第三幕 哀訴の戦女神 其の一
第三幕 其の一の投稿となります。よろしくお願いします。
※本作は『封神演義』の世界を舞台にしつつ、現代的な言葉遣いや独自の歴史解釈を多分に含んだ「IFファンタジー」です。神仙たちのシリアスな戦いと、メタ的なコメディ要素のギャップを笑って楽しんでいただければ幸いです!
其の一:金光洞の進食、廻天を告げる
■ 驚天動地の陳塘関にて
**時は殷周革命中。母は語る**
殷氏の語りは続く。
「昨夜、私の夢に九天玄女様が降臨されてこう仰いました」
『近々、陳塘関に「辟邪の瞳」という、破邪の力を宿した碧色の瞳をしたものが現れます。このものは今の革命の天命を大きく左右する星の守護を得ています。そなたはそのものに、これを』
「といって、篋を差し出されました。私は突然のことに驚きながらも平伏して受け取りました。そして、九天玄女様はこう続けました」
『もし、そのものに、この篋を渡すことができたら、言伝を。「公主を頼みます」と』
「私はその後すぐに目覚めました。慌てて周囲を見回すと、果たしてすぐそばに、夢でみたものと同じ篋がありました。開けてみると、深碧の装束が見えましたので、夢は現実だったと思い大切に保管しようと、私の部屋に置いておりました。さて、これをどこにと考えていたときに、老師様たちがお越しになったというわけです」
「そうでござったか。やはり翠は天命を帯びておったでござるか」
感慨深げに頷く雲中子。その横で太乙真人は舌打ちをした。
「思ったより大物が出てきやがったな」
妻に起きた想定外の出来事に、またもや気絶していた李靖。今度は玉鼎真人と楊戩が子弟で介抱している……と思いきや、よく見ると腰の瓢を口に差し込もうとする玉鼎真人を、楊戩が防ぎ、いつの間に用意したのか、香りだけで苦いと分かる薬湯を口に含ませていた。その薬湯の焦げたような、そして鋭く鼻を突く苦い香りが、翠の在りし日の日常、友の『暗黒星雲』……もといデミタスコーヒーの香りを呼び覚まし、九天玄女の託宣と交錯する。
『ねぇ、翠ー 今日、ガチャでねSSRの「竜吉公主」引いてんな……』
『でね、この公主はね、かなり悲劇のヒロインなのよ』
「公主……竜吉……公主様?」
記憶を辿るように茫洋と呟く翠。その呟きを聞いた二仙が反応する。
「その名前が出るとは流石は翠殿でござるな」
「莫迦弟子ー その話は後にするぞ」
薬湯のあまりの苦さにえづく李靖を尻目に、玉鼎真人が厳かに託宣するかのように言う。
「魔家四将との戦に援軍として遣わした楊戩がここにいるということは、無事に決着がついたのだろう。仔細を聞きたい。金光洞に戻るとしよう。李靖よ邪魔をした」
と、得意の酒遁を借りて金光洞に向かう。
「金霞洞よ、お前、俺の洞府を酒家と間違えてないか?」
太乙真人は、酒のために家探しが始められてはかなわないとばかりに、光遁を借りて先にもどろうとする。そこに待ったをかける雲中子。
「太乙殿。翠殿も連れていかないと! 雷火輪は壊れているでござる」
「そうだったな。仕方ねえ。いくぞ莫迦弟子」
「師父。少々お待ちくださいませ。お義父さま、お義母さまに暇のご挨拶を」
突然の義父呼ばわりに、こんどは咽る(むせる)李靖。早く厄介払いをしたいのか、物分かりがいい。
「ごほっ、ごほっ。大事ない翠よ。老師様たちと行くがよい」
「老師様たちとのお話が終わったら、ゆっくりまた屋敷に来なさいな。今日からここはあなたの家なのだから」
殷氏の優しい言葉に思わず涙ぐみそうになる翠。李靖は目をむいているが二人はお構いなしだ。
「はい、お義母さま。ぜひ」
そんな心温まる(?)親子の交流を黙ってみている太乙真人に驚きながらも、楊戩が提案する。
「太乙師伯、よろしければ貧道が翠殿を金光洞にお連れしましょうか?」
慌てて黄天化が口を挟む。
「なら、私の玉麒麟で翠殿をお連れします!」
よく分からないままに哪吒も参戦する。
「なら、おいらの風火輪がいいよ!」
あらあらと殷氏の視線が生暖かい。
「そうか、ならお前たちに任せた」
これ幸いと、いうやいなや太乙真人は光遁を借りて洞府へと急ぐ。
この光景を見ていた木吒は溜息交じりに金吒に言う。
「結局、金光洞には参らなければならないということですね。大哥、私たちには騎獣も宝貝もありません。翠妹のことは任せて先に参りましょう。太乙師伯にもお聞きしたいこともありますしね」
と言い、土遁を借りる。金吒も「応っ」とうなずくと土遁を借りた。雲中子もそれを見届け、李靖夫婦に挨拶をして立ち去った。残る三人は、誰が翠を連れていくか話し合う。
「天化殿、玉麒麟でお連れするとのことだが、玉麒麟はあなた以外を背に乗せることを承知するのであろうか? 気位の高い玉麒麟では、まだよく知らない翠殿を拒むと思うのだが……」
痛いところを突かれた黄天化。反論したくもその通りでは仕方がない。もう少し玉麒麟と翠が触れ合う時間があれば変わったかもしれないが、老師たちを待たせるわけにはいかないので楊戩の申し出を受けいれる。
「そうでした。まだ玉麒麟との顔合わせができてないので無理ですね。翠殿、申し訳ない。次の機会にはぜひ」
と、李靖夫婦に暇をつげて玉麒麟の元へと急ぐ。楊戩は続ける。
「哪吒殿、妹を風火輪に乗せてあげたい気持ちはわかるけど、あれ、二人乗れないよね? 今度、太乙師伯に二人でも乗れるようにしてもらうといい。だから今日のところは私が連れて行こう。競争だ」
「分かったよ。楊戩師叔。残念だなぁ。翠妹よ。今度師父に二人で乗れるようにしてもらうから待ってね」
翠は童子に妹扱いされることをほほえましく思いながら返事をする。
「はい、三哥。その時はお願いしますね」
翠に三哥呼ばわりされた哪吒は大喜びで、窓から風火輪に飛び乗り去っていく。
「それでは翠殿、参りましょう」
楊戩は李靖夫婦に挨拶をすると、翠を連れて光遁を借りる。
「行ってしまわれましたね。あなた」
嵐のように去って行く一同を見送り、殷氏は九天玄女からの夢のお告げが達成できてよかったと胸をなでおろす。そして思いがけず娘ができたことを今は喜びましょうと、苦虫をまとめて嚙み潰したような顔をする夫をみやった。
■ 乾元山・金光洞(洞府から魔窟化中)にて
**時は殷周革命中。破天の準備**
ところ戻って乾元山は金光洞。一足先に戻ってきた三奇仙。太乙真人が頭を掻きながらぼやく。
「まさか、太素宮の伝使までが絡んでくるとはな……莫迦弟子の奇怪な持ち物の次は、太素宮か。あやつがいると、しばらくは楽しめそうだな」
「太乙殿ぉー。『伝使』呼ばわりはまずいでござるよ。耳属于垣(じ、えんにつづく)でござる」
「ん? 最近流行っているなその言い方。ともあれ だ、玉柱洞、俺が洞府の守りに何もしてないと思っているのか?」
不敵に笑う太乙真人。その顔見て、何か宝貝による結界を察する雲中子。だが、呑気な声が……
「儂は出入り自由じゃぞ?」
「よし金霞洞。酒遁封じておくわ」
「すまぬ太乙のぅ。儂が悪かった」
彼是と殷氏の夢のお告げや、翠の道服について話をしていると李家三兄弟が到着した。ちょうど玉虚宮に使いに行っていた金霞童子が帰ってきており、取り次いでくれたようだ。
「師父、李家の師兄たちが外でお待ちです」
いつもなら、自宅のように勝手に入ってくるはずの哪吒の行動に首を傾げる太乙真人だが、童子の言葉に、金吒、木吒も同行していたことに思い至り指示をする。
「そうか、入るよう言いなさい」
金霞童子を見た雲中子は、目を細めて見ながら、太乙真人に尋ねる。
「おや、金霞童子ではないか。玉虚宮にお使いに出ていると聞いていたでござるが、戻っていたでござるか。お主がおらぬと饗応の用意もままならんと心配しておったでござるよ」
「あれは、たまたま蟠桃がたくさんあったからだ」
「たまたまで蟠桃を出されてはたまらんでござるよ」
金霞童子に招きいれられた哪吒が、太乙真人の前に進み出て跪拝した。
「あれ? 師父ー。いつもの碧遊床じゃないの? あれを風火輪に着けて欲しかったのにー」
跪拝からのとんでも発言に思わず木吒が口を出す。
「哪吒! なんだその言い草は。ちゃんと挨拶をしないか!」
「おう。碧遊床な、あれの浮く力が必要だったので、ばらして素材にしてしまったぞ」
こともなげに弟子に応えた太乙真人は、木吒に向かう。
「やはりお前の仕業か」
仕方ない奴だとため息交じりに、手をひらひらとお気楽な調子で続ける。
「いつもは何も言わず勝手に入って来ておる。俺の洞府はそれでいい。お前たちも入れるようにするから、これからは用があるなら、勝手に入ってきてもいいぞ」
「いえ、そういう訳には。弟子たるものきちんと師父を敬い、礼儀正しくあらねば……」
「かたいねぇ。流石は白鶴洞。躾が行き届いている。だが、さっきも言ったように俺の洞府では不要だ。お前も楽にしろ」
神妙にしていた木吒。一転、烈火のごとく捲し立てる。
「それではお言葉に甘えまして老師! あの娘はいったいなんなのですか!? なぜ私たちの妹に!? 得心がいくよう説いていただきたい!」
突然の木吒からの追及に太乙真人はぽりぽりと頭を掻きながら一言。
「事故だ」
「それでは全然わかりません!」
「落ち着くでござるよ木吒殿。翠殿が戻ってきてから全てを話すでござるよ」
執り成す雲中子。
「翠? 翠では??」
「その辺もでござる」
「木吒のぅ。そこまでじゃ。楊戩の気を感じる。戻ってきたようじゃぞ」
楊戩に連れられて金光洞まで戻ってきた翠。今日初めて訪れた場所のはずが、なぜか帰宅したかのようにほっとする。
「弟子、楊戩。翠殿をお連れしました」
金霞童子には予め言い含めていたため、童子の先触れはなかったものの、楊戩が童子のごとく翠を伴って洞府内に現れた。後ろには黄天化も控えている。
ほっとした翠は、いつになく身体が疲労していると感じた。記憶を辿れば、大学の午前の授業に出てからまる一日以上は経っているのではないかということに気づき愕然とする。少なく見積もっても、丸二日は活動していたのではないかと。その間、食事とまではいかないが、蟠桃三個と、義父の屋敷でお茶とおやつはつまんだだけだ。
まともに何も食べていなかったのではと意識すると、まるで待ってましたとばかりに腹の虫が鳴りひびいた。
「翠殿は元気でござるな」
「なんだ蟠桃一つで、一旬は喰わなくてもよいはずなのに、もう飯がいるのか? 手間のかかる」
「酒ならあるぞ」
しっかりと腹の虫の主張に三奇仙が反応し、恥ずかしさに顔を赤らめる翠。
「……す、翠殿。口に合わぬかもしれないが……」
更には気を使った黄天化が、自身の懐から何やら取り出す。携帯食だろうか? しかして、横にいた楊戩が悠然と押しとどめる。「女性にそれは刺激が強すぎるかと」という呟きが聞こえた気がするが、推しの黄天化にまで聞かれてしまったと、さらに悶死しそうになる翠だった。
それを乗り越え、恥ずかしさをごまかすように抗議する。
「そうは言っても、丸二日はほとんど食べてなかったのですよ?」
渾身の弟子の抗議に、こてんと可愛く首をかしげる太乙真人。
「おまえ、蟠桃喰ったろ? あれは『一つ喰わば一旬は何も口にせずともよく、三つ喰わば半年は何も口にせずともよい』といわれる瑶池の秘宝ぞ? お前、もしや饕餮か?」
あらぬ大食の疑いに穴があったら入りたいほどの恥ずかしさに身悶えする翠。何かに気づいたらしい太乙真人はにやにやとしているが、後の二仙と崑崙の門徒は改めて不思議そうに翠を見やる。
(推しやイケメンに、お腹の音ばかりか爆食の嫌疑まで……これが『くっ殺』の境地だとでもいうのっ!?)
翠が発する得も言えぬ緊張感が弾けようかとしたとき、はたっと雲中子が手を叩く。
「そうか、翠殿は、ここ(天界)とあちら(人界)では、時間の流れが違うことを知らなかったでござるな。翠殿は大活躍であったが、翠殿の個人としての時間は一日以上、かなりの霊力も使ったようでござるから、それ以上といったところでござろう。それではお腹も空くは道理でござる」
新たな事実に驚愕の翠。そこに追い打ちがかけられる。
「『山中一日、世上千年』と言われているしな。良かったな莫迦弟子。三日もたてば三千年後にもどれるぞ」
まさか!? と顔を引きつらせる翠を見て、太乙真人はからからと笑う。
「太乙殿ー。その理では翠殿が可哀そうすぎるでござるよ。翠殿、安心めされよ。確かに仙界と人間界、他の天界はすべて地続きではなくてな、それぞれの界で、時の流れは違うでござるよ」
不思議でござるよなぁと雲中子は続ける。
「むろん、ここでの数日が、人界では数か月ということもあるでござる。とはいえ、そうというばかりではないこともござる」
雲中子は他の弟子たちもゆっくりと見渡して話を続ける。
「特に今は革命中であるからして、うっかりこちらで過ごして、人界に降りるともう革命が終わっていたなんてことはごめんでござるからな。理の仔細は分からぬでござるが、人界との時に合わせよう、人界に居るかのように過ごそうと思えば、ここでもそうなると考えるとよいでござる。今の翠殿には難しいと思うから、今まで通りでよいということでござるよ」
一同、雲中子の言葉にうなずいている。が、引っかかるものがいたようだ。
「雲中子師伯! 今、太乙師伯は三千年後に戻るとおっしゃいませんでしたか?」
鋭い木吒の追及に、雲中子はうなずく。
「ふむ。本当は順風耳を修めているのではござらんか? 木吒殿は。さよう。翠殿は三千年の未来からこちらに来られた、高天ヶ原の御仁でござるよ。しかるに、それらを明らかにする前に、一度霊気を養おうではござらんか。皆疲れているであろう」
「金霞! 進食の案を設けてくれ。とりわけ翠や天化にはまだ必要だろう」
呼ばれた金霞童子が、奥からてくてくと歩いてくる。その後ろには濡れたような光沢を放つ黒漆の『案(膳の先祖のようなもの)』が浮かんでついてくる。その数九脚。童子が袖を振ると、次々と洞府の奥に三脚、右手側に二脚、左手側に四脚とコの字に降り立つ。奥の三脚の中央の前に太乙真人、その右手側に雲中子、左手側に玉鼎真人が。右側の二脚の奥に楊戩、手前に黄天化が着席する。
翠は飛ぶ「案」をぽかんと見ていると、「こっちだよ」と哪吒に手を引かれ、左側の一番手前に連れてこられた。案内された先にある案には、液体の入った盃、何か果物のようなものや、何かの肉のようなものが乗った器がある。周囲の案をみやると、色々と載っているのは翠と黄天化の案だけで、他の案には果物らしきものだけなど、みな少量だ。玉鼎真人の前の案に至っては、瓢だけだ。初めて見る食事? の「案」というお膳らしきものを見詰める翠。
だが、ふと親友の蘊蓄が脳裏をかすめる。『仙人てさぁ、霞を食べて生きてるらしいよ』あれは実家の神戸に帰省し、寝正月の代償にダイエットをしていた親友の言葉だったか……そんなはずはと恐る恐る師父をみると、
「なんだ、もの欲しそうな顔しやがって。見てくれはそれだけだが、多分食べきれないぐらいあるぞ?」
「か、霞ですか?」
「霞? 何を言ってる。未来の人間は霞が好物なのか? どうやって喰うんだ? そんなものは用意してないぞ? 俺の研究中の仙丹ならいくらでもあるがな」
「視肉みたいなものでござるかな? 霞を食べるなんて、貧道も興味深いでござるな。上位の仙人ともなると、周囲の気を吸収したり、朝露を摂取したりすることもあるが、これが伝わったでござるかな?」
「酒よりうまいのか? 霞は? ちょっとそこまで行って食べてみるか?」
「い、いや大丈夫です。普通のお肉なんかだと嬉しいなぁと。だけど肉料理はさすがにだめでしたよね?」
雲中子が説明してくれる。
「道を極めるとなると、三厭と申す修行の妨げとなる肉があるでござるよ。なれど、穢れていない肉であるならよいでござる。さっき話した視肉なんかがそうでござるな。翠殿の案の上にも載っているでござるよ。ああ、穀物もいかんでござる。あれは仙骨を汚すでござる」
そういいながら、雲中子は視肉を持ち上げる。
「翠殿、視肉を食べるコツでござるが……『食べたいもの』を考えるでござる。決して『食べれるのかな?』などと考えてはいかんでござるよ」
「蟠桃と、火棗ならあるぞ。そういえば、ティル・ナ・ノーグに居た魔法の豚で作った炮(ほう:炙り肉、叉焼の原型とされる)があったはずだが……」
太乙真人が金霞童子を見やるが悲しげに首を横に振る金霞童子。
「用意していたものが、どこにも見当たらないのです。また調理しておきます」
炙った豚肉と聞き、さすがは中華料理! と期待が高まる翠だが、一瞬で砕ける。
「太乙の、あれは絶品だった。酒に合うな。またもらってきてくれんかのう」
「すまぬ金霞童子。ここに不届き者がおったわ」
「貧道も楽しみにしてござったが、無いものはいたしかたなし。色々と話があるとて、霊気を養いながら皆聞いてくれでござるよ」
雲中子が太乙真人を見ると、任せたとばかりに、見たことのない色の仙丹を口にするところが見えた。溜息を一ついてから本題に入る。
「まずは、皆が一番気になっている翠殿のことでござる。彼女は、太乙殿の術式の暴走で、こちらに現れた、三千年の未来の高天ヶ原の民でござる。名は神代 翠と申すそうでござる」
「暴走じゃねぇ、金霞洞が飛び込んできたからだろう。事故だ」
「儂は酒遁を使っただけだぞ? 儂のせいではない」
最初から話が進まず、直角に折れ曲がるところを、楊戩が強引に割り込んで引き戻す。
「翠殿……今はこう呼ばせていただきます。老師たちには、二つ教えていただきたく。一つ目は、なぜ、太乙師伯は術を使ったのか? 二つ目は、何故をもって、翠どのが、三千年もの先の高天ヶ原の民だということになったのか?」
「決まっているだろう。哪吒の増援のためだ」
「……と、申しますと?」
「お前、金霞洞の指示で、魔家四将との戦の救援にいっただろう? そっちの天化は白鶴洞の指示か」
「はい。それで、敵陣に潜り込み、厄介な『混元傘』を奪い、『花狐貂』を始末しました」
「はい。私は父たちとの合流を優先しました」
「あ、混元傘を俺に見せろ」
己の興味に忠実な太乙真人。
「太乙殿ー」
雲中子の注意が飛ぶ。
「後でな、それでその前は、そこの李家三兄弟が戦っていたと」
「はい。貧道たちは、大哥と哪吒と力を合わせて戦っていたのですが、多勢に無勢で苦戦しておりました」
楊戩に替わり木吒が応える。
「それだ」
「何がでございますか?」
太乙真人の端的な応えに、楊戩と木吒が揃って首を傾げる。何がそれなんだと。
「鈍いやつらだなぁ。四兄弟と戦うときに三兄弟では負けるに決まっておろう。俺の弟子である哪吒がいたから、負けが決まる前に策が間に合ったんだ。四海竜王にしろ、四兄弟は常勝なんだよ」
「四海竜王は強くなかったよ?」
太乙真人の暴論に、二の句が継げない楊戩と木吒に替わり、哪吒が応える。
「魔家四将には勝てなかったろ?」
「はい。師父ー もっと強くなりたいです」
「だから だ。 哪吒の弟を作ってやろうと思ってだな、色々と秘蔵の霊材や、新しい術式を用意したんだ」
想定の斜め上を行く説明に、楊戩は頭を抱えながら整理する。
「それでは、太乙師伯は、哪吒童子の弟を用意しようとしたところ、そこの翠殿が現れたので、李将軍に末娘とするよう指示に行っていたのですね?」
「流石は儂の弟子。よく分かったのう。完璧じゃ」
楊戩が理解したから終わった……という空気が流れそうになるところを猛然と木吒が割り込んだ。
「いえいえいえ、全然分からないです。なんで人の兄弟勝手に増やすのですか!?」
「しかし、お前の母は了承したぞ? あと、楊戩が聞いたのは、『なぜ術を使ったのか?』だ。これについては、お前たちの苦戦を知った玉柱洞が戦力の増強の相談を俺にしたから、一つの策として、実行したまでだ。何かおかしいところはあるか?」
「いつのまにか、貧道がお願いしたことになってるでござる?」
雲中子が抗議をし、木吒は唖然としている。
「まぁいい、二つ目については、翠、お前が説明しろ」
ちょうど、まずは無難な霊果から食べようと、蟠桃の魂を揺さぶるような甘さを堪能し、次は視肉かと、とりかかろうとしていた翠。雲中子からのアドバイスに従い、何を思い浮かべるべきかとにやにやと考えていた。一方、かなり重要な話をしていたはずなのに、聞くそぶりもなく進食に耽る逍遥自在な姿は、どこの誰であろうと、太乙師伯の弟子には間違いないと変な確信を深める楊戩。
「翠殿。貴女が、三千年未来の高天ヶ原の民だということを説明いただけますね?」
「あ、はい。少し私の話をしますと、私は、『史』となるべく師について学んでいた門人という立場でした。彼の地にて、私が『雷火輪』に乗って移動していると、足元に突然、見慣れぬ文字が描かれた八卦図が現れ意識を失いました。気が付くと、この洞府に居たというわけです」
「なるほど。それで貴女は高天ヶ原の民ということでしたが、あちらというか、他の天界の方と話をするには、それなりに高度な術式が必要です。ですが、失礼ながら貴女はそれほどの術式を編んでいるようにも見えない。ではなぜ、貧道と通じることが?」
翠は太乙真人の方を見る。鷹揚に頷いたので、首にはめている「通言環」を指しながら返答した。
「それは、この師父がお創りになった『通言環』のおかげらしいです」
「らしい? 貴女は分かって宝貝を使っているのではないのか?」
楊戩の厳しい追及に太乙真人が助け船を出す。
「あ、説明してなかったわ。その宝貝は『通言環』といって、この前の天界交流会で、西域のさらに西の果て、『ティル・ナ・ノーグ』で知遇を得た、『ソロモン王』の『万物と意思疎通する術』をまねて作ったものだ。だから翠は高天ヶ原の民の言葉を話しているが、俺達にはちゃんと理解できるし、俺たちの言葉もちゃんと理解できる」
「なるほど、道理で口の動きと、聞こえてくる内容とがあってないはずですね。何か術にかけられているのでは? と初めは身構えていましたが、そうでもないと至り、特に何もしていませんでした……そのような理由があったとは。貴女が貧道どもとは、その宝貝のおかげで話ができているということは理解しました。ただ、それでは高天ヶ原の民であることや、三千年の未来から来たことの説明にはなりません」
頑なな楊戩の態度に、太乙真人は鼻をならして玉鼎真人に言う。
「なぁ、金霞洞。お前の弟子、なんであんなに頑固なんだ?」
「さもあらん。筋肉が足りんのだ」
「『筋肉』とは何でござるか?」
「翠のに教わったのだ。ほれ、ここに触れてみい」
と軽く肘を曲げ、上腕二頭筋にあたる部分に触れさせる。雲中子は素直に指で突くが、太乙真人はどこからいつ取り出したのか、竹の梜で突いている。
「これがなんでござるか?」
「ふんっ」
やおら上腕二頭筋に力を籠める玉鼎真人。
「おお? 固くなった……でござるが、そんなものでは?」
「これは儂が霊気ではなく、意を籠めることで、固くしたことになるのだそうだ。常ならこんなことにまで意を込めずに身体を動かしておろう?」
「そうでござるな。何かを為そうとは意を決することはあるでござるが、そのための体の動きまでは考えたこともないでござるな」
「で、それが何になるのだ?」
「意を込めて動かしていると、徐々に大きくなるらしい」
とっておきの秘密を語るかのごとく、声を潜めて宣言する玉鼎真人。
「……?」
首を傾げる二仙。玉鼎真人は二仙の仕草に意も介さず続ける。
「ほれ、ここは『上腕二頭筋』というらしいのじゃが、お主たちより太かろう?」
「お前の方が体が大きいのだから当たり前だろうに?」
「む、分かったでござる。体の大きさの違いに比して、太さが釣り合っていないでござる!」
我が意を得たりとうれしそうに頷く玉鼎真人。
「でじゃ、こうして鍛えた『筋肉』と、我が『仙気闘法』を合わせるとこうなる」
と言って、玉鼎真人は壁に向かっておもむろに正拳を打ち出した。
「ふんっ」(ドスッ)
鈍い音とともに手首まで埋まる玉鼎真人。
「おお! すごいでござるな」
「おい、埋めておけよ」
「今までなら、壁が砕け散るか、儂の拳が痛いだけでなにもおきなんだのじゃったが、こうして穴を穿つことができるようになった」
「つまり、玉鼎殿の『仙気闘法』がさらに強くなるということでござるな」
「うむ。『仙気闘法』だけではなく、走ったり、跳んだりすることもこれまで以上にできるようになると言っておったわ。でじゃ、この身体の鍛錬の証しを『筋肉』というらしい。儂はこの響きになぜか親しみと懐かしさを感じたのでな、『筋肉』という言葉を受け入れたのじゃ」
案の定、三奇仙は明後日の方向に全力疾走を始める。そんな自分たちの興味に全振りの師父たちをみてこめかみを押さえながら楊戩は抗議する。
「老師たちがそのような態であるから、貧道が用心しなくてはならないと、なぜ分かってくれないのですか? このように明らかに怪しい娘。截教が用意した細作であったらどうするのです!?」
木吒も横でうなずく。
「でも邪なものでもないよー」
無邪気に言う哪吒。横でうんうんとうなずく黄天化。この二人は翠を味方と認めているようだ。
「それは辟邪の瞳のことを言ってると思いますが、邪なものではないということだけですよ」
楊戩の防御が固い。ふと、思い立ったように玉鼎真人が翠に促す。
「翠の。おぬしの功夫というものを見せてみてはどうだ?」
うなずいた翠は立ち上がり、八卦掌の套路を披露する。最後に青龍探爪を決めると、今回も雷が指先に灯る。
「気の巡らしかたは確かに闡教の教えに沿ったものですね。しかも師父の仙気闘法の術式も見える。霊気の量も徒人ではありえない。だとすると余計に、なぜ高天ヶ原の民ということになるのですか?」
楊戩の追及に玉鼎真人は頭を掻きながら応える。
「うむ。蟠桃を喰ったでのう、気が充実しすぎたので、とりあえず仙気闘法を伝授した」
遥池の秘宝と、師父の術のあまりに軽い扱いに眩暈がする楊戩。そんな弟子の心労をよそに、玉鼎真人は更に重ねる。
「型の方はどうだ?」
「賢妹の功夫とやらは、まだ荒削りだが、術理には見るべきものがあると思う。何代かにわたっての研鑽が見て取れる。無手だし、見たことがない動きもあるから、未来からと言われるとそうなのかとも思える」
金吒は初めから妹と見ているようだ。そして筋肉派の意見を述べた。
「大哥が見たことがないといっても世の中すべての武術を知っているわけではないでしょ?」
木吒は、自分が最後の砦とばかりに反論する。
「金霞洞と白鶴洞の弟子は頑固だなぁ。ちょっと待ってろ」
太乙真人は奥から翠のモバイルバッテリーや、雷火輪を持ってきた。
「お前たち、これが何かわかるか?」
「雷火輪は、翠殿が魔礼寿を降すときにぶつけた宝貝ですね。貧道が拾ったので見覚えがあります。もう一つは分かりません」
「もう一つは、『ばってりー』というものらしい。この二つ、根を一にするものがあるのだが、分かるか?」
バッテリーと雷火輪を交互に手に持って調べる二人。
「これは……雷の気? いや、これは雷の精? ばかな、雷の精が一所に留まっているなんて!?」
ありえない事態にバッテリーを落としそうになる木吒。
「招雷に応えてもらうだけでも高度な術なのに、そこに留められるとは……」
喘ぐ楊戩。術理を解するだけに、その異様さを理解してしまった二人。
「さすがは金霞洞の弟子だな。そこに目がつけられるとはな」
「どういうことでしょう?」
「そいつはな、翠のいた世界の宝貝を誰でも使えるようにするものだそうだ。つまり、霊気がない市井の民でも宝貝が使えるようになるらしい」
「まさか!?」
楊戩と木吒が同時に声をあげる。
「そう、そのまさかが起こせる。早く学びたいものだ」
「そ、それだけで三千年後の未来というわけには……高天ヶ原の宝貝という可能性も」
なおも否定する楊戩。木吒は理解の範疇を超えたのか、何もいわない。
「俺の知る限り、今までの天界交流では考えすら出てこなかった宝貝だ。高天ヶ原の宝貝も見たことはあるが、全然違う気がする。それにな、これは今いるものだけの話にしてほしいのだが、莫迦弟子は今回の革命の結末を知っているらしい」
崑崙の門徒は驚愕の目で、翠を見る。しかし、すぐに楊戩は何かに気づいたように肩を竦めて言う。
「それこそまさかです。どうやって信じるのですか? 答えを確かめる術がない」
「そうだな。お前の言う通り、確かめる術はない。しかし、もし革命の結末を知っているとすると、今回の『封神の計』の結末も知っていることになる」
「それこそ絶対にありえませんね。『封神榜』は元始天尊様たちの手によるものです。誰が封神されるかなんて、誰にも分からない。もっとも、すでに魔家四将のように封神台に向かっていれば別ですけどね」
「ならばなぜ、太素宮の伝使(九天玄女)が現れた? しかもご丁寧に女仙の道服を用意してまでだ。少なくとも太素宮は何かを掴んでいて……なお、陣営に引き込もうとしている。極めつけは言伝だ。『公主を頼む』とはどういう意味だ? 『公主』だけでは、娘たちの誰かだとしても、それ以上は分からないはず。なのに、それを聞いたときの莫迦弟子はおそらく誰かの名前を思い浮かべていたはずだ。知られるはずのない、封神される予定の誰かの名前をな」
恐ろしいほどの沈黙が一同をつつむ。当事者の翠でさえ太乙真人の言葉に引き込まれたように、息を忘れて見詰めている。
「今の俺に分かるのは、太素宮を含めた上の方、大羅天の連中も盤石ではないということだ。莫迦弟子も、今が革命中だと聞くと『オシを救うチャンス』などと呟いていたしな。『オシ』や『チャンス』は分からんが、『救う』というなら、言伝の意味も通る。『封神される予定の公主を救う』だ。何か分からんが、あいつなりの計画がありそうだ。となると、俺たちも何か企てないと面白くないだろう? あと、こいつはあまり料簡に入らんと思うが、うちの哪吒は、千五百年後に西域の『坊主』とかいうやつの護衛と戦うらしい。つまり……次の殺劫にも参戦するらしいぞ」
その言葉の意味を理解した楊戩は、深いため息とともに告げる。
「ふう、もともと疑ってはいませんでしたが、ここまでとは思いませんでしたよ。太乙師伯。もちろんその企てに貧道の席もあるのでしょうね?」
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