第一幕 邂逅の乾元山 其の四
其の四の投稿となります。よろしくお願いします。
三千年の時をかけてしまった翠。彼女に何が成し得るのか? お楽しみください。
※本作は『封神演義』の世界を舞台にしつつ、現代的な言葉遣いや独自の歴史解釈を多分に含んだ「IFファンタジー」です。神仙たちのシリアスな戦いと、メタ的なコメディ要素のギャップを笑って楽しんでいただければ幸いです!
其の四:李家の末娘、覚悟を決める
■ 乾元山・金光洞にて
**時は殷周革命中、金光洞の一房**
「……三千年の未来でござるか……」
金光洞では、雲中子が呆然とした面持ちで、ゆっくりと羽扇をあおぐ。その視線は目の前の「未来人」を捉えきれずに泳いでいた。
「では、高天原の雷神殿の縁者ではござらんと」
「そもそもなんですけど、なぜ私が雷神の関係者だと思われたのですか?」
雲中子の確認に翠が疑問を被せると、傍らで腕を組んでいた玉鼎真人が厳かに答える。
「うむ。翠の。お主の武術じゃな。なんぞ戦うための姿勢をとったであろう。その時に、指先から漏れていた霊気が雷の気を帯びておったのじゃ」
「あ、それ、それです! なんですかあれは!?」
「うむ? 何かと儂に問われても……お主の武術じゃろ?」
何を今更という表情の玉鼎真人。
「いえ、私は護身術として学んだ八卦掌の構えをとっただけです。目覚めて咄嗟のことでしたので、気脈を巡らしながら、基本の『青龍探爪』という構えをとったのですが、指先から火花が散るなんてことは普段ならありえません!」
「ほう。お主の居た未来では、得物だけでなく、無手でも戦う術があるのじゃな。そして、あのような立ち姿を『構え』という。術理的には、周りを伺いながら隙をみせず、すぐに撃、刺が行えるというところかの?」
玉鼎真人の指摘に対して、脳内で、頂肘と穿掌かなと当たりをつけて応える。
「ま、まぁそんなところです。それで私の指先から火花が散ったのはなぜですか?」
「知らん」
玉鼎真人は、自分の興味のあるところは分析してみせたが、それ以上は知らんと雲中子を見やる。
「翠殿は気脈を巡らしたと言ったでござる。気配的には貧道たちの仙気とは違うようでござるが、翠殿の呼びかけに応じて、大気に雷の精が集まりだし、大地の龍脈が鳴動しておったでござる。翠殿の指先に集めた気に、雷の精が力を宿したのではござらんかのう」
雲中子が推測を披露するが、翠にとってはなんのことやらで、今一つ解決した気にはならない。
太乙真人も翠の小物をいじりながら説明する。
「ふむ。雷の精については、小娘の持ち物の仕業やも知れんな。総じて、雷の気を纏っておるものが多い。この黒い板にしろ、この車輪のついた板にしろ、だ」
そう言って、スマホをかざしながら、ミニセグウェイに足をかける。
「あ、スマホ、勝手に触らないでください。しかも画面を触るなんて!」
「万物を流転し、一所に留まることを知らぬはず雷の気が、ここには留まっている。小娘よ『すまほ』とはなんだ?」
翠は慌てて、太乙真人からスマホを取り返しながら言う。
「バッテリーのせいかしら……」
「『ばってりー』とは何だ?」
翠は言葉に詰まったが、バッテリー、蓄電池、蓄電……電力を蓄える……力を蓄える……霊力?
理系脳をフル回転させて、説明を試みた。
「ええと……私のいたところでは、霊力のない普通の人でも宝貝を使えるように、あらかじめ霊力のような力を蓄えておく『器』があるのです……と言ったら伝わるかしら?」
「面白い。雷の気すら留めるか。……ということは自らの器を越えた霊力を宝貝に注いで、威力を増すことができるやもしれんな。逆に取り込むことも可能か? ……研鑽の余地があるな」
太乙真人の浄眼が好奇心で妖しく煌めく。
「なんで一瞬で応用しようとするの? 理解力、怖すぎません?」
「これぐらい、誰でも思いつくだろう?」
心外そうに肩をすくめる太乙真人に、雲中子が苦笑いを浮かべた。
「否、仙界以外の理を、すぐに解せるのは太乙殿ぐらいでござるよ」
「いやいや、儂も分かるぞ。お主の『構え』とやらには、無数の名もなき武人たちによる限りない試しの積み重ねを感じる。三千年の重み、術理の結晶と言えよう」
なぜか張り合う玉鼎真人。
「……ごめんなさい。私の八卦掌は約二百年の歴史しかないの。始祖(八卦掌の)のいうように、ある道士の修行法を祖としても千年なの」
翠は首元に触れながら慎重に言葉を選び、申し訳なさげに言う。
「ふっ、三千年の重み、結晶ねぇ」
太乙真人が冷ややかに玉鼎真人を見やる。
「そ、そんなことないでござるよ。太乙殿。翠殿の技は本当に洗練されていたでござるよ」
慌てたようにフォローに入る雲中子。翠も苦笑しながら続けた。
「そうね。今が紂王の治世ということでしたから、この国では今から……およそ千五百年後に無手の武術が盛んになるはずです。私の学んだ流派も突然発生したものではなく、その流れを組んでいると考えれば、歴史は長いといえるわ」
「む、翠の! 今なんと申した?」
玉鼎真人が、弾かれたように身を乗り出した。
「え?………歴史は長いと」
「いや、その前だ!」
「紂王の治世から、千五百年後に無手の武術が盛んになるはず……だったかしら?」
翠が首を傾げると、三奇仙の間に、それまでの軽妙な空気をかき消すような沈黙が流れた。三人は顔を見合わせ、その瞳に鋭い光を宿す。
「太乙の! 雲中の! どう思う?」
「三千年の未来、千五百年後の武術……無視できない数の一致だな」
「そうでござるな。ただの偶然とは思えない、何かの縁を感じるでござるよ」
三奇仙が何やら難しい顔で「数字の符合」について議論し始めたのを見た翠は、ふと気になって歴史を思い出す。(確か殷周革命は……紀元前十世紀ごろだったはず、千五百年後は、西暦でいう五世紀から六世紀。隋、唐の時代だったかしら……あっ!)唐という言葉に反応し、脳裏に過った親友のトリビアが口をつく。
「千五百年後に哪吒様が、斉天大聖と戦うんだったっけ?」
呟いた一言に三仙が反応する。
「快なるかな! ハハッ、さすがは俺の弟子。幾星霜を経ようと、その冠絶した無双ぶりは些かも衰えぬか。斉天大聖? 天に斉しい大いなる聖者とは大仰な名を騙るものもいるのだな。小賢しい。俺の哪吒が不覚を取るはずもなかろう。もっとも、小娘が哪吒の事まで知っていたとはな。面白い」
「斉天大聖? 聞いたことがないでござる。大聖……また天界のものともめるでござるかぁ!」
「唐という国のお坊さんの護衛だから天界の人というわけでは……あ、天界を追放されてましたね」
雲中子の嘆きを気の毒に思った翠はフォローをいれるも失敗に終わる。
「追放とは穏やかではないでござるなぁ。ところで翠殿、『お坊さん』というのはどういう御仁でござるか?」
「えーっと……『三蔵法師』という『お坊さん』……ああ、西方教の道士といったところでしょうか」
「ほほう。須弥山に連なるものでござったか。西方浄土から来るのでござるな」
「ええぇ、来るといいますか、千五百年後の中原に『唐』という国が興ります。この唐から、西方浄土に興る『天竺』という国まで旅をする道中の出来事ですね」
「で、どっちが勝ったのだ? 翠の」
「残念ながら、斉天大聖が勝ったと伝わっています。確か、三面六臂の姿で迎え撃つも、如意棒で打たれて敗走したはず……」
「三面六臂でござるか!?」
「そんな術は授けてないぞ!?」
「如意棒……?」
三者三様の反応に、これは触れてはいけない話題であったのではと冷や汗をかく翠。
すぐさま話題の転換を図る。
「ねぇ、何か数字や、哪吒様の未来に引っかかっているところ申し訳ないんだけど…… 私の『功夫扇』知りませんか? スマホとミニセグウェイはあるんだけど、功夫扇だけが見当たらないのよね……」
「おお、あの重い棒は『功夫扇』というのか? ほれ、俺が新しい宝貝にしてやったぞ」
太乙真人が、先ほど作成した扇型の宝貝を投げて寄越す。
「え? 棒? 宝貝? 軽っ!」
翠は突然投げて寄越された宝貝をキャッチしながら、驚く。
「うむ。小娘が使う棍のような得物としては、重いだろうと、霊獣の素材で宝貝にしてやった。軽くなったが、前のものよりも遥かに丈夫だぞ。感謝しろよ」
太乙真人がドヤ顔で言い放つ。
「確かに、棍のようにも使いますが、もともとは持ち運びしやすいように細工をした羽扇のようなものですよ? あと、重いのは態とです。威力を増すためですよ」
律儀に説明する翠。
「うむ。やはり羽扇の一種か。その細工の拵えも再現しているので、ちゃんと広げて使えるぞ。広げてみるがいい。ほう、態と重くしていたのか……威力はこちらの方が出るとは思うぞ」
形だけは、元の功夫扇に近いが、質感が違う。霊獣の素材というパワーワードに引っかかりを感じながらも、とりあえず広げてみた。
「その状態で、あおぐように片手に持って、扇面をこちらに向けてみろ。そうだ。そのまま横に広がっている状態を縦になるように回すんだ。そう、その位置で、広がりを意識しながら霊気を流し込んでみろ。口訣は『守』だ」
太乙真人はこともなげに言うが、翠は困惑しきりだ。
「いや、私、一般人なので霊気なんて操作できない……というか、持ってないですよ?」
「翠の、大丈夫だ。さっき見事な『構え』とやらをとったときに、指先から火花がでていたであろう?あれが霊気だ。おぬしは霊気を持っておるよ」
玉鼎真人のアドバイスで翠は先ほどの出来事を思い出す。あの時は必死に師匠の教えから小周天を行ったが、まさかの力の奔流に驚いたのだった。思い出すと怖くはなったが、新しい境地を開いたかもしれないと思うと、少しだけわくわくしている自分にも気が付いた。
「やってみます」
先ほどのような力はいらないと考え、心の中で口訣を唱えながら、小周天を実行する。先ほどと同様、力がこみあげてくるのが分かった。体内で循環する気の流れを感じながら、今度は宝貝に集中しつつ呟く。
「守」
刹那、一尺二寸の扇が、翠の身長を越えるほど大きくなった。骨の部分が不気味に鳴動している気がする。
「それだと、身を隠せはするが、攻撃を防ぐには力がいる。そこで『虚』と唱えるがよい」
太乙真人は翠に口訣を伝えながら、玉鼎真人にうなずく。翠は宝貝に集中しながら呟いた。
「虚」
いつの間に近づいたのか、玉鼎真人が斬仙剣をふるう。しかし今度は抜かずに鞘に収まったままだった。
「え、何? きゃっ! ……あれ?」
太乙真人の向こうに立っていたはずの玉鼎真人が、音も無く突然真横に現れ、鞘に入っていたままとはいえ剣らしきものを振るったことに悲鳴をあげるが、その後にあるはずの衝撃がなく、翠は戸惑った声をあげた。
「儂の剣筋が見えているとは……良い目をしておるな」
玉鼎真人は、碧に光る翠の瞳を見ながら満足そうにうなずいた。
「試すなら言ってください!」
翠は抗議するも、結果には驚いていた。
「それが『虚』衝撃を吸収する術式だ。元に戻すには縮むように念じながら霊気を送ればよい」
太乙真人は結果に満足そうだ。どちらにも翠の抗議は届いていないようだ。
元の大きさに戻した翠は、新しい功夫扇で、一通りの型をなぞってみる。
「ほほう、そのように使うのか。よい体術だ」
「満足したか? 元の扇は俺の宝貝の材料にもらうぞ」
玉鼎真人は感心したよう翠の演武を鑑賞し、太乙真人は興味なさげに、他の小物を見ながら言う。
「ぜんぜんだめです。満足できません。私の功夫扇を返してくださいっ!」
「なんだと?」
太乙真人が不機嫌もあらわに問い返す。
「小娘の功夫扇とやらと、同じ形、大きさ、拵えを備え、さらに術式で身を守れるようにまでしてあるのだぞ? 何が不満なんだ」
「軽い」
端的に翠は言い返す。
「軽い? 重いよりはよいのではないか? 先ほどの演武でも振り回していたではないか。軽いほうがいいのだろう?」
太乙真人は訳が分からないとばかりに返す。
翠は八卦掌の術理と、特注功夫扇の効果を説明しようとするが、思い直し少し考えたすえに切り出した。
「確か……『降魔杵』という宝貝がありましたよね?」
「『持つ者には羽毛のように軽く、敵を打つ時は泰山のように重くなる』というあれでござるな」
「誰に聞いている。知らぬはずはなかろう」
「そうか。なるほどそういうことか。太乙の。おぬしらしからぬ失敗をしておるぞ」
雲中子が宝貝の説明をし、玉鼎真人が指摘する。
いぶかしげな顔をしていた太乙真人は、何かに気づいた。ぶっきらぼうにつげる。
「一柱香まて」
太乙真人は言い残すと、扇型の宝貝を持って、洞府の奥に消えていった。
奥に消えた太乙真人を見送りながら翠はあらためて雲中子に尋ねる。
「雲中子様。話の流れでここまで来ましたが、そもそもなぜ私はここにいるのですか?」
雲中子は、一連の下手人に上手く逃げおおせられたのでは? と絶妙なタイミングで消えた太乙真人を恨みながら翠をみやる。玉鼎真人もそういえばなぜ? という顔をしてこちらを見ている。深いため息をつきながら雲中子は語る。
「翠殿。先ほど今は革命中であるということを伝えたでござるよね」
「はい。商の紂王の治世というお言葉から考えて、三千年の未来に伝わっている殷周革命だと思い、確認しました」
「そうでござったか。三千年もの未来まで語り継がれる革命になったのでござるか……であれば、革命の顛末も伝わっているでござるか?」
翠はためらいながらも、言葉を選びながら応える。
「すべての事象について事細かに伝わっているわけではありません。革命が成功すること、それまでに大小いくつかの戦いがあったことが伝わっており、歴史の一部として学びました」
「ほほう。翠殿は優秀な史でござったか」
優しいまなざしで翠を見る雲中子。
「翠殿にとっては『綴じられた史実』なのでござるな。革命の顛末を識るものがこちらの陣営に現る。これも天命かもしれないでござるな」
雲中子は続ける。
「今は、佳夢関の魔家四将と交戦中でござる。先日までは免戦牌を掲げて時間稼ぎをしてたでござるが、玉鼎殿と清虚殿(清虚道徳真君)が各々の弟子を援軍として寄越してくれたところでござる」
「楊戩様と黄天化様ですね!七十二の変化の術を駆使するという楊戩様と、莫邪の宝剣の使い手の天化様!」
「したり。翠のは、儂の弟子まで知っておるのか」
何故か気勢のあがる翠に引っかかりを覚える雲中子。玉鼎真人はうなずきながら感心しきりだ。
「儂の弟子は、優秀なのだが、なぜか肉体の鍛錬だけはしないのじゃよ。師としてはそこが心配でのう」
「楊戩殿は、『仙名(清源妙道真君)』を持ちながらも洞府を開かず、道士のまま弟子として玉鼎殿を支えている孝行ものの弟子でござるよ。参陣後すぐに、魔家四将の宝貝である、『花狐貂』を討伐し、『混元傘』を奪取してくるという武勲もござる」
翠は楊戩が筋肉ではないという情報にどこか安堵しながらも、すでに魔家四将戦線は終盤に差し掛かっていることに気づいた。魔家四将戦の顛末について思い出し、動揺しながら雲中子を問いただす。
「こ、黄天化様は? ご無事ですか?」
「無事もなにも、今日、軍に合流したところでござる。しかし、これまでの苦戦から、こちらの戦力をどうしたものかと、太乙殿と相談していたのでござる」
翠はまだ推しが戦場に出ていなかったことに、ほっとした表情ながらも首をかしげる。
「それが……なぜ私がここにいることにつながるのですか?」
雲中子は気まずい表情を浮かべながら続ける。
「翠殿は、太乙殿の弟子である哪吒殿をご存知でござったな」
「はい。この革命でも大活躍すると後世でも有名です!」
「悪名でなければよいのでござるが……その哪吒殿の宝貝を新しく作ることを期待して相談したのだが、太乙殿は、魔家四将に手を焼いている理由は、李家は三兄弟だからで、真に強いのは四兄弟だ と結論づけたのでござるよ。」
「は?」
「なんと!」
翠と玉鼎真人はあっけにとられる。
「そうなるでござるよなぁ。貧道もなぜその理屈になるのかがよく分からなかったでござるよ。敖家の四海竜王殿たちも引き合いにだしてはござったが……で、哪吒殿を蓮の核で再生させたことにならい、翡翠蘭を核に、李家の四人目を生み出そうとしたのでござる」
「へっ? そんなぽんぽんと勝手に生み出してよいものなのですか?」
「そうでござるよな。貧道も犬や猫の子でもあるまいしと思ったでござる」
頷きながら、雲中子は続ける。
「折しも、この革命が始まる少し前にのう、『天界交流』が催されたでござる」
「天界交流?」
翠の疑問に、そうであったなと雲中子は説明を加える。
「一章……おおよそ十九年に一度な、『界』が揺らぐのでござるよ。翠殿は『蝕』をご存知でござるか? 日輪がその御顔を隠されるときでござる」
「あ、はい。その『蝕』であれば知っています」
「本当に翠殿は優秀な史でござるなあ。で、その『蝕』が近づくとな、ここ『崑崙山』も翠殿の『高天原』も、『常若の国』から『黄金郷』、『桃源郷』と、ありとあらゆる天界、仙界の『界』が揺らぐでござるよ。そうなると、界を越えて行き来できるようになるでござる」
ここに来て仙人の口から聞く、まさかの世界規模の説明についていけず、翠の気が遠くなりそうになる。
「じゃが、単に行き来できるようになるだけではござらんかった。どのような理かは分からないでござるが、最も揺らぎが大きくなる地は、その『界』そのものが裂けてしまいそうになるのでござるよ。時には暴れる龍脈を鎮め、時には消えて無くなりそうになる龍脈に力を注いで、『界』が裂けてしまうのを防いだでござる。そのため、各『界』から最も揺らぎが大きくなる地に力あるものが集い、その『界』を安定させたのが天界交流の始まりでござった。それがいつしか、『蝕』を乗り越えた後は、互いの術や力、宝貝などを見せ合って、次の『蝕』に備えるようになったでござるよ」
雲中子の語るスケールの大きさに魂魄が封神台に向かう寸前となる翠。かろうじて、繋いだ意識の片隅で、翠は日食に関するニュースなんてあったかな? と思いながら質問する。
「そ、その『天界交流』と私に関係があるということですか?」
「いや、そうではござらん。太乙殿がな、前回は、西域の果ての常若の国というところに出向いておってな、色々な宝貝や術式を持って帰ってきたでござるよ。よほど試してみたかったのか、碌に検めもせずに自らの術式に組み込んだのでござるよ」
翠は、太乙真人を「説明書を読まずに電化製品を使うタイプ」だなと断定しながら、合わせて現代で最後にみた風景を思い出す。八卦図に楔型文字のようなものが刻まれていたことを。
「あれかぁ……でもそれでなぜ私が?」
「翠殿にも心当たりがござったか。で、術式を発動したところに、そこの玉鼎殿が酒遁で強引にこの洞府へと飛んできて、術式が暴走したのでござるよ。あとは翠殿も知る通りということでござる」
玉鼎真人は、瓢をあおり、明後日のほうを向いている。
「儂は、太乙のが、西域の果てで『えーる』とかいう新しい酒…いや、西域の果ての『天界交流』の話を聞こうとだなぁ……」
翠が冷たく遮る。
「もういいです。整理すると、戦力補強のため、李家の四人目をどうにかしようとして、色々無茶した末の事故の結果として、私がこの時代のここに召喚された ということですね」
「はい。そうでござる。申し訳ないでござる」
雲中子が頭を下げる。玉鼎真人もそれに倣う。
「となると、もとの時代に戻る術もない……と」
悄然と翠が呟く。脳裏には家族や、大学の友人、師匠の顔が浮かんでは消える。親友の教えでは、こうした話に巻き込まれたときは、大抵戻る手段がないというありがたくもない講釈も思い出す。
「『太極図』や、『崑崙鏡』であればあるいはというところでござるが、今の状況では難しいと思うでござる」
雲中子が一抹の希望を語るが、今は難しいという。更には語りだす。
「貧道は、不慮の事変であっても翠殿がここに来たのは偶然だけではないと思うでござるよ。翠殿の武術や、市井の民とは思えない霊気の運用、この革命の顛末を識っているということ。もしかすると、何かの天命を与えられたのかも知れないと考えた方が、正しい気がするでござる。何かを成すためではござらんか?」
それは突然のことであった。天啓を受けたのか、はたまた何処かの星から指令が届いたのか。翠の理系脳ではない、サブカル脳が高速で回転を始め、早口で呟きだす。
「何かを成す、天命……まって、これはもしかすると、公式(歴史)がくれた最大級のチャンス? 私の推し『天化様』の死亡フラグをへし折っれってことね? 新しいルートが解放された? ご褒美は、弟の天祥君もセットに……」
人は他人の業はよく視えるが、自分の業の深さには気づかないものである。
「み、翠殿? どうしたでござるか? 天命だと押し付けようとした貧道が悪かったでござる。一緒に帰る術を考えるでござるので、気をしっかり持つでござるよ!」
悄然とした様子から一転、思いつきで宝貝を創作するときの嬉々とした太乙真人の雰囲気を醸し出し始めたことに、言いようのない運命の卦を感じ、慌てふためく雲中子。
「分かりました雲中子様! まずは革命を終わらせることを第一としましょう。これから起きるであろう、ある程度のことでしたら、私も覚えております。事前に適切な対処ができれば、被害を少なくできるかと。ただ、私は市井の民ですので、仙人様たちの戦いにどれだけ貢献できるか……」
「えええ? 気落ちしていたのではなかったのでござるか? 戦う気満々でござる!?」
自分は何か引いてはいけない卦を引いてしまったのではないかと、冷や汗を垂らしながらも、当初の目的は達成できそうだと己に言い聞かせ、雲中子は話を進めることにした。
「話が早くてよかったでござる。翠殿には申し訳ないが、李家の末娘としてこちらの陣営に加わってもらいたいのだがよいでござるか?」
「はい! お任せを!」
「ふむ。話がまとまったようで良かったのう。修行じゃ」
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
もし「面白かった」「続きが気になる」と思っていただけましたら、下部にある【ブックマーク】や【☆☆☆☆☆】の評価で応援していただけると、執筆の大きな励みになります!




