第四幕 絶望の十絶陣 其の九
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書き溜めたストックが尽きそうなので、次回の更新より少し間隔をあけさせていただきます。
(詳細は後書きで)
※本作は『封神演義』の世界を舞台にしつつ、現代的な言葉遣いや独自の歴史解釈を多分に含んだ「IFファンタジー」です。神仙たちのシリアスな戦いと、メタ的なコメディ要素のギャップを笑って楽しんでいただければ幸いです!
其の九 逍遥の見分、暗禍を誘う
■ 威風堂々たる十絶陣にて
**時は殷周革命中。静まり返る十絶陣の入り口**
翌日、日も昇り切ろうかというころ、楊戩と哪吒を連れた姜子牙が十絶陣の前に姿を現した。
払暁とまではいかずとも、夜明けとともに現れるだろうと待っていた秦天君。見事に待ち惚けを喰らわされた格好となったが、そのようなことはおくびにも出さず、笑みを湛えて出迎える。
「よく参った、姜道友。十絶陣の玄妙に畏怖し、良く眠れなかったようですね?」
「ごきげんよう秦道友。いやいや、数多の破陣の術からどれが良いかを選んでおれば、暁を覚えずと言ったところでのう。年寄りにはちと堪える故、少し休んでからとさせてもらった次第。遅参許されよ」
悪びれもせず返す姜子牙。さもあらんと頷く楊戩と、事前に教えられた通り、にこにこと無邪気な笑顔の哪吒。その堂々たる様子に、さしもの秦天君も『まさか本当に策があるのでは』と虚を突かれるも、いやいやさにあらずと思い直す。
「ほ、ほう。それは頼もしいことですな。それでは早速、どの陣から見分されるか?」
「ふむ。どれもこれも中々に趣向を凝らしたようですな……どうであろう、こうして案内してもらっているのも何かの縁。まずは秦道友の陣を見せてもらえぬかのう」
「おおっ! 事の始めに、貧道渾身の天絶陣を所望されるか。善哉、善哉。付いてまいられよ」
最初の見分に選ばれて気を良くした秦天君と、それに続く姜子牙一行は、西北に位置する天絶陣に入って行った。
一刻ほど天絶陣を見分した後は、袁天君の寒氷陣(西)、趙天君の地烈陣(西南)、柏天君の烈焔陣(南)と逆行の順に巡っていく。各陣の見分には、その陣を構築した道士が入れ代わり立ち代わり現れて、自らの陣の素晴らしさを説明するのであった。
烈焔陣を見分し、陣から一行が出てくるころには、既に日が傾き、黄昏時を過ぎて宵の口となっていた。今日中に見分を終わらせ、明日からは決戦と意気込んでいた秦天君。陣の半分も見分が終わっていないことに気が急くが、『気のすむまで見分してよい』とした手前、急げとも言えず、煩悶としている。
そんな秦天君の焦燥を知ってか知らずか、のうのうと姜子牙は宣う。
「秦道友。今日は随分と良い陣を見分させてもらった。次の陣を、と言いたいところだが、すでにもう宵の口。これでは、折角の至高の陣を存分に見分することもかなわぬ。残りはまた明日ということでよいだろうか?」
陣に入れど、つぶさに見て回るでもなければ、道友達の説明に、矢継ぎ早に問い詰めるようなこともない。ただ逍遥と、時には漫然と陣内を徘徊しているようにしか見えなかった姜子牙一行。誰のせいだと問いただしたい衝動をぐっと堪えた秦天君は、うやうやしくも鷹揚に頷いて応える。
「そのようですね。残りの陣はまた明日にでも見分するとしましょう。今宵はゆっくりとお休みください。……明日は『日の出とともに』見分を始めれば、残りの陣もすべて見分できるでしょう」
今度はしっかりと念を押す秦天君。姜子牙はからからと笑って返す。
「ふむ。そうしたいのは山々であるがのう。今日見分した陣も見事な出来。思い返すだけでもまた、暁を覚えず……(ギロッ)……というわけにもいくまいな。あい分かった。日の出じゃな」
堂々たる遅参宣言を秦天君の殺気の籠った視線で封じられた姜子牙は、渋々ながらも日の出とともに訪問することを約束し、西岐の陣営に戻っていった。一行を見送った秦天君も踵を返し、成湯軍の陣営へと戻った。
■ 戦々恐々たる丞相府にて
**時は殷周革命中。静まり返る丞相府**
十絶陣の見分を切り上げた姜子牙一行が丞相府に戻って来た。姜子牙は、それまでの好々爺とした表情から一転、憂鬱に沈み込んだ面持ちで、楊戩に問いかける。
「玉虚宮からの報は?」
「そ、それが……」
主より、一足先に陣営に戻っていた哮天犬から符を受け取った楊戩。哮天犬の頭を撫でながら符を検めるなり、その整った眉を寄せ、困惑の表情を浮かべて報告する。
「玉虚宮からは、『明後日まで待て』と。広成子師伯を筆頭とした十二仙の援軍が来られるそうです」
「なんじゃと? それは思っても見なかった朗報だわい……何か腑に落ちないことがあるのか?」
十二仙が救援に駆けつけてくれるという望外の吉報に、姜子牙は素直に胸を撫で下す。しかし、なおも浮かない顔の楊戩を見て首を傾げた。
「はい……あまりに早すぎはしませんか?」
「何がじゃ?」
「師父たちの援軍でございます」
「師兄たちであれば、崑崙山からここまで一日と掛からんであろう?」
師兄達の援軍という百万の兵にも勝る吉報に浮き立つ姜子牙には、楊戩の危惧が届かない。楊戩は言葉を継いだ。
「援軍の陣容が決まるまでの手回しの早さに驚いているのです。お一人、お二人でしたらともかく、元始天尊様の高弟たる十二仙全員となると……」
「我が師父が一声おかけになれば即座に決まるのではないのか?」
「だとしても、です。玉虚宮から召令の符を飛ばし、各自の洞から玉虚宮に集結する時間もさることながら……何より私の師父や、太乙師伯が、ただの召令に素直に従うとは思えません」
弟子としてあるまじき暴言を聞いたような心地になった姜子牙であったが、楊戩の理路整然とした指摘に「確かに……」と言葉を詰まらせる。だが、今は救援が来るという事実のありがたさが勝っていた。
「そうは言うが、とにかく明日一日持ちこたえればよいということじゃ。幸い、残り六つの陣の見分が残っておる。日の出とともに見分を始めても、今日と同じように逍遥として過ごせば、明日も見分で終わらせられよう。それよりも、師兄達をお迎えする蘆蓬席の設営が先決じゃ。楊戩、すまぬが明日は陣の見分ではなく、そなたが指揮をとって蘆蓬席を設営してくれ。頼んだぞ」
「畏まりました。ではその手筈で準備いたします。見分のお供には李家三兄弟をお連れになりますか?」
「いや、哪吒だけで十分じゃろう。そなたが観ても理解できぬのなら、他の誰を連れていっても同じじゃ。それよりは、蘆蓬席の設営に人手を割くべきじゃな」
「それでは不用心に過ぎませんか? 武威というなら哪吒で十分でしょうが、敵が絡め手で来た場合、危険では……」
全容が窺い知れぬ十絶陣に対し、せめて木吒も連れて行ってはと言を重ねる楊戩。
「思い返せば、見分の順からして何かあるかと。艮(西北)から入り、坎(西)、巽(西南)と八卦次序を逆行したかと思うや、卦位を乾(南)に移す。何か企んでいるのでは?」
「ふむ。楊戩の言に一理ある。しかして、方位の並びとして見る限り、儂はさほど奇異とは感じぬぞ。艮(西北)、坎(西)、巽(西南)とくれば乾(南)。不思議ではない。もっとも、左旋していることこそが肝要ではないか? 明日の見分の続きが兌つまり東南であれば……じゃな」
罠の可能性を示すも、姜子牙は頑なに首を縦に振らず、蘆蓬席の完成を最優先とする姿勢を崩さない。仕方なく楊戩は折れ、蘆蓬席の準備のため退席することとした。
房の外では、哪吒が静かに警護を行っていた。楊戩は挨拶がてら、哪吒に明日の見分の件を伝えようと近づくと、珍しく哪吒から声をかけてきた。
「楊戩師兄、援軍は翠妹のお手柄だよ」
哪吒の不意の一言にはっと目を見開く楊戩。
(そうか……件の少女は、この革命の大筋を識っているのであったな。なれば、師父達が即座に動くのも頷ける)
それどころか、此度の十二仙総出の援軍は、師父達から玉虚宮に働きかけたもの――そう考えれば、この周到すぎる手回しの早さにも合点がいく。その可能性に思い至らなかった己の不明を恥じ、楊戩は密かにまだまだ未熟だと反省するのであった。
「そうだね。聞こえていたのなら話は早い。明日の師叔のお供は頼んだよ」
「任せて」
「頼むよ」と小さく頷いた楊戩は、蘆蓬席の設営に向かって歩き出す。哪吒はその後ろ姿を、いつもの無邪気な瞳で見送るのであった。
■ 謀略の渦中たる十絶陣にて
**時は殷周革命中。静まり返る十絶陣の入り口**
明けて翌日、払暁を過ぎ、陣地に日の光が差さんとするころ、姜子牙は哪吒のみを伴い、十絶陣を訪れた。なんだかんだと言い訳を行い遅参すると見越していた秦天君。遅参どころか、約束を守り、日の出とともにやってきた姜子牙を意外に思いながらも受け入れる。
「ようこそ姜道友。約束通り日の出とともにおいでいただけましたな……ところで楊道友の御姿が見えませんが?」
「おお、楊戩は……た、体調が悪くてのう、哪吒のみを連れて参った。よしなに頼む」
最も警戒すべき姿が見えないことを不審に感じる秦天君。とってつけたような言い訳が、かえって怪しさを増す。凡人ではあるまいし、仙号まで贈られているほどの道士が一夜にして体調を崩すことなどありえない。
そもそも、陣の見分に伴っているのが知の雄ではなく、武の雄のみを伴うとは何を企んでいるのか。全く理にかなっていない。それとも自らの知に自信があるというのか?
こうなると、約束の刻限をきっちり守ってきたことすら、何かの策ではないかと疑心暗鬼が膨らんでいく。
「そうでしたか。それは不運でしたな……今日は、昨日とは趣向を変え、陣の中央から見分いただこうと考えておりましたがいかがですかな?」
「手間をかける。よしなに」
八卦次序を意識させるため、昨日は方位を左旋に巡っており、今日は兌(東南)に位置する董天君の風吼陣からの予定であった。しかし楊戩の姿が見えぬことで、一計を案じる。急遽、中央の離(東)よりに位置する、孫天君の化血陣から巡ることとした秦天君。
「失礼」と姜子牙に断りを入れ、二枚の符を虚空へと投じる。一枚は孫天君、もう一枚は姚天君宛だ。もっとも、昨日の陣巡り中も次の陣に符を送っていたため、姜子牙と哪吒は、単なる次の陣への先触れと思い込んでいる。
一方、突如として秦天君からの符を受け取った姚天君。
符には風吼陣ではなく、化血陣から見分を始めること、そしてその間、姜子牙の周辺に、『七十二変化の術』を駆使した楊戩が潜んでいないかを輔眼で見極めよ、との指示が書いてあった。
――万一、楊戩の不在が確となれば、かねてよりの『あの術』を行使せよ、とも。
中央に位置する陣にやってきた一行。入り口には『化血陣』と記された牌が掲げられている。これまでの陣と同様、陣主たる孫天君が待っており、一行を中へと誘う。一頻り陣の説明が終わったあと、姜子牙と哪吒は陣内を逍遥と巡りだす。ふと姜子牙は違和感を感じ、秦天君の顔を見つめる。
「ふむ、姜道友。どうされましたかな?」
「いや、大したことではない。昨夜にくらべて秦道友の眼が穏やかであるなと思っての。なんぞ気掛かりが晴れ申したかの。善哉。善哉」
流石は音に聞く大軍師。僅かな機微を読まれてしまった秦天君。しかしさる者。しれっと返答する。
「いえいえ。今日も夕刻ともなれば、貧道の眼はまた険しくなろうというもの。しかしてまだ日は昇り始めたばかり。ごゆるりと見分されよ」
「はっはっは。肝に命じよう。して、先ほどから気になることがあっての。ご教示いただけぬか?」
昨日は何も尋ねてこなかったのに、今になり何事と身構える秦天君。孫天君と顔を見合わせる。
初めての事態に恐る恐ると孫天君が応える。
「貧道で答えられることであればの。いかがしたかな姜道友」
「ふむ。なんてことはないのだが、先ほどから坎(西)の壁の上がぴかぴかと光っていての。何じゃろうかと」
言われて坎(西)の方位を見る秦天君と孫天君。事情を知らぬ孫天君は「はて?」と首を傾げるが、坎(西)に位置する陣が落魂陣であること、落魂陣の陣主である姚天君に指示を出した秦天君としては、心当たりがありすぎた。思わず「あっ」と声をあげてしまう。
秦天君の声に咄嗟の反応を示した哪吒。すぐさま姜子牙の前に立ち、火尖鎗を構える。
「何事?」と秦天君を詰問する。火尖鎗を突き付けられた秦天君は、頭だけゆっくりと振り向き、意味ありげに離(東)の方位の空を見上げる。その後哪吒を確認するように視線を下に向ける。つられた哪吒は振り返り空を見上げてしまった。
「眩しい!」
無造作に日の光を見てしまい目が眩む哪吒。しまったと慌てるも、秦天君は、何もせず振り向いて背中を見せたままだ。更にもう一度、ゆっくりと頭を巡らせたあと、またゆっくりともとの方を向いて頷いた。
「あれは、寒氷陣の氷の山ですね。日の光を氷の山が映しているのですよ」
「昨日は無かったはずじゃが?」
「昨日の姜道友は、日が昇り切った後に訪ねてこられたではないですか。今と日の位置が違いますよ。もう少し日が昇れば気にならなくなるはずですよ」
からからと笑い説明する秦天君。
「これはしたり。詮無きことを申した。許されよ」
詫びを入れる姜子牙。哪吒も火尖鎗をしまい無礼の謝罪をする。
「それで……まだ化血陣の見分を続けますか? 次の陣に向かいますか?」
「ふむ。せっかくじゃて、もう少し見分させてもらうとするかのう」
内心、大量の汗をかいていた秦天君であったが、「それではごゆるりと」と許可を出し、孫天君とその場を少し離れた位置に歩いて行った。
時は少し遡る。
秦天君からの指示を受けた姚天君は困り果てていた。照妖鏡ではあるまいし、無理を言う。
確かに天命を持たない者はいない。だが、いつでも輔星が見える訳でもないのだ。天命が尽きるにしたがい、その輝きを増し、瞬くのだ。そうでないものは暗くて見えない。
しかし、楊戩の不在を確かめぬまま術を仕掛けるのもまた、危険にすぎる。十中八九見破られるであろう。まず視えぬであろうが、視ないことには始まらないと、化血陣の方を見る姚天君。
しかして、当たり前ではあるが、自陣の壁と化血陣の壁に阻まれ、姜子牙たちの姿すら見えない。
一体どうしろというのだ。秦天君からの無理難題に途方に暮れた姚天君。そのまま空を仰ぎ見る。
だが、向いている方位が悪かった。燦燦と輝く日の光をまともに見てしまう。あまりの眩しさに目を瞑っていても瞼の裏がチカチカと光る。しかして姚天君は天啓を受けた。
「そうだ、昏くて見えないなら、もっと強い光を当てればいい!」
姚天君はすぐさま金光聖母に符を飛ばす。照天鏡ならあるいはと考えたのだ。
ほどなく落魂陣に姿を現した金光聖母。
「なんだい、賓坊。藪から棒に妾の鏡を貸せだなんて。これは妾の陣の要となる宝貝。失くされると困るんだよ」
「ごめんよ、朱姐。強い光が必要なんだ」
姚天君は金光聖母に事情を説明する。
「なんだい、董天君の風吼陣が静かだと思っていたら、そんなことになっていたのかい」
「仕方ないねぇ」とぼやきながらも照天鏡を操る金光聖母。するすると落魂陣の上空に照天鏡が舞い上がる。
「見えたかい?」
「もう少し下に傾けて」
「映すのは良いけど、姜子牙たちに感づかれやしないかい?」
「その時は完兄に任せるよ」
「賓坊は良い性格しているよ」
「無理を言う方が悪い……見えた!」
姚天君の声に合わせ、照天鏡を操る金光聖母。
「で、楊戩は居たのかい?」
金光聖母の問いにふるふると首を横に振る姚天君。
「楊戩の姿は見えなかった。今日はお供していない」
「そうかい。なら饗応の支度をしないとね。ここまで協力してやったんだ。仕損じるんじゃないよ」
そう言い残して自陣に去る金光聖母。
姚天君はいそいそと催魂灯を三つ、促魄灯を七つ取り出した。どちらも魂魄に作用する宝貝だ。件の術式は、催魂灯の下を潜らせ、促魄灯の上を跨がせることで、魂魄と宝貝を縁付ける。さらに、草で編んだ人形にその人物の身体の一部を取り込ませることで起動する。後は一日に一つ灯りが消え、十日目に全て灯りが消えることで成就する。
少し考えた姚天君は、陣門の横木に催魂灯を燈し、促魄灯はこの時代には珍しい閾の下に設置したのだった。
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