軍と言ったはずだが、その勢いはとても援軍とは思えない。
「師父! 危ない!」
尋常ではない勢いに皆武器を構えるなか、哪吒は、乾坤圏を投げつけた。
「あ、待て、味方だ!」
太乙真人の制止は虚しく、乾坤圏と翠が激突しそうになる。
太乙真人の指示通り、光柱を目指して飛んでいる翠。もうすぐそことはいえ、初めての戦場の雰囲気に当てられ、気が高ぶった翠はさらに気を巡らし、雷を纏い直す。と、突然、飛び出してきた童子から金色の何かを投げつけられる。
「危ない! 守! 虚!」
とっさに八卦如意扇を広げ、口訣を唱える。衝撃に備え構えるも、八卦如意扇は正しく機能した。投げつけられたのは金の輪、物理法則を無視して力を失ったように落ちていく。一方、初めての雷火輪上での動作にバランスを失い、これまた一緒に落下する翠、雷火輪はそのままの勢いで数里先まで飛んで行き地面と激突し、少し遅れて轟音が響き渡る。
落下した翠は一瞬パニックになりそうになるが、なんとか八卦掌で鍛えた運動神経を総動員して着地を決める。片膝を着き、片手を自身の前で大地を掴むように伸ばした姿勢、いわゆる三転着地(スーパーヒーロー着地)だ。
「演武でもこんなポーズとらないわよ.......」
自身の思う華麗な着地とは程遠い、香ばしい姿を想像し、羞恥に顔を赤らめながら悪態をつく翠。
一方、見たこともない装束の少女が空から落ちてきて決めた着地に、金吒は感動する。
「なんと素晴らしい! 見たこともない。次は俺の番だっ!」
木吒は溜息をつく。
「これが援軍? 騒動の元にしか見えない……」
必殺の「乾坤圏」を無効化された哪吒は目を白黒させる。
「師父の新しい宝貝?」
黄天化は息を呑んで固まる。
「か……可憐だ」
あまりの混沌ぶりにさすがの太乙真人も頬を搔きながらのたまう。
「まぁ、息災でなによりだ莫迦弟子」
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
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