第四幕 絶望の十絶陣 其の四
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※本作は『封神演義』の世界を舞台にしつつ、現代的な言葉遣いや独自の歴史解釈を多分に含んだ「IFファンタジー」です。神仙たちのシリアスな戦いと、メタ的なコメディ要素のギャップを笑って楽しんでいただければ幸いです!
其の四 誇りの盟約、紫煙を燻らす
■ 泰然の乾元山・金光洞(魔窟)にて
**時は殷周革命中。千客万来の金光洞、太乙真人の嘆き**
翠と雲中子、楊戩が善は急げとばかりに夾竜山に向かった後、取り残された形となった黄天化は、所在無げに洞府内を見渡す。その視界には、玉鼎真人が何事もなかったかの如く、洞府内の一角に陣取り、右脇臥の姿勢で瓢を呷り始める。
……しかしよく見ると、接地しているのは右肘の先だけで、後は宙に浮いている。碧遊床かと目を凝らせど何もなく、それでは伝え聞くところの『睡仙功』かと思いよく見ると、玉鼎真人の体は微妙にぷるぷると震えている。
黄天化が訝しげにしていることに気づいた玉鼎真人が説明する。
「ん? これか? 翠のに教わった鍛錬法じゃ。『あいそめとりっくとれーにんぐ(等尺性収縮)』とか言うらしい。動かないことが鍛錬になるとはな。面白いことを考えるのう。あやつから教わった『筋肉』たちが嬉しい悲鳴を上げているのがよくわかるわい。『体幹』というものが鍛えられるらしいぞ。お主もどうだ?」
「い、いえ、またの機会にお願いします」
首をぶんぶんと左右に振り断る黄天化。
「そうか? あやつの武術の理は、なかなかのものぞ。一つぐらい良いとは思うが……残念じゃのう」
『睡仙功』の秘術ならまだしも、よくわからない鍛錬に付き合わされるのはごめん被るという気持ちと、辟邪の君の秘伝であるなら少しぐらいならという気持ちに揺れている。
そんな雑念を振り払うように振り返ると、因果溜から持ち帰った榜(某飲食店の木製メニュー)を解体している太乙真人がいた。それは大事な宝貝の材料では? と引きつった様子に気づいた太乙真人がこともなげに言う。
「天化きゅん、心配ないぞ。まだまだ同じ榜を拾ってきたからな」
いつの間に拾ったのか、同じ榜が積みあがっている。
「て、天化きゅんはおやめくださいと……」
力なく抗議する黄天化。
自身のみならず、弟達の運命の相談に来たはずが、何も言えない。
両仙から感じる圧倒的な格の違いに打ちのめされる。
それに引き換え、もう一人雲中子を含めた三奇仙と、丁々発止とやりあっていた辟邪の君の凄さを噛みしめる黄天化。
自身の不甲斐なさを飲み込み、もう一度勇気を出して太乙真人に話しかけようとしたとき、金霞童子が来客を告げ、太乙真人が通すよう指示をする。
「師父! なぜ金光洞に?」
現れた客は果たして黄天化の師である清虚道徳真君その人であった。
「なぜも何も、西岐城に符を飛ばしたら、木吒殿がこちらに居ると返してくれたからだよ」
「おい、紫陽洞、ここはお前たちの洞府ではないぞ。早く弟子を連れて帰れ!」
顔もあげず文句をいう太乙真人。清虚道徳真君も慣れたもので、笑って返す。
「すまないね太乙殿。うちの天化が迷惑をかけたようだね……お詫びと言っては何だがとっておきの報せを。第一席殿が、二人をお供に乾元山に向かう用意をしていたそうだ。さあ天化君、僕たちはうち(紫陽洞)に戻ろうか。『鑚心釘』の妙味をすべて授けなくては。初見で使いこなすなんて……フフ、流石は僕の自慢の弟子だよ」
そう促され、玉麒麟のところへ向かう黄天化。太乙真人は特大の苦虫を嚙み潰したような表情だ。
「む、儂も金霞洞に帰る」
第一席の来訪予定を聞いた玉鼎真人。いつの間にか一指禅からの倒立の姿勢のまま飛び上がるや酒精の霧へと消えた。
「あ、待て!」
芳醇な酒の香りが辺りに漂う。女性の機微には疎くとも、面倒ごとには素早い対処。如何にも三奇仙の一角であることの面目躍如といったところか。
薄情な輩を尻目に、とりあえず詮索されると面倒にしかならない榜を片付ける太乙真人。自分もどこかに行けばいいと気づいたときには、金霞童子が次の来客を告げていた。心当たりが多すぎて逆に何の用で来るのかが分からないが、ため息交じりに金霞童子に通すよう指示をする。
「面倒だな……」
■ 泰然の夾竜山・飛雲洞にて
**時は殷周革命中。土行孫と交渉中**
霊峰崑崙に連なる夾竜山は飛雲洞の側。いつもは土行孫が、地行術の修行を行っている。そんな場所に今日は珍しい来客があった。翠と雲中子と楊戩である。楊戩の仲介で挨拶を終えた翠は早速本題に入る。
「土行孫道友、いえ、行孫道兄とお呼びしてもよいかしら?」
「え……あんたは哪吒の妹御なのだ……無理無理無理なのだ……お、ひ、貧道のことは土道兄と呼ぶのだ」
そのせわしなく動く眼は、翠の背後に三奇仙や哪吒の影を見ているのか、翠の肩にも届かない身をさらに低姿勢にする土行孫。翠もこれ以上は難しいと判断しすぐさま応える。
「ええ、わかりましたわ。改めまして土道兄。私は今、天界の命により、ある道士の蹤跡を逐っています」
「え……ひ、貧道はここで百年もの間、来る日も来る日も地行術の修行だったのだ。その間に話をしたのは師父と、楊戩道兄だけなのだ!」
赤い鼻を更に赤くしながらの、かなり寂しい告白。翠の背後では雲中子と楊戩が沈痛な面持ちで土行孫を見つめている。しかし翠は飲み込んで続ける。
「いえ、これから訪ねてくるであろう道士のことです。」
「え……まだ誰か来るのだ!?」
鼻を更にひくつかせ、周囲を伺いながら、心底嫌そうに確認する土行孫。人見知りも筋金入りのようだ。
「はい。そう遠くはない近いうちに。その道士はおそらく自らを『申公豹』と名乗ります。申師叔はご存知ですか?」
「いや、知らないのだ。すまないのだ」
土行孫の応えに楊戩が目を剥く。信じられないといった面持ちだ。
「ほ、本当に知らないのかな? 土道兄、あ、貧道も土道兄と呼ばせてもらうよ」
「え……よ、楊戩道兄までなのだ。分ったなのだ。でも本当に知らないのだ。ど、どこの山の……高道のなのだ?」
「元始天尊殿の最後の弟子でござるよ。」
「ひっ!……すまないのだ、すまないのだ。勘弁してくんろなのだ……」
清々しいまでに卑屈な土行孫。雲中子の言に、土下座せんばかりに平身低頭する。
そんな土行孫を見ていた翠は、過日の親友の姿を重ねる。
今の姿からは想像もできなくなったが、彼女も出会った頃は自己評価が低く、少し卑屈気味であった。大学入学後、翠と出会い、紆余曲折を経て大きく変わった親友。もっとも、その後、覚醒したかのような破天荒ぶりに、今度は翠が振り回されるようになったのは良い思い出か……まさか彼(土行孫)まで同じような『暴走ルート』が開かれるというオチにはなったりはしないよね? と思いつつも、生来の性か、卑屈すぎる土行孫を見過ごせない翠。矢庭に「よし!」と気合をいれ、しゃがみ込み、同じ視線の高さで訴える。
「土道兄! あなたの地行術はそんな程度なの? 誇りは持っていないの?」
昂った感情が辟邪の瞳を呼び覚ます。まっすぐな辟邪の瞳に見据えられた土行孫。震えながらも応える。
「お、おらは、百年もの間、来る日も来る日も地行術だけなのだ。他の術を師父は教えてくれたのだ。だけどおらにはこれしかないのだ」
血を吐くような吐露。しかしてこれこそが翠の待っていた言葉。
「いいじゃない。誰かに誇れる術があるなら卑屈になる必要なんてないわ。いえ、術がなくても自らに誇れる何かがあるなら卑屈になる必要なんてない」
そして、土行孫の手をやさしく包み込む。
「この手を見れば分かる! 自分の術にずっと向き合って、磨き上げて、そして手に入れた大きな手。土道兄を一番信じてあげられるのは土道兄自身なのよ!」
翠の突然の剣幕に呆けたようになる楊戩。直接その覇気を受けた土行孫は卑屈な表情ながらも、その眼はきょろきょろせず、じっと翠を見据える。
「善哉。善哉。流石は翠殿。太乙殿や玉鼎殿に無手で挑もうとするだけのことはある」
雲中子の言葉を聞いて目を剥いて固まる楊戩と土行孫。あの三奇仙に徒手空拳で挑む強者がいるなんて! という表情だ。翠の荒療治が聞いたのか、立ち上がって、話を聞く姿勢になる土行孫。たどたどしくも、自身の言葉で紡ぎだす。
「し、師父からも言われたのだ。おらに足らないのは自信なのだ。す、翠道兄のお陰で少し分かったのだ。それで、そのし、申師叔は何のためにおらに会いくるのだ?」
「いえ、会いに来るのはおそらく申師叔を騙る偽物。私はこの道士の蹤跡を逐っています」
「なるほどなのだ。合点がいったなのだ。梱仙縄で捕まえるのだ!」
それなら得意分野だと意気軒昂たる土行孫。
慌てて止める翠。
「だめです。梱仙縄で捕らえてはだめです。その道士の言に従ってください。おそらく鄧将軍の娘さんとの縁結びを指示されます」
「へっ? おらが縁結び??」
あまりの脈絡のなさに思考が停止する土行孫。ややあって、漸く言葉を絞り出す。
「お、おらは、仙人になるのだ。百年も修行したのだ。なぜなのだ?」
土行孫の意思の籠った応えに笑顔になる翠。
「少し前の土道兄なら、『はい縁結びをしますのだ』と痴れ者の言いなりだったでしょう。でも今の土道兄なら、『なぜ』と言えます。申師叔の偽物のいいなりにはならないですね」
コクコクと頷く土行孫。
「まだ、仔細を明かすことはできませんが、土道兄が、鄧将軍の娘さんと縁を結ぶことで、幾つもの天命が動き、それにより命数が尽きるものがいます。私は天界の命もさることながら、この悪意によって命数が尽きるものを救いたいのです。一臂の力を貸していただけませんか?」
「よくわからないのだ。だけど、す、翠道兄は、おらを認めてくれたのだ。だから手伝うのだ。おらは何をするのだ?」
土行孫の力強い応えに、花の咲いたような笑顔になる翠。
その笑顔に見とれる土行孫、訝し気にみる楊戩、引きつる雲中子。三者三様だ。
「感謝を。土道兄。痴れ者の口車に乗せられてください。あとはこの宝貝を」
といって、大豆ほどの大きさの水晶を渡す。
「申師叔を名乗るものに出会ったら、この宝貝を使ってください。口訣は『見』です。こちらの様子が、遠く離れた私たちに伝わります」
「分かったのだ。『見』覚えたのだ」
力強く返事をする土行孫を慈母の眼差しで見ていた翠。だが、いたずらっぽく一言付け加える。
「太乙師伯からの預かりものです。無くさないでくださいね」
「ひっ! 太乙真人様の宝貝!?」
取り落としそうになる土行孫。その大きな手が幸いし、なんとか持ちこたえる。
その様子を見ながら楊戩が呟く。
「いつも思うのですが、太乙師伯はどうやって様々な宝貝を作ることができるのでしょうね?」
渡していた翠も頷く。雲中子もその宝貝を見る様は呆れ顔だ。
「太乙殿の不思議の一つでござるよ」
「土道兄。先ほども言ったように、その宝貝が使われると、太乙師父に、その場の様子が少しの間だけ分かるようになります。その後、またお会いしましょう」
「わかったのだ。おらだけではどうするか分からないのだ。す、翠道兄頼むのだ。で、でも、本物のし、申師叔だったらどうするのだ?」
「本物だったら、白額虎」
「ひっ!」
「……に騎乗してくる……」
白額虎と聞いた瞬間にまた一瞬で移動する土行孫。本能には勝てないようだ。
「白額虎が来たら今のようにお逃げになってもよいですよ。それでは」
崖の上に逃げた土行孫に向かって声をかけると、雲中子と楊戩に付き添われ乾元山に戻っていく翠であった。
その様子を見ていた土行孫は、
「おら、もっとがんばるのだ……」
と手を見ながらつぶやいて、また修行に励もうと決意も新たにするのであった。
■ 泰然の乾元山・金光洞の前庭にて
**時は殷周革命中。千客万来の金光洞、三矩仙が敲くは門か們か**
霊峰崑崙に連なる乾元山は金光洞の前庭。
常なら他の洞府にはないような霊草、霊木が生茂り、静謐で神秘的ともいえる風景が一変していた。唯の嵐によるものとは違い、そこかしこが焼け焦げており、巨大な岩まで溶けている様子が伺える。そんな溶けた巨岩の前に三人の道士が佇んでいた。
「黄竜君。ここは確かに乾元山なのかね? 截教の羅宣君が使役する火鴉や、火竜の息吹でもこうはなるまい」
真ん中に立つ胡粉色の道服を纏った道士が、左側の気だるげに立つ、朽葉色の道服の道士に問いかける。
「はぁ、太乙の霊気を辿って来たので、間違いないと思いますがねぇ」
少し気の抜けた返事をする黄竜真人。
その手には仙界には珍しい二尺ほどの青銅製の煙管のような筒を持っている。
その先からはゆらゆらと紫煙が立ち昇る。
「失礼。最近、太乙から教えてもらった霊草を燻した煙薬が欠かせなくてね」
口から煙とともに、謝罪とも言い訳ともつかない言葉を吐き出す。と、その応えと仕草に苛立ちを隠せない蘇芳色の道服の道士が咎める。
「黄竜殿! 我らは闡教の規矩たる三矩仙。常に他の範となり、仙界の秩序を護持するが務。いかに身内の洞府の前とはいえ、その不謹慎な態度は何事か。言語道断なり!」
黄竜真人は(え、聞いてないんだけど? いつから三矩仙という括りに入れられてるの?)とは思っても口にはださず、
「これはしたり。赤精子殿。謝罪を。此度はここ数日、太素宮からの召令が金光洞に発せられている理由の審問でしたね」
丁度、ただならぬ霊気の気配を察して表に出てきた金霞童子に、これ幸いと話しかける。
「これ、そこな童子よ。太乙に広成子殿、赤精子殿、黄竜真人の来訪を告げてくれないかい。太素宮からの召令の件だとね」
頷いて踵を返し奥へと駆け戻る金霞童子。
「黄竜殿。余計な一言までつけぬでない」
小言が多そうな赤精子であった。
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