↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異聞!封神演義 哪吒の妹  作者: 古書堂 箕風


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

22/28

第四幕 絶望の十絶陣 其の七

第四幕 其の七の投稿となります。よろしくお願いします。

ブックマークの登録、ありがとうございます。

※本作は『封神演義』の世界を舞台にしつつ、現代的な言葉遣いや独自の歴史解釈を多分に含んだ「IFファンタジー」です。神仙たちのシリアスな戦いと、メタ的なコメディ要素のギャップを笑って楽しんでいただければ幸いです!

其の七 十絶陣の悪夢、破滅を詠《うた》う


■ 暗雲に纏われし西岐城にて

 **時は殷周革命中。成湯軍の再寇《さいこう》**


 黒麒麟に跨りし道士が、十頭の魔鹿と、それに騎乗する十人の道士を率いて、東の空より西岐城を目指し矢のように空を駆けていると、物見から報を受け取った木吒。すぐさま迎撃せんと風火輪を取り出した弟の首を鷲掴みにしたまま、丞相府へと伺候《しこう》する。騒ぎを聞きつけた金吒が弟たちと合流を果たす。


「木吒。如何にした?」

「大哥。聞仲太師が十騎の騎獣とその主たる道士らを率い、急襲せし模様」

丞相府へと急ぎながら応える木吒。


「真か?」

「ええ、黒麒麟を駆るなど、聞仲太師に相違ありません。加えて従う十頭の魔鹿も、左道の輩とはいえ、侮《あなど》りがたき大敵です。なんとしても戦端を開くことは先延ばしにしなくては……なのにこの考えなしは!」

そう言って哪吒を小脇に抱えなおすと、その可愛いお尻をぴしゃりと打つ。

「ごめんよ二哥ー。もう行かないからおろしてよ」


「しかし困りました。如何にして楊戩道兄と繋ぎを取ればよいのやら。道兄の哮天犬がいればいいのですが、その道兄がここにいない……やはり符を飛ばすしかないのか?……」

兵の伝令に比べるまでもなく、符の伝達とて神速に類するが、今は一刻を争う火急のとき。どうしたものか、更に戦力は減るが、哪吒を風火輪で走らせるかと考える木吒に軽く言葉がかけられる。


「哮天犬が入用かい?」


「だから、その哮天犬の主の楊戩道兄がいないって……道兄!?」

振り返ると果たしてそこには乾元山に向かったはずの楊戩の姿があった。

「まさに天の配剤。助かりました! 聞仲太師がおそらく金鰲島の左道を引き連れての襲来です。天化道兄に繋ぎをとってもらえませんか?」

「天の配剤……ね。確かに私は太素宮からこちらに来たのでそうと言えばそうですね」

はははと、普段の楊戩には似つかわしくない渇いた笑い。何があったのだろうか? 詮索はすべきではないとの警鐘に従い、ただ頷く木吒。


「そうそう、天化きゅんなら、清虚師伯と紫陽洞に戻っていたけど、こちらに向かっているはずだよ」


「楊戩道兄! だから『きゅん』は止めてくれと言っただろう!」

果たしてここに玉麒麟に跨った黄天化も合流し、崑崙の門徒が一同に会したのであった。


西岐城の城門より一里ほど手前に降り立った聞仲太師と十天君。たかが十騎と侮るなかれ、一度《ひとたび》戦端が開かれると、西岐城の三軍などまたたく間に灰燼に帰すは必定。されど座して死を待つわけにもいかず、哀れ城門を守護する将が、恐怖に身を震わせながらも誰何《すいか》する。


「ふん! 儂の顔をもう見忘れたか。儂は成湯軍の太師、聞仲であるぞ! 姜子牙をここへ参らせよ」

大音声《だいおんじょう》ではないのに、何故か城門を守る兵士全員がしかと聞いたその声は、まさしく聞仲太師。これは一大事と丞相府へと伝令が向かおうとしたその時、城門の向こうより、崑崙の門徒らより報せを受けた姜子牙が四不象に跨り、その門徒、さらには黄家一門を従えて堂々たる出陣を果たした。


出陣した姜子牙、半里を置いて聞仲太師と相対するも、その異様な気配に戦慄を禁じ得ない。そこは愁雲《しゅううん》が惨々(さんさん)と漂い、迷霧《めいむ》が飄々(ひょうひょう)と立ち込め、弔《とむら》いの風が切々と吹きすさぶ。聞仲太師に従うは九人の道士と一人の道姑。全員が魔鹿に跨り、一柱一筋の黒気《こっき》をたなびかせている。気炎万丈《きえんばんじょう》ならぬ黒気万丈《こっきばんじょう》といったところか。聞仲太師の黒麒麟を先頭に二手に分かれた雁行《がんこう》の陣で西岐軍一行を出迎える。


成湯軍側の威容に圧倒されつつも、さてどうしたものかと姜子牙が策を巡らそうと聞仲太師の背後に陣取る十柱を見やると、聞仲太師のすぐ後ろの道士が進みでて、姜子牙に一礼する。


「騎乗のままで許されよ。噂に名高い四不象の主。あなたが姜子牙殿ですな?」


「いかにも。戦場の習《ならい》にて騎乗のままで許されよ。貧道、崑崙山は元始天尊が弟子の末席を許された、姜子牙と申す」

姜子牙も一礼を返す。


「ところで、二紀(二千年)は経たであろう立派な角を持つ白鹿跨りし道兄は、どこの名山に由来するお方ですかな?」

「貧道、金鰲島《きんごうとう》は白鹿島《はくろくとう》で長生術《ちょうせいじゅつ》を練《ね》る錬丹師《れんたんし》、秦天君と申す」


仙界に疎い姜子牙。名乗られても何処の誰だか分からない。このような時に頼りになる楊戩は背後に控えているため、聞けもしない。そんなことはおくびにも出さず、さもすべてを見通しているかのように宣《のたま》う。

「なんと、貴殿があの噂の……ご雷名はかねがね」


敵方とはいえ、持ち上げられて悪い気はしない。少し気配が丸くなるも秦完は続ける。

「貴殿は、崑崙山の闡教門下であろう。なぜ、我らが截教の門人に仇《あだ》なす。我らが道《タオ》を侮るか? 事の次第によっては許せんぞ」


確かに今は聞仲太師と敵対しているが、これは闡教門下としてではなく、西岐の軍師としてである。聞仲太師も成湯軍の太師としてなので、この文句はお門違いであろう。そう考えつつも、陣容では圧倒的に不利だ。見えないが、門徒たちの息を呑む様子は伝わってくる。最悪に備え、門徒たちだけでも脱出させたいところではあるが、おそらくはそれを望まないだろう。やはりここは穏便にやり過ごさなければと、姜子牙は角を立てないよう言を重ねる。

「貴教を侮辱した覚えはないのだが……何か行き違いがあったかもしれん」


「戯言《ざれごと》を! 九竜島《くーろんとう》の四聖を害し、封神台とやらに送ったのは違うとでも言い張るつもりか!」

激昂する秦完。先ほどまでの丸くなった気配は何処へやら。立ち昇る黒気の濃さが増す。呼応するかの如く背後の黒気も濃密なものとなる。聞仲太師はと目を向けると憤怒の形相だ。これは虎の尾を踏んだなと察した姜子牙。何故かその脳裏に、弟弟子の――白い騎獣がよぎるが、今はこの死地をどう切り抜けるかを思案する……が、意外にもこの死地を脱する活路は敵方からもたらされた。

 

「今、我ら十天君が罷《まか》り越したのは、この不毛な争いを一気に終わらせるため。ただし! 凡夫の如く武勇を頼むは、仙人の所業にあらず。品がない。それぞれが研鑽した秘術で片を付けようではないか」

降って湧いた幸運か。この場で数と力に押されることはないらしい。しかして姜子牙は悩む素振りで尋ねる。

「承った。して、どのように研鑽した秘術を競わせるのだ?」


秦完は策が成ったとほくそ笑む。

「我らは金鰲島にて、十の陣形を練ってきた。明日よりここに展開するゆえ好きに見るがよい。殺生を好まぬ天帝の仁徳を傷つけ、罪のない凡夫まで巻き込むのは見るに忍びない。武力に頼らず、己が術をもって陣を破るがよい。いかがか?」

姜子牙は今の死地を脱したことに安堵を覚えながらも、飄々と返す。

「あい分かり申した。明日より、陣地が形成されしだい、まずは見させていただくとしよう。今日のところは引き上げるがよいか?」

「もちろんだとも。我が截教はみだりに殺生をしたり、数にものを頼むようなことはせぬからな」




■ 泰然の乾元山・金光洞(魔窟)にて

 **時は殷周革命中。決意の翠、十絶陣攻略の準備中**


 十絶陣の攻略を決意した翠。

だが、この決意に水を差すかの如く、俄かに周囲に酒精の香りがただよう。


またもや玉鼎真人か? と二柱と一人が周囲を見渡すが手掛かりがない。すると、浮いている玄鑑象帖に波紋が現れ渦巻いたかと思うと、一人の男を吐き出した。それは果たして意識なくぐったりとした玉鼎真人であった。なにやら背中に符が貼りついている。


『此厭還去 汝胡狂態』(もういらない、これは返す。お前は何をやっているんだ?)


意識がないというよりは痺れて動けないのか、微かなうめき声をあげる玉鼎真人に近づいた太乙真人は符を見てため息をつく。

「『いらない』とはな。呼び出した折が悪かったのだろう。雲霄洞も召喚しておったからな。しかし、『何をやっているんだ』とは何のことか……」

そこで玉鼎真人を吐き出した玄鑑象帖を見やる。

「……ふむ。あの房を覗いたのか。翠! どうやらお前の未来の識が、伝令《つかい》の笑府《しょうふ》を突いたようだぞ」

悪戯に成功した童のような表情を向ける太乙真人。翠は何のことかは分からないが、色々と聞かれたことに応えた何かが功を奏したのだろうと勝手に納得をする。


甲斐甲斐しく玉鼎真人を介抱する雲中子。手当が功を奏したか、玉鼎真人が目を開く。

「わ、儂、生還……」

「無事とは程遠いでござるよ。また余計な一言が出たでござるな?」

目を逸らす玉鼎真人。


「再びの斬仙剣の上での翻天でな、儂は仙気闘法の玄妙を体得したのじゃ。喜びのあまり、油断してもうたわい」

「ふむ。そうでござったか。玄妙を得たとは善哉、善哉でござる」

「応よ。翠のの『二指禅』と言ったか。あれのお陰よ」

そう言って体の痺れがとれたのか立ち上がった玉鼎真人。仙気を巡らすと大河のような仙気の奔流が立ち昇る。


「よく視ておれ」

そう言うと、大河のような奔流がみるみると鳴りを潜める。


「む、まだ本調子でないでござるか?」

「雲中のよく視るのじゃ」

元気そうな応えに安堵する雲中子。しかし玉鼎真人の真意が掴めず首を傾げる。


横でやり取りを見て居た翠、玉鼎真人の行動に思い当たり密かに眼《まなこ》に気を巡らす。

「ぎょ……『見《けん》』っ」

翠の視界にはうっすらと仙気を纏う玉鼎真人と、その指先に途轍もない濃度に圧縮されたであろう仙気が視えた。


そんな翠の様子を見ていた二柱。目に仙気が集まっているのを見て取ってなるほどと頷くと、瞬時に己の目に仙気を集中させる。流石は本家といったところか、二人の視界も翠が見ているものと同じものが見えるようになった。

「ほほう。これは便利じゃの」

「すごいでござる翠殿! このような仙気の使い方があったとは」

無邪気に喜ぶ二柱を見て少し残念に思う翠。

(なんだ、仙気を目に集めたりする運用って初歩の初歩だったのね。長年の功夫が実ったかと思って損しちゃったわ)

本家本元の仙人と同じ仙気の運用ができる自身の異常さを、指摘できるものがいない悲しさか。明後日の方向に思い違いをする。


うっすらとした仙気までが見えるようになり、気を良くした玉鼎真人。今度もそのまま壁を向くと、すぅっと二本の指を伸ばしたまま壁をゆっくり突くと、そのまま指先が壁に入っていく。

「ほれ、この通り、岩も切れるわい」

そう言ってゆっくり横なぎにすると、今度は壁に指の太さぐらいの線が引かれたかのように抉《えぐ》れた。


その神技とも言える光景を冷ややかに見ていた太乙真人。

「そうか。仙気闘法の玄妙を得たか。ならその披露に格好の盤がある。翠と十絶陣を破ってこい。帰ったらその穴を埋めておけよ金霞洞」


太乙真人の氷のような冷ややかな対応ぐらいでは反省しない玉鼎真人。今度は翠に向かって教えを乞う。

「翠の。お主、剣舞を披露したときに、片手で剣を振るって、逆手は『剣指《けんし》』と言ったか、二指禅のような形をしたであろう。あれをこの仙気でするというのはどうじゃ?」

「玉鼎師叔。やってみなければなんとも……私は剣舞こそできますが、実戦で剣を使ったこともなく、人を斬ったこともありません。『試合』という腕試しで、直前で止めることならありましたが、私の経験した実戦……とは到底いえないです。ただの捕縛か無手での打ち払いだけです」

翠の告白に顔を見合わせる三柱。太乙真人と雲中子は、先の翠の決意の理由を知る。


「……確かに、先の魔家四将との戦では、直接干戈を交えてはおらなんだな」

「常なら称賛されることでござるが、今は戦いの最中《さなか》。まずいではござらんか?」

「太乙のが寄越した羽扇の宝貝……だけではどうにもならんか? あれも打つだけじゃのう」

想定外の事態に頭を悩ませる三柱。翠も一度は決意したものの、乗り越えなければならない壁の高さにできるのかと自問する。


「そうじゃ、十絶陣に出陣するとなれば、お主たちの練っていた破天の計はできたのか? なら無理に敵を封神台に送ることもせんでよかろう?」

これで解決だと言わんばかりの玉鼎真人。

「まだだ。紫陽洞の弟子の因果が思ったより厄介でな。まずは十絶陣で封神台送りになるはずのものが、そうならなかったら、封神の術理や、天命がどうなるのか? を見ることになった。特に金霞洞、翠の識によると、お前は十絶陣に名がなかったからな」

「迂遠なことを……」

「仕方ないでござる。これがどうなるかで、翠殿に取らせる手が変わるでござるからな。慎重に越したことはないでござる」

「玉柱洞。お前も翠について金霞洞と十絶陣を破ってくれ」

「太乙殿は来ないでござるか?」

「ああ、今のあやつの得物だけではな……先に行っておいてくれ。後から俺も行く」




■ 怪気炎立ち昇る成湯軍にて

 **時は殷周革命中。成湯軍十絶陣準備中**


 翌日、鄧忠《とうちゅう》に率いられた将兵と合流した聞仲太師と十天君。再び西岐城の城門近くに現れると、今度は三里(約900m)ほど離れた場所に布陣する。戦鼓が鳴らされ、雄叫びがあがる。その様子に頷いた聞仲太師、営舎を設営させ、十天君を招き入れる。

「さて、我が成湯軍も合流したゆえ、すぐにでも布陣に取り掛かれよう。何とでも申してくれ」

「いえ、それには及びません。強いて言うなら、もう一里(約300m)下がって見分されるがよいかと」

秦完はそう聞仲太師に告げる。


「まずは我ら十天君の十絶陣を持って、闡教徒を退けましょうぞ。聞道兄は、その後ゆるりと反乱軍を鎮圧されるがよろしい」

「いや、しかしそれでは道友たち……」

「まあ、見ていなされ。董天君!」

言を遮られる聞仲太師。そのことよりも何よりも、いつにない前のめりな姿勢の秦天君に違和感を持つ。しかし、闡教との決戦を前に昂っているのかと考えなおし、そういうことならと軍を更に一里下がらせる。


指名を受けた董天君は「応!」と言って、無人の荒野に進み出る。

西の空に向かって一礼し、禹歩《うほ》を踏む。

其が描く軌跡は、西方は白虎七宿《びゃっこななしゅく》が第六宿である觜宿《ししゅく》。

歩み終えると袖に隠したる手印を切り、西岐城に向かって朗々と詩を吟じる。


「風翻萬里 (風、万里を翻し)

 逆巻長空 (深淵なる空すらも、逆巻いてみせよう)

 地崩山摧 (地は崩れ、山は砕ける)

 不見人蹤 (もって人影を認めることすらあたわず)」


恍惚たる表情で詩が紡がれ、最後に「吼《こう》」の一字を吐く董天君。


やにわに一陣の突風が吹き荒れ、董天君と西岐城の間に竜巻が顕現する。

瞬く間に竜巻は消え失せるが、竜巻が顕現した跡地には草木一本ない、不毛の大地が顔を覗かせていた。上空から見る者がいれば、直径一里の真円を見てとることができるだろう。その様子に満足げに頷く董天君。

「善哉、善哉。趙天君、出番ですぞ」


「応!」

次に進み出るは、名指しされた趙天君。

北の空に向かって一礼し、禹歩を踏む。

其が描く軌跡は、北方は玄武七宿《げんぶななしゅく》が第四宿である虚宿《きょしゅく》。

歩み終えると袖に隠したる手印を切り、西岐城に向かって跪《ひざまず》き、両手を大地に添え、朗々と詩を吟じる。


「地脈揺動 (大地の地脈を揺るがさん)

 山嶽昇騰 (山嶽が如く、隆起せしめよ)

 坤軸裂開 (龍脈すらも切り開き)

 神威無窮 (その威は天すらも凌駕せしめん)」


大地を握りしめる両の手は震えるも離さず、地の奥底より語り掛けるように詩を紡ぐ。

最後に「烈《れつ》」の一字を吐く趙天君。


趙天君の足元に地割れができると、あたかも意思を持つかのように大地を駆け抜ける。やがて地割れとそれによる隆起により、成湯軍と西岐城の間にできた直径一里の真円の円周上の八卦の方角それぞれに、三丈(約5m)ほど隆起した、おおよそ三十丈の方陣が整えられた。更に中央には陰陽の如く、三十丈の方陣も二つ整えられる。そしてそれらを繋ぐかの如く、円周と、円の中心から各陣に向け巾三丈高さ三丈の道が繋がる。更には、中央の二陣を守るかの如く、小さな八角の道も繋がった。


眼前でいとも容易《たやす》く、繰り広げられる天変地異。朝歌の軍に合わせ出陣した黄飛虎率いる西岐軍は、畏れのあまり、城門前まで退避する。城壁から事の成り行きを伺っていた姜子牙と崑崙の門徒も、桁外れの術に何度も息を呑むばかり。


しかしこれで終わりではないとばかりに各方陣の上で魔鹿に跨り浮かんでいる十天君。先ほど術を行使した董天君も趙天君も涼しい顔で浮いている。上空の魔鹿から降りた十天君は、すうっとそれぞれの陣の中央へと降り立つ。


艮《ごん》(西北)の方角の陣に降り立った秦天君が、西の空に向かって一礼し、名乗りを揚げる。

「我は秦天君。天を絶する陣を敷くものなり」

傲然と踏む禹歩が描く軌跡は、西方は白虎七宿が第七宿である参宿《しんしゅく》。

歩み終えると袖に隠したる手印を切り、天の将星も照覧あれとばかりに天に向かって朗々と詩を吟じる。


「天絶地枯 (天絶すれば、地、枯れ果てる)

 地絶人亡 (地絶すれば、人、尽(ことごと)く亡く)

 人絶魂散 (人絶すれば、魂、霧散し原初に還る)

 乾坤一空 (世界は一つの虚空なりし)」


仕上げとばかりに投ずるは、三本の籤《せん》。秦天君が「絶《ぜつ》」の一字を吐くと、みるみると大きくなり、やがて三竿(かん)の幟《はた》となり、陣中央に聳《そび》え立つ。それぞれには「天」、「地」、「人」と描かれていた。満足げに頷いた秦天君。袖から取り出した羽扇を掲げると、今度は幟を中心に周囲をぐるっと撫でる素振《そぶ》りをし、またもや「絶」の一字を吐く。

すると今度は幟を中心に、直径二十丈ほどの円周をどこからともなく現れた陣幕が覆う。これは高さ二丈ほどではあるが、外からは中が見えなくなった。


「これにて、我が天絶陣は万全と相成った。凡夫の徒は挑むべからず。我こそはと思う才人のみ参られよ」


高らかに宣言する秦天君。もう一度周囲を見回し頷くと、魔鹿に跨り、成湯軍の方へと去っていった。


次に降り立ったのは袁天君。

坎《かん》(西)の方角に舞い降りる。またも西の空に向かって一礼し、名乗りを揚げる。

「我は袁天君。万物を凍てつかせる陣を敷くものなり」

粛々と踏む禹歩が描く軌跡は、西方は白虎七宿が第五宿である畢宿《ひっしゅく》。

歩み終えると袖に隠したる手印を切り、寒々とそれでいて戦場に浸透するように詩を吟じる。


「風雨凍刃 (降り付ける雨を凍らせて刃となさん)

 雷鳴牙氷 (降り落ちる雷を氷らせて牙となさん)

 千刃築骸 (千の刃が築きし骸の山)

 乾坤一凍 (世界は一つの凍獄なりし)」


仕上げとばかりに投ずるは、植物の花弁か。太乙真人がこの場にあれば、その花弁は雪蓮花《せつれんか》に由来するものと看破できたやも知れぬが、生憎《あいにく》この場に立ち会っておらず、また城壁から見分している姜子牙や崑崙の門徒には荷が重い。袁天君が「凍《とう》」の一字を吐き捨てれば、投じられた花弁はみるみると巨大化する。それはあろうことか、二十丈ほどの氷晶で編まれた蓮の蕾がごとき異形として顕現した。


「これにて、我が寒氷陣は万端整うた。凡夫の徒は入ることもできぬだろうて。入ったとて……ではあるがな。何時でも参られるがよい」


くつくつと笑う袁天君。魔鹿に跨り、成湯軍の方へと去っていった。


三度目に降り立つは柏天君。

乾《けん》(南)の方角で佇んでいる。その者も南の空に向かって一礼し、名乗りを揚げる。

「我は柏天君。万物を灰燼に帰す、焔《ほむら》の陣を敷くものなり」

猛然と踏みしめる禹歩が描く軌跡は、南方は朱雀七宿《すざくななしゅく》が第三宿である柳宿《りゅうしゅく》。

歩み終えると同時に手印を切り、陽炎《かげろう》の向こうの西岐城を睨みつけながら、詩を吟じ始める。


「天劫火覆 (天は劫火に覆われ)

 地業火燎 (地は業火に燎かれる)

 真火灼魂 (真火は魂を灼き)

 乾坤一燼 (世界は一燼に帰す)」


仕上げとばかりに袖を振る柏天君。陣の中央に忽然と姿を現したのは、精緻な石玉とともに設《しつ》えられた盆景《ぼんけい》であった。瑞々しい子供の手を思わせる独特の葉を茂らせた植物が植えられているのが見て取れる。雲中子がこの場にあれば、側柏《このてがしわ》の盆景とはなんと雅なと評するだろうが、生憎《あいにく》この場に立ち会っておらず、また城壁から見分している姜子牙や崑崙の門徒には雅を解する風流に達するにはまだ幾歳《いくとせ》。柏天君が「烈《れつ》」の一字を吐き出せば、忽《たちま》ち側柏が燃え上がり、その燃え盛る姿はまるで三竿の幟のよう。更には、それを囲うが如く、烈火が壁となり聳《そび》え立つ。


「これにて、我が烈焔陣は永熾《えいし》とならん。凡夫の徒は近寄るべからず。触れなば忽《たちま》ち灰燼《かいじん》と化さん。備えられる者のみ参られよ」

傲然と言い放つ柏天君。魔鹿に跨り、成湯軍の方へと去っていった。


四度目に舞い降りたるは金光聖母。

離《り》(東)の方角で艶然と佇む。この道姑も東の空に向かって一礼し、名乗りを揚げる。

「妾は金光聖母。裁きの光を遍《あまね》く降らす陣を敷くものなり」

逍遥と踏みしめる禹歩が描く軌跡は、東方は青龍七宿《せいりゅうななしゅく》が第五宿である心宿《しんしゅく》。

歩み終えると、袖で口元を隠しながら手印を切り、忽然と東の空に現れた大火を見詰めながら、詩を吟じる。


「星辰煌集 (星辰の煌きを集め)

 風束断罪 (風で束ねしは、罪を糾(ただ)さんがため)

 血拭地罰 (血で贖(あがな)いしは、地に堕ちた罰)

 乾坤一光 (世界はただ一条の光に帰す)」


仕上げとばかりに掲げるは、何やら曰くありげな豪奢な鏡。これまでの陣は玄妙故か、今一つ確固たる自信をもって看破できずにいたが、流石の楊戩もこれには気づく。

「なぜ、太素宮の秘宝である照天鏡《しょうてんきょう》が!?」

楊戩の叫びに、さらに艶然と微笑みながら頷く金光聖母。よくできましたと言わんばかりだ。掲げた照天鏡に、大火から一筋の光が差す。待ってましたと金光聖母は「像《しょう》」と、艶のある吐息ともに吐き出す。なんとしたことか、更に二枚の照天鏡が現れ、紅い光を反射する。それは更に四枚、八枚、十六枚と増える。その度に紅い光は反射を繰り返し、いつしか無数の照天鏡とそれを結ぶ紅い光で作られた壁となす。


「これにて、妾の金光陣は万事整うたぞ。痴れ者は断罪の光にて罰せられ、大地に血を吸わす羽目にあおうぞ。余人訪るべからず。妾の待ち人のみぞ入られん」

どこか恍惚と言い放つ金光聖母。魔鹿に跨り、しずしずと成湯軍の方へと去っていった。


都合、四陣が敷かれし戦場。対してまだ六柱の道士が宙に待機している。これまで艮(西北)、坎(西)、乾(南)、離(東)と八卦の理に従わず、首を傾げる姜子牙と崑崙の門徒。次はどこだと各々が注視するも当てが外れて絶句する。


なんと六柱同時に着地し、それぞれの宿星に礼をし禹歩を踏みしめていた。


兌《だ》(東南)の方角に董天君。禹歩が描くは青龍が七、箕宿《きしゅく》。

坤《こん》(北)の方角に王天君。禹歩が描くは玄武が五、危宿《きしゅく》。

震《しん》(東北)の方角に張天君。禹歩が描くは玄武が一、斗宿《としゅく》。

巽《そん》(西南)の方角に趙天君。禹歩が描くは白虎が四、昴宿《ぼうしゅく》。

中央の北側に姚天君。禹歩が描くは朱雀が二、鬼宿《きしゅく》。

中央の南側に孫天君。禹歩が描くは白虎が一、奎宿《けいしゅく》。


各々の宿を招き、詩を吟じれば、絶望を招く重奏が戦場に響き渡る。

「蒼颯萬里 (蒼龍の咆哮、万里を駆け)……」

「血河滔々 (血の河は滔々と流れ)……」

「天斗零砂 (天の柄杓より零れ堕ちたる砂)……」

「蒼穹穿昴 (蒼穹を六連(昴)が穿ち)……」

「天黄昏隠 (天の黄昏に隠れしとも)……」

「月下茫漠 (月明りのもと見渡す限りの砂)……」

最後に各々が口訣を吐き捨てると、魔鹿に跨り成湯軍の方へと去っていった。


眼前で繰り広げられた驚天動地の天変地異。もはや凡夫の理解を超越している。城壁から事態を見守る西岐軍の将兵は、一部を除き、ただ息を呑む置物と化している。

そこへ魔鹿を駆り秦天君が再度戦場に現れる。


「さてさて、如何かな我が截教の玄妙なる十の陣は。そなたたち闡教では見分叶わぬであろう。そこでじゃ。慈悲の心で、そなたたちに十の陣を見分する機会をくれてやろうと思う。明日の払暁《ふつぎょう》から黄昏《たそがれ》までは陣を止めておいてやろう。存分に見分すればよい。陣比べはその後じゃな。心配は無用ぞ。我らは騙し討ちなどはせんからな」


言いたいことを一方的に話す秦天君。あまりの言い草に哪吒と金吒が飛び出そうとするもそれを押しとどめる木吒と黄天化。姜子牙は見たこともない陣立てに頬を引きつらせながらも虚勢を張る。

「心遣い感謝する。秦道友。どれも馴染み深い陣とお見受けする。玉虚宮の庭かと思い違いをしたほど。しかしながら何かしらの工夫を見落としては失礼というもの。明日はゆるりと見分させていただく」


「はっはっは。剛毅なものよ。流石は音に聞こえし軍師殿。陣比べが楽しみじゃ」

秦天君はそう言い放ち、今度こそ成湯軍の方へと去っていった。

最後までお読みいただき、ありがとうございます!

もし「面白かった」「続きが気になる」と思っていただけましたら、下部にある【ブックマーク】や【☆☆☆☆☆】の評価で応援していただけると、執筆の大きな励みになります!


次回は明日23時に更新予定です。引き続きよろしくお願いいたします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。