第四幕 絶望の十絶陣 其の六
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※本作は『封神演義』の世界を舞台にしつつ、現代的な言葉遣いや独自の歴史解釈を多分に含んだ「IFファンタジー」です。神仙たちのシリアスな戦いと、メタ的なコメディ要素のギャップを笑って楽しんでいただければ幸いです!
其の六 真実の残酷、奮起を嗤う
■ 泰然の乾元山・金光洞(魔窟)にて
**時は殷周革命中。千客万来の金光洞、三矩仙退散後**
黄竜真人の煙術と、去り際にそれを使った煙遁による煙がゆっくりと晴れていく。視界の明瞭さと引き換えたのか、今度はいいようのない虚脱感が金光洞を覆う。
「ふぅー……上手く話を逸らせたようでござるな」
かいてもいない汗をぬぐうように、大仰に額を腕で一撫でする雲中子。
「え、今の緊迫したやり取り中に、わざと話を逸らしていたのですか?」
この時代にもその仕草はあるんだと感心しながら質問をする翠。
「ふん。因果溜より持ち帰った『榜』を隠すことで精一杯だったがな。まさかお前の宝貝で、焼き払われた前庭の荒れようが役に立つとはな……まさに禍福は糾える縄のごとし、か」
常ならば用意周到に備え、万事にあたることを旨とするが故の嘆きか。臨機応変の対応となったことに対しての反省か悔悟か、いつになく謙虚な太乙真人。
招かねざる三矩仙の追及を逃れた安堵からか、少し弛緩した会話が続く。
「あの最後までお話されていた少しくすんだ白色の道服の方が広成子様、九天玄女様に呼び出されたのが赤精子様、最後に煙管からの煙に消えたのが黄竜真人様であっています?」
「ほう、お前の時代では煙管を『きせる』と呼ぶのか。ならこれからはあいつに渡した煙管を『きせる』と呼ぶことにしよう」
「翠殿、くすんだ白とは本人の前では言ってはならんでござるよ。あれは胡粉と言って、格の高い色でござるからな。無用の波風は立てないに限るでござるよ」
雲中子は広成子の道袍の色の由来について注釈を添え、太乙真人に向き直る。
「それから太乙殿もでござる。『きせる』とは何のことだと詮議されたらどう応えるでござるか? 先の劣勢も、さすがは広成子殿も貫禄の尋問ではあったが、大勢は太乙殿の油断でござるよ。ちらちらとあの『ウジャトの目』で広成子殿が術を編んでいないか確認しておったようでござるが、なんのことはござらん、太乙殿の墓穴を指摘していただけでござるよ」
それから洞内を見回し、榜や扶桑の若木などは片付けられていることを確認する。
「大方、榜に仕込む術式を編むのに時を忘れ、広成子殿たちの訪問への対応が遅れたというところでござろう?」
「お蔭様でな。あとは翠の識によって、誰のどの座を消すかを決めればよいまでになっておるわ。だが、黄家は今のままでは無理だな。天命の糸の絡みが抜きん出ている。これでは、因果律の琴線が奏でる和音が消せん。延いては封神榜の術式そのものが失われるだろう」
「そんな……」
肩を落とす翠。そんな翠を見兼ねてか、雲中子は一計を案じる。
「太乙殿。盤の見え方を変えてはどうでござろう。まずは差し迫った十絶陣とやらの被害を、翠殿の識通りにするのではなく、被害を抑えて勝利してはどうでござろうか?」
「ふん。榜への細工をせずに天命を回避させてみるというわけだな。どうなるか興味はある」
「そうか! 私の知る誰が封神されるかの『識』は、ここだけの秘密。十絶陣の関係者はそんなことは知らない。だから、本来この十絶陣で命を落とすはずが、命を落とさず生き残ったとしても、誰も不思議には思わない……いえ思えないわ……でもどうやって?」
「簡単なことだ」
太乙真人は、今更何を言っているとでも言わんばかりの呆れ顔で、冷徹な現実を突き付けた。
「お前が代わりに十絶陣を攻略すればいい」
「えー! そんなこと、私にできるわけ……」
先の魔家四将戦は結果として西岐軍を勝利に導く活躍をしたが、あくまで偶然の産物であり、直接干戈を交えたわけではないので、とても初陣と呼べるようなものではない。また、武術の試合は別として、現代日本において、師の巻き添えとはいえ、実践の経験がある翠が特異点であり、それでも捕縛を目的としたものだ。自らの意思で、得物を持って戦いに赴くことに引け目を感じ、及び腰なるのはなんらおかしなことではない。しかしながら、太乙真人、雲中子に、そんな現代の事情が汲めるはずもなく、三奇仙もややもすると一目置いてしまいそうな戦闘力故、容赦はない。
「なんだ、お前は戦うの覚悟がないまま『オシを救う』などと抜かしていたのか? 天命と闘う気概が持てないなら止めて横で見て居ろ。俺が代わりに闘ってやろう。しかし、お前の描く盤面となるか責任は持てんがな」
「太乙殿ー 言い過ぎでござる。翠殿はまだ本格的な道士との戦いは経験していないでござるよ。貧道たちが合力するでござるよ」
太乙真人の不器用な優しさと、雲中子のどんなときも応援するような優しさに包まれた翠。安きに流されそうになるも、オタク脳が咆哮する。「推しの危機を救わないで何が推し活!」優しさの帳を押し開き、目に映る全ての理不尽(天命)へ反逆の狼煙をあげるかの如く宣誓する。
「私がやらいでかっ!」
■ 瑶池、蟠桃園にて
**時は殷周革命中。太素宮の一房**
深い蒼玉のような清水を湛えた盆には、一人の少女が、決意の雄叫びをあげている様子が伺える。無音ではあるが、その生き生きとした表情や動きから、現実のどこかを写し取っていると見て取れよう。そしてその光景を冷たくも慈悲を湛えた瞳が捕らえていた。
「『わ・た・し・が・や・ら・い・で・かっ』……ふふっ。流石は私の見込んだ娘ね。心地よい闘志が伝わってきそうだわ」
誰あろう、戦女神の九天玄女である。そう微笑む女神の背後には、心胆寒からしめる光景が繰り広げられている。屈強な半裸の大男が剣の刃の上で倒立をし、その横では顰め面をした道士がぶつぶつと呟きながら、何かを磨いている。誰あろう、その二人いや二柱こそ、異常な霊圧の赤符によって召喚された、うっかりものたちである。玉鼎真人にいたっては二度目の罰。何かの妙技に目覚めたのか、道を開いたものか、前回の溢れんばかりの仙気は鳴りを潜め、極限まで絞られた仙気が穏やかに薄皮のように彼を包み込んでいる。これでは罰にならないと新しい罰を考えようとはしたが、ふと気になって問いかけた。
「ねぇ、玉……鼎殿。その刃の上での翻天、甚く堂に入っているけど、もしかして翠殿に指南されたものかしら?」
問われた玉鼎真人。顔をこちらに向けるもひどく訝し気だ。
「あら、玉……鼎殿、応えられないのかしら?」
「うむ。いつもと呼ばれ方が違ってのう。儂のことだと気づけんかった。いつもは玉の『ビシッ』痛っ!」
本家の紫電を受け、壁に叩きつけられた玉鼎真人。かろうじて息があることは見て取れるが、身体がひくひくと痙攣している。九天玄女は反対方向に振り替えるも、赤精子はその騒動にも気が付かないほど集中しているのか、何かを磨いている。
(まぁ、そうならざる得ないわね。いくら己の宝貝とはいえ、「陰陽鏡」だもの。磨き方を間違えただけでも命取りになる。今なら封神台へと一直線だものね)
これ以上、玉鼎真人と赤精子を留めておけば、いつまたうっかりが起こるかもしれない危険性に気づいた九天玄女は、私情を挟むことは止めて、二人をそれぞれの居所へ返す算段を考え始めた。
「もう適当に送り返すでもいい気がしてきたわ」
■ 崑崙山、玉虚宮にて
**時は殷周革命中。崑崙山の一房?**
其は暗く固く閉ざされた房。光の逃げ場もない虚空に、突如現れる影。影の登場に呼応するかのように、影の頭上で煌々と輝きだす琥珀の宝珠。しかしてその輝きは決して眩しいものではなく、夜の闇を優しく必要な分だけ退ける。退けられし闇の中から胡粉色の道袍が現れる。
「広成子、帰山し候。師父に拝謁を賜りたく」
広成子の言が房に響き渡るや、広成子を取り巻くように、八枚の四角柱が地面より生えてくる。厚みは一尺、幅は四尺、高さは九尺ほどの大きさはあろうか。磨き上げられた黒大理石が最終的には一尺ほどの高さで宙に浮いている。広成子は慌てるでもなく、拱手して微動だにしない。
そのうち、広成子の正面にある四角柱が、水面に波紋が広がるが如く幾重にも同心円が描かれるがやがて渦巻き、一人の老人の姿をとる。あろうことか、その老人はついとこともなげにその四角柱から広成子の前に躍り出たかと思うと、そのまますうっと真下に直立の姿勢で着地した。ただの老人ではないと思わしきその威厳、にじみ出る風格。誰あろう、元始天尊の降臨である。
「のう、広成子や。お主の報せを聞く前に一ついいかのう?」
「はっ。なんなりと」
「この大層な儀式は必要かのう?」
「……太乙君曰く、『様式美』というものだそうです。師父」
「そうか……『様式美』というものが何かは分からぬが、お主たちが良いのであればいたしかたなしじゃのう」
(決して私は全面的に賛成していません!)
「たしか……こうじゃったかの? 『卓』」
元始天尊はそう言いながら自らが出現した黒大理石を口訣とともにトンと押した。押された黒大理石の四角柱は横倒しになると、みるみると姿を変え、まるで黒檀で作られたかのような漆黒の机となる。更に元始天尊はいつのまに取り出したのか、雲床を取り出しており、その背後に座っている。
「この……宝貝はすごいのぅ」
「……師父。玄鑑象帖です」
「そ、そうであったな。して端歩位座鯨斗であったか?」
「『タンホイザーゲート』にございますれば」
「そうであったな。太乙が因果溜から拾ってきた書に記されていた秘術じゃったな」
「はっ。二つの所を決めなければなりませんが、光遁などと違い、何物にも遮られることなく瞬く間に移動できます。この房のように光すら入ることのできない所にもこうして現れることができますれば、まさに此度の件にはうってつけかと」
「のう、広成子や。もう一ついいかのう?」
「はっ。なんなりと」
「なぜお主は儂の背後に立っておるのじゃ? 話しづらくないか?」
そう。いつの間にか広成子は元始天尊の斜め後ろで、後ろ手を組んで直立していた。
「……太乙君曰く、これも『様式美』というものだそうです。師父。先日、符で知らせてきました。ここで師父と会う際にはこのように振舞うことが礼儀だとのこと。『師の影を踏まず』でしたかな。件の辟邪の瞳の娘が現れた後に知らせてきたので、あるいはその者の進言かと」
元始天尊の座る位置を坤(北)とすると巽(西南)に位置する玄鑑象帖の頂がうっすらと赤く瞬いているが、二柱は気づく由もない。
「……そうか。これもお主たちが良いのであればそれで良いのじゃが。おお、そうであった。で、太素宮の赤符の件、どうじゃった?」
「はっ。嘘は申しておりませんが、全てを語った訳ではないと解しておりますれば。赤精子君が女神の禁忌に触れるところを身をもって再現したので間違いないかと。その後の玉鼎君の二度目となる赤符は理解できませんでしたが……」
ふむふむと髭を撫でつけながら聞いている元始天尊。
「して、件の『辟邪の瞳』を持つという娘さんはどうじゃ?」
「辟邪の瞳に見えることは叶いませんでしたが、おそらくその娘とは邂逅できました。今のところ、女神の庇護は間違いないというところでしょうか」
「大羅天にも困ったものじゃ。玄都と太素宮で言い分が違うからのう。引き続き皆のこと、良しなにな」
「はっ。要らぬ口実を与えぬよう見張りを続けます」
「すまぬのう。お主には損ばかりさせてしまうな……」
「いえ、これは貧道にしかできぬこと」
「そうか……して、三矩仙とはなんじゃ?」
「……そ、それは……」
(それも私が決めたことではありません!)
■ 凶星が集いし岐山にて
**時は殷周革命中。岐山の成湯軍陣営**
聞仲太師が黒麒麟に跨り、颯爽と成湯軍の陣地に戻ってきた。出迎えた将軍たちは安堵の表情を見せるのもつかの間、聞仲太師の後ろに水遁によるものだろうか、十の水柱が立つ。すわ、敵襲かと慌てるも、やがてそれは十柱の容貌魁偉な道士のそれとなる。十天君の到着だ。
動揺冷めやらぬ将軍たちを代表して、弟子の吉立が聞仲太師に拱手する。
「よくぞ戻ってまいられた。さらには斯様に立派な援軍を率いてとは、まこと祝着に存じます」
「うむ。西岐の反乱軍は怯懦にして鳴りを潜めておったようだな。すまぬが客人たちをもてなしてはくれぬか。皆、儂の道友なのでな」
「それには及ばんぞ、聞仲道兄。西岐城はどこにある?」
秦天君が尋ねる。
「はっ。ここより七十里ほど西となります。聞仲太師が陣を去った後、攻められては一大事と十里ずつ退却を重ね、散じた兵たちを集結させておりました」
吉立が師に代わりて仔細を語る。
「ふむ。七十里ともなると、すぐに軍を率いて攻めるというわけにもいくまい。良し、ここはひとつ、我らと聞仲道兄とで西岐城に挨拶に赴くとしようではないか」
他の十天君も口々に賛同を唱える。
聞仲太師もそれは良い案であると、鄧忠を呼び、将兵を集め、すぐに出発するよう指示をする。
弟子に軍令を発した聞仲太師。黒麒麟に跨り、十天君と飛び立とうとしたとき、遮るような虎の咆哮を聞いた。いつの間にやら姿を消していた申公豹が、白額虎に跨り、十頭の蒼鹿、白鹿、五彩鹿を追い立てて来たのだった。
「いや、間に合ったようであるな。重畳、重畳。これから西岐城に赴くのであろう?道友方に贈り物をな」
「白鹿島を経ってから姿が見えないと案じていたのですが、斯様なお気遣いを……かたじけない」
秦天君が一同を代表して謝意を示す。他の道士たちも頭を下げるが、突如として贈られた騎獣に気もそぞろの様子。
「ささ。吾輩のことはよいので、気の合う相棒を見つけなされ。もとはといえば白鹿島とその周辺からかき集めてきたでな」
申公豹に促され、思い思い気になる騎獣に歩み寄る十天君。そんな中、自分の身の丈よりも大きな五彩鹿に苦戦している姚天君に歩み寄り何やら話かける申公豹。
ややあって、騎乗する姚天君を含め、思い思いに騎乗した十天君を満足気に見渡す聞仲太師。
「申道友。そなたのお陰で思いかけず良き陣容となった。感謝する。それでは西岐城に挨拶にゆこうか」
「あいやしばらく、聞道兄。吾輩は同道せぬ方が良かろうと愚考する。姜子牙めは、吾輩の顔見ると、話をするどころではあるまいよ。此度は十天君のお披露目という意味もある。吾輩は軍を守り同道し、十絶陣にて合流しようと愚考するが如何に」
「……ふむ。申道友。そなたの言、一理ある。そうであらば、十絶陣にて合流しようぞ」
「それでは皆の衆、改めて西岐城に参ろうぞ」
そう言って聞仲太師は黒麒麟を駆り空に舞い上がる。それに続くよう十天君もそれぞれの騎獣を駆り、空に舞い上がる。直前、姚天君だけは申公豹の方をみやり、頷いてみせたが、他の九柱は自分の騎獣に集中して誰も気に留めない。
空を駆る十一騎を見送る申公豹。恭しい仕草ではあるが、その瞳には何も映ってない様子。
「策は授けた。後は貴方たち次第ですよ。一応、近隣までは軍を届けてあげますがね」
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