第一幕 邂逅の乾元山 其の二
其の二の投稿となります。よろしくお願いします。
とうとう、現代の少しマニアな武闘派理系女子大生・翠が自由奔放な三奇仙と邂逅しました。お楽しみいただければ幸いです。
※本作は『封神演義』の世界を舞台にしつつ、現代的な言葉遣いや独自の歴史解釈を多分に含んだ「IFファンタジー」です。神仙たちのシリアスな戦いと、メタ的なコメディ要素のギャップを笑って楽しんでいただければ幸いです!
其の二:金光洞の客、真実を虚構と嘯く
■ 乾元山・金光洞にて
**時は再び遡りて古代、金光洞の一房**
金光洞を埋め尽くした白濁の閃光が、ゆっくりと粒子になって霧散していく。
「……ゲホッ、ゴホッ! だ、だから言わんこっちゃないでござる! 術式展開中に酒遁で突っ込むなんて、紂王以上の暴挙でござるよ、玉鼎殿!」
雲中子が羽扇を激しく振り回し、視界を塞ぎ、何故か芳醇な酒の香りがする煙を追い払う。その隣では、身の丈は一丈半に届くほど、琥珀色の長髪を無造作に束ねた乱入者の玉鼎真人が、空になった瓢を悲しそうに振っていた。その獅子のごとく魁偉な風貌が悲し気にするさまは郷愁を誘う。
「おお……儂の酒が、一滴も残っておらん……太乙の、なんだ今の破裂は。新しい宝貝なのか? 儂の酒を吹き飛ばすとは酷い仕打ちではないか……」
だが、洞府の主である太乙真人は、仲間の抗議も嘆きも耳に入っていなかった。手入れの届かない髭を震わせ、その狂気を孕んだ浄眼で、煙の向こうに横たわる「それ」を食い入るように見つめている。
「……素晴らしい。予期せぬ金霞洞の酒遁と、未知の術式との衝突が、術理を捻じ曲げたか? 因果の螺旋は俺の想定を軽々に超えてきたぞ!」
太乙真人が歓喜に震える指先で指し示した先。 そこには、翡翠蘭の核から成るはずだった「李家の四男」ではなく、見たこともない奇妙な衣服を纏い、車輪のようなものがついた何かを傍らに投げ出した、一人の少女が横たわっていた。
「太乙殿……これは人、でござるか? いや、しかしこの装束、見たことがござらん。どこかの天界のご婦人でござるか? だとすると大問題でござるぞ!」
「ふむ。残念ながら俺の術式による創造物ではないが、翡翠蘭の核が消えたところを見ると、何かしらの因果の置換はなされたらしい。となると実在の存在を召喚したというところか。持ち物を調べたいところだが…… 気が付きそうだぞ」
太乙真人の言葉通り、少女の指先が微かに動いた。
ゆっくりと目を開ける。その視界に飛び込んできたのは、雑然としたどこかの研究室のような空間。しかし壁は見慣れた建材ではなく、むき出しの岩が見える。まるで洞窟のようだ。判断に迷っていると、人の気配を感じとる。
気配を感じた刹那、一気に覚醒するとともに、一挙動で立ち上がった。
武器となるものをと、腰、ポケットと探るが感触がない。無手のようだ。舌打ちしたい思いに駆られるが、授業前に、リュックサックに詰めたことを思い出す。
詰んだ? ……一瞬、パニックになりそうになるが、師匠の教えが脳裏に響く。
「翠、いいか。積み重ねた功夫は裏切らない。迷ったなら気を回せ。中心を貫け」
愛用の武器がなくとも、自分にはまだ自由になる掌がある。
立ち上がった姿勢から、起式を介して構えをとる。
その間、自らを鼓舞するように教えられた口訣を唱え、気脈を充実させる。
「尾閭中正」
呟きとともに翠はわずかに腰を落とし、反っていた腰を平らに直す。骨盤が垂直に立ち、揺るぎない一本の芯が通る。いつもとは違う何かを感じながら、体内で出口を求めていた膨大なエネルギーが、その一言で「背骨」という道を見出した。
「夾脊透過、玉枕通関……っ!」
左右の肩甲骨が外側へ剥がれるように広がり、「夾脊」の狭間がこじ開けられる。
熱い。熱すぎるほどの気が、背中を突き抜けるの感じながら顎を引き、うなじを張り詰める、「玉枕」が鳴動し、気が脳中へ突き抜けると同時に、視界が弾けるように冴えわたる。
普段の小周天の円環でも感じたことのない感触を無理やり完成させていく。
「任督接通……!」
溢れんばかりの気が頭頂から喉元へと雪崩れ込む。舌を上顎に密着させ、体内の回路を完成させる。気が繋がった。翠の体内で荒れ狂っていた気のエネルギーが静まり、ゆっくりと循環が始まる。普段はゆっくりと時間をかけて行うプロセスを生存本能がそうさせたか、ほんの数秒で気が巡り、くすんだ琥珀色の瞳が生命の火を燈し輝く翠色となる。
「……青龍探爪!」
翠は左足で、大地に吸い付くように円を描いて踏み込み、指先を龍の爪のごとく研ぎ澄ませながらゆっくりと、しかし鋭く右手を突き出す。
龍の爪。指先から火花が散った。今まで体験したこともない事象に驚きながらも、それを飲み込んで冷静を装い言い放つ。
「……誰? ここはどこ? 答えて」
突き出された少女の指先からは霊気が雷の気を纏い爆ぜている。本人は冷静を装っているがどうやら不測の事態のようだ。翠色の瞳にわずかに困惑が見て取れる。
「むむ? 太乙殿、玉鼎殿、今、ご婦人が何を言ったか、わかったでござるか?」
「ふむ。わからん。異国の言葉であろう。聞いた覚えがないからな。ただ、小娘の心情を察するに、こちらの素性や、この場所がどこであるかを聞いているだろうことは予測できる。……おっ、あれを試すのに丁度よいな。しばし待て」
太乙真人はすたすたと、無造作に積み上げられた道具の山に向かい、あれでもない、これでもないと漁り始めた。
「儂もわからん。しかしこの娘子、発する気そのものはまだまだ未熟だが、構えの術理には何代にも渡って研鑽されたものであることはわかる。見たこともない武術のようだがな」
玉鼎真人はふむふむといいながら少女の観察を始める。
「ちょっと! そこのオタクっぽい人! あなたが一番話できそうなんだけど、言葉わからないの?」
再び少女が何かを言う。
「言葉はわからないけど、何となく貶められたことはわかったでござるよ!?」
雲中子は言葉が分からないなりに直感で不満を漏らす。
「それは良かったな。玉柱洞。あったぞ。『通言環』だ」
太乙真人は無造作に少女に近づいた。
翠は戦慄した。武術大会三連覇は伊達ではない。簡単に手の届く間合いに入られるとは……最近では師匠ですら成し得ない出来事に動揺したのもつかの間、チョーカーのような首輪を嵌められた。
「何よ!?」(ん? 今のは私が喋った?)
「お、この宝貝はちゃんと俺の意を汲んでいるぞ!」
(何これ! 聞こえている音は覚えがないのに、急に意味がわかる!?)
言葉が理解できていると感じた瞬間、体をめぐっていた気が急激に首に集まっていくように感じる。急激な虚脱感を感じながら、再度意識が暗転する。
「た、太乙殿!? 試したことはなかったでござるか?」
雲中子は、またも気絶した少女を見て狼狽える。
「騒ぐな玉柱洞。多分、通言環に霊気を吸い取られているだけだ。霊気を放出したのでどこかの天界の関係者かと思ったが、ただの市井の民か?」
「もっと騒ぐわっ! 市井の民なら、霊気が無くなると死んでしまうでござる! 早く外すでござるよ!」
「外すと話が通じないのだが?」
「は、な、す、前に死んじゃうでござるっ! って」
雲中子の猛烈な抗議を、柳に風と受け流す太乙真人。
「じゃぁ、玉柱洞が外せばいい」
「みだりに女性には触れてはいけないのでござるよ!? 手を触れずに外す仕掛けとかはついていないでござるか?」
「無駄な仕掛けは付けない主義なんだ」
「あぁぁ、どうすれば? って、玉鼎殿っ!? 何をしているでござるか??」
漫才のようなやり取りの横で、玉鼎真人は少女から通言の還を取るのではなく、自身の霊気を注入していた。
「ぬぁぁっ もう触ってるでござる!?」
「よく見ろ、雲中の。儂の指先から迸る霊力を。鍛えればこれぐらい誰でもできるわ」
「霊質も変えず、霊力だけ飛ばすなんて器用なことは、普通できないでござるよ……」
「儂できるもん」
「『できるもん』で片付けられても困るでござる。あぁ、ご婦人をこのままというのも貧道の良心が痛むでござるよ」
雲中子は溜息をつくと、自らが羽織っていた鶴氅を外し、そっと少女にかける。
「儂の瓢を枕にさせるか?」
「玉鼎殿……お願いでござるから、これ以上話をややこしくしないで欲しいでござる」
「まぁ、あれだ。周りに言葉が通じないやつがいなくて、せっかく作った宝貝の試しができていなかったが、思わぬところで確認できて良かった。成功だ」
「太乙殿と貧道は言葉が通じていない気がするでござるよ……」
「通じてると思うのだが……ふむ、また小娘が目覚めようとしているぞ」
疲れ果てた表情の雲中子とは対照的に、新しい宝貝の実験が成功して笑顔の太乙真人が、翠の二度目の覚醒を告げる。
翠の意識が、二度目の浮上を果たす。ふんわりとしたぬくもりと、微かに香る沈香のような匂い。先ほどとあまり状況が変わっておらず、鳥の羽で作られたマントのようなものがかけられている。心配そうにこちらを見詰めるオタクっぽい人を見て、少しは話ができそうだと判断する。服装からすると、道士のような姿だが、何かのコスプレイヤーだろうか?
「お礼を言ったほうがよさそうかしら?」
「うむ、礼にはおよばん。娘子よ」
なぜか、腕組みをした半裸の巨漢がうなずいている。
「良かった。気が付いたでござるか?」
ほっとしたようなオタクっぽい人をみながら、巨漢はとりあえず無視することにして再度問いただす。
「ありがとうございます。ところで、ここはどこですか?」
「金光洞でござるよ」
「金光洞?」
「乾元山は金光洞でござるよ?」
「ケンゲンザンワキンコウドウ??」
「なんだ小娘、俺の洞府を知らないとは。どこの邑のものだ?」
「ドウフ? ケンゲンザン? キンコウドウ……洞府、乾元山、金光洞……洞府、乾元山、金光洞……太乙真人……様?」
「なんだ、小娘、俺のことを知っているのか?」
「良かったでござるね。太乙殿。市井の民にも名が通っていて重畳でござるよ」
「いやいやいや、太乙真人様のコスプレか何かは知りませんが、ここはどこですか?できれば帰りたいのですけど?」
「だから何を言っている小娘。「こすぷれ」? とは何だ? 何度も玉柱洞が言っているだろう。ここは乾元山の金光洞だと」
「玉柱洞……玉柱洞……雲中子様?」
「はいでござる。なんと、貧道のことも存じていてくれたでござるか。うれしいでござるな」
「お、儂は? 儂のことは?」
半裸の巨漢が詰め寄る。
「玉鼎どの、近い! 近いでござるよ」
「ぎょ、玉鼎真人様!?」
「おお、娘子の。詳しいのぅ。儂が玉鼎真人だ」
それぞれ名前が判明した。怪しい三人……いや三柱というべきか。
これまで見たことのない作風のコスプレと断じることは簡単だが、先ほど成した気の運用といい、突然の言語理解といい、彼らの言い分を虚構と断じるには材料が少なすぎる。むしろ事実を突き付けられているかのようだ。精神安定を求めてなのか、『封神・クロニクル』とキャラデザが違いすぎるという暴論で否定しようとするも上手くいかない。とうとう、自身が感じている真実を虚構と嘯こうとすることに限界を来した。支離滅裂、五里霧中に思考が迷走し、辿り着いた一つの真実が口をつく。
「……京子の推しの一方が筋肉ダルマ? ダメ……御飯が進みすぎる……無理」
どうやら理系脳では処理しきれないところを、サブカル脳が補填したようだが、時すでに遅し。燃え尽きたようだ。そんな翠の様子に気づかず、太乙真人が問いかける。
「おい小娘、俺たちの名前を聞いたのだから、お前も名乗れ!」
「……」
「ダメでござる。なんかまた気を失ってござるよ」
「軟弱だのう」
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※作中の尺貫法は、古代の長さを参考にしております。1尺:約16cm、1丈:約1.6mです
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