第四幕 絶望の十絶陣 其の二
第四幕 其の二の投稿となります。よろしくお願いします。
※本作は『封神演義』の世界を舞台にしつつ、現代的な言葉遣いや独自の歴史解釈を多分に含んだ「IFファンタジー」です。神仙たちのシリアスな戦いと、メタ的なコメディ要素のギャップを笑って楽しんでいただければ幸いです!
其の二 月影の謀略、光明を灯す
■ 泰然の乾元山・金光洞(魔窟)にて
**時は殷周革命中。破天の盤を整える 続き**
図らずも三奇仙と翠の絆が深まった金光洞。
「莫迦弟子よ。糸の向こうも焦れているだろう。公主について盤を整えよう」
そう宣言し、改めて太乙真人が翠に指示を出す。
「お前の識により、公主が群星正神の紅鸞星というのが分かった」
そう言いながら太乙真人がつま先で床を叩くと、『ズズズッー』と四角柱が生えてきた。厚みは一尺、幅は四尺、高さは九尺ほどの大きさはあろうか。磨き上げられた黒大理石が最終的には一尺ほどの高さで宙に浮いている。
「モ、モノリス?」
「なんだそれは? これは『ドゥアト(星々の家)』の『太陽神ラー』に見せてもらった『オベリスク』を参考に作った宝貝だ。『玄鑑象帖』という。図を描いたり、算術に使ったりできる。こんな感じにな」
そう言いながら太乙真人は説明とともにオベリスクに図を描く。
「まず、一番多い斗部が、中央に配されるはずだ。首領が金鰲の大姐で、その下に五斗が配される。そして、その下に群星正神だ。百四十席ほどなら、十二を以って一矩とし、十二を重ねて一方を成す。百四十四の格があれば封じるに事足りよう」
黒光りする壁面に次々と光の点が輝く。
無駄に高性能!? だと翠は思ったが口にはださない。
「『紅鸞星』は十二席だから、最初の矩の最後に名が記されているはずだ。ついでにその前はその夫(洪錦)とやらの『竜徳星』だ。ついでに消せば、夫婦揃って助けることができよう……しかしそれが本当に太素宮の望んだことか?」
太乙真人の浄眼が、翠の瞳の奥を覗き込むように光る。見つめられた翠は、私の推しは天化様なの……と愚にもつかないことを考えながら、太乙真人の蒼い瞳の光に既視感を感じる。背後のオベリスクの輝点が星座のようだと記憶の回廊を辿り、あれは星景の灯と同じ……と考えた瞬間、脳裏に『カチッ』とまたもや何かがはまったような感覚を得、軍師(京子)が再臨を果たす。
『翠ー、私の引いたSSRの公主様覚えてる? 彼女が封じられるのは紅鸞星といって、七夕にも関係あんねんよ。ついでに言うと「紅鸞」って美しい花嫁って意味もあるねんけど、「鸞鏡」って悲しい言葉もあるねん。捕らえられた鸞は、鏡に映った自分を仲間と思い込んで死ぬねん。
―貴腐人道―
「推しの不幸は蜜の味、されど推しの幸福は天の甘露」
ってね。カップリングは貴腐人の嗜み。自分好みに盛りなおさんと。さあ、洪錦なんて捨てちゃって、誰とのカップリングがいいかな……』
「鸞鏡……」
呟く翠。翠の目の前では雲中子が心配そうにのぞき込んでいる。
「おーい。翠殿? あ、正気に返ったでござるね。鸞鏡って何でござる?」
「だから言ったろう玉柱洞。いつもの発作だって。大方、心の軍師とやらと話し込んでたんだろう」
遠からず言い当てる太乙真人。この男の言は洞察力では済まされない次元ではなかろうか。
「あ、はい。ありがとうございます。雲中子師伯」
翠は雲中子に大丈夫と微笑ながら説明する。
「『鸞鏡』というのは、私の時代に伝わっている言葉で、閉じ込められても、番を探した鸞が、鏡に映った自分を仲間と思い込んで死んでしまう悲しい伝説です。竜吉公主様もきっと同じ。人界に閉じ込められて悲しい思いをされているはずです。九天玄女様の依頼は、封神されず、政略結婚もなく、無事に天界に戻って欲しいというものだと思います!」
うなずく雲中子。太乙真人は皮肉交じりに言う。
「それは、お前の願望ではないのか? 本当にそうだと竜吉公主が言ったか?」
「でも、『月合老人』が言ったから、『符元仙翁の託宣』だからでの結婚は嫌すぎます!」
翠の言う名に覚えのない二仙。
どちらともなく顔を見合わせる。
「翠殿、月合老人というのは誰のことでござる? 符元仙翁とは? どちらも聞いたことがござらんのだが?」
「えぇぇ!? どちらも縁結びの関係者だという伝承ですよ?」
驚く翠。しかし二仙が知らないというのなら何処の誰だというのだろうか……
「違うでござるよ。翠殿。縁結びは女媧様が司っておられるでござる。老人の方は天界の下級役人かもしれんでござるな。符元仙翁……仙翁というからには貧道たちと同じはずだとは思うのだが聞いたことがないでござる。太乙殿はどうでござる?」
「あるぞ」
「そうそう、ないでござ……あるのでござるか!? 何処の洞府の高道でござるか?」
「玉柱洞。莫迦弟子じゃないんだから、もう少し考えろ。分らんか?」
首を傾げる雲中子。不当に莫迦扱いされた翠は口を尖らす。
「じゃ、早く教えてくださいよ」
「名が騙ってるじゃねぇか。符は符、元は大羅天の爺さん(元始天尊)の元だ。大方、何かあったら『元始天尊様の符です』とでもいうんじゃないか?」
と何も綴っていない符をひらひらとさせながら言う。
「……なんと、では実在しない御仁ということでござるか?」
「そういうことだ。おおかた、大羅天の下級役人が、始まりの大姐(女媧)の出した縁の処理に困って出まかせを言ってるんだろうな。つまらん。玉柱洞、さっき自分で言ったろう。聞いたことがないと。当たり前だ。俺たちが老人と呼ぶのは誰だ?」
「南極老人でござる」
「では、仙翁は?」
「それはもちろん、南極……あああ! 南極老人しかいないではござらんか!」
「ということだ。ん? 金霞洞が戻ってきたようだぞ」
俄かに周囲に酒精の香りがただよう。虚空を割り現れたのは果たして玉鼎真人だった。しかし芳醇な香りとは裏腹に、玉鼎真人は疲労困憊といった様で膝をついている。
「わ、儂、生、還…… 」
「その様子、大層絞られたようでござるな」
「うむ。儂、斬仙剣の上で翻天させられていた。指先だけで……」
「『翻天』とは何ですか?」
「見た方が早いでござるな」
言うや否や、ひょいっと逆立ちをする雲中子。静かなるをもって良しとする道士としては、存外身軽だ。
「それって逆立ち……ええ! 剣の上で逆立ちさせられたのですか?」
「ほう、莫迦弟子は翻天を『逆立ち』というのか。言い得て妙だな。ああ、斬仙剣は勝手に霊気を切り裂くからな。指でつまみ続けると、どんどん霊気を消耗する。まあ、女神に星辰の運行の話は禁忌だな。金霞洞の自業自得だ。しかし、思ったより早かったな。何があった?」
思い出すのも怖ろしいという様子で、玉鼎真人は語りだす。
「うむ。九天のに呼び出されてすぐに瑶池に向かったのじゃが、三界の門の神将に案内されたのは瑶池の外れの亭じゃった。太素宮じゃと思っておったのじゃがの。瑶池にしては寒くて、霜が降りておったぞ。可哀そうに迎えの童女も震えておってな、儂を恨めしそうに見るんじゃよ]
「そ、それほどでござったか……恨めしそうにされたのは仕方ないと思うでござるよ」
心底不思議そうに首を傾げる玉鼎真人を諭す雲中子。
「ようやく、ご本尊に拝謁したと思ったら、『そこに剣を立て、刃の上で翻天をせよ。妾がよしというまでじゃ』との沙汰じゃった。儂はおとなしく言われたように、斬仙剣の上で翻天をしておっての…… じゃがさすが儂。秘奥に目覚めたんじゃ」
嬉しそうに語ろうとする玉鼎真人を太乙真人は冷ややかにぶった切る。
「で、その後何があった? 何もなければその霜が溶けるまでは翻天をさせられてただろうに」
玉鼎真人はなんじゃここからが良いのに……そちらが知りたかったのかと、話を進める。
「秘奥に目覚めてからしばらくすると、九天のが見つめておった水盆の中で、お主たちが公主を盤の上に乗せたやつらの話を始めたのじゃ。しばらく話を聞いておったのじゃが、急に水盆をいくつも出してな。件の蟠桃会の何回か前の蟠桃会にも公主が臨席されていたのだが、しつこく付きまとう男がおったらしい。で、太乙のに言伝をいいつかった。『南極翁にこそ老人の称号は相応しい』だと。あと『女媧様の縁結びを手伝う小者は全部で四人いる。月の満ち欠けに合わせ符を持ち回り、縁を紡いでいる』……しかと伝えたからな。儂の秘奥の話は良いのか?」
言伝を聞いた太乙真人はにやりと笑いながら、手をひらひらと振る。
「いらん」
「えー聞きたいですー」
「聞きたいでござる」
「じゃろ。前に翠のが語った翠のの師匠の修行じゃよ。一指禅といったか? 跑缸を……(ピシッ)痛っ」
またも、翠の道服から不可視のはずの糸が紫電に染まって視える。
その様子を見て呆れ顔の太乙真人。
「それ見たことか。まぁ……光明が見えたな。あとは、月合老人を名乗るやつが、公主に近づくのを待てばいい。公主は西岐軍に合力しに現れるのだろう? だったら、群星正神として記された名を消しておこう。次は飛雲洞(惧留孫のころ)の弟子だな。俺は見たことがないし、金霞洞の弟子なら色々と知っておるだろう。おい、金霞洞。繋いでくれ」
■ 謀略の金鰲島にて
**時は殷周革命中。截教の本拠地に影を曳く申公豹、策謀と蠢動と**
ここは悠久の金鰲島。金鰲島を基点とした巨大な環礁の中に、白鹿島などが点在する。
音も無く空を駆ける猛虎に乗った一人の男が、環礁の中にある小さな島に影を落とした。本島である金鰲島を避けたのは、用心深さの表れか……
男が騎乗している猛虎もまた一筋縄ではいかぬ容貌をしている。額の縞だけが雪のように白く、あたかも『王』という文字が浮き上がるかのような威圧感がある。誰あらん白額虎。
ほどなく洞をみつけた男がその頤を指す。
またも霊獣は音も無く、主の望む方角へと歩みを進めた。
近づいてくる白額虎の気配を察して童子が表に出てきた。男は取次ぎを求める。頷いた童子が洞に戻ると、忽然と白煙とともに気品ある道士が姿を現した。
道士は静かに拝礼をして口を開く。
「貧道は、長生術を練る錬丹師、秦完と申すもの。立派な騎獣に跨る貴方様は、いずれの洞にお住いの高道でしょうか?」
「丁重な拝礼、感じ入る。吾輩は元始天尊の弟子の末席を汚す、申公豹と申すもの。此度は、截教の雄、聞道友の大難を見過ごすことができず、ならば截教の道兄たちのお知恵を借りんと、こうして罷り(まかり)越した次第。しかし事の初めに、音に聞こえし秦道友の知遇を得られようとは善哉。善哉。」
出会ったばかりの申公豹に持ち上げられ、悪い気はしない秦完。しかし、道兄の大難と聞けば気もそぞろとなる。
「なんと、聞道兄に大難ですと!? すまぬが、仔細を伺いたく。狭い洞ではございますが、まずは中へとお入りください。他の道友も集めましょうぞ」
踵を返し、洞に招きいれる秦完。
その背中には、見下すような眼をした申公豹が続く。
前を歩く秦完は、ついぞ気づくことはなかった。
■ 風前の西岐城外にて
**時は殷周革命中。朝歌の番人と対陣中、危急存亡の中**
聞仲太師の猛攻を凌ぎ、西岐軍は士気を回復させること二日、西岐城の夜は静かに更けていく。
見回りを兼ねて城壁の上を歩いていた楊戩は、師父からの符を受け取っていた。偶さか居合わせた木吒が尋ねる。
「老師たちからでしょうか? 此度の戦についての指示か何かですか? 面妖なことを言い出さなければいいのですが……」
尋ねられた楊戩は、同意を示すかのように頷きながらも、師たちを擁護する。
「ははは。木吒殿は手厳しいな。まあ、三奇仙様の行いは、凡百の才の我々からすると奇異に映るからね。今回は、懼留孫師伯のお弟子さんの土行孫道友について知ることを披露せよとの沙汰だったよ。明日は敵陣に攻め込むので、その後に洞に伺おうか。一緒に来るかい?」
「楊戩道兄、貧道は遠慮するよ。行っても碌な目に合わないだろう。それに、誰がまたいつ襲ってくるかもわからない。大哥と哪吒とで姜師伯の周囲に目を光らせておくとするよ。天化道兄はどうする?」
そう言って、一緒に見回りをしていた黄天化に水を向ける。
「ああ、貧道は楊戩道兄にご一緒させていただこう。例の盤を整える話もあるからな。」
翌日、西岐城に戦鼓が鳴り響き、諸将は城から出るや、朝歌の軍営に殺到した。
物見の兵が、これを軍営内に報告する。報告を受けた聞仲太師はすぐに出陣を決め、黒麒麟に跨り、成湯軍の陣前に進み出る。将軍たちは左右を護衛するようにこれに付き従う。
示し合せたかのように、姜子牙も四不象に跨り、西岐軍の陣前に進み出る。
これに付き従い左右を護衛するは、誰あろう楊戩と哪吒だ。
進み出たお互いは、戦口上もなく、目を合わせるや無言で突撃する。二騎が交差し、聞仲太師の金鞭と、姜子牙の打神鞭が火花を散らす。
二合、三合と打ち合わせるや、成湯軍の諸将も参戦を試みる。しかし、楊戩、哪吒の鉄壁の守りがそれを許さない。
ならば空からと、成湯軍の辛環が襲おうとする。しかし、玉麒麟を駆る黄天化が、またこれを許さない。
聞仲太師は額の目から三昧火を出さんばかりに怒る。
「姜子牙よ。此度は叛臣黄飛虎を誅するためのもの。なぜ俗世の争いに闡教の徒がこぞって合力をする! 玉虚宮では道理を修めぬのか!」
姜子牙は何を今更と澄まして応える。
「某は玉虚宮で道を修めた身。なれど才乏しく山を下り、今は西周にて王の恩に報いる一将に過ぎぬ。この者たちが助けてくれるのは、我が志に理があり、道が周に味方している証左。むしろ道理なきは、そなたが守る天子の方ではないのか?」
聞仲太師は額の目だけではなく、顔の穴という穴から三昧火を噴きださんばかりに怒りに燃える。そして、諸将の合力が望めないならばと、間合いをとった聞仲太師。
やおら、金鞭を双鞭に変え、必殺の宝貝として空に投げる。
聞仲太師の気を受けた双鞭は、二頭の蛟竜となり、姜子牙に殺到する。
これを見た姜子牙も打神鞭を空に放つ。
この打神鞭、玉虚宮は元始天尊より賜った一品。二十一の節を持ち、各節には四道の符印がある。これにより八十四の本神を打ち破ることができるという――至高の宝貝だ。
下から迎撃した打神鞭は見事、二頭の蛟竜を打ち据え、折れた金鞭となって地面に落ちた。打神鞭は見事役目を果たし、姜子牙の手元に戻る。
折れた金鞭を見た聞仲太師。信じられぬといった体で眼を剥き、一点を見つめている。
――視線の先には、長年苦楽を共にした己の分身が、ただの一撃で無残に地に伏している。
「おのれ、おのれ、姜子牙! よくも儂の金鞭を……! 許さん、許さんぞ!」
激昂し、宝剣を掲げ、敵とばかりに姜子牙に切りかかる。
姜子牙は再び打神鞭を空に放つや、聞仲太師に必殺の一撃を見舞う。
聞仲太師はこの災いの一撃を逃れえず、打ち据えられ、黒麒麟から地面に転がり落ちた。
姜子牙が、手に戻った打神鞭で更なる追撃をかける。
奇しくも地面に触れていた聞仲太師は咄嗟に土遁を借りて難を逃れ、そのまま遁走する。
それを見ていた成湯軍の諸将も慌てふためき、退却を図る。
大将が逃げて乱れる朝歌の軍をさんざんに打ち負かし、西岐軍は勝ち鬨を上げ西岐城に戻った。
勝ち戦に士気が上がる西岐城。
そんな中、楊戩は一人浮かない表情をしている。聞仲太師を取り逃したためだ。
当初の計画では、昼間の戦闘で聞仲太師を捕らえるか討ち果たす、最悪は朝歌に撃退することで、当面の憂いを無くし、西岐を離れる予定だった。
しかし、結果はさにあらず。いまだ西岐を離れる訳にはいかない。
単なる師父の呼び出しであれば、鷹揚な師父のこと、まだ猶予はあるといえる……が、此度の発信元は乾元山。かの三奇仙ともなると、こちらの都合はお構いなしに面白いことに向かって暴走すること請け合いは必定。置いて行かれることに少々焦りを感じ始めている。そこで一計を案じ、姜子牙に追撃となる夜襲の提案を行う。
果たしてその提案は受け入れられ、夜襲を行うこととなった。あらためて姜子牙が、陣容を計っているところに、楊戩は赴いた。
「師叔。此度の夜襲に先んじて、貧道が営厨に潜む許可をいただきたく。しからば、皆の攻撃と呼応し糧秣を焼き払い、聞仲太師を更に追い詰めることが叶いましょう」
楊戩からの提案を受け、じっとその端正な顔を見つめる姜子牙。
「ふむ。よき案ではあるが、楊戩殿。そなた、何か急ぐ理由があるようじゃの?」
「ご慧眼、恐れ入ります。師父より召喚の符が届きまして、しばらく戦場から離れなければなりません。その前に、聞仲太師を退けておきたく」
とぼけているのか、故意に論点をずらして話す楊戩にため息をつきながらねぎらう姜子牙。
「そうか、苦労をかけるな。あい分かった。すまぬが火計の役引き受けてもらえまいか。ことが成ればしばらくは猶予も取れよう。師父のもとに行くがよい」
「かたじけなく。その折は黄天化も同行させますがよろしいですか? 李家の三人には師叔の警護を任せます故」
「なんと、天化殿もか。なら武成王には儂から執り成しておこう。だが、できれば早く戻ってきてほしいのう。とにもかくにも目の前の戦からじゃが」
やれやれと、まずは目前の戦からと釘だけは指す姜子牙。
「はっ。それでは貧道はこれから雪銀花狐貂に変化して、営厨に向かいます」
いうやいなや、白煙が上がったかと思うと、そこには白銀の毛並みが綺麗な雪銀花狐貂が佇んでいる。月光を弾くその姿が、一礼したかと思うと、夜陰に紛れていった。
それを見送る姜子牙は、人の気配のない暗闇に向かって呟いた。
「頼んだぞ」
一方、こちらは成湯軍の軍営。辛くも、姜子牙が繰り出す打神鞭の必殺の一打を逃れた聞仲太師。
しかし、九死に一生を得たものの、頼みの金鞭は打ち砕かれ、諸将も這う這うの体とあって、鬱々としていた。散り散りとなった成湯軍は、なんとか集結を果たしたところだ。
諸将と再会を喜ぶのもつかの間、居心地の悪さを感じた聞仲太師。悪い時には悪いことが重なるものだ。用心のためと、金銭を振り、卦を見ると果たして凶兆と出る。
「ふむ、姜子牙を増長させてしまったか。多少負けたとて、まだこちらの軍の方が多い。多勢に野戦を仕掛けるとはな。集結前に少しでもこちらの兵を削ろうとしているのか、時を急く理由でもあるのか……いや、そのどちらもというのもありえるのか。されど来ると知れた夜襲は奇計にあらずということは教えてやれそうだな」
西岐軍の夜襲を察知した聞仲太師は迎撃の準備を指示する。
夜陰に乗じ、三軍に別れ、ひそかに西岐城を出た西岐軍。時は初更も尽きようとする頃。現代の時間で言えば午後九時といったところか。戦鼓が打ち鳴らされ、三軍は一斉に声をあげ、朝歌の軍の陣営を襲った。
哪吒が風火輪を踏み、火尖鎗で炎をしごき突進する。暗闇の中、炎を纏い突進する姿を見て、成湯軍の兵卒は逃げ惑う。それを見た聞仲太師は急ぎ黒麒麟を駆り、目立つ哪吒を迎え撃つ。得意の金鞭は折れたものの流石は音に聞こえし聞仲太師。宝剣を振りかざし哪吒を抑え込む。
それを見た黄天化は哪吒を助けんと、颯爽と双槌を携え、玉麒麟を駆り立ちふさがる。金吒、木吒もそれぞれ宝剣を振り回し助太刀に駆け寄る。殺気が漲り、刀剣が交じりあう。この夜の戦いは激戦を極めんとする。
「またお前たちか。同じ仙道を極めんとする道友と思い情けをかけておったが、それもここまでよ。長年の修行を無に帰したくば、心してかかってこい」
もう容赦はせんと息巻く聞仲太師。
「ふん、手加減していたのこっちの方だ。お前なんか姜師叔の出番を待つまでもない。火尖鎗で封神台に送ってやる!」
対する哪吒も意気軒昂だ。
両軍の鬨の声が交錯し、馬群の響みが錯綜する中、成湯軍の営厨に潜んでいた楊戩が行動を開始する。陣中への潜入には、過日の魔家四将との戦の中で習得した雪銀花狐貂へと変化していた。今この変化を解いた楊戩、その英姿は三尖刀を掲げ、三昧真火を纏わせる。
そして振り下ろした三尖刀に導かれるように、三昧真火は糧食、飼料のことごとくを焼き尽くす。
劣勢の中、なんとか持ちこたえていた聞仲太師の目に、煌々と燃え上がる炎が映る。ここで糧食と飼料を失うと、軍が維持できない。この夜襲の目的を悟ったがもう時は遅い。すわ一大事と消火に駆けつけようとするが、煌々と燃え上がる炎から感じるは三昧真火の神気。ただでさえ水では消せないこの火。更にはこの場にいない楊戩のものだと気づき、全てを焼き尽くすまで消すことは叶わぬと絶望にかられる。
「お前たち闡教の輩は何の恨みがあってここまでするのか!」
血を吐くように呪詛をあげる聞仲太師。この時見せた隙をつくように現れた姜子牙。
またも必殺の打神鞭を放つ。至高の宝貝が、今度は狙い過たず聞仲太師に命中する。
打神鞭に打ち据えられた聞仲太師。額の第三の目から三昧火を噴きだし、戦いの包囲網から逃れていった。成湯軍の諸将は、聞仲太師を守り、血路を開いて退却を図る。辛環は空中から守りながら岐山へと軍勢を導いた。
退却する聞仲太師は今宵の出来事を振り返る。なぜ、たかが糧食や飼料を焼くのに三昧真火などを用いたのか?三昧真火を扱える格をもつ仙人、道士が凡俗の戦に手を貸すことからして異例すぎる。……これは単なる商と周の戦いでは収まらないと察した聞仲太師の顔色は蒼白となる。先ほど咄嗟に吐いた呪詛は的外れではない。
更に思い返すと、崑崙の門徒の多さからも明白だ。師の言いつけに背いた手前、合わせる顔がないと考えていたが、事は商のみならず金鰲島、截教の危急存亡にかかわる事態になりかねない。
辛環ら諸将に敗残兵を預け、一人、黒麒麟を駆り金鰲島へと向かった。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
もし「面白かった」「続きが気になる」と思っていただけましたら、下部にある【ブックマーク】や【☆☆☆☆☆】の評価で応援していただけると、執筆の大きな励みになります!
次回は明日23時に更新予定です。引き続きよろしくお願いいたします!




