第三幕 哀訴の戦女神 其の三
第三幕 其の三の投稿となります。よろしくお願いします。
※本作は『封神演義』の世界を舞台にしつつ、現代的な言葉遣いや独自の歴史解釈を多分に含んだ「IFファンタジー」です。神仙たちのシリアスな戦いと、メタ的なコメディ要素のギャップを笑って楽しんでいただければ幸いです!
其の三:太素宮の階、陰謀を春風駘蕩と流す。
■ 乾元山・金光洞(魔窟)にて
**時は殷周革命中。破天の胎動**
金霞童子から手渡された赤符を見つめる太乙真人。しばらくすると溜息とともに切り出した。
「莫迦弟子。お前もご指名だ。玉柱洞もついてきてくれ。金霞洞には、すまんが留守を頼みたい。西域の『えーる』とやらを置いておく。他の者は、一度西岐城に戻れ。朝歌の番人が攻めてくるはずだ。くれぐれもここで見聞きしたことはまだ秘密だ。爺(姜子牙)に対してもな」
何か言いたげな楊戩。しかし一同をみやり崑崙の門徒をまとめることにした。
「それでは皆さん、姜師伯がお待ちです。一度城に戻りましょう」
後ろ髪を引かれるように翠を振り向きながら歩く黄天化の背を押すように、崑崙の門徒たちは洞府を去って行く。
「太乙のぅ。えーるのことは任せておけ」
「それはよいでござるが、太乙殿? その形で、瑶池に赴くでござるか?」
「それを言うなら玉柱洞もだろう?」
「貧道は笠を花笠にするので問題ないでござる」
「……一盞茶ほどまて」
言い残して洞府の奥に向かう太乙真人。
残った翠は雲中子におそるおそる尋ねる。
「あのー、雲中子師伯。私も何か整えた方がよいのでしょうか? と言っても、未来の衣装しかないのですが……」
「あぁ、翠殿は、そのままで案ずるに及ばずでござるよ。召令を出してきた九天玄女様が用意された道服でござるから」
それもそうかと待つこと一盞茶。
奥から出てきた太乙真人を見て、翠は息を呑む。光を吸い込むような蒼黒の髪は、瑞雲を纏ったかのように清らかに整えられ、無造作に後ろで束ねられている。野放図だった髭の下からは、シニカルな笑みを湛えた蠱惑的な口元が露わとなっていた。
(……衣冠を正せば、それなりにはなるのですね。師父)
「へ、誰? イケメンすぎ……てか『封神・クロニクル』の限定版太乙真人そのものなんですけど!?」
「……翠殿。おそらくでござるが、本音と建前が逆になってござらんか?」
頓狂な翠の表情から類推してくる雲中子。
目まぐるしく話が進み、後回しにしていた疑問が噴出する。崑崙の門徒は皆、『封神・クロニクル』の同名のキャラクターと似通っていてイケメンばかりだった。何か因果があるのかとは思っていたものの、三奇仙はあまりにも違うので、すっかり油断していた翠。しかしあまりのギャップにパニックで立ちすくむ。
その様子を見た雲中子は面白そうに言う。
「太乙殿が正装すると、天界の美姫が放っては置かんでござるよ」
「どうした莫迦弟子。木石の如く立ち尽くして。まさか俺に見惚れたとは言わさねえぞ」
「ち、違います。スマホの中にある絵姿とあまりに酷似しているので、びっくりしただけです!」
照れ隠しもあるのか、早口に言い立てる翠。
「ほう、それは面妖な。『すまほ』の中にある絵姿は、戻ってきてから見せてくれ」
「それでは参ろうでござる」
三人は光遁を借りて瑶池に向かった。
■ 崑崙の頂、雲漢の入り口付近にて
**時は殷周革命中。太素宮出頭中**
光遁を借りることしばし。目の前には巨大な滝が下から上へと落ちている。重力を嘲笑うかのような圧倒的な光景に、翠は言葉を失った。
「ここが、天界と仙界、そして人界を隔てる境界の門『三界の門』でござるよ」
雲中子の言葉に促されるままに近づいていくと、滝の飛沫が虹色の霧となり、視界を包む。あっと思う間もなく霧が晴れた先には、三丈余(約5m)はあろうかという、白玉を彫り抜いたような堅牢な門扉が立ち塞がっていた。その左右には、それを守護するかの如く、直立不動で槍を携える神将が二柱。太乙真人はおもむろに赤符を掲げながら宣言する。
「開門! こちらの符により召喚された崑崙山の太乙真人だ。同行は、弟子の一人と、終南山の雲中子」
神将は、赤符を見ると、すぐに門を開けた。
「はっ、九天玄女様より言い遣っております。こちらへどうぞ」
音もなく開く門。その奥からは、芳醇な霊果の香りと、濃密な霊気の風が吹き抜けてきた。
■ 瑶池、蟠桃園にて
**時は殷周革命中。太素宮出頭中**
一柱の神将を先頭に歩くことしばし、雲中子が首をひねりながら問いかける。
「神将殿。こちらは太素宮に向かう道ではないと記憶しているのだが?」
問われた神将は、問いかけた雲中子よりも太乙真人に目を向けながら応える。その瞳にはありありと敵意が見て取れる。
「某は、九天玄女様より、あそこに見える亭に案内するよう指示されている。それ以外は知らん」
「まぁ、良いではないか雲中子。伝使殿がこちらでというのならそうなんだろうよ」
「つ、伝使だと! 貴公っ! 放言も大概にせよ」
神将の勢いに呑まれる翠。太乙真人は春風駘蕩と流している。
「早く案内しないと、叱責を受けるのではないか?」
「貴様に言われるまでもない! 黙ってついてこい」
憤然と先を急ぐ神将。首を竦めついていく三人であった。
**時は殷周革命中。九天玄女の私亭**
亭に近づいてくると、今度は二丈余の雅な作りをした門があり、一人の童女が佇んでいる。
「某の案内はここまでだ。あとはあの童女に従うとよい。くれぐれも粗相のないようにな」
と、太乙真人を睨みつけながら、神将は来た道を元に戻る。入れ替わるように童女が、鈴を転がすような声で告げた。
「九天玄女様がお待ちです。こちらへ」
案内されたのは、亭の最奥に位置する一室であった。そこでは、深碧の衣を纏った美しい女仙が、瑞雲をそのまま固めたような純白の雲床に片膝を立て、優雅に寛いでいた。彼女の周囲には、鏡のような水を湛えた幾つもの盆が浮かび、それぞれに下界の戦火や人々の営みを映し出している。誰あろう、九天玄女その人だ。時折、鋭い眼差しで盆を見る様は、軍神の名に違わぬ凛烈たる気配といったところか。
その光景を一瞥した太乙真人は、皮肉と侮蔑を共存させて言い放つ。
「やはり、盗見ていたんだな。伝使よ。符の到着の折がよすぎる」
九天玄女は盆から視線を外さず、艶やかに微笑む。
「あらあら、手厳しいご挨拶ね。太乙ちゃん。女性の部屋に招かれたら、まずは淑やかな挨拶から始めるものではないのかしら?」
「た、太乙ちゃん!?」
引きつる翠。雲中子はやれやれ始まったと諦観の表情だ。翠の引きつった声に引かれたように九天玄女は顔を上げ、ころころと笑う。
「まぁ、初めまして。李 翠……いえ、神代 翠さんと呼ぶべきかしら? 妾が、太素宮の伝使の九天玄女よ。よろしくね」
「は、はい。翠です。よろしくお願いいたします」
とんでもない自己紹介と核心を突いた一言という名の爆弾に、翠は受け止めることもできず、ただ魂魄が抜け落ちたように目を白黒させながら、型通りに返事をするしかなかった。
「伝使よ。ことの初めに聞いておきたい。この莫迦弟子が、この時代に現れたのは、お前が設えた盤の上か?」
九天玄女は、太乙真人の舌鉾を避けるように視線を落とし、寂しげな微笑を浮かべた。
「太乙ちゃんの悪い癖ね。もっと会話を楽しまなくては……けれど応えてあげる。『否』よ」
彼女の指先が、一つの盆の水を静かに揺らす。
「妾にできるのは、流転する事象から先の流れを詠み解き、一手を投じることだけ。いつか貴方が教えてくれた、あの『ユグドラシル(世界樹)』の袂に住む『ノルン』のように、天命の糸を操るなんてことはできない……公主の悲劇すら、妾にはどうしようもなかった。けれど、そんなとき、奇妙な卦がでたわ。李家に辟邪の瞳を持つ娘が現れると」
思いもかけない九天玄女の告白に、またもや目を白黒させる翠と雲中子。太乙真人だけは、ニタニタと九天玄女を生暖かい目で見ている。秀麗な貌なだけに、その不遜な尊大さが際立っていた。しかし、追及の手を緩めない太乙真人。
「しおらしく語ったが、もう一つ言うことがあるだろう。俺の洞府には千里眼、順風耳を通さない結界を施してある。伝使お得意の水盆とて、内を映すことは叶わぬはずだ。ならばなぜ封神榜の話をした折に、これに符合したかのような赤符が届いた? 翠の道服だな?」
しおらしい雰囲気が霧散し、さっと目を背ける九天玄女。
「お前はさきほど言ったな。『流転する事象から先の流れを詠み解き、一手を投じる』か。だがこの一手は無数の策を孕んだ一手だ。翠の出現を知ったお前は、突然の客を保護する慈悲を見せつつ、俺の庇護下にあると知るや、俺の洞府を探る仕掛け……おそらく霊糸を道服から出せるように仕込んだんだろう。一つの策に複数の毒を込める。軍神の面目躍如だな」
「御明察。あらあら、褒めてくれるなんて珍しい。その娘の影響かしら?」
「……褒めてねえ。お前の依頼を莫迦弟子が遂行するための条件の一つだ。俺の洞府を覗き見るな」
「それはできない相談だわ。というか、もう無理ね。貴方に露見してしまったもの」
やれやれと首を振る九天玄女。
「これは忠言よ。ただでさえ貴方の洞府は、天界でも危険視されているの。洞の中まで透かし見れたことを奏上する前に、貴方に露見したことが分かったことは僥倖だわ」
そして、突然あらぬ方向にあちこち視線を向けながら話す九天玄女。
「これで、妾……は、しばらく動けない。だけど、これまで通り、周囲の観測だけはさせて頂戴。貴方を守るためにもなるのよ」
何かを察したのか溜息をつきながら太乙真人が譲歩する。
「『妾は』……か。そこが落としどころか。致し方ない。ところで、封神榜の話をした折に呼び出したということは、これについて知っているんだろう?」
「ほんと、喰えない人ね。いいわ。教えてあげる。貴方たちがこれ以上変な深入りをしないようにね。まずはあの封神榜の元になった『遺物』の説明からね。こちらへ」
**時は殷周革命中。因果溜の畔**
玄女に導かれ、四人は小さな水溜りのほとりにやってきた。ただ、水溜りほどの大きさとはいえど、何か深淵を覗き込むような底しれぬ深さを感じる。また、周囲は翠の目からみてもゴミだらけで雑然としており、とても天界の一部とは思えなかった。
「ここは、瑶池の一角とは思えないほど、雑然としてござるな」
「ええ、日々清めているのだけど、ここだけはすぐにこうなるの。ここは因果溜といって、刻の澱が溜まるとされている場所なのよ。時折、『遺物』と呼ばれるものを吐き出すわ。天化きゅんの『莫邪の宝剣』もここから出たものなの」
ちくりと刺される翠。軍神の一撃は鋭い。翠は必死に返す。
「天化きゅ、様の『莫邪の宝剣』は、周代の後期に製造されたと伝わっています。つまり、未来から来たということになります」
「流石ねぇ。『オシ』の事は何でも知っているのね。偉いわ」
「莫迦弟子で遊んでないで、話を進めろ」
「そうね。太史局(天界の学術機関)でも時間と場所の因果が混在しているという説が有力だったわ。図らずも、未来からきた翠さんがそう言うのなら、蓋し間違いなしということになるわね。翠さんは、幾多の星霜を越え、真実を見届けた証し人。言わば『星霜の証し人』ということになるのかしら。それで……封神榜の元になったものなのだけど……」
きょろきょろと周囲を見る九天玄女。ほどなく目的のものを見つける。
「在ったわ。これもよく吐き出されるのよね。これが封神榜の元になった榜よ」
と言って見せられたものを見て、翠は目を剥き、魂魄を吐き出さんばかりとなる。翠の様子に慌てる九天玄女。
「え、翠さん、これってそんなに凄いものなの?」
一方、翠の反応に慣れてきた二仙は冷ややかだ。
「おそらく、知っているでござるけど、すごいというよりは呆れてる感じでござるな」
正鵠を射る雲中子。
「だな。こやつの身近にあるものなんだろう。『何故ここに』と言うだろうよ」
予言する太乙真人。翠はたまらず叫んだ。
「なんで、びっくりド〇キーのメニューがここにあるのよ!?」
翠の絶叫が、静謐な瑶池に木霊する。それは重厚な木枠の窓とそれを閉ざす扉を模して造られた、現代人なら誰もが知るあの大手ハンバーグチェーン店のメニュー表であった。
これも宇宙の真理(食欲)ともいえないこともないではあろうが……
「翠さん、これが何か知っているのね?」
詰め寄る九天玄女。その瞳は軍神としての矜持と、未知への渇望に揺れている。翠は、はぁと頷く。
「知っているも何も、これは私の時代の……酒家? のお品書き? と言えばわかるかしら……」
「『オシナガキ』? ってなにかしら?」
「えっと、膳の目録だと伝わるのかしら……」
「『ゼンノモクロク』……では太史局の博士たちが宇宙の真理を刻んだ数式だと崇めていたこの文字や術式を表す紋様は、単なる『供される膳の書き出し』だと言うの!?」
九天玄女は信じがたいものを見る目で、その遺物―『びっくりド〇キーの木製メニュー』―を凝視した。
「……双成(董 双成:とう そうせい)に詫びなければ。あの子が最も真に迫っていたというのね。あの子が、『膳を映しとったものでは』と申すので、妾が博士たちに具申したのよ」
その時のことを思い出したのか九天玄女の表情が少しだけ険しくなる。
「けれど博士たちは未知の術式に違いないと譲らず……結局、太史局の穏健派の博士たちが視肉を用いて試したのだけど、あまりの味の不調法さに悶え苦しんだわ。まだ臥せっているものもいるの。太史局の博士たちへの無礼の罰として、今も謹慎を言いつかっているわ。一歩間違えれば双成が封神台送りになっていたかも」
とんでもないとばっちりもあったものである。翠は引きつる頬を自覚しながらフォローをする。
「いえ、私のいた遥か先の星霜で、ようやく編み出された膳。絵姿だけでその秘伝の味を想像するのは、いかに太史局の博士たちとて不可能にございますわ」
「この奇妙な彩りを見るに、およそ口にして良いとは思えんでござる。博士たちは一体何を想像して口にしたのか知りたいでござるな」
やれやれと首を振る雲中子。
翠はよく注文したチーズバーグデ〇ッシュの、肉汁とチーズとお米の三位一体となったハーモニーを思いだし、たまらず反論した。
「えー おいしいですよ? 思い出したら涎が出そうです」
「おい莫迦弟子。視肉が少しあるから、お前試してみろ」
金光洞では視肉を食べ損ねていた翠、喜んで食べる。その姿をじっと見つめる太乙真人。彼の浄眼が妖しく光る。
「『ちーずばーぐで〇っしゅ』というのか。牛の乳の凝固物と、牛と豚の肉が主な材料か。どれ。ほう、食べたことのない味だ。西方のエルトリアの連中が喜びそうな味だな」
「太乙殿。ずるいでござる」
「ふん、浄眼がないやつには無理だな」
「味を再現する宝貝を作って欲しいでござる」
「嫌だ。俺には意味がない。無駄だ」
記憶にある味に満足する翠。ならばと次はあっさりが良いか、なら「おろし」か? それとも最も馴染みのある師匠の点心か? などと食欲に支配され、次を摘まもうとする。太乙真人が鋭く指摘する。
「莫迦弟子。俺は別の味にも興味があるから摘まむのは構わんが、自分の腹と相談したのか? それは一つまみで一食分の霊力が詰まっているらしいぞ」
差し伸べた手が空中で凍りつく。言われてみれば、一皿食べきった満足感があった。
「……う、本当だ。お腹いっぱい……たった一口なのに……色々味わいたい……」
「次にするんだな。その視肉はお前がそのまま持っておけ。この袋にいれておけばいい。無駄に増えん」
と巾着のような袋ごと渡す太乙真人。ほのぼのとした師弟のやり取りを興味深げに観察していた九天玄女は、感想ともとれる一言を漏らす。
「今更だけど、『浄眼』の太乙ちゃんの所に、『辟邪の瞳』を持つ翠ちゃん。これも天命の差配かしらね。ふふ、本当にお似合いよ」
「そんなことはどうでもいい。で、なぜこれが封神榜の元になったのだ?」
「さっき話してたじゃない。この重厚な扉を開けると、お皿や盆を封じている。文字らしきものもきれいに整って載っている。まさに、今回の神界の手本とするにはちょうど良かったらしいのよ。それに私が一番知りたかったことは知れたわ。双成も喜ぶわ。お礼に亭に戻ったら、貴方たちが知りたいことを一つだけ教えてあげるわ」
聞いていて気が遠くなる翠。しかし起こってしまったことは仕方がない。
**時は殷周革命中。九天玄女の私亭**
一つだけメニューを持ち帰った一行。亭に辿り着くと先ほどの童女が待っていた。
「おかえりなさいませ。玄女さま。道士の皆様。お茶をお持ちしますね」
「ありがとう飛瓊(許 飛瓊:きょ ひけい)。お茶を淹れたら双成にも来るように伝えて」
「え、でも双成姉は謹慎中で、お客様の前には……」
「いいのよ。誤解が解けそうなのよ。あの娘が一番、真に迫っていたことを、こちらの『星霜の証し人』が教えてくれたわ。今すぐは無理ですけど、事が成った暁には謹慎の撤回を奏上しましょう」
「はい玄女さま。ありがとうございます。双成姉も喜びますわ」
鈴を転がすような声で喜びも顕わに踵を返す飛瓊。「星霜の証し人」と紹介された翠に会釈をして奥に向かう。一行も部屋の中央にある机を囲んだ。
「早々に懸念が一つ片付くなんて、僥倖ね。こちらで話をするわ。その前に太乙ちゃん術式をお願い。あるんでしょ?」
「お前なぁ、持ってなかったらどうするつもりだ?」
何やら術式を展開する太乙真人。翠は埒外に置かれたようだ。気のせいか、亭の外の音が消えたような感覚にとらわれる。
「これでいいか?」
「あるじゃない。もう太乙ちゃん。始めに言ったわよね。悪い癖よって。貴方がいつ決定的な証言をするかと冷や冷やしながら話してたじゃない」
「で、誰なんだ? ここを覗き見るなんて大それたやつは?」
言葉の意味を理解した翠は息を吞む。雲中子も瞠目している。
「分からないわ。私が気づいたのもこの遺物を拾ったからなの。あの日、双成がこの遺物を持ち帰ってきてね、あの娘は最初からこれが膳だと言っていたわ。どんな味のするものなのか知りたいってね。そんな時よ。大羅天の弥羅宮から使いがきて、この遺物を献上しろって。後は貴方と同じ。折が良すぎて気づいちゃったってとこかな」
「ふん。双成は口封じか。よく謹慎にできたな」
「あぁ、それは例の視肉の試しのときにね、試す博士たちの顔ぶれを見て不思議だったのよ。万に一つでも何か功が出るかもというときに、穏健派しかいないのはおかしいってね。すぐに私が双成を叱咤したわ。案の定、穏健派の博士たちは私に叱咤される双成を見て、自分たちの行いが軽率だ、双成は悪くないって言ってくれたわ。だけど、他の博士たちが騒いだので謹慎という形に落ち着いたのよ」
「蟲毒の壺だな」
太乙真人が苦々しげに吐き捨て、重苦しい雰囲気が漂う。
「お茶をお持ちしました」
見計らったかのようにお茶を給仕する飛瓊。後ろには同じような格好をした童女がいた。
「聞いたわね。双成。しばらくは謹慎していてちょうだい。この革命が終わればすぐに元に戻れるわ」
「玄女さま。わたくしめのためにありがとうございます。双成は引き続き謹慎しております」
「さて、こちらの話はお終い。貴方たちの知りたいことは? あの場では、一つと言ったけど、いくつでもどうぞ」
ほっと息をなでおろす雲中子と翠。一つだけだと、依頼の竜吉公主と、黄天化のみ? だけしかわからず、土行孫や鄧蝉玉が犠牲になってしまう、どうするかと案じていた。
「お前に借りを作るのは面白くない。貸しは多い方がいい。一つでいいぞ」
太乙真人の言葉に目をむく二人。九天玄女は面白そうに太乙真人を見つめる。
「意地張っちゃってぇ。名を記してある場所を知りたいのでしょ? 数人分の。一つでは足りないのではないかしら? だからいくつでもって言ってあげたのに」
「お前、そう言っておきながら、しっかり貸しに数えるだろう?」
「いやあねぇ。そんな貪婪なことはしないわよ。妾は軍神よ?」
と言いつつも目を合わさない軍神。それみたことかという表情の太乙真人。
「神算鬼謀のな。まぁ、此度はそんな難しい話ではない。本当に一つで十分だ」
「……あら、褒めてくれるのねありがとう。でも神算鬼謀よりは、神機妙算と言って欲しいところね。太乙ちゃんの良くないところよ」
「あぁ、もう話が進まん。あの遺物を封神榜の型と決めたやつらは、あれを何と見立てた?」
一同が太乙真人を見ることしばし。ややあって、九天玄女は深いため息をついた。
「……さすがね。三才の型よ」
さらに良くわかってないような翠。雲中子も何やら思案気だ。
「でも分からないわ。それが分かっても封神される者の役職まで……」
と言いかけた九天玄女は目を見開いて翠を見る。
「『星霜の証し人』……なるほど」
ここに来て雲中子も驚愕の表情で翠を見ている。
「そうでござったか。貧道は太乙殿が乱心したかと心配したでござるよ」
未だ翠は理解の埒外だ。
「えぅ、え、どういうことですか? 私何かしました??」
「これからするんだよ」
「また私で実験するんですか!?」
非難の眼差しとなる雲中子。九天玄女は柳眉が逆立っているようだ。
「なんでそうなる。お前の識ることをもう一度話せということだ」
「日頃の行いが悪いからでござるよ、太乙殿」
「貴方、娘さんになんてことしてるの!?」
翠の不用意な一言で場は混沌と化する。せっかく整えた髪をくしゃくしゃにしながら太乙真人は投げ遣りに一喝する。
「ああ、もういい。用はすんだな? 洞府に戻るぞ」
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
これにて第三幕は閉幕となります。いかがでしたでょうか?
次回、幕間を挟み、その後第四幕へ突入します。
もし「面白かった」「続きが気になる」と思っていただけましたら、下部にある【ブックマーク】や【☆☆☆☆☆】の評価で応援していただけると、執筆の大きな励みになります!
次回は明日23時に更新予定です。引き続きよろしくお願いいたします!




