第四幕 絶望の十絶陣 其の八
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※本作は『封神演義』の世界を舞台にしつつ、現代的な言葉遣いや独自の歴史解釈を多分に含んだ「IFファンタジー」です。神仙たちのシリアスな戦いと、メタ的なコメディ要素のギャップを笑って楽しんでいただければ幸いです!
其の八 錯綜の謀略、賽を投げる
■ 絶望を眼前にした西岐城にて
**時は殷周革命中。静まり返る丞相府**
なんとか丞相府に戻った姜子牙。しかしてその顔面は蒼白で、眼は虚ろながらも何かを探しているかのように落ち着きがない。危うさを感じた楊戩が、静かに問いかけた。
「姜師叔。先ほどはどれも馴染みの陣立てであるとのことでしたが、貧道は道が浅くどの陣も初見。その玄妙たるや想像もつきません。明日の見分には是非とも随行し、陣立てを解き明かしていただきたく」
問われてしばし、宙に視線を漂わせていた姜子牙。やがて意を決したように楊戩に向き直る。
「そなたよりも道の浅い儂に分かるわけがなかろう。あの場はああでも言わなねばすぐさま攻め寄せられよう……咄嗟の虚勢よ。見抜かれておろうがの……彼奴らも、こちらに調子を合わせたところを見ると、他に何か謀っておろう。こうしてはおれん、すぐに玉虚宮に使いを出さねば。すまぬが哮天犬を玉虚宮へ走らせてくれ」
「承知しました。何方を救援として乞いますか? 白鶴童子であれば、伝言も確実かと」
「構わんよ。元始天尊様に伝われば、然るべき御方が救援に寄越されよう。それまでの時を稼がなければな」
頷いた楊戩は哮天犬を袖からそっと解き放ち、玉虚宮に向かわせた。
(さて、師父にも符を飛ばさなければ……む? 確か翠殿はこの陣の理に詳しき様子であったな。なれば金光洞にも符を飛ばしておこう。放っておいても絡んできそうではあるが、手を拱いているだけでは面白くもないからな)
楊戩は、待ち人がこちらに向かっているとはつゆ知らず、二枚の符を静かにしたためた。
■ 十絶陣に沸く成湯軍にて
**時は殷周革命中。成湯軍の軍営**
十絶陣の陣立てが終わり、最初の一仕事を終えた十天君。意気揚々と軍営まで戻って来た。
出迎えた聞仲太師、早速とばかりに慰労の宴を設ける。太師秘蔵の仙酒が振舞われ、座が温まり、多少の酔いが回れば、多少の不満が漏れるのも仕方なきこと。やがて柏天君が口火を切る。
「のう、秦天君や。今日のこの場で決着をつけなかったのは何故だい? あの子牙の様子だと分かった振りをしているだけで、我らが陣を破ることはできなかったろう。さすれば、この酒は勝利の美酒となっていたと思うのだが?」
幾人かの道士はそうだと言わんばかりに頷いて秦天君を見る。聞仲太師もさもあらんとばかりに頷くが、理解も示す。
「ふむ。儂は道友たちの助けを受ける身故、あまりこの陣については口を挟まぬが、柏道友の言には一理ある。さりとて秦道友が単に臆病風に吹かれたとも思えぬ。何か深謀遠慮があってのことと思うがいかがか?」
一同の注目を受けているところ、更に聞仲太師から水を向けられた秦天君。手にした杯を一息に飲み干すとおもむろに語りだした。
「柏道友。君の言う通り……とはならないだろう。考えてもごらん。弟子を理不尽に害されたと、復讐に囚われた十二大仙が相手となると、こちらも無傷とはいかないだろう?」
「そ、そうは言えども全滅させてしまえばよかろう? 死人になんとやらというやつだ。やつらが救援に駆けつけようとも、それまでに全滅させてしまえばなんとでもなる」
虚勢は承知の上でなおも言い募る柏天君。つと秦天君は姚天君を見る。
「どうだったであろう姚道友。君のその眼でみた崑崙の門徒たちは? 天命は尽きていたかい?」
秦天君の視線の先の姚天君。ふるふると首を横に振る。急に集まった視線に些か居心地が悪そうだ。
「ぼ、僕の『輔眼』には、一人だけしか視えなかった。子牙は瞬いていたが、あれは天命が尽きるのではなく、寿命の灯が揺らいでいたのだろう」
「ほう。一人は視えたのか? 誰だい?」
秦天君も興味を持ったようだ。
「さ、さあ。名乗りを揚げてないから分からない。玉麒麟に跨って、空から姜子牙を守っていた若い道士だ」
「ふむ。……玉麒麟ということは飛虎の倅のことだろう! 素直に役目を全うしておればよいものを」
姚天君の言に応えたのは聞仲太師。かつての友の長子となると敵ながら不憫になる。
「ところで、その姚道友の『輔眼』とは、何が視えるのだ? 話の筋からするとあまり良くないもののように思えるのだが……」
怪訝な面持ちの聞仲太師。
あらたに杯を満たしながら秦天君は語りだす。
「そうだったね。聞道友には話をしてなかったからね。道友は、寒い季節に北の空を見上げることはないかね? 『七元解厄星君』のことなのだが」
「うむ。軍の運行でも方角を知る術の一つじゃからな。今は見えぬが、寒い季節にはよく見上げるとも」
「なら『九皇星君』は?」
「儂も道士の端くれ……なんと!? 『輔眼』とは『左輔星』の魔眼のことか!」
「御明察。姚道友の眼には、我らを開陽、聞道友には武曲と言ったほうが馴染みがあるかな? と見立て、輔星が瞬いているか、視えるかで天命が尽きそうであるかどうかを知ることができるらしい」
「天命が尽きるかどうかが分かるとは……なんとも怖ろしいのう」
静まり返る一同。確実な未来が一部でも分かるということは、それほど怖ろしいことだ。
「なるほど。故にあの陣立てなのじゃな。あれは八卦でもなく奇門遁甲にもあらず。落魂陣を守る陣ということじゃな」
「うむ。西方教の秘奥『曼荼羅』という術を基に編み出した陣だ。彼奴らが奇門遁甲だと思い込んでくれればよいのだがな」
秦天君と聞仲太師が陣の理について言葉を交わしていると、姚天君が震える声で控えめに断りを入れた。
「あ、あの! だ、大事な話があります」
「ふむ。申道友の献策の件かね?」
「そ、それもですが、も、もっと大事な話です!」
らしくない姚天君の剣幕に、宴の空気が緊張する。秦天君が怪訝そうに杯を置いた。
「なんだい。話してごらん」
「……は、はい。金鰲島にいるときは、誰の頭上にも何も視えなかったのに、今は、今は……」
姚天君は一度言葉を切り、右目を隠し、左目でぐるりと宴の席を見渡した。自分の勘違いであって欲しいと願いが込められているのか、真剣な表情だ。彼の左目が妖しく光る。しかしてその瞳に映るのは、秘蔵の仙酒に酔う道友たちの姿だけではなく、彼らの天命が尽きようとしていることを告げる不吉な星々の輝きだ。
「陣立てを終え、ここへ戻ってくるときからです。……皆の頭上で明滅を始めたのは……」
「……真か!?」
「はい。陣を敷く前には微塵も視えなかったものが、完成した瞬間に……まるで、あの陣が我らの命を『刻み』始めたかのように……」
静まり返る軍営。先ほどまでの酔いは醒め、皆は姚天君を凝視している。
秦天君は姚天君の輔眼の理、そして通天教主からの報から一つの結末に辿り着く。その結末に背筋に冷たいものが走るのを覚えるが、皆の手前、動揺を見せるわけにはいかない。
「……となると、教主様のお言葉は戯れではなかったということか……」
「どういうことだ?」
「聞道友は、島を離れて幾歳。教主様の報を受け取っておらなんだのだろう。此度の革命。何か腑に落ちないことが多くないかね?」
「ああ、此度、道友たちの合力を得なければならなくなったことが最たるものだ。何故か西岐を闡教が助けている。人界の富貴に興味はないはずじゃがの」
「流石は聞道友。正鵠を射ているよ。天帝の思し召しで、三界にそぐわない力を持つものを神として封じることになったらしい。だから教主様からは、大難に会いたくなければ、革命が終わるまで島を出るなと言われていたのだよ」
秦天君の言葉を聞いた聞仲太師、雷に打たれたかのように立ちすくむ。
「ま、まさか儂の願いが道友たちを死地に追いやったということか!」
秦天君は首を横に振る。
「だとしても、我らの聞道友に合力したいという思いは変わらぬよ。それに……だな、昨日までは無かったものが陣立てをするやいなや明滅を始めたという。これは裏を返せば、ここから離れて、島に帰れば消えるやもしれん」
「だとすれば、今すぐ帰るべきだ! 反乱軍の鎮圧も大事であるが、道友たちの命で賄うなどありえん」
聞仲太師は説得を続ける。
「何、今日の陣立てで姜子牙は慎重にことを運ぼうとするはず。時が稼げれば戦いの風向きも変わるもの。後は儂に任せて、皆は島に帰るのだ」
「ひ、一つ策があります」
おどおどと姚天君が提案する。
「ふむ。そうであったな、申道友からの献策もあったな。で、姚天君はなんと言われたのだい?」
「ふん。あの者は気にくわん。大方、道を外れる策だろうよ」
聞仲太師は憤懣やる方ないといった様子だ。
「はい。『姜子牙は分不相応にも元帥の地位に就いている。しかしこれを逆手にとって、奴を暗殺してしまえば、軍は瓦解する。古来より『蛇、頭なくば這えず、軍、主いずんば乱れる』というであろう』と。僕の宝貝『催魂灯』と『促魄灯』を駆使すれば容易いかと」
「やはり……姚天君の宝貝を知っていたのだろうね。それが狙いか。それはそうと、申道友の左輔星は瞬いていましたか?」
ふと気づいたように尋ねる秦天君。
「はい。煌々と……僕には天命を察し、それに抗っているように見えました」
「そうとは言え、我らを巻き込んでいいとはならん! やはりあの時、素っ首をねじ切ってやればよかったわい」
聞仲太師の怒りは収まるどころか更に燃え上がる。
しばらく何かを算段するかのように宙に視線を送っていた秦天君。やがて意を決する。
「誰かが敷いた盤に乗るのも癪ではあるけど、他に手がなければいたしかたなし。姚天君。
明日の見分が終わったら、術に取り掛かってくれ」
■ 崑崙山、玉虚宮にて
**時は殷周革命中。崑崙山の一房**
初めて味わう感覚。臓の腑が瞬く間、意思に反して持ち上げられるような感触に顔を顰める道士。それを取り繕いながら虚空を跨ぎ、薄暗い房の中へと入室する。その後ろでは役目を終えた宝貝『玄鑑象帖』が、もとの漆黒を取り戻す。使い方の符とともに届けられた宝貝をもってして、初めて入ることのできる特別な房。初めて入る房を見渡したい衝動を堪え、気配を頼りに師のいるであろう方向を向き拱手する。
其は暗く固く閉ざされた房であった場所。光の逃げ場もなかった虚空をほんの少しだけ退ける数個の宝珠。一つは琥珀、一つは翡翠、一つは夜光珠と、先達を優しく照らしている。特に師の周りには二柱の道士が控えているためか、取り分け明るい。なぜ遊床に座している師の後ろに直立しているかは不明ではあるが……灯りの数と気配からして自分が最後ではなかったことに何故か安堵を覚えながらも挨拶をする。
「清虚道徳真君、師父の御召しを奉じ、まかり越しました。拝謁を賜りたく」
「ふむ。主が最後じゃな。広成子や、皆に事の次第を」
何かの術なのか、横たわった玄鑑象帖に肘をつき、両の手を合わせ指を組み、口元を隠している元始天尊。その威容に気押されながらも、疑問が口を衝く。
「いえ、まだ太乙真人殿や玉鼎真人殿の姿がないようですが……?」
いつもなら何かと目立つ二柱の姿がない。元始天尊の高弟十二仙への招令なのでは?と暗に含ませる。
「いや、清虚君が最後で相違ない。太乙君からの符による招令なのでね。太乙君と玉鼎君は雲中子師伯とともに、ことにあたっている。我々はこれから来る救援依頼の対応について話をするのだよ」
何故か、遊床に座する元始天尊の右斜め後ろに控えた広成子の言が房に響き渡る。
「少しお待ちを。『これから来る』とのこと、どういうことです?」
清虚道徳真君の言葉に頷く面々。広成子は表情を想定済みの問と受け流す。
「どうもこうもそのままの意味ですよ。これから子牙君が率いる西岐軍と聞仲君が率いる朝歌の軍の戦いに、金鰲島の道士たちが参戦し、截教の秘奥ともいえる陣を敷くそうです。子牙君や、楊戩君でも破れそうにないので、こちらに救援を頼みに来るというものです」
「いえいえ、先ほどうちの天化を西岐に戻したが、そんなことは何も言ってませんでしたよ?」
「だから言ってるではありませんか。これから来る……と」
なおも言い募る清虚道徳真君に対して、諭すように返す広成子。
「であれば、太乙殿は未来視の秘奥なりを会得したとでも!?」
「さあどうでしょう。太乙君は、彼の戦女神とも懇意にしておりますし、その伝手で『因果溜』の遺物をいくつか手に入れている。この玄室も、この『玄鑑象帖』も、その遺物をもとにした彼の宝貝です。未来視の秘奥などかわいいものの気もしますが……今回は別でしょうね」
広成子は碧眼の少女を思い浮かべながら清虚道徳真君や、他の面々にも言って聞かせるように話す。
「まあ、彼ら三奇仙の奇特な行動はいつものことでしょう」
(いや、今の貴方たち三矩仙もでしょ?)
相変わらず、元始天尊の後ろで話す広成子、更にその後ろで直立不動で立つ赤精子を除く、他八柱の気持ちが一つになった瞬間であった。
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