第四幕 絶望の十絶陣 其の一
第四幕 其の一の投稿となります。よろしくお願いします。
※本作は『封神演義』の世界を舞台にしつつ、現代的な言葉遣いや独自の歴史解釈を多分に含んだ「IFファンタジー」です。神仙たちのシリアスな戦いと、メタ的なコメディ要素のギャップを笑って楽しんでいただければ幸いです!
其の一:馬群の響み、絶望を告げる。
■ 風前の西岐城外にて
**時は殷周革命中。朝歌の番人の出陣、危急存亡の秋**
西岐城の南門外。地平線を埋め尽くすように朝歌軍、三十万が陣を張る。『成湯』の文字が施された数百竿の旗が翻り、ひと際大きく、その中心で翻るのは『聞』の一文字。
誰あろう聞仲太師の軍旗である。小競り合いはここまでと、御大が出陣してきたようだ。地を揺らす、千軍万馬の響みが鳴り止まない。地平の彼方から湧き上がるその轟音は、西岐の兵たちの心の腑を圧しつぶさんばかりとなり、城壁を震わせる。
その中心に陣取った黒麒麟に跨りし聞仲太師が、「金鞭」を掲げる。この黄金の輝きを放つ鞭はただの武器にあらず。かつて二匹の蛟竜がその命を賭して変化したという一品。それが空に向けられるやいなや黒雲を招き、西岐の『終わりの始まり』が告げられた。
■ 泰然の乾元山・金光洞(魔窟)にて
**時は殷周革命中。破天の盤を整える**
楊戩から哮天犬に持たせた陣中の知らせが届く。受け取った玉鼎真人も流石に唸った。
「翠のぅ。弟子(楊戩)からの知らせじゃ。主の言った通り、南門に陣を張っておるらしい。じゃが、地の果てまで埋め尽くすような大軍らしいぞ。『哮天犬』で知らせを寄越すとは、よほどではないかのぅ。旌旗雲の如くと記してある。数百竿の旗らしいぞ。本当に儂らも救援に行かんでもよいのか?」
「はい。南門に陣を張ったということは、『黄花山』を通って来たということになるはずです。兵数は確か、三十万ほどのはずなので、旗の数としては数百竿はあるかと思います。楊戩師兄はどこから来たようだと?」
問いかけながら、翠は玉鼎真人に符を届けたばかりの哮天犬に、手近な器で清らかな水を与えた。哮天犬は当然のように翠の膝元に座り、喉を鳴らしてそれを受け入れる。翠がその銀色の毛並みを優しく撫でると、哮天犬は水を飲んでいる間だけだぞと言わんばかりの態度でそれを受け入れた。
主(楊戩)以外のものが触ることを決して許さない獰猛なる霊獣の面影はどこへやら。とはいえ、翠を新しい主と認めたというよりは、単に甘えている哮天犬に三奇仙は揃って目を剥いて瞠目している。やがて水を飲み終えた哮天犬はもう終わりだとばかりに体を震わせ、風のように主の下に飛んで帰っていった。
「それも、主が言った通りの場所から来たとあるわい」
玉鼎真人が見たこともない光景に目をまたたかせながら翠の問いかけに応えると、翠の緊張が少し緩む。
「それなら多分大丈夫かと」
三奇仙の視線に少し座りの悪さを感じたのか、照れくさそうに如意扇でペン回しをする翠。自身の偉業(主以外が勝手に霊獣に触れること)ともいえる行動には気づいていないようだ。
「翠殿ー 普通は三十万の大軍は安心できる兵数ではないと思うのでござるが……」
「雲中子師伯のご懸念は当然の帰結かと。今の西岐軍は六万ほど。対して朝歌の軍は三十万。城攻めに五倍の兵数であたる正当な軍略。流石は音に聞く聞仲太師。宿将ここにありといったところでしょうか」
「ほう、莫迦弟子は軍略が語れるのか? 面白い、続けてみせよ。この劣勢をどう挽回する?」
興が乗ったとばかりに身を乗り出す太乙真人。
「軍略は語れないですよ。ですが、此度の戦の趨勢は大方存じております」
翠は困ったなと考えるも、自分で分かる範囲で応える。
「まず、用兵には将が必要です。ですが、聞仲太師の手足となるはずであった武成王と、旗下の将は西岐軍にいます。他の将軍は四方の関に配置されており、聞仲太師の下には名だたる将はいません。私の識によれば『黄花山』で多少の将を得ますが、賊上がりの者たちで、唯一『辛環』という空を飛べる将がいます」
太乙真人は頷いて聞いている。敵方の現状分析は及第点のようだ。
「対して、西岐軍には、宝貝の権化である三哥や、玉麒麟を駆る天化道兄、七十二の変化が可能な楊戩道兄と、多彩な将がいます。朝歌の軍が三十万としても、多数は遊兵となり役にたたないかと。何より、姜師叔は太公望とまで称される軍略家。天命と相まって、此度も勝利を得ることは間違いないと思われます」
「ふん。軍略は語れないとはいえ、事の軽重は分かっているではないか。ただ、弟子どもも将の器ではない。用兵は武成王とその旗下の将たちが行い、敵の将に弟子たちがあたるといったところだろう。ということだ玉柱洞、金霞洞、安心したか?」
どうやら味方の現状分析は及第点に届かなかったようだ。修正されてしまった。
「ふむ。儂も弟子(楊戩)に用兵などを指南した覚えはないが、一騎討ちでは負けんだろう」
「もっともでござるな。となると、もう一つの話が気になるでござるな。本当なんでござろうか。確かに黄花山の先にある碣には『絶竜嶺』と書いてあるが、まさかあの聞仲殿がのう」
雲中子は首を左右に振り、翠から聞かされた衝撃的な話を反芻している。
「はっ、金鰲の大姐(金霊聖母のこと)の言いつけを破ったんだ。因果だろう」
「はい。聞仲太師は、『絶』という文字を生涯避けるよう、師である金霊聖母様から言いつかっているはずです。おそらく『絶』の字が、彼の命数を途絶えさすのだろうと思われます」
「貧道はそんな話を聞いたこともなかったでござるよ」
「当たり前だろう? 朝歌の番人ともあろうものが、己の弱点になるかもしれんことを吹聴するわけがあるまい」
少しは考えろと言わんばかりの太乙真人の返しに、面目なさそうに頭を掻き話を変える雲中子。
「それもそうでござったな。翠殿、じゃとこの戦は西岐の勝利に終わるということでござるな?」
「はい。勝利というか、聞仲太師を撃退するに留まるはずです。討つことは叶いません。また、兵の被害も多く、辛勝だったと伝わっています。そして、撃退された聞仲太師は、『金鰲島』の『十天君』を頼ることとなり、その十天君によって、恐ろしい『十絶陣』が敷かれることになります。この戦いで、闡教、截教の両陣営で多くの封神がなされます。今できるのはこの間に破天の計を進めることです」
「おおう、そういえば『十天君』とやらが敷く『十絶陣』とか言ってたな。前にも聞いたが、知らねぇやつと陣だな。なにより『絶』の字が入っているじゃねぇか。金鰲の大姐は弟子の命数を途絶えさす気かよ」
「いえ、それは違うと思いますよ。『十天君』とは金鰲島の十人の道士のことです。それぞれが、秘奥の陣を繰り出してきて、それが十あるので、『十絶陣』と伝わっています。だから実際には『絶』の字は関係ないかと」
「つまらん。新しい陣かと思ったら、金鰲のやつらの秘奥か」
翠の解説に、途端に興が冷めた太乙真人。
「然るに、その陣の名前だけならお前の『すまほ』とやらに書きつけてあるんだろう? 秘奥まで書きつけられているとは、お前のそれが一番恐ろしい宝貝かもな」
「そうでもないですよ。私の居たところでは、確かに世のあらゆる知識を知ったり、千里眼や順風耳のような能力がありましたが、今はこの革命についての知識が断片的に得られるだけです」
太乙真人の指摘に翠は応えながら、不思議だと考える。(なぜか、『封神・クロニクル』の攻略ページだけ閲覧可能なのよね。十絶陣の各陣の名前と術者は分かるけど、どういうものなのかは名前から想像するぐらい……まぁ、肝心の封神者リストとその役職が分かるってのは大きいわね)
「何にせよ、天命の先を窺うんだ。兆しでも十分だ。もっとも、俺にはその『すまほ』とやらは、お前に都合のいい書きつけしか見せてないような気もするがな」
「ならば翠殿。後でその十天君が敷く陣の名前と術者を教えてほしいでござる。貧道たちが存ぜぬとも、他の誰かが存じておれば、陣の理を解いて術に抗することも叶おうからな」
雲中子の言葉にふと、太乙真人と玉鼎真人以外の十二仙にまだ会っていないことに気づいた。しかし、そういえば十絶陣では全員が駆けつけてくれたはずと、思い直し、スマホの攻略ページを見ながら答える。
「そうですね。順番に言いますね。
秦天君の天絶陣、
趙天君の地烈陣、
董天君の風吼陣、
袁天君の寒氷陣、
金光聖母の金光陣、
孫天君の化血陣、
柏天君の烈焔陣、
姚天君の落魂陣、
王天君の紅水陣、
張天君の紅砂陣、
といった陣容です」
「おいおい。どれもこれも大層な名前の陣だが、術者は初めて聞く名ばかりだ。偉そうだがな」
「待つでござる太乙殿。十天君と名乗っているということは、天君は後付けな気がするでござる」
「ふむ…… 莫迦弟子、お前の『すまほ』とやらに十天君の真名は記されておらぬか?」
太乙真人の指摘を受け、改めて画面を見る翠。十天君の名前にリンクが貼られていることに気づき、タップしてみる。
「あ、分かります!
秦天君は秦完、
趙天君は趙江、
董天君は董全、
袁天君は袁角、
金光聖母は朱佩娘、
孫天君は孫良、
柏天君は柏礼、
姚天君は姚賓、
王天君は王変、
張天君は張紹、
という真名のようです」
十天君の真名を聞いた三奇仙は三者三様の感想を述べる。
「ふん、無名の輩ばかりかと思っていたら、太素宮の鏡磨きが混ざっているぞ。聖母などと大層な名乗りをしているが、その昔、太素宮で磨鏡の役に付いていた娘だ。宮を降ったあと、伝使からの依頼で、一度様子を見に行ったから間違いない。まあ、あれだな。陣名からして、太素宮の秘宝の鏡を使っていそうだな」
「なんと、太素宮の朱佩の君でござるか!? 行方知れずと聞いてござったが金鰲島で修行されておったとは。なんとも不可思議なご縁でござるなぁ」
「ふむ。儂はその朱佩娘とやらは知らんが、かなり前に太素宮の照天鏡とやらの一部が失せたとかで、弟子(楊戩)が捜索に駆り出されておったのは覚えておるぞ」
一柱しか分からなかったが、十二仙で共有すれば、まだ何かしら分かることがあろうという結論になった。しかし、事の仔細を伝えることも憚れるため、まずは名だけを存ぜぬか聞くための符を送ることにした。他の十仙に手配を行った太乙真人は、玉鼎真人に声をかける。
「まぁ、今は天命がまだ味方だってことだ。金霞洞、『まだ大丈夫だ、しっかり戦え』とお前の弟子から白鶴洞の弟子に言づけてくれ。俺たちは今から榜の名の位置の特定をしなきゃならん」
「うむ」
瑶池より持ち帰った『遺物』を囲むように三奇仙と翠は座った。
「莫迦弟子よ、まず最初に封神の儀により、神位を賜るものと、その位を教えてくれ」
翠はスマホの攻略ページを操作する。
「はい。『柏鑑』という方で、三界首領八部三百六十五位清福正神だそうです」
「なんだ、行き成りわけが分からん。柏鑑て、あの柏鑑か?」
「あの柏鑑の『あの』とは?」
「火雲洞の三聖と隠棲している、帝だったやつの将軍の一人」
「太乙殿、それでは伝わらないでござるよ。黄帝……翠殿は悪鬼・蚩尤と戦った黄帝という御仁はご存知か?」
めずらしく話に割り込む玉鼎真人。
「戦の話か? 儂に任せろ。確か、千年以上も前になるが『涿鹿の戦い』という戦があっての。先刻まで、太乙の、雲中のと拝謁してきたじゃろ? 九天玄女様に。ああ見えて、かの軍神は千年以上も前でも活躍して(ビシィッ)痛っ のだ」
不可視のはずの翠の道服から出ていた霊糸が青白く光ったかと思うと、玉鼎真人の鼻面に命中していた。真冬の静電気のようだったと翠は後から振り返る。
「え゛っ」
「ぎょ、玉鼎殿!? まだ翠殿の道服の霊糸は取ってないでござるぞ?」
「金霞洞はここで『えーる』を呑んでいたからな。知らんだろうよ」
金霞童子が先ほどよりも血相を変えてやってくる。
「玉鼎師叔!? また赤符です。先ほどより霊圧が高く、火急を要するようです!!」
心当たりが全くない玉鼎真人は首を傾げる。
「金霞洞。当たり前だろう? 早く行ってこい」
またもや少しは考えろと言わんばかりの太乙真人。納得がいかないようではあるが、鼻をさすりながら召令に従う玉鼎真人。
顔を引きつらせながらも雲中子は続けた。
「ま、まぁ、子牙殿からは聞いておるでござるよ。その柏鑑どので間違いない」
「そうか、まあ柏鑑が実は誰かはどうでもいいのだが、名前が気になっただけだ。大事なのは八部三百六十五位か。となると雷部や火部があるな。で、次は?」
玉鼎真人が贄と供せられた原因がどうでもいいと切り捨てられたことに戦々恐々としながらも翠は説明を続ける。続く名を見たときに最早先ほどの出来事を忘れ、少し心が暖かくなるのを感じているのは、やはり師弟故か。
「次は管領三山正神 炳霊公 黄天化様 です」
少しでも凛と読み上げようとする翠だが、声がうわずっている。
「おや、次は意中の『天化きゅん』か?」
そんな弟子をにまにまと見ながら揶揄しようとするが、神位とその領域が示す重大さに気づき言葉を飲み込んだ。
「……いや、笑い事では済まぬな。神位としては最高だが、盤面としては最悪だ」
いつにない師の焦った様子に不安に駆られる翠。
「え、何かまずいことがあるのですか?」
質問する翠に更に問いかける太乙真人。
「おい、父親の武成王は次か、その次ぐらいの岳という位にないか?」
「は、はい。おっしゃる通りです。三番目が黄飛虎様で、五岳正神 五岳首領 東岳泰山天斉仁聖大帝です」
「残りの四岳も縁戚ではないか?」
「はい。その通りです。黄飛虎様の義兄弟の崇黒虎様と、将軍様達です。あの、私には何がなんだか……」
「大羅天の考えそうなことだな」
雲中子が、太乙真人を窘めるように割って入る。
「太乙殿。翠殿の道服にはまだ霊糸が残ってはござらんか? 翠殿。今出てきた神位が治めるのは三山五岳と申すでござるが、三山は、蓬萊山、方丈山、瀛州山、五岳は泰山、衡山、嵩山、恒山、崋山とあってな、仙界の三山と、人界の五岳にあたるでござる。つまり、黄家は此度の革命に一族郎党ことごとくを代償に、未来永劫、仙界と人界を守護する栄誉を賜ったというわけでござる」
意味を理解した翠。顔色が蒼白となる。
「そ、そんなことって……」
「だから言ってるだろう。大羅天の考えそうなことだと」
「太乙殿ー」
「白鶴洞の弟子には、良くない卦がでたので、ああは言ったが、翠よ。これは本当に厄介だ。凡夫なら厄介だが、仙人であれば機が拾えると考えていたが、天化の天命はそんな安易なものではない。仙人ですら呑みこむものだ。これを覆すには、今の準備ではまだ足らんぞ。どうする?」
「どうするも何も、今から考えます! 諦めたらそこで試合終了。絶対救ってみせるわ!」
「『シアイシュウリョウ』というのは何やら分からんが……覚悟は伝わった。盤の向きを変えるぞ! 太素宮の伝使から依頼された公主はどうなんだ?」
翠は震える指先で画面をスワイプして目的の項目を探す。雷部、火部、瘟部、
「どこかしら……」
斗部、五斗、東斗、西斗、中斗、中天、南斗、北斗、
「弟の天祥様は天罡星です」
「童にしては破格だな」
「ありました!群星正神 紅鸞星です」
「やはりな。星までは知らんが、部としては盤を設えた者にとっては理に適っているだろうな」
「……どういうことでしょうか? やはり天界のお姫様として相応しいのですか?」
「逆だ。今回用意されている席の中でも、最も凡庸な多勢を占める。百かそこらというところだ」
太乙真人の意図するところがさっぱり伝わらない翠。
「そうだな、さっきお前が心配していた弟とやらは、天罡星と言っていたな。これも斗部ではあるが、更に枢要を占める五斗群星の一席となる。こちらは三十席ほどだな。三十席の中の一席と、百席より多い席の中の一席とは、比べ物にならないとは思わんか?」
「え、でも天祥君も活躍したからではないのですか?」
翠の的外れな推量に首を左右に振る太乙真人。
「莫迦弟子。お前ももう少し考えたほうが良いな。お前にとっては、すべて幾星霜の昔の話かもしれんが、この封神榜に名が記されたとき、弟は名をあげていたか? 功をあげていたか? そうではあるまい。もしかすると生まれてもないやもしれん。大羅天の姫というほうが、よほど名が上であろう」
太乙真人の指摘にやっと事の重大さが飲み込めてきたのか、みるみる蒼白となる翠。
「つまり、黄家の名を記したやつらは、未来永劫、黄家を使役したいらしい。公主の方は違うな。大羅天の姫というものすら、過度な名だと考えている。多数の中に埋もれさせたいんだろう。どちらもいい趣味してやがる」
「……一体どうすれば……」
諦めないとは言ったものの、あまりにも狡猾な計画に、抵抗の糸口すら見えず悄然とする翠。
「他にも探せば同じような話、境遇の者もいよう。だが全てを救うのは無理だ。元々が動き出した盤上だ。刻でさえそれほど余裕はない。あるのは、『星霜の証し人』であるお前の識と、俺の盤外の術理だ」
「太乙殿ー 貧道を忘却の彼方に置くのは寂しいでござるよ。貧道も合力するでござるよ」
本当に寂しそうに言う雲中子。その忘却の彼方からもう一人。時は短くとも数多の思い出を共有する親友にして師匠の心強い声が脳裏に閃く。『翠。右が大事なんよ』自分はこのメニューを使った攻略方法を教わったのではなかったか。自然とその言葉が口をつく。
「右が大事」
「ほう。莫迦弟子にしては冴えているではないか。そう榜の右側に、黄家が集中する。こちらが消えるのは不自然だ。反対に、真ん中に来るだろう群星正神は、一つや二つ消えたところでまず気づかない。何もなくても、そんなものだろうとなるやもしれん」
雲中子の訴えが無かったの如く計を進める師弟に、ますます情けない顔となる雲中子。
「翠殿ーー」
「は、はい雲中子師伯。大丈夫ですよ。師伯は私がこちらに召喚されてからずっと味方をしてくださいました。師父は太乙真人様ですが、雲中子師伯は保護者? はないのか、親代わりだと思っていますよ」
「玉柱洞。何をとぼけたことを言っている。あんたがいないと誰がこの洞府の星辰の運行を司るんだ。今更だろ」
二人からの言葉にうれしそうにする雲中子。もう一人、酒臭いのがいたのではとよぎったが、すごぶる気分の良さにどうでもよくなったのは、やはりこの方も似たもの同士ということか。
魔窟での破天の盤を整える作業は続く。
■ 風前の西岐城外にて
**時は殷周革命中。朝歌の番人と対陣中、危急存亡の中**
聞仲太師が率いる朝歌の軍勢が、西岐城南門前に陣を張ってから三日後、両軍は激突した。
これこそが、聞仲太師が西岐で展開した最初の大戦だ。聞仲太師自ら黒麒麟を駆り西岐軍に襲いかかり、姜子牙もまた四不象に跨り応戦する。大将同士の一騎打ちだ。その周りでも、配下の武将が激しく激突する。
そんな中、聞仲太師の金鞭に打たれた姜子牙が四不象から転がり落ちた。すかさず首級をあげんとする聞仲太師。とっさに哪吒が割って入る。
「師叔を何とする!」
猛然と風火輪から風と炎を逆巻かせ、火炎槍を突き立てる。これにはたまらず聞仲太師も踏みとどまり、金鞭で跳ね返す。その隙に助け出される姜子牙。
しかし今度は哪吒が聞仲太師の猛攻にさらされ、風火輪から叩き落される。今度は金吒が割って入り、手に持った宝剣で金鞭を受け止める。その隙に木吒が哪吒を救い出した。鮮やかな兄弟の連携。これを見た聞仲太師は額の目を怒らせ、怒涛の勢いで金鞭を振るう。この金鞭、もとは雌雄二体の蛟龍が絡まったもの。陰と陽の気の絡みが解け、双鞭となり襲い掛かり、李家三兄弟を打ち据える。
これを見た楊戩が颯爽と三尖両刃刀を振るい、双鞭を退けた。双鞭をこともなく退け、泰然と対峙している容貌非凡な楊戩を見て聞仲太師は内心、舌を巻く。姜子牙を助け次々と現れる崑崙の門徒。その層の厚さに感嘆するも、こちらの配下はと見やると、果たして一人の玉麒麟を駆る若武者に抑えられている。
朝歌軍が圧してはいるものの決め手にかけ、どうしたものかと思案していると、配下が『荒風幟』を取り出し、数回振るう。たちまち、砂や小石が巻き上げられ、黄塵万丈となり、視界が遮られる。
西岐軍の兵は風に追い立てられ、砂に目をやられ、小石に打ち据えられる。次第に西岐軍は退却を始めた。これを見た聞仲太師、これを追わず、勝鼓を鳴らすよう指示をして野営に戻った。初戦は成湯軍の勝利というところか。成湯軍の気勢があがる。
一方、城に逃げ帰った西岐軍。皆、暗澹たる面持ちだ。そんな中、聞仲太師と渡り合うも、そんなことはなかったかのように飄々としている楊戩の元に玉鼎真人からの符が届いた。中を確かめた楊戩は、にまにまとしながら黄天化に声をかける。
「天化きゅん。師父からの言伝だ。『此度の戦ではまだ大事無い。全力を尽くせ』とのことだ」
「楊戩道兄、揶揄わないでくれ。言伝はありがたく受け取った。しかし、此度のこと、本当に姜師伯に話さなくとも良いのか?」
「それはまだらしい。太乙師伯が盤外の計を図っているとのこと。しばし待てとあったよ」
「事が事だけにそうなるのも致し方なし。わかった。老師たちと、かの『辟邪の瞳』を信じて待つとしよう」
「そうだね天化きゅん」
「だからそれは何なのだ? 楊戩道兄、知っているならご教示願いたいが、できれば人前では止めて欲しい気がする」
「貧道も知らないよ。あの娘の様子からして、何かしらの敬称だとは思うけど、君の直感が正しい。衆目に晒すべきものではないかな。だけど、情愛は見て取れるし、面白いから崑崙の門徒の間では使いたいねぇ」
なんとも言えない表情になる黄天化。二人は遠く乾元山の方を見やるのだった。
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