第三幕 哀訴の戦女神 其の二
第三幕 其の二の投稿となります。よろしくお願いします。
※本作は『封神演義』の世界を舞台にしつつ、現代的な言葉遣いや独自の歴史解釈を多分に含んだ「IFファンタジー」です。神仙たちのシリアスな戦いと、メタ的なコメディ要素のギャップを笑って楽しんでいただければ幸いです!
其の二:天命の呪縛、運命を覆す
■ 乾元山・金光洞(魔窟)にて
**時は殷周革命中。破天の謀議**
太乙真人と楊戩とのやり取りを、固唾を吞んで見守る一同。
……のはずだが、若干一名は固唾ではないものを呑んでいる。
二人はしばらく睨み合っていたが、太乙真人が翠に声をかける。
「翠。お前が太素宮の伝使より受けた言伝について、思惑を披露せよ」
莫迦弟子からの突然の名前呼びの出世に思わず襟をただす翠。ここが自分にとって推しを救う計画の援助が受けられるか否か、運命の分水嶺だと悟り慎重に切り出す。
「はい。師父。以前にも説明しましたが、私はこの革命の結末を識っています。そして『公主を頼む』ということが、この革命に絡むとするならば、ただ一人『竜吉公主』様を指すと考えます」
西王母の娘という、本来ありえない名前に驚愕する一同。楊戩が狼狽気味に指摘する。
「『公主』というからにはある程度の地位は覚悟していましたが、それはあまりに途方もない」
「京……私の軍師から聞いた話では、『竜吉公主』は朝歌の有力な将軍を西岐軍に引き込むため、その将軍と縁組みさせられます」
「ま、待つでござる翠殿。西王母様のご息女を……そんな破廉恥な……」
絶句する雲中子。太乙真人は黙ったままなので、楊戩が質問をする。
「よいだろうか翠殿。貴女の軍師……は今はさておき、縁組みしたのであれば、言祝ぐべきものであろう? 封神されるとは穏やかではないな……それはさておき、そのお相手の将軍とやらの名前は知っているのか?」
「いえ、後の『万仙陣』という陣にて、夫婦もろとも封神されてしまいます。そして、お相手の将軍の名前は『洪錦』です」
「『万仙陣』……『洪錦』……」
どちらにも心当たりのない楊戩は三奇仙をみやる。が、三人とも首を横に振る。しばらく重い沈黙が場を支配する。ややあって、太乙真人は翠を正面から見据えて問う。
「それで、翠はどうしたいのだ?」
「竜吉公主様を助けたいです」
「なぜだ? お前とは、縁も所縁もなかろう。これを助くるということは、天界の計画に弓を引くと同義。ひいては反逆の意ありと取られようぞ? それでも助くるか?」
翠を試すかのように太乙真人は問いかけた。
「……はい。助けます。それに反逆の意があるとは取られないと思います」
力強く言いのける翠。その姿に満足そうに頷きながらも、なおも問う。
「なぜそう思う?」
「はい。九天玄女様の言伝は、『公主を頼みます』です。これだと、『誰か』も曖昧ですし、『何を頼む』のかもわかりません。ですが、この言伝を受け取った者なら分かり、その者が私であるとすると……色々と符合することで、理の読み替えが可能になります」
「ほう、面白い。続けよ」
下手をすると禁忌に触れそうな雰囲気の中、太乙真人は新しい酒の肴でも見つけたかのような気軽さで先を促す。それとはうらはらに、他のものは瞠目して翠を見つめる。ちなみに酔いどれ一名はさもありなんと瓢を呷っている。
「まず、公主だけで誰のことなのかを特定できる必要があります。今の天界に幾人か公主と冠せられるお方がいらっしゃいます。その中で唯一、罰として天界を追い出されているのは、私が知る限り、『竜吉公主』様だけです。また、此度の革命で封神される公主も竜吉公主様ただおひとりです」
「なるほどでござる。翠殿の言い分はおそらくは正しいでござろう。では、何を頼まれているのでござるか?」
翠の理路整然とした論理展開に我慢できず、興味津々と言った表情で次を促す雲中子。
「はい。九天玄女様ほどの高位の女神が言を曖昧にするということは、立場上、明言できないことになるはずです。つまり、大羅天の意向に沿わないということになります。今の意向は、天界、仙界、人界の三界より榜に名を記されたものが封神されることです。つまり、封神されるはずの竜吉公主様を封神されないように守ること。これこそが、九天玄女様の願いではないかと」
「ふむ。難しいことはよう分からんが、翠のがそう言うのであればそうなんだろう。じゃが、なぜ反意があるとは取られないと思うのじゃ?」
我関せずと瓢を呷っていたはずの玉鼎真人が質問をする。途中は聞いていなかったようだ。
「はい。それは簡単な話です。私たちは、『尊いお立場の竜吉公主様の命を救っただけ』です。大羅天での出来事も意向についても『何も知らされていない』ので、『何故か、人界の戦場に現れた尊きお立場の姫君を命の危機から救った。褒められこそすれ、反意があると言われるはずがない』ということになります」
翠が傍若無人とも我田引水ともいえる暴論を展開できるのは、彼女がこの革命の顛末を知るが故。翠の言を聞いた玉鼎真人は、なるほどと思考を進める。言われてみれば、大羅天の盤上からは、何もしらない小娘の行動にしか映るまい。無知を装いながらしれっと実を取る手腕に、太乙真人の弟子とは名ばかりではないと思い知らされた玉鼎真人は、いつもの酒ではなく、鉛でも飲んだような表情で、ぐふっと頷いた。
翠はなおも続ける。
「そして此度の革命による封神は、姜師叔の天命です、これに沿えば必ず成し遂げられるはずです。故に、突然来訪した客の私に言伝することで、私を奇貨とし、本来なら起こりえないことを、なそうとしておられる……と考えると筋がとおります。そして、私としては、九天玄女様が整えた盤を駆け巡り、幾ばくかの天命を覆しておきたいのです」
聞きようによってはあまりにも不遜な弟子の発言に、太乙真人は瞠目すると、呵呵大笑した。
「いいぞ莫迦弟子。女神の盤に己の思惑を走らせる。それでこそ面白い。俺の想定以上の話を聞かせてもらった。お前の識る未来をすべて聞かせろ。そして計画を立てようぞ」
賭けに勝ったと翠は直感したが、一抹の不安はぬぐいきれない。私の軍師様。助けて! と、遠い未来の親友のかつての言葉を思い出しながら翠は語りだす。彼女が軍師と共に駆け抜けた戦いの記録とその識るすべてを。
数刻後、語れる内容はすべて語った翠は一つ肩の荷を下ろせたと息を吐く。
「聞けば聞くほど、途方もない話でござったな」
雲中子はどうしたものかと腕を組んだままだ。
「そうか? 俺にはかなり偏りがあるように思ったがな。莫迦弟子ではない、もっと因果で座興に耽るようなやつが語ったような な。莫迦弟子の軍師というやつがそうなんだろう」
太乙真人の指摘に冷や汗がでる翠。(京子! あなたマッドサイエンティスト仙人にまで変人認定されてるわよ!?)
「あと、気になるのは榜に名を記されているやつらの出自だな。截教の奴らばかりだ。よく碧游宮(通天教主のこと)が榜に名を記すことに同意したな。それに肉身成聖。つまるところ、形はどうあれ神に封じられるというのが気に入らねぇ。榜に名前があるかないか関係ないというのも面白くない。哪吒と宝貝の試しができねぇなんて俺が許すとでも?」
哪吒が最終的には封神されてしまうことが、かなりお気に召さない太乙真人。
「そうでござる。貧道たちの弟子がことごとく、革命後に封神されるとは、誰かの計略ではござらんか? 『雷震子』が可哀そうでござる」
弟子の行く末を憂う雲中子。
雷震子の名前を聞いた翠。引っかかりを感じたが、すぐに思い浮かんだのは容貌怪異な猛禽類の顔をもつイラストだ。そして京子の蘊蓄が頭をよぎる『雷震子ちゃんて可哀そうなんやで? 雷雨の後、赤ん坊がえらい人に拾われて雷震子って名付けられんねんけど、すぐに雲中子という仙人が引き取って修行モード。それから修行中に杏子を食べちゃって変化しちゃうんだよね。七つの子供から大人みたいな見かけになるんやで。ないわぁ……』好奇心に駆られた翠は雲中子に質問をした。
「雲中子師伯。弟子の雷震子様は今は終南山で修行中なんですよね?」
「そうでござるよ。貧道の弟子のことまで伝わっていたでござるか。丈夫として名を馳せることができたのでござろうかな。あ、いや肉身成聖で勾陳上宮天皇大帝に封じられたのでござったな……」
「いえ、実は雷震子様だけが、確と定まっていないのです。勾陳上宮天皇大帝という説もあれば、ただの雷公であったり、聞仲太師と混同されて九天應元雷聲普化天尊とされることがあったりと定かではないのです。一応、他の七聖の皆さまと同じように紹介したく、勾陳上宮天皇大帝という説で説明させていただきましたが、実は、自由に過ごされておられるかもですね」
「そうであれば僥倖の至りでござるな……そうそう今の話でござったな、弟子は一度は父である『姫昌』殿の救援に向かわせたのでござるが、あまりの変貌ぶりに驚かれてのぅ。雷震子は健気に使命を果たしたのだが、少し傷ついたようなので、山に戻して修行させているでござる。貧道の不注意であのような事故を起こしてしまったでござるよ」
「事故……というと、杏子を食べてしまった件ですか?」
「おうおう、そのような仔細まで伝わっておったでござるか。そうでござるよ。本当は、雷の気と風の気を含んだ杏子を仙丹術で薬にして与えようと用意しておったでござる。しかし、あやつはまだ七つの淘気な盛りの童。ついその場で食べてしまったでござる。おそらくは『羽翼仙』由来の杏子であったのでござろうな。風雷の力に加え、あのような姿になってしまったでござるよ」
「……ということは、あの姿は雲中子師伯の狙いではなく、たまたま除去できなかった羽翼仙の霊的因子を取り込んだことによる、後天的な変化ということですね。ということはその霊的な因子を取り除くことができれば、風雷の力を持ったまま、元の姿に戻れるかもしれませんね?」
「なんと、『霊的な因子』とは何のことか分からんでござるが、そんなことが可能でござるか?いや、それは今する話ではござらんな。弟子は此度の革命では封神されないとのこと。後でもよいでござる。今やらねばならぬことに集中するでござるよ」
「ふむ。儂の弟子も気になるが、今は後回しでよしじゃ」
目の前で、後回しでよしとされた楊戩。少し納得いかないが、話を進める。
「しかし困りましたね。これで榜に名を記された者が分かり、大まかな成り行きも知ることができましたが……これ、封神される者に知られると、因果が変わってしまいませんか?」
楊戩が根本的な問題提起をする。その横で顔面蒼白の黄天化が、少し声が震えながらも己を鼓舞し宣言する。
「私は逃げも隠れもしないぞ!」
戦場で命を賭して戦うことと、机上で死を宣告される、況や天命で預言されることとは、かなり違うのだろう。更には父から聞いていたとはいえ、すでに母と叔母も犠牲となっていたばかりか、家族や父の部下の名前まで。黄家を呑みこもうとする災厄の大きさを考えると、誰も黄天化を臆病だとは思わなかった。推しの健気な姿に、どうにかしたいと翠は煩悶する。
「……ふむ。もう一つ分かったことがある」
突然の太乙真人の発言に、訝し気に雲中子が問いかける。
「太乙殿? 何が分かったでござるか?」
「ん? 莫迦弟子が救いたいのは竜吉公主だけでなく、白鶴洞の弟子も救いたいということだ。幾ばくかの天命も覆しておきたいと言っておったろう。おそらく『オシを救う』は、『白鶴洞の弟子を救う』なんだろう? ……むしろこっちが本懐だな」
表情がぼさぼさ髪と髭で隠れているはずなのに、ニタニタとこちらを見ていると感じる翠。すぐに何も言い返せないところが、正鵠を射ていると周囲に感づかせ、少し救われた雰囲気がただよう。思いがけず、一目ぼれしていた娘から好意を寄せられていると知った黄天化。蒼白だった顔面がみるみる赤く染まっていく。さっきまでの決死の覚悟はどこへやら、ごまかすためか、残っていた蟠桃を口に押し込んでいる。
「となると、どうやって天化殿の天命を覆すかでござるな……」
「莫迦弟子の話では、碧游宮も截教のやつらに、戦に出るなと指示するのだろう? ということは、この革命に関わらなければ回避できるということだ」
「けだし妙案としたいでござるが、それができれば誰も封神されないでござろうよ。天命が関わるように導くのでござろうな……」
太乙真人と雲中子が考察するが、中々いい案が出てこない。すると意外なところから啓示が飛び出した。
「武吉あんちゃんみたいにすれば?」
皆の視線が発言した哪吒に集中する。
「どういうことだ、哪吒。武吉って誰だ?」
太乙真人が問いかけ、翠が確認をする。
「三哥、武吉さんて、あの足の速い……じゃなかった、樵の武吉さんのことだよね?」
「そうだよー 賢妹ー」
『樵の武吉』という言葉に反応し、脳裏でなにかが噛み合ったとたん、軍師の言葉が浮かんでくる。『太公望ってさぁ、身内にあまあまなんよ。例えば武吉って武将が……』
「姜師叔が授けた偽装死の術……」
哪吒の助けを借りながら、なんとか武吉のエピソードを皆に説明する翠。
「なんと!? 本当でござるか? 翠殿!」
「まさか姜師叔が、すでにそのような天命の書き換えを行っていたなんて……」
姜子牙の意外な一面を知らされ、驚く雲中子と、呆然とする楊戩。そしてからからと笑う太乙真人。
「なんだあの爺ぃ、真面目くさったやつだと思ってたが話せるやつではないか。なら俺たちだけが悪くなるわけではないな」
「いや、悪い、悪くないの問題ではないのではござらんか?」
「あのー 思いついたことがあるのですが……」
「なんだ莫迦弟子。言ってみろ」
「はい。黄天化様を含め、天命を覆そうとすると、恐らく、それを元のあるべき姿に戻そうという力が働くと思います」
「……だろうな。だから普通は天命からは逃れられないんだ。いわんや白鶴洞の弟子など、天命の影響が強いやつほど、天命に沿わせようとする力は大きいだろうな」
「はい。なので、天命に誤認させればいいのではないかと思います。武吉さんが土の中で寝ることによって、亡き文王の占いを欺いたように」
「なるほど、先王は八卦の達人でござったな。絶対に外れないとか。これを天命と見立てたでござるな」
「莫迦弟子にしては冴えているな。となると、土の中という場所も外せんな……」
『ドンッ!』
これまで黙って瓢を傾けていた玉鼎真人が突然、震脚で大地を打ち鳴らし、厳かに宣言する。
「地行術」
突然の玉鼎真人の行動に、何かの術か?と目を向ける崑崙の門徒たち。そんな中、翠だけは仙気闘法と交換に教えた八極拳の震脚がしたかっただけでは?と疑惑の目を向ける。
「懼留孫殿のことでござるか?」
「そういえば懼留孫師伯には土行孫というお弟子さんがいらっしゃいましたね」
術の大家を雲中子が指摘すれば、仙界の関係者に詳しい楊戩が補足する。
「おい、土行孫とやらも、封神榜に名が記されていると莫迦弟子は言ってなかったか?」
皆が一様に翠をみる。
注目された翠は玉鼎真人の震脚と『地行術』『土行孫』というキーワードが、またもや脳裏で嚙み合い、軍師が降臨する。『あんな翠ー、私気にいらへんねん。出てくる美人さん美人さんが、みんなダメンズに持っていかれんねん。マッチングは貴腐人の嗜みやのにねぇ』
「あります。そしてその美しい婦人の鄧蝉玉様も一緒に封神されます」
「まって、土行孫道友は、まだ縁に恵まれてなかったはずだよ?」
流石は仙界の関係者に詳しい楊戩。すかさずプロフィールを披露する。
「はい。『今は』ですが、この革命中に縁を結ばれます」
「おいおい、なんだこの革命は……縁結びが多くないか?」
太乙真人にしては至極まっとうな感想だと一同は考えた。が、今はそのような時ではないと翠が続ける。
「えっと、土行孫様が鄧蝉玉様と結ばれるのは、少し先です。今はまだ、縁がないことを気にされておられるはずなので、近いうちに美しい女性と結ばれると伝えます。おそらくは信じてもらえないと思いますので、賭けを持ち掛けます。もし、『美しい女性と縁が結ばれることがあればこちらの願いを聞き届けてもらう』ということで、味方に引き込むというのはどうでしょう?」
「……おいおい随分と業腹な真似をするもんだ。結末を握ってから賽を振るたあ、とんだ詐術があったもんだ」
呆れたように肩を竦める太乙真人。だがその所作とは裏腹に、その声に滲む愉悦や、嗜虐的な光を宿す瞳は、これを極上の座興として面白がっていることを如実に物語っていた。
「だ、誰も不幸にならないので……」
男性陣一同、あまりにも身も蓋もない、むしろ土行孫に同情すら湧く作戦案に戦々恐々としながらもうなずく。恋する乙女の突破力を身をもって知った瞬間でもあった。
「ま、まぁ翠殿。それで、地行術が使える土行孫殿に味方になってもらってどうするでござるか?」
「はい、黄天化様の絶体絶命の瞬間に、地行術で地下より近寄ってもらい、身代わりとなる形代と入れ替えてもらうというのはどうでしょう?」
「悪くはないな。地行術だと、近づいていることを知る術は少ないし、戦闘中ということであればなおさらだ。だが、最後の瞬間には地表に出る必要があるぞ。如何とする?」
太乙真人が作戦の懸念を指摘する。
「つまり、地表にでても姿が見えず、気配も気取られないようにしなければならない。あと、仙術だと、術式の痕跡で怪しまれてしまうやもしれないので、使わないほうが無難でしょうね。太乙師伯、天界交流で何かそんな都合のいいものを貰っていませんか?」
楊戩が作戦の要旨を整理し、太乙真人に無茶ぶりをする。
「莫迦言え、そんな都合のいい話が……あったわ。しばし待て」
言い残して洞の奥に向かう太乙真人。その後ろ姿を見た一同に同じ思いを抱かせる奇跡を見せる。
(あるんだ……)
……待つこと一盞茶。
「あったぞ。ティル・ナ・ノーグで『フェ・フィアダ(魔法の霧)のマント』と呼ばれる外套だ。姿を消す霧を操れる。『マナナン』という海を司る神から、賭けの質にもらってきた」
「由来は聞きたくなかったでござる」
耳を塞ぎ、明後日の方向を見やる雲中子。
「こうなると形代の方にも何か仕掛けが欲しいところですが……さすがの師伯もこれ以上は……」
楊戩は、口元をどこから取り出したのか羽扇で隠し、挑戦的な瞳で太乙真人をチラ見する。
(めっさ、煽ってまんがな……)心の中で、なぜか関西弁のツッコミを入れる翠。
「……ふんっ。それも仙術ではない方がよいのだろう? 見え透いた挑発だな。あるぞ……」
見え透いた挑発と断じた割にはドヤ顔の太乙真人。仙界の理の外にある術式の話をするのがうれしいのか、機嫌が良さげだ。
「これもティル・ナ・ノーグの術が良いだろう。『オガム』という術式だ。柳で作った形代に刻めばいいはずだ。仙界では不死性の象徴だが、『オガム』においては、『死と再生』の他に、『幻惑と隠蔽』も司る。誰かが術で探ろうにも、仙界の術式ならば真相は霧の中だ」
さも当然のようにケルト神話の神具や術式まで飛び出してくる。かろうじてティル・ナ・ノーグまでは理解するものの『オガム』何それ?『拝一刀』の親戚? ……天界交流の由来を聞いたとはいえ、博覧強記……いや、この場合、博覧狂気か……ともいえる応酬に遠い目になる翠。
「善哉。善哉。仲良きことは良きことじゃ」
どこにほんわかとした空気が流れる要素があったのかは不明だが、同僚と弟子のやりとりをにこやかに見守る玉鼎真人。
「ふむ。良き計略の盤が整ったようでござるな」
お茶を啜り、ふぅっと一息ついた雲中子。
「まずは、土行孫殿から助力の諾を得るのでござるな」
そう言って翠の方を見やる。
「次に、天化殿の死地に西方の術式で目くらましをして救出するでござる」
次に黄天化の方を見やる。
「それで……救出した後はどうするでござるか? そのまま外にいると見つかるでござるよ?」
最後に太乙真人を見やる。
「革命が終わるまでは、うちの洞府ですごしてもらうしかないか。ここなら千里眼や順風耳の対応はできているからな」
不敵に笑う太乙真人。なぜ千里眼や順風耳の対応が必要なのかは知らぬが仏というやつか。進みゆく救命計画。
しかし、当の本人から横槍が入る。
「老師! 翠殿! 貧道のための心砕き感謝に堪えない。しかし、貧道だけ天命を回避し、父や兄弟が亡き母の後を追うのを、ただ見過ごすというのは最大の不孝と愚考する次第。他の才あるものの救命に充ててはもらえぬだろうか?」
そう語り握る拳は少し震えている。やせ我慢の極致と言える一方、家族を思うその言葉に翠の黄天化に対する好感度はゲージを突き抜け、天元突破を果たす。
「天化きゅん……あなただけじゃなく、天祥くんも助けるわよ!」
「きゅ、きゅん? きゅん? い、いや、弟も助けて欲しいのではなく、俺は残された家族を守りたいんだ。分かってくれ」
緊張と動揺の狭間で言葉遣いが素になる黄天化。
横で指を折っていた太乙真人が、弟子の奇行を気にした様子もなく言う。
「莫迦弟子がちょっと……いやかなりおかしなことになっているが、天化よ。しかと考えてみろ。お前のおやじ、武成王は、嫁さんと妹御を妲己に封神台送りにされたことが、西岐への帰順の理由だ。封神台のことを知ったら、間違いなく自分も同じところに行くというだろう。お前に後を託してな」
言葉を切って、黄天化の理解を待つ太乙真人。
「ただ、弟たちはそうではないだろう? だからお前が長子として、弟たちを救い出すんだ。天命を覆すということはそれほど甘いもんではない。何かしら犠牲が必要だろう。そんなところに家族全員を助けようというのはむしろ全滅につながりかねん」
「全滅……」
「俺の出した卦によると、凡夫は此度の天命からは逃れられんとでている。俺様達が合力してお前の弟一人がやっとというところだろう。お前のような道士でもあればまだ吉兆が得られるのだがな……」
重い沈黙。現実を突き付けた太乙真人は、新しくおろしたてのような筮竹を袖にしまう。その様子を何も言わず見届ける雲中子と玉鼎真人。三奇仙の絆の表れか。
一方、現実を突きつけられ、茫然自失となる黄天化。修行半ばなれど、久方ぶりにあった親兄弟との別れが近いと告げられた少年には酷な天命といえるだろう。しかし、逡巡も束の間、決意を固めた表情をする。それは道士というよりは若武者の風貌だった。
「太乙師伯。某の命に代えても舎弟たちを救いたい。お力添えを、伏して乞い願いたく」
「善哉。よく言った。それでこそ白鶴洞の弟子だ。俺様が合力してやろう」
皆、一様にうなずいている。一堂に会する全員の心が一つになった瞬間だ。
「善哉。善哉。それではまず、懼留孫殿のところに行って、土行孫殿と盟を結びに行くでござるか?」
「莫迦弟子に染まり過ぎだ。玉柱洞。術の成否は『設壇』に極まるというだろう」
「うむ。勝敗は『廟算』にありとも言うな」
太乙真人と玉鼎真人が逸る雲中子を窘めるという珍事が起きるが、誰もつっこめない。
「莫迦弟子の話では、この後、朝歌の番人(聞仲太師のこと)が出陣してきて、十絶陣とやらを敷くんだろう? まぁ、途中封神されるものもでるが、まだ余裕はある。それまでに最後の憂いを絶たないとな」
「最後の憂いとは何のことでござるか?」
「莫迦弟子の話の最後にあったろう。今回の革命の最大の目的、『封神の儀』をどうにかしないと、九仞の功を一簣に欠くだろうが。あの榜の中身を書き換える、少なくとも白鶴洞の弟子たちの名前を消さないとな」
超弩級の禁忌を侵しかねない発言に一同は静まり返る。
「……た、確かに。榜に名前が載っていれば、まじめな姜師叔は、連れてこようとするでしょう。しかしそんな理があり得るというのでしょうか?」
楊戩が一同を代表して尋ねる。
「お前たち、封神榜が何でできているか知っているか?」
皆一様に首を横に振る。知るわけがないと。
「……た、太乙殿は知っているでござるか!?」
ことの重大さに気づいた雲中子が驚愕の声をあげ詰め寄る。
「ふっ。当然だ。あれは扶桑の若木でできている」
さも当然のように答えながら太乙真人は、また宝貝の山を漁る。
「そしてこれが、その扶桑の若木の破片だ」
あまりの衝撃発言に雲中子は口をパクパクさせている。酸欠の魚のようだ。
そして太乙真人と雲中子を除く一同の心はまたもや一致する奇跡を見せる。
(あるんだ……)
「ほう。それをどうするのじゃ?」
衝撃で何も言えない雲中子の代わりに玉鼎真人が質問を投げる。
「そして、こちらに桑寄生の若枝がある」
といって、何故か懐から枝を出す太乙真人。その様子に数分で料理を作る番組か、はたまた深夜の通販番組を連想してしまった翠。天元突破したテンションは何処へやら。すんとテンションが戻る。そんな弟子の変化も他所に機嫌よく話す太乙真人。
「これまた何度か前の天界交流でな、ヨトゥンヘイムの悪戯神というやつと酒を飲み交わしたときに教わったのだが、こいつだけは天地万物の中で、唯一何物の制限も受けないという理を持っているらしい。しかも相手は扶桑の若木だ。誂えたようだとは思わんか?」
(何が?)と一同また奇妙な一致を見せる中、今まで気にもかけたことのない植物を見せられ首を傾げる。そこに息を吹き返した雲中子が尋ねる。
「して、つまりどういうことでござる?」
「この扶桑の若木の破片で封神榜の形代を作り、この桑寄生にオガムの術をかけ、名前のある場所を削る。そうすると、本家の封神榜の方からもその名前が削れるということだ。残る問題は、封神榜のどこに白鶴洞の弟子たちの名前があるかを知ることだがな」
一同、あまりの用意の良さ……ではすまされない周到さに眩暈がする。翠だけは(お父さんが見ていた、どこぞの宇宙戦艦の技術者かよ……)と思考を放棄しかけていた。しかして、その静寂を破るように金霞童子が慌てふためいて飛び込んできた。
「師父! 召命です! 九天玄女様より赤符が!」
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