第一幕 邂逅の乾元山 其の五
其の五の投稿となります。よろしくお願いします。
李家の末娘として参戦を決意した翠。まずは装備の宝貝化が始まりました。
※本作は『封神演義』の世界を舞台にしつつ、現代的な言葉遣いや独自の歴史解釈を多分に含んだ「IFファンタジー」です。神仙たちのシリアスな戦いと、メタ的なコメディ要素のギャップを笑って楽しんでいただければ幸いです!
其の五:電子の託宣、黒幕の影を踏む
■ 乾元山・金光洞にて
**時は殷周革命中、金光洞の一房(太乙宝貝開発中)**
太乙真人が洞府の奥から戻ってきたのは、ちょうど一柱香(約一時間)になろうとしたころであった。その間、世界規模の壮大な話を聞き、サブカル脳も絶好調に回転していたため、それほど待たされたという気にはなっていない。
「待たせたな。小娘、受け取れ」
先ほどより濡れた漆黒に染まったような扇が放り投げられた。翠は無造作に左手でキャッチして、すぐさま開いて見せた。そのままパチンパチンと閉じたり開いたりする動作を行いながら太乙真人に文句をつける。
「さっきより不気味さが増してませんか?」
「元の功夫扇とやらも同じような鈍色だったろうが。小娘は俺に容赦がないではないのか?」
雲中子がため息交じりに太乙真人に説明する。
「辛辣にならない由が見当たらないでござると思うのだが……太乙殿、その宝貝に新たな術式を施している間に、翠殿への説得が終わったでござるよ。とりあえずは李家の末娘、いわんや、哪吒殿の妹として、その座を引き受けてくれることになったでござる」
太乙真人はニヤリと笑う。
「聞こえていた。これからは哪吒と同じく、俺を『師父』と呼ぶがよい」
翠は首を傾げ、小説などを思い出しながら聞き直す。
「師父? 師匠じゃない……師伯? 師叔?」
雲中子が助け舟をだす。
「おそらくは翠殿のいた時代には伝わっておらんのでござろう。今後は、周りに多くの耳がある中で話をするでござるからな、太乙殿のことは『師父』、貧道のことは『雲中子師伯』、玉鼎殿のことは」
説明中に雲中子は玉鼎真人に視線をやる。
「儂のことは『玉鼎師叔』でよいぞ」
「……だそうでござる。この呼びかけが翠殿の身を守ることにもなるでござるゆえ、できれば洞府の外では、そう呼んで欲しいでござるよ」
翠は神妙に答える。
「分かりました。ありがとうございます。雲中子師伯」
痺れを切らしたように太乙真人が割り込む。
「もういいか? 小娘、宝貝の説明をするぞ」
「はいはい。師……父。小娘は止めてもらえませんか?」
「わかったわかった。弟子……翠よ」
雲中子は溜息をつく
「仲が良いのか悪いのか……わからなくなるでござるよ」
「同類の類だろう。あれは」
玉鼎真人が訳知り顔で見やりながら瓢をあおぐ。
翠は新しい功夫扇を持ち、呼吸を整えながら、基本歩法である『泥歩』を開始する。円周上を滑るように進みながら「套路」を刻む-『遊身連環掌』-扇を開閉しながら円周上を龍が舞うが如く新しい功夫扇を試す。
「さっきよりは少し重く感じるけど、まだ軽いわ」
「何を言っている。当たり前だ。一斤(約600g)も変わるまい。『鯤鵬』の骨の一番外側を『応龍』の翼脈に置き換えただけだからな。『鯤鵬』の骨は大きさを変化させるが、『応龍』の翼脈は重さを変化させる性質がある。お前の覚えのある重さを意識しながら、さっき教えたとおり、霊気を注いでみろ。口訣は『重』だ」
翠は小周天で全身に気を巡らし、愛用の功夫扇の重さを思い出しながら技を振るう。伝説の霊獣の素材で構成された功夫扇は、翠の霊気と共鳴し、振るう度に風切り音が冴えわたる。
「重」
繰り出した技は『黒龍擺尾』空気を切り裂きながら横一閃に振るわれる。
ーズドォォォンー
「へ?」
的にした岩に当る瞬間、功夫扇壊さないように止めた……つもりが、想定とはまったく違う音と結末に翠は驚いて功夫扇の先を見る。
「い、岩に喰いこんでるんですけどぉ?」
想定の斜め上すぎる威力に驚いた翠は、呆然としながら太乙真人を見やる。
「どうだ、新しい功夫扇は。宝貝になったので『乾坤扇』の名をやろう。お前の兄、哪吒の『乾坤圏』とお揃いの名前だ」
ドヤ顔で太乙真人がのたまう。
「ヤダ。乾坤多すぎ。渋滞するわ……乾坤(=天地)なんて畏れ多いし」
雲中子が取り持つように割り込む。
「呆然としながらも、否と断ずるでござるね。やっぱり師弟でござるよ。翠殿の技と、大きさ重さが自在であることを加えて、『八卦如意扇』というのはどうでござるか?」
太乙真人は自分の名付けが拒否されるという、おおよそ体験したことのないショックに自失している。
「雲中子師伯。その名前気に入りました。名付けありがとうございます。これからは『八卦如意扇』とします」
「八卦もたいがいだと思うのじゃがのう……」
玉鼎真人の呟きが洞府にすいこまれていく。
翠が「八卦如意扇」の感触を確かめながらも、早く慣れるように套路を紡いでいると、何かに気づいたように雲中子が切り出す。
「翠殿?かなり動いておるが、一息いれてはどうかの?」
翠は言われて喉の渇きに気づく。
「ありがとうございます。そういえば喉が渇いて……」
瓢を渡そうとする玉鼎真人を止めながら、雲中子が太乙真人に声をかける。
「太乙殿? そういえば、金霞童子の姿が見えぬが? 翠殿を饗応してはどうかと思うのでござるが?」
滅多にない自失から立ち直った太乙真人が返事をする。
「童子は玉虚宮に使いにやっている。とりあえず、これでも喰ってろ」
太乙真人が袖を振ると、玉盤に山と積まれた桃が現れる。
「ありがとうございます! 桃をまるごと食べれるなんて、贅沢です!」
天然のスイーツに喜ぶ翠。袖で拭きながら食べ始める。
「すごく美味しいです。食べたことがない甘さです!」
この辺はやはり女子大生といえど体育会系というべきか。そのままかぶりついた。
「そうでござるか。翠殿のところでも『蟠桃』は贅沢品なのでござるか。よかったでござるな」
見た目は青年なれど、好々爺とした雰囲気で蟠桃を食べる翠を見守る雲中子。ほんわかとした空気はつかの間、みるみる顔色が変わり、洞府内に絶叫が轟く。
「な、なんで蟠桃があるでござるか!?」
「金光洞だからだが?」
「余計おかしいでござる!? これは瑤池の秘宝でござるよ??」
「だから、金光洞だからだと言っておろう。蟠桃について、色々と調べたいから哪吒を使いに出すと符を送ったら、なぜか知らんが血相を変えて役人がもってきたぞ?」
ドヤ顔で説明する太乙真人。何か別の悟りを開いたような表情になる雲中子。詮索をやめ、別の懸念を聞く。
「金光洞だからでいいでござる。して、この蟠桃、何年ものでござろうか?」
「持ってくるぐらいだから手前のものだろう。せいぜい道を悟るぐらいなもんだ」
「そ、そうでござるな。翠殿。体の調子はどうでござるか?」
意図せずとはいえ、仙界の秘宝たる蟠桃を食べた人間の例はそう多くない。大丈夫であろうかと翠をみやると、なんと三個も食べ終えていた。
「さ、三個も食べて……」
「ごめんなさいっ。あまりにも食べたことのないおいしさについつい」
絶句する雲中子に、決まり悪くなりながらも謝る翠。
「おい、お前の食べた桃は普通の桃ではないぞ。蟠桃という霊果だ。食べると仙人になれるぞ」
「へ……っ これが『蟠桃』!?」
「なんだ知っておったか? 食べたことがあったのか?」
「そんなわけないです! 初めて食べました。さっき話をした哪吒様と斉天大聖が戦ったのは、蟠桃を盗んで問題を起こしたことがきっかけだったと言い伝えられていましたから……」
「蟠桃で道を誤るものは多いからのう。酒にしておけばいいのに。どうだ翠の。力が湧いてこぬか?」
翠はきょろきょろと自分の手足と周囲を見ながら応える。
「あ、それなんですけど……私が学んだのは『小周天』というものなんです。血行をよくして意識を集中するためのもの……だったはずなんですけど、なんだか指先が火花を散らしてびっくりしました。血流の流れもすごく感じ取れましたし……今は、なんというか、身体が羽毛のように軽く感じます」
「翠殿、そなたは霊気を操っているでござるよ」
無自覚な翠に雲中子が説明をする。
「『仙骨』のあたりから、背筋を上る熱い力を感じたのではござらんか? それを巡らすことで、霊気に昇華させたのでござるよ。」
「え、今までそんなことできたことなかったです……いきなり霊気と言われても……」
と、応えながら小周天を行おうとする翠。
「ま、待つのでござる! 翠殿!」
「へ?」
ほんの一瞬だけ巡らした気が、爆発的な奔流となって体内を駆け巡る。かつてとは、雲泥の差といえる莫大な霊気が迸る。さらには、その細身の全身が帯電しているかのように紫電が跳梁する。霹靂の事態に身体は硬直し、荒れ狂う霊気は出口を求め咆哮する。しかして……その清冽な霊気の奔流とは裏腹に、常なら生命の火を燈し輝くはずの翠色の瞳は、冥碧色に昏く濁っている。
「いかん、この剣先に触れるのだ!」
普段は、泰然自若とした玉鼎真人のふてぶてしい頼もしさが鳴りを潜め、明らかに切羽詰まった声とともに差し出されたのは斬仙剣。その剣脊部分をかろうじて触る。触れた瞬間、雷哮が劈き、指先から出血するも、即座に霊気が吸収されていく。落ち着いてきたところで手を放すことができた。
「この剣は『斬仙剣』と言ってな、こうして霊気や仙気、気を吸収し、切れ味に変えることができる宝貝なのじゃ。だが、吸収できることは秘密じゃぞ」
一気に膨大な霊力を失い憔悴しながらも、震える呼吸を整えながら、こくこくと頷く翠。太乙真人は髭をなでながら考察を語る。
「まぁ、三千年の蟠桃なら順当なところか。元々、お前の居たところは、龍脈から遠く離れたところか、それとも未来はどこもそうなのかは分からんが…… 気の薄いところなんだろう。才能という面もあろうが、ほとんど気がないところで、気を巡らす修練を続けたおかげで、気を集める能力は俺たち十二仙にも匹敵するかもしれんな」
同意するように頷く雲中子と玉鼎真人。
「で、ただでさえ、霊気、仙気に包まれた崑崙山周辺で気を巡らせれば、いやでも周囲の気も取り込んじまう。蟠桃を喰えば猶更だ。まぁ、蟠桃を喰ったせいで、気の量も増えたが、身体も強化されたおかげで爆ぜずに済んでよかったな」
太乙真人の説明を自分なりに解釈する翠。
「周囲の気を取り込む……それって大周天じゃ? 爆ぜるってこわっ」
「すまんが、『大周天』というものが俺にはわからん。もっとも、体内の気を巡らし霊気に昇華させるのが小周天、周囲から気を取り込んで巡らし、霊気に昇華させることを大周天と言っているなら多分そうだ。だが、その霊気の量、放出する術を身につけんと、体内に押しとどめているだけだと爆ぜるぞ?」
謎の理解力を示す太乙真人に、爆ぜる爆ぜると恐ろしい忠告をうけ、顔色が悪くなる翠。
「その術ってどれぐらいで身につくものなのですか?」
「分からん。哪吒のやつは初めからできたからな。凡愚が術式を覚え、その境地に至るまでの刻など、俺の料簡にはないな」
そこに玉鼎真人が助け船を出す。
「翠の、良かったら儂の仙気闘法を授けよう。これなら、己の四肢や身体の部位を意識して、固くしたり強くしたりするだけじゃし、霊気も使う」
翠は身体強化系のバフみたいなものかしら、放出と言われても分からないし、こちらがイメージしやすいだろうと考え、お礼を言った。
「ぜひお願いします。玉鼎師叔」
「では、外で修練しようかのう」
洞府の外に歩き出す玉鼎真人。それを追う翠をみやってから、太乙真人は、雲中子に問いかける。
「おい、玉柱洞、見たか?」
「うむ。見たでござる」
「雷の精に、辟邪の瞳だけかと思ったら……冥界の碧とはな……くくっ。楽しませてくれるわ」
「高天原には、『黄泉の八雷神』と称される昏き雷神たちがいたはずでござる。翠殿から迸るその紫電、彼の地の傍流に連なる証左でござろう」
「まぁ、いずれにせよ、哪吒の妹分としては申し分のない器だったということよ」
太乙真人は、心底楽しそうに翠のミニセグウェイを持って洞府の奥へと向かう。そんな朋輩を見やりながら雲中子はしばし休憩を決め込むことにした。
数刻後、洞府内に戻ってきた翠を待っていたかのように、太乙真人がまたしてもドヤ顔で次なる改造品を持ち出した。
「弟子翠よ。お前の乗り物も宝貝にしてやったぞ。名付けて『雷火輪』だ」
「いつの間に? 宝貝ってそんなに簡単にできるものなのですか?」
翠の中の常識人枠である雲中子に尋ねる。
「太乙殿の宝貝創造は、仙界随一でござるからね」
(買ったばかりだからたいして思い入れはないけど……半年ぐらい月賦が残ってるのよね。これって完全にメーカー保証の対象外なんだろうな……)などと詮無いことを考えながら翠は受け取る。
「ただ移動したり、浮いたりするだけなら周囲の霊気を集めて動くようにしている。試してみろ」
言われた通り、翠は試乗してみる。ふわりと一尺ほど浮いたかと思うと、軽やかに移動を始めた。
「すごい! 浮いてる!」
からからと軽快に走り、洞府の入り口の方へと向かう。味わったことのない爽快感に翠は洞府出て、前の広場を駆け巡る。
「ふふ。それだけではないぞ。口訣は『炎』と『雷』だ。唱えてみろ」
「え、炎! ……きゃぁ」
今度は玉鼎真人に教わったように慎重に気を巡らすも、突然、周囲に炎をまき散らした雷火輪に驚いた翠は、バランスを崩した。が、なんとか着地を決める。
「何を驚く、戦場では炎をまき散らすなど当たり前だぞ?」
「先に説明してくださいよ。突然足元に炎の渦ができると驚くではないですか!」
抗議する翠を放置して、素材について談義が始まる。
「太乙殿。中々の火勢でござるな。『燭龍』所縁の素材でござるか?」
「そうだ。『燭龍の髭』を使った。雷も中々だと思うぞ。なぜか、机に千年ものの『雷澤』産の『雷紋石』があってな。せっかくだから組み込んだ」
「千年もの? 『雷澤』産の『雷紋石』? ……それは、貧道の秘蔵の素材でござるよ。勝手に使うのはひどいでござるよ太乙殿」
拗ねる雲中子。太乙真人は悪びれもせず告げる。
「なんだ、玉柱洞のものか。俺の机に置いておく方が悪い」
「戦力の足しになればと思い、持ってきていたのでござるよぉ」
「なったではないか。良かったな」
「それとこれとは話が違うでござるよ……まぁ、翠殿の役に立ちそうで良かったでござるが」
「何かすみません。雲中子師伯」
「よし、これで得物と乗り物が揃ったな。金霞洞のところに戻るか。お前の持ち物について聞きたいことがある」
すたすたと、洞府に戻る太乙真人。それに続く雲中子。翠は首を傾げながらも追ってもどる。
三人が洞府の奥に戻ってくると、玉鼎真人は鼾をかいていた。
「起きろ!金霞洞」
玉鼎真人を蹴とばした太乙真人は、翠の小物から、和綴じの冊子を取り出す。
「これはお前の持ち物だな?」
「はい。知人の伝手で手に入れた白澤図の写本ですが、これが何か?」
翠は首をかしげる。三奇仙の気配がこれまでになく真剣な気がする。
「翠殿、この写本とやらから、崑崙の術式の気配がするでござるよ」
「この『すまほ』やらという板からもするな」
雲中子と玉鼎真人が指摘する。
「お前の身近に方士か道士がいるのではないか?」
「でも、翠殿は高天原の民でござったよね?」
今いち話が消化できない翠は、混乱しながらも説明を試みる。
「三千年後の未来には、この国の民の末裔が私の国にも住んでいます。この写本とスマホを手配したのは私の武術の師匠の知合いの『萬 象斎』という人です」
「万象……どう思う。玉柱洞、金霞洞」
「それだけでは何とも言えないでござる。……翠殿の武術の師匠でござるか。どんな人でござるか?」
「この国の民の末裔で、料理店のオーナー……料理人……膳を用意することを生業としている人です」
「この『すまほ』とやらは、何に使うものなのだ?」
翠は考えながら説明を続ける。
「千里眼や順風耳のように、遠く離れた場所のことを知ったり、話をしたりするための道具です。あとは、ゲーム……囲碁などを遠く離れた人と対局したり、黄巾力士のような存在と囲碁で対局することができます。例えばこんな画面…… ……えっ? 封神クロニクルが映ってる??」
翠は、いつものように画面をスワイプすると、転移する前にプレイしていた封神クロニクルのイベント画面が映りだしたことに驚愕した。翠のスマホの画面には『魔家四将を攻略せよ』という文字が煌々とまたたいている。これを見た翠の脳裏に、雲中子の言葉がフラッシュバックする。『事故であっても翠殿がここに来たのは偶然だけではないと思うでござるよ』皆が顔を見合わせる中、ゆっくりと玉鼎真人が、外れない預言のように宣告する。
「黒幕がいるのう」
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
この話で第一幕は幕を閉じます。いかがでしたでしょうか?
次回、幕間を挟み、その後第二幕へ突入します。
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次回は明日23時に更新予定です。引き続きよろしくお願いいたします!




